巻き込まれ体質の女の子が事件に巻き込まれるだけのお話。

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巻き込まれ系ボクっ娘JKマコトちゃん!!

 勝者は生きる。敗者は死ぬ。それは、とても残酷なゲームだ。

 

「これが、ラストゲームだ」

 

 首のない死体がいくつも座っているその丸い円形テーブルを囲んで、生き残った5人の少年少女は固唾を飲んで睨み合っている。彼らの首筋は黒く丈夫な革のベルトにより拘束され、それぞれの首元には不気味な電動音を奏でるチェーンソーがゆっくりと迫っていた。

 

 そんな異常な光景の中。拘束された目付きの悪い隻眼の少年が、ニヤニヤと笑いながら手元のボードを操作している。

 

「馬鹿なのか!? 遊技はお前の怨敵だろ!?」

「……そのとおーり。俺はコイツが憎くて仕方がなかったぜぇ? 何せ、コイツのお陰で俺は片目を失い負け犬になったんだから」

「なら何故! 何故お前が遊技の味方をする!?」 

「馬鹿だなぁー。わかんねぇの?」

 

 一人の童顔な少年は錯乱し、頬を引きつらせ泣き喚いている。一方もう一人の隻眼の少年は、醜悪に笑い手元のボードでの操作を終えた。

 

『最後の投票が終了いたしました。集計を行います』

「やめろ!! やめてくれ、どうして僕がこんな!!」

 

 それは、デスゲームの終焉を告げる投票。

 

 総じて100人もの人間を巻き込んで執り行われた「命懸けの騙しあい」ゲームのラストステージが、この瞬間に終わったのだ。

 

「お前が遊技に投票すれば、お前は奴に復讐できたんだ!! お前が僕に協力して、僕と二人勝ちを狙っておけば賞金だって……!!」

「嘘つけぇ、お前は最後に俺を裏切っただろう? 結局俺はお前と生き残りをかけて、面倒くさい読み合いをしなきゃいけなくなる。俺は『負ける』事が何より嫌いなんだよぉ」

 

 睨みあう少年達を尻目に、投票結果が表示されたモニターを見て1人の少女が涙をこぼす。それは、安堵の涙だった。そこに表示されているのは、4人の同率1位という投票結果だった。

 

 「各自がランダムに投票を行い、最高得票者と最低得票のうち数が少ない方が処刑される」投票ゲーム。

 

 普通は「1人」の最高得票者が処刑されるが、生き残り数が減るとともに「同率1位の得票者」の数が「最低得票者」を上回る可能性が増えてくる。そして、「最低得票者が処刑された瞬間」にゲームが終わる仕組みだ。

 

「前の勝負では、遊技が居たから俺は負けた。だから遊技は大嫌い」

「……だからって、だからってお前!」

「今は遊技が大好きだぜぇ? 何せ、『遊技のお陰で勝てる』んだから」

「それで良いのか!? お前、そんなプライドも何もない────」

 

 そして、残った5人のうち4人が結託した。4人の同率1位を作るべく、『あえて遊技は誰にも投票せず』それ以外の人間が全て1票ずつ投票される状況を作ったのだ。

 

「見苦しいのはお前だ。その男は、シローは『勝つ事』に信じられない程こだわりを持ってるのさ。それを読み違えたのはお前だ」

 

 遊技、と呼ばれた少年は、醜く錯乱している少年に声を掛ける。彼こそ、今の状況を作り上げた稀代のトリックスター遊技。

 

 不倶戴天のライバルであったシローを説得し、勝利のために味方につけて見せた。

 

「その程度だからお前は、主催者の駒に甘んじていたんだよ」

「やめろ、死にたくない! 僕はまだ、このゲームを楽しみきれていない───」

「あばよ、負け犬」

 

 そして。主催者側のサクラとして、ただ殺人を楽しむためだけにデスゲームに参加した愚かな少年は、その生涯を閉じた。

 

 間抜けなファンファーレの音と共に、カシャンと少年少女を拘束していた器具が外れ落ちる。こうして、4人の少年少女はデスゲームを生き永らえたのだった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった、んだよね」

「ああ。これで、正真正銘……俺達の勝ちだ」

 

 真っ直ぐな目の少年、遊技は静かに拳を握り締め。赤髪の少女眞崎は、涙と嗚咽を溢し。

 

 そんな二人を、僕とシローが微笑ましげに眺めていた。

 

「感傷に浸るのは後で良いだろ、遊技。早速だが賞金の分け前の話をしよやぁ」

「君は風情を解さないな。もう少しあの二人をイチャイチャさせてやろうとは思わないのか?」

「俺達の目の前で盛られても、反応に困るわ」

 

 長い様で短かった、1週間。たった1週間のうちに、数十人以上の死を僕は眼前に体験した。だが、この非日常もやっとこれで終わりである。

 

 夏休みの初日。僕が旅行に行こうと駅まで歩いている最中に、突然黒服の男に拉致されたのが事の始まり。

 

 目が覚めると、そこはゲームで命のやり取りをする異常な空間でした。頭おかしくなりそうだった。

 

 いきなり意味不明のデスゲームに巻き込まれ混乱の極致にいた僕は、運良く同様に巻き込まれていた同級生の遊技君と眞崎さんと合流し。仲の良い参加者との死別や信じていた人間の裏切りなど様々な経験を経て、遊技君主導の元ゲームを勝ち進み、何とかこうして生還を果たした。

 

 主催者発表によると、参加者はぴったり100人らしい。つまり、犠牲者は96人も居ると言うことになる。よく生き残れたものだ。

 

「いつまで抱き合ってんのさ。イチャつきたいなら早く帰ろうよ」

「ちっ! 違うから、コイツとはそんなんじゃないから!!」

「……はいはい、ご馳走さま」

 

 僕とシローの茶々入れに、顔を真っ赤にして怒り出す眞崎。一方で遊技は、困ったように苦笑している。

 

「賞金の分配も良いけど、俺達にはまずやることがあるだろう?」

「あん? 金以上に大事な話なんてあるかよ」

「あるさ。さぁ、みんな」

 

 ────帰ろう。俺達の日常へ。

 

 遊技はそう言って、僕達に笑いかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言うのが僕の高校生活最初の夏休みの出来事で。巻き込まれ体質の僕と言えど、人生で最も危険な目に遭った数日間だったのかもしれない。

 

 当初は北海道まで日帰り旅行をするだけのつもりだったのに、とんだ大事件に巻き込まれてしまったものである。流石の僕も、疲弊しきってしまった。

 

 しかも恐ろしいのは、デスゲームの一件を4人で警察に通報したのに誰も信じてくれなかった事だ。いや『信じているけどそれ以上口に出さない様に僕達に警告している』かの様なト呆け方だった。

 

 これ、警察にまで手が回ってるな。お巡りさん、あんたら何に脅されてるのさ。

 

 警察が動いてくれないんじゃ、僕たちにできることは殆ど無い。遊技やシローは、まだあのデスゲームの主催者を追っているらしいが……平凡な僕にソコまでの度胸も無く、生還後はのんびり日常に戻らせていただいている。

 

 そう、僕は何処にでもいる平凡な女子高生。名前はマコトと言い、一人称が僕ってのが希少なアイデンティティなクラスカーストど真ん中、全く持って無個性な女の子だ。

 

 強いて特徴を上げれば、やや巻き込まれ体質なところ。あんな凄まじいデスゲームに巻き込まれるとは思わなかったが……。以前から結構トラブルに見舞われる体質ではある。あんまり嬉しくない個性と言えよう。

 

 遊技やシローの活躍は、それこそドラマやアニメの世界だった。最初は「凶悪でサイコな敵」として僕達の前に姿を現したシローと、そんなシローと戦いつつも最終的に仲間に引き入れた遊技。僕や眞崎は、遊技の指示に従いつつ勝ち上がっただけ。

 

 いや、眞崎さんに関しては友人を目の前で失って心が折れかかった遊技を支えたり、敢えて自分から命をチップ上乗せして遊技を援護していたりと頑張ってた気もする。僕は時折意見を言っただけで、ほぼ傍観者を決め込んでいたけど。

 

 だって遊技君も眞崎さんも、お互い惹かれ合ってるのが見え見えでしたもん。僕が入り込む余地なんかないよ。

 

「俺は遊技と、ふざけた主催者のヤローの尻尾を探る。俺と遊技に万一の事が有ったら、このUSBを信用できる組織に持ち込んでくれ」

「えっ」

「マコト、お前ならできる。あのデスゲームで見せた幸運が有れば、きっとお前だけは生き延びられるさ」

「……いやまぁ、共に命を預けた仲間だし? 協力するのはやぶさかじゃないけど……、あんまり危ない事をしちゃ駄目だよシロー」

「俺は負けるのが大嫌いなんだ。くくく、負けそうになれば尻尾巻いて逃げ出すさぁ」

 

 とまぁこんな感じで、デスゲームが終わった後シローと遊技は二人で各地へ奔走しているらしい。僕としてもたくさんの人間の命を弄んだ『主催者』には腸が煮えくり返っているけど……、危ない橋を渡る気が起きずいつも通りの日常に戻ったのだ。

 

 

 

 

 そう、戻ったつもりだった。

 

 

 

「つーまぁり!! この事件が殺人であるとすればぁ!? 犯行が可能な人間は一人な訳ですよぉ!!」

 

 傷心旅行と言うのも変だけれど。

 

 実はデスゲームから解放された直後。僕の体験した凄まじい出来事の数々を親に説明したが、全く信じてもらえなかった。

 

 挙げ句、一週間も行方をくらました事に激怒される始末だ。命からがら戻ってきた娘に対する仕打ちじゃない。

 

 腹を立てた僕は、家出をした。そしてほとぼりが冷めるまで、腐ったゲームを生き残って得た『何億円』の貯金を切り崩し、独りで山奥の温泉街に慰安旅行を決行したのだが……。

 

「犯人は貴方だぁ!! 独りでこの宿に宿泊していた怪しい女子高生、マコトさん!!」

 

 なぜか僕が朝風呂に向かうと、その旅館の若女将が死体となり裸で湯舟に浮かんでいて。第一発見者である僕が、調査に来た刑事さんに犯人と断定されてしまったのである。

 

「ち、違います!! 僕にこんな恐ろしいこと出来る訳が!!」

「あなたねぇ、最初から怪しかったんですよぉ。普通、死体を見た人間はもっと取り乱すもんなんです。貴方みたいに淡々と通報できる女子高生が何人いるでしょうねぇ」

 

 そりゃ、先週デスゲームで山の様に死体に触れてきたからね!! 最初は取り乱したけど、そろそろ慣れてきたわ!

 

「完全な密室にしたのが、仇になりましたねぇ。朝、大浴場が開錠されるその瞬間まで犯行は絶対に不可能。つまり……、犯人は最も早く浴場を利用した人物なんです。貴方は浴場の非常電話を使い、朝一番に風呂場の不具合を女将に訴えたのでしょう。そうすれば、朝一番の浴場に女将を呼び出すことなど簡単……」

「違うよ!! 僕はただ単に、朝風呂を楽しみたかっただけで!!」

「言い訳は署で聞きますよ。ふっふっふ」

 

 この無能警部。第一発見者を犯人扱いって、どれだけ単細胞なんだ。

 

 嘘だろ、せっかくデスゲームを生き残ったのにこんなつまらない冤罪で僕の人生が─────

 

 

 

「いや。この大浴場……本当に、密室だったのかな?」

 

 

 

 刑事さんに手錠を掛けられ、絶望し膝をついた瞬間。どこかで聞いた事のある声が、事件現場に響き渡った。

 

 その声の主は。

 

「……え、江戸君!?」

「やぁマコトちゃん、偶然だね。俺も、この旅館に宿泊していたのさ」

 

 僕のクラスメイトにして、学年1位の秀才。江戸ハジメ君だった。

 

「な、なんだチミは。この私の完璧な推理にケチをつけるつもりですかぁ?」

「いえいえ警部、少し気になる事がありましてね。何故、死体が湯船に浮いていたと思いますか?」

「そ、そんな事は大した謎じゃないでしょうに! きっとこの女子高生が、湯船に運んで─────」

「それはおかしいですよ。だって警部の推理では、非常電話で女将を呼び出した後にマコトちゃんに殺されてしまった訳でしょう?」

「完璧な推理だろう!?」

「いえ。……もしそれが真実なら、女将の服は一体どこに行ったんですか?」

 

 あ。そっか、脱衣場にはどこにも女将の服がない。

 

「朝一番に風呂場に乗り込んだマコトちゃんが、死体を発見して即座に通報し、周囲に人が集まってくるまでの数分。その間に、わざわざ女将の服を脱がして隠す理由があったんでしょうか?」

「き、きっとその女はレズビアンなんだ。うら若い女将に興奮して……」

「失礼な!! 僕はノーマルさ!!」

「わざわざ犯人が湯船に女将の死体を投げ入れた理由。僕には、その大まかな目星はついていますよ」

「な、なにぃ!?」

「死亡推定時刻は、直腸温で推定されます。でも……体温より暖かい温泉の中で死体を放置してしまえば、死亡推定時刻はとても算出しにくいのですよ」

 

 お、おお。おおおっ!! ナイスだ江戸君、もっと言ってやれ。

 

 この無能警官に僕の無罪を証明して見せてくれ!!

 

「じゃ、今の話も含めて。俺の推理、聞いてもらえますか?」

 

 

 

 

 この後。冷凍庫の氷が湯船の熱により溶け、自動的に施錠してしまう密室トリックを江戸君は再現し。それが唯一可能だった旅館の経営者の爺が「闘病中の婆さんに自分との愛人関係をばらされたくなければ金をよこせ」と脅されていたことを語りだした。

 

「妻には、何も知らずいてほしかった。私はあの女の色香に負けて、妻を裏切った人でなしだ。だが、妻の大事な装飾品や、私と妻との結婚指輪まで売り払ってホストに貢いでいたあの女だけは許せなかった」と涙ながらに語った。

 

 後味の悪い、嫌な事件だった。その後獄中の老人に『浮気には気付いていました、でもそれでもあなたが好きだから何も言いませんでした』という奥さんからの手紙が届き、その場で泣き崩れたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言うことが有った旨を親に連絡したら「いい加減に虚言はやめて素直に謝りなさい」と返事が返ってきた。

 

 両親の声色からは心配も感じられたけど、僕の話を信じる気は全く無さそうだった。

 

 貯金通帳を見せてやればビビって信じてくれるだろうか。いや、錯乱して警察に通報するか僕を精神病院に連れていくかだろう。

 

 せっかくの夏休み、まだまだ学校に行く必要はないのだ。しばらく親を心配させてやろう。

 

 僕は江戸君には礼を言って別れ、その足で京都へと向かう事にした。

 

 山奥なんかに泊まったから、あんな面倒くさいことになったんだ。こういった観光名所で、芸術的な風景に心を癒してもらうんだ。

 

 ああ、素晴らしきかな伏見稲荷。ああ絶景かな清水寺。京都を満喫し、電車を乗り継ぎながら狐のお面をかぶって神社巡りをしていると。

 

 

 

 

 

 

「やっと見付けたぞクソガキ!! ちょっと来い!!」

「─────えっ」

 

 強面のヤクザさん達に囲まれて、有無を言わさず連行されてしまったのであった。

 

 

 

 

 そのヤクザさん達の話を要約すると、僕によく似た女が組の縄張り内で勝手に売春しているらしい。売り専の女子高生自身により売春が斡旋されるので、値段も安くつくためドンドン風俗店の売り上げが減っているのだとか。

 

 あんまり舐めた真似をするんじゃねぇと、そのグループに警告をすべく組が下っ端を派遣したらボコボコに叩きのめされて帰って来たとの話。どうやら、地元の高校の不良グループがその売春集団を守っている様だ。

 

 メンツを潰されたヤクザさんは大激怒。その高校生グループを総力上げて潰しにかかっている最中らしい。

 

「ウチの組を舐め腐った落とし前キッチリ付けて貰うからな」

「そんなに金が欲しければ、ちょっと過激すぎるバイト紹介してやるよオラ」

「……僕は無関係ですってばぁ」

「しらばっくれてんじゃねぇぞド腐れビッチが!!」

 

 で、その売春グループのリーダーは僕と顔が良く似ているとの話。酷すぎる、こちとら処女だっていうのに。

 

 本職のヤクザの恫喝は怖い。これで割と修羅場をくぐり抜けた方だと思っていたけど、自分より力の強い男の大声は身がすくむ。

 

 何で僕がこんな目に……。

 

 

 

「あん? お前、マコトか?」

「あ、若。お帰りなせえ」

「おう。……ウチが堅気に手を出すのは珍しいな、ソイツは何やらかしたんだ?」

「え、堅気?」

 

 

 

 

 あまりの恐怖で耳を塞いでガタガタと震えていると。

 

 どこかで聞いたような声が僕の名前を呼んでいて─────

 

「……あ、鬼方クン?」

「おう。マコト、何やったんだ? 庇ってやろうか?」

 

 後ろを振り向くと、去年一緒のクラスだった学校一の不良と恐れられる鬼方クンが煙草を吹かしながら立っていた。

 

 そういや君、京都出身って言ってたね。不良も帰省とかするんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すんませんっでしたー!!」

「あ、あははは」

「ウチの馬鹿どもが迷惑かけたな。東京に住んでるお前が、この街で売春なんか出来っこねえのに……」

「顔が似てたんで、すいません。丁度こんな感じの、どこにでも居そうな個性のない顔の奴でして」

 

 僕を取り囲んで恫喝していたヤクザたちは、僕に土下座をしながらディスるという高度な技を見せていた。

 

 馬鹿にしてるのか、僕の顔を。良いじゃないか地味でも、没個性でも。

 

「ガキに舐められてメンツ潰されるより、堅気に手を出して任侠の誇りを失う方が百倍カッコ悪い。俺も頭を下げるわ、こいつ等にもよくよく言い聞かせておく」

「う、ううん。結局助かったし、そんなに気にしてないから」

「何て懐の深いお嬢ちゃんだ!!」

 

 ただ、鬼方クンの方は真剣に謝ってくれている様だ。ここで下手にごねるより、素直に謝罪を受け入れて帰してもらった方が得だろう。

 

「じゃ、僕はこれで」

「おう、もう絡まれんなよ」

 

 こうして僕は無事にヤクザの事務所から解放された。これで、楽しく明るい京都旅行を再開出来る。

 

 ただ、僕の顔が危険人物と似通っているらしいからな。早めに京都を離れた方が良いかもしれない。

 

 僕はぶらりと当てもないまま散策しつつ、明日でホテルをチェックアウトし他の場所に向かおうと考え─────

 

 

 

「目標額まであとちょっとだぞマキ。きっと妹は救えるんだ」

「うん、うん」

「ヤクザは俺達が引き受ける、お前はこのまま頑張れ。きっと、幸せなハッピーエンドが待ってるはずだ」

 

 

 何だか、僕と凄く雰囲気が似ている女子高生と、彼女に優しく語り掛ける不良を見つけたのだった。

 

 

「やっと見つけたぞガキ共!! 今度は間違いねぇぞ!!」

「っ!! 行けマキ、逃げろ!」

「逃がすな、囲え囲え!!」

 

 どうして僕はこう、ピンポイントに大事件の現場に居合わせるのだろう。

 

 不良の男はヤクザに囲まれるや否や、速攻で女を庇いながら裏路地に逃げこもうとし。ヤクザは用意周到に、そんな二人を包囲して逃がさない。

 

 たまたま、僕が座っていた公園のベンチからよく見える位置で大乱闘が始まろうとしていた。京都の治安どうなってるんだ。

 

「お前らに何の権利が有って、俺達の稼いだ金を奪うんだよ!」

「ウチのシマで勝手に商売始めといてその言い草はなんじゃあ!? おとなしゅう上納金払う言うなら見逃しとったけど、お前らがワシの可愛い子分をボコボコにしよった件忘れとらんぞ!」

「上納金なんぞ納める余裕はねぇんだよこっちには! ノンビリ金稼いでたらハルカちゃん死んじまうんだ!!」

「お願い見逃して! あのお金を取られたら、妹の治療費が!」

「やかましい!! とってつけたような嘘八百並べやがって!! 事務所に連れて行くぞ、コイツらに地獄見せたらな気が済まん」

「やめてぇぇ!!」

 

 ……おーう。

 

 あの私似の女が売春している理由って、治療費稼ぎなのか。

 

 この日本で、治療費稼ぎ? 国民保険を使ったら、そんな事態にはならない筈なんだけど。

 

「やめて、お願い返して!! 私はどうなってもいいから、ハルカが、ハルカがぁ!!」

「マキ逃げろ、お前だけでも!!」

「キーキー叫ぶなやかましい!! この場で殺して全裸で四条大橋に括り付けるぞ!」

「いやあああ、お金返してぇぇぇ!!」

 

 あ、鬼方クンも居る。さっきの優しい雰囲気とはうって変わって、男の胸倉を掴んで恫喝している。

 

 ……あの娘の言ってることが本当なら滅茶苦茶不憫だな。日本で認可されてない薬を、海外で受けるための費用とかなら治療費稼ぎなら高額になるのもあり得るかも。

 

 うーん。うーん……。

 

 

 

 

「あ、あの。ちょっと良いですかー?」

「あん、何じゃお前は……? って、さっきの嬢ちゃんか」

「あん、マコトか。何でここに居るんだ」

 

 あー。何で放っておけないかなぁ、僕。

 

 

 

 

「えっと。その、本当に妹さんの治療費稼いでるのなら可哀想だなって思って……」

「はぁ。マコト、お前はこっちの世界に首突っ込むな。さっきは巻き込んで悪かったけど、こういう場面で横やり入れられる謂れは無い」

「……うぅ、そうだけどぉ」

 

 恐る恐る、比較的話しかけやすい鬼方クンに慈悲を乞うてあげたけど。氷の様に冷たい目をした鬼方は、その冷徹な表情のまま僕を睨みつけた。

 

 ひええ、さっきより怖い……。

 

「あー。じゃあその、妹さんの治療って話が本当かどうかだけ聞きたいんだけど」

「そんなこと気にしてどうすんだ。素直な奴だなお前……、嘘八百に決まってんだろ」

「嘘じゃない!! 本当だもん、私はそのためにっ!!」

「嘘つけ」

 

 鬼方クンはバッサリと女の悲痛な叫びを嘘だと斬って捨てた。そんな、決めつけなくても……。

 

「はぁ。さっきの詫び代わりに教えといてやるよマコト、こっちはこの連中の資金の動きも追跡してんの。こいつら売上金を貯めてなんかいねーよ、全部俺達の対抗組織に垂れ流ししてやがるの」

「えっ」

「つまり、妹の治療費の為に金を稼いでるなんて大ウソ。こいつらは単に、俺達の敵対組織の下部構成員。分かった?」

 

 ……あ、そうなんだ。そっか、妹の治療費なんてそんなドラマみたいな事有る訳ないか。

 

 僕って騙されやすいのかな。注意しないと─────

 

 

 

「ねえ。今の話、どういうこと?」

 

 

 

 突如。マキ、と呼ばれていた売春少女の声色が変わった。

 

「ねえ、嘘だよね。ハルカを助けるためのお金は、ちゃんと貯まっているんだよね」

「……あー」

「ねえ、何で否定しないの? 嘘でしょ、だって、貴方もハルカを助ける為って……」

 

 彼女の震えた声は、とても演技にはとても見えない。信じたくない事実を突き付けられた、その瞬間の様な─────

 

「ここまでかぁ。それをバラされちゃ、馬鹿のマキでも残高くらい調べるよな」

「……お前。まさか騙していたの、私を?」

「ま、ソコソコの稼ぎにはなったし潮時か。ここからは取引と行こうか鬼組の皆さん、別に我々はあんたらと敵対したかった訳じゃない。事務所には付いていくから、ちょっと商談をいたしませんか?」

「お前っ!! お前、ハルカの為の治療費は何処だ!? 私がハルカの為に、友達の貞操まで売って稼いだ金は何処にやった!?」

「ちゃんと有るよ、今からそれを使って商談するの。今までご苦労さん」

 

 今まで売春少女と親し気に話していた男の表情が変わる。

 

 一転して飄々とした表情に変わり、両手を上げて服従のポーズを取りながら交渉を始めようとしていた。

 

 な、なんだこのクズ!?

 

「……あー。女の方は被害者な訳ね、ドンマイ。男を見る目がなかったなアンタ」

「ふざけるなっ!! 離して、私にアイツを殺させろ!!」

「キーキーうっさいなぁ。これだから女は……。ねぇ皆さん、この女の構築した売春グループに興味ないですかい? 知っての通り、かなりの利益が─────」

 

 ヘコヘコと鬼方クンに媚び始めた不良男。そんな彼を、冷める様な目で見つめていた鬼方は。

 

「あがぁ!!!」

「囀るなカス。今からお前がどんな口車を紡ごうと、大阪湾に沈む未来は変わんねぇから」

「や、や、ちょっと待って。本当に、本当に貴方達と敵対する気は」

「お前みたいなのとつるんだらウチの名前が落ちるんだよ。俺達はチンピラじゃなくてヤクザなんでな。同じ悪人でも、矜持が有る」

 

 そのまま、ゴスンゴスンと不良は顔の形が変わるまで殴られ続け。やがて気を失ったのか喋らなくなり、下っ端ヤクザに脚を引き擦られて車に運び込まれた。

 

「……ハルカ。ハルカァ……」

 

 一方で、売春女は大粒の涙をこぼし泣き崩れている。

 

「悪いが、アンタもついて来てもらう。理由はどうあれ、お前もウチの組に不利益を被らせたからな」

「好きにしなよ。もう、煮るなり焼くなり好きにしてよ……」

 

 そんな彼女の手を引き。鬼方は、ゆっくりと車に乗り込もうとして─────

 

「待って。彼女の身柄は、ボクが買う」

「あん? 何馬鹿なことを言い出してんだマコト」

「言い値で良い。幾ら払えば、彼女を解放してくれるの?」

 

 僕はそんな不憫な彼女を、放っておく気にはなれなかった。

 

「言い値ってマコトお前なぁ。雑費込みで、コイツには一千万近くは払ってもらわねぇと……」

「え、そんだけ?」

「そんだけって。払えんのかお前に」 

 

 あぶく銭の貯金を全部溶かすつもりで言ってみたけど、お値段はまさかの一千万ぽっち。ああ、その程度ならあのゲームの賞金で楽に払える。

 

「僕も車に乗る、銀行に寄って。その場で一千万、目の前で振り込んであげるから」

「……え、お前の家ってそんな金持ちだっけ? お前、成金キャラだったの?」

「ま、僕もちょっと色々あるのさ」

 

 そう言って、僕は鬼方の組の人間の運転する車に乗り込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、その娘の妹さんは実際病気でね。高額治療が必要なのは本当だったから、援助してあげた」

「ほうほう」

「そしたらすっごく感謝されて。今でもマキちゃんとメールのやり取りしてるんだけど、妹さんの治療はうまく行きそうだって」

 

 そんな、波乱の夏休みを終えて。

 

 久々に登校したクラスの昼休み、夏の思い出を語り合った時の親友の反応は微妙だった。

 

「いやー、盛沢山な夏休みだったなぁ」

「……突っ込む気力すら起きんわ。盛沢山と言うレベルじゃないよ、でもマコトの事だから全部事実なんでしょ?」

「え、僕が嘘つく必要ある?」

「普通の人間は、今の話を聞いたら全部嘘だと思うけどね」

 

 親友の呆れたような顔。久しぶりに会ったと言うのに、そんな人を馬鹿にした態度はいただけないぞ。

 

「いつも長期休暇は何かに巻き込まれるけど、今回は結構大事件が多かった気がする。特にデスゲーム」

「アンタは年がら年中、何かしらに巻き込まれているでしょーが」

「巻き込まれたのは僕だけじゃないよ、クラスメイトの江戸君とか遊技君とかもそうだよ。むしろあの辺が主役って感じで事件に巻き込まれてたよ」

「……アンタは毎度絶妙に、事件の中心ではない中途半端な位置で巻き込まれるよね」

 

 変な疫病神でもついてるんじゃないの、と親友はため息を吐く。

 

 そこまで言う事は無いだろう。ドラマとか見ていても、みんな何かしらに巻き込まれているじゃないか。

 

「ドラマ染みた事件に巻き込まれてる時点で異常だっつの」

「君に言われたくないね。君は本当にドラマの世界の住人じゃないか」

「アンタのせいでね」

 

 キ、っと目を吊り上げる親友。う、その件は悪かったってば。

 

 以前、アイドルに憧れた僕は一人で事務所に応募するのが怖くて彼女の履歴書も一緒に送ってやったのだ。

 

 そしたら顔が没個性的な僕は選考外、凛々しい系の美人である親友は見事アイドルの座を勝ち取ったのである。本人は不本意そうだったが、生真面目な性格ゆえに素直にアイドル稼業を続けている。

 

 つまり親友は、『友達が勝手にオーディションに応募して……』を地でいく女なのだ。

 

「─────あ。シローからメール来てる、チョイ待って。あー、今夜グーギュルにハッキング仕掛けて使えなくするから注意してって」

「国際規模の大掛かりなハッキングじゃないそれ!?」

「シロー、なんか知らないけどハッカーの国際組織のリーダーらしいの。ソレくらい出来ると思うよ」

「アンタの人脈どうなってるんだか……」

 

 そんな、代わり映えのないいつも通りの日常。

 

 女子高生として初めての夏を終えた僕は、結局恋人も出来ず友達と遊ばずである事に気が付いた。

 

 せっかくの女子高生なのに、寂しい夏休みだったなぁと心の奥底で後悔しつつ。次の長期休暇には何をしようか、と長期休暇明けの憂鬱を現実逃避して誤魔化すのだった。

 

「つぎの休みこそは寂しく無いよう過ごしたいなぁ。ねぇサヤカ、私と旅行とか行かない?」

「断言するけど、あんたより濃い夏休み送ってる奴は居ないわ。それと、マコトみたいなのと旅行したら命が幾つ有っても足りないし」

「どういう意味さ?」

「そのままの意味」

 

 親友は、どうやら僕と旅行してくれるつもりは無さそうだ。ガーンだな……。

 

 まぁ、アイドル家業が忙しいのだろう。仕方あるまい。

 

「あーあ。一緒に旅行してくれる彼氏とか出来ないかなぁー」

「アンタの彼氏は苦労するでしょうね。ハリウッドスター並の活躍を求められそうだわ」

「サヤカこそ、彼氏なんか作ったら大炎上するくせに」

「あんたのせいよ」

 

 親友は、何故か僕の顔を見てため息を吐いたのだった。

 



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