「……美味い、今日も川口の飯は美味い」
「へへっ、そんなに喜んでもらえるとボクも嬉しいなー」
仕事終わりが遅くなり、もう時刻は23時。カップラーメンをもって寮に帰ったら、しっかり晩飯を川口が作って待ってくれていた。生姜焼き、完璧、最高。
「味噌汁も、これ、美味いな。俺の好みをついてる」
「んっふふ~、プロデューサー、茄子の味噌汁好きだもんね」
川口はニコニコしながら、俺が飯をむさぼる様子を眺めている。なんだこれ、新婚生活的なあれか? 本当に、自分の帰りを待っていてくれる人がいるって幸せじゃなかろうか。
「おかわり」
「はいな、ちょっと待っててね~」
「味噌汁も」
「はいはーい」
俺の求めに応じて、川口は食器をもって軽やかに足を運ぶ。その後姿を、俺はぼんやりと眺める。ああ、本当に川口って--。
「夏海さーん、私も生姜焼き食べたいです~~」
思考を遮るように、食堂に闖入者。黒髪をポニーテールにまとめた彼女、真田小幸村がふらふらとした足取りで現れた。
「うわっ、こゆき、晩御飯おかわりもしてたのに」
「それはそうですけど、時代劇のDVD見てたらすっかり時間がたって、お腹もすいて~」
「もう、しょうがないなぁ、本当はプロデューサーのおかわり用だったんだけど……」
「うわぁあああ!! ありがとうございます、夏海さん!」
先ほどまでの死にそうな表情と打って変わって、ぱぁっと花咲く小幸村。うーむ、面倒見がいいと言うか、なんと言うか。
「はい、プロデューサー。おまたせ。ご飯とお味噌汁」
「ああ、ありだとう」
「ん、どったの? なんか変な顔して?」
「……俺はさ、川口とここで出会えて、本当に良かったと思ってるよ」
「……へ?」
目の前に置かれた味噌汁をすすり、ご飯を掻っ込む。うむ。美味い。
「そ、そのそのその! プロデューサー、今のどういう意味!?」
「ん、言った通りの意味だけど? 川口がここにいてくれて、俺と出会えたことは、幸運だと思ってる」
身を乗り出して、川口は問いかけてくる。何をこんなに慌ててるんだ、こいつは。
「わ、わわわ、それって……」
「だって、川口はさ、もしアイドルやってなかったら、ダメな男にコマされて人生転落まっしぐらだったろうな」
「……は?」
俺はさらにご飯を掻っ込み、味噌汁をズズズ。ふわぁ、美味い。
「美味いな、真田」
「はい、夏海さんのお肉料理、大好きです~!
「いや、プロデューサーちょっと待って。今のどういう意味なの?」
「何が?」
「ボクがアイドルやってなかったら、人生転落まっしぐらってやつだよ」
「なんだ、そんなことか」
なぜだか川口は慌てた感じだが、俺はあくまで落ち着いて語る。
「川口がアイドルやってなかったらさ、まあ多分どっかの適当な高校に行くわけだ」
偏差値はそんなに特別よくないだろう。多分。
「うん、そうだね。ここ以外の高校に行ってたと思う」
「多分川口みたいな働き者はさ、部活とか委員会に励むんじゃなければ、バイトしそうだろ?」
「確かに、ちょっと興味あるかも」
「やりそうなバイトは飲食店とかかな? あとはガソスタとか。まぁ、そんなところでバイトした川口はさ、バイト先のダメダメな男と知り合うわけだ」
「ダメダメな男?」
「そ。例えばいい年してんのにバイトのまんま。趣味はパチンコ競馬競艇麻雀ギャンブル全般。バイト生活から抜け出す気もなくのんべんだらりと生きてるやつ」
そんな男はまあ、ありふれているとは思うが、印象はよくはない。
「プロデューサーも競馬と麻雀は好きですよね~」
「真田、それは今関係ない。ほら、生姜焼き一切れやるからちょっと黙ってろ」
俺は身を亡ぼすようなギャンブル狂いじゃない。収支計算はしっかりしている。
「うわ~、プロデューサー大好きですぅ!」
「早く、続き!」
なんだ、川口のやつ、妙に焦ってるじゃないか。
「川口はさ、きっとそんなダメな奴のこと、放っておけないと思うんだ」
「確かに、プロデューサーも仕事以外ダメダメですしね~。いっつも洗濯物とかゴミとか出すの遅れて怒られてます」
「……真田、お前明日からカロリー制限かけるから」
「ええっ!? 横暴ですよぉ」
「とにかくさ、バイトを始めた川口は、そういうダメな男にダマくらかされて在学中に妊娠・退学・結婚。子供が生まれても夫はギャンブル三昧、定職にもつかない、育児も家事も手伝わない、産後間もない川口を働かさせる、貯金はたまらない、そんな癖に小作りには積極的、貧乏子だくさんコースまっしぐら。膨らむ借金、その末に離婚、子を養うために寝る間も惜しんで働く川口、昼は清掃や工場でのアルバイト、夜は水商売。そんな辛い日々に耐えかねて体調を崩す川口。身体と引き換えに援助を申し出る工場長やスナックの上客、やむにやまれず身体を預ける川口だったが……」
「ストップ!! ストップだよプロデューサー!!」
「大変ですプロデューサー! 夏海さんの未来は真っ暗です、エロ同人まっしぐらです……」
「そうだな、真田。ブラックホール、黒い明日が待ってるな」
「こゆきもなに真に受けてるのさ! 全部プロデューサの妄想だよ!?」
川口は何やら心外そうな表情で抗議するが、俺はそんなに的外れな未来だとは思わない。
「ま、そんなことになりかねないからさ、川口がアイドルになってくれて、俺と出会えてよかったと思ってるよ。アイドルでいる限り、男関係はブロックできる」
この寮にいて、俺が目を光らせておけば、そんな未来が訪れる可能性はそう高くないだろう。
「……納得いかない、プロデューサはボクのことなんだと思ってるのさ」
「お前の人間としての魅力と善性を信じているからさ。男を惹きつける魅力を十二分に持っていて、困っている人を放っておけない。それは川口の立派な長所だよ」
「……プロデューサーも、ボクに惹かれることあるの?」
「当たり前だ、努力家なところ、仲間想いなところ、面倒見の良さ。何より魅力的な笑顔。俺以上にお前の良いところを知ってる男はそういないぞ」
あと、無自覚なエロさとか。最高だろ。
「……ふーん、そうなんだ。ふーん」
「そういうチョロいところも心配なんだって」
「な、チョロいって!」
「魅力的だって褒められると悪い気しないだろ?」
「それは誰に言われてもそうなるってわけじゃないよ!」
「夏海さん、それがプロデューサーにチョロいって思われる原因なのでは……?」
「川口は可愛いなぁ」
「んああもうっ!! もう寝るっ! プロデューサーも小幸も自分で食器片づけてね! おやすみ!!」
「おう、おやすみー」
「夏海さん、明日は唐揚げが食べたいです!」
「ああいいな、それ。俺も食べたい」
「二人ともファミチキでも食べてろ、ばーか!!」
川口は逃げるように食堂から去って行ってしまった。うーん、いじめすぎただろうか。でも、いじめたくなる川口も悪い。川口の魅力が俺を狂わせるのだ。
「川口行っちゃったじゃないか。真田、反省しろよ?」
もうちょっと俺は遊びたかったのに。
「反省すべきはプロデューサーだと思いますけど。……ちなみにちなみに、他に将来な心配なアイドルっていますか?」
「俺はお前も結構心配なんだが……。そうだなぁ……。他は例えば青山と田中も心配だな」
「ふむふむ。わかる気もしますが、その心は?」
「それはだなぁ……」
「あらプロデューサー、呼びましたか?」
「さっき夏海が顔を真っ赤にして廊下走って行ったんですが、何か知ってますかプロデューサー?」
偶然にも風呂上りと思われる青山と田中が食堂にやってきた。
「……噂をすれば」
「おもちゃ来たり、ですね。プロデューサー」
「そんなことわざはないぞ、真田」
「存じております」
「真田は物知りだなぁ」
「えへへ、もっと撫でてください」
もふもふの真田の頭は気持ちがいいので、触りたくなってしまう。これはいけない。そう思ってもやめられない止まらない。
「……寮内でいちゃつくのはやめてもらってもいいですか?」
「まあそう青筋立てるな、田中さんや」
さすが、田中は規律を重んじるな。こういうところが付け込む隙になるとも思うが。
「えっへへ、プロデューサー。こいつにも思い知らせてやりましょうぜ」
「すっかり三下じゃないか、真田」
「ふふふ、正義の将軍以外の役もオファーがくるかもしれないですしね。時代劇に備える私に余念はないです」
「おぬしも悪よのぉ」
「お代官様ほどでは」
二人して「へっへっへっへっへっへ」と笑う。
「あの、二人でさっきから何の話を?」
「まあまあ焦るな青山。存分にお前らの不安要素について語ってやる」
「不安要素、ですか?」
「教えてくださいプロデューサー! 私の、私たちのどこにそんな不安要素が!?」
青山も田中も、ばっちり食らいついてくれた。
さあ、夜は長い。これから存分に遊ぼうじゃないか。
とりあえず、川口夏海ちゃん大好き。
小幸村に畜生感があるのは、まあ、二次創作ですしおすし。