【ときドル】アイドル科の日常   作:うんぼぼ

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春子さんの誕生日記念に作った作品です。
卒業から約一年後の春子さんの誕生日が舞台。
恋する女は強い。


【朝霧春子誕生祭2019】あれから約一年。今欲しいものと三年後に欲しいもの

 十九時、駅前、待ち合わせ。

 

 余裕をもって向かおうとしていたはずが、仕事が長引いて到着がギリギリになってしまった。その日、要望を受けて付き添った撮影自体はつつがなく終わったものの、その後の打ち合わせが予想外に長引いた。

 打ち合わせの末に出た結論は、大したものじゃなかったし、こんな打ち合わせ急いでやる必要もないのではないかとも思うが、それでもアイドルが自分の実力を発揮できる場を整えるのがプロデューサーの仕事だ。文句は言わない。

 

 小走りで駅前広場にたどり着き、待ち合わせ相手を探す。

 

「あ、Pさん」

 

 聞きなれていた、でも今は少しだけ懐かしい声が耳に届く。もっとも、以前のような「プロデューサー」という役職名での呼び方ではない。苗字に「さん」付けというのは、当時と変わっている。それは、俺たちの立場が変わったためだろう。

 

「悪い、遅くなった」

「気にしないでください。お疲れ様です」

 

 振り向くとそこには、およそ一年前に学院を卒業し、自分の手元を離れた朝霧春子が立っていた。

 

「久しぶり、か?」

「この前の記子ちゃんたちの卒業公演以来なので、大体一か月ぶりですかね」

「そうか」

 

 そうなると、そこまで久しぶりというわけではないか。ただ、その時は関係各所への対応で忙しくて、ほとんど話はできなかったはずだ。

 

「とりあえず、誕生日おめでとう」

「はい、ありがとうございます」

 

 あの頃と変わらない、相手を安心させる笑顔だった。卒業して環境が変わっても、彼女の長所が失われていないことに、喜びと安心を感じる。

 

「それじゃ、なんだ……まあ、行くか」

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 

※      ※       ※

 

 

 成人、二十歳になるというのは人生の立派な節目だ。何より公的に、誰にも怒られることもなく、酒が飲めるようになる。

 酒は良い。酔っている間、嫌なことは束の間でも忘れられるし、酒を理由に他者とつながることもできる。

 アイドル科のプロデューサーに就任してから程ない時期、ほろ酔い……いや、ベロンベロン手前で寮に帰った俺は、そんなことをたまたま玄関で出くわした朝霧に話した。

 

『へえ、お酒ってそんなにいいものなんですか』

『おうよ! お前が成人したら、いい酒飲ましたらぁ! アッハッハッハ!』

『……じゃあ、約束ですよプロデューサー。私が成人したら、いいお酒。待ってますから』

 

 そんな約束を律義に覚えていた朝霧から連絡を受けて、今日4月10日、彼女の誕生日に飲みに行くことになった。

 

 

「でもさあ、朝霧。本当にこんな店でよかったのか?」

「ここ、Pさんが昔から来てたところなんですよね? だったらそれでいいです」

「そんなもんかい」

「はい、そんなもんですよ」

 

 彼女を連れてきたのは、お洒落なレストランでもバーでもなく、居酒屋。

 賑わう居酒屋のカウンター席に、俺と朝霧は並んでいた。

 

「何飲む?」

「初めてなので、お任せします」

「大学関連のイベントとかで、飲んだりしてないのか? 新歓とか、酒出てきたろ?」

「あら? プリンセスリパブリック音楽学院のプロデューサーは未成年飲酒を推奨する人なんですか?」

「色々コンプライアンス厳しい時代なんで、そういうの大きな声で言わないでもらえますかねえ」

「ふふっ、すみません。卒業生としても、そういう意味で皆に迷惑かけたくないですから、今日まではそういうイベントがあっても飲んでこなっかったんです」

 

 まったく、いつまでたってもこいつは、皆のお母さんというか。……お母さんというと本人には怒られそうだけど。

 

「それに、いいお酒を飲ませてくれるって約束、待ってたんですよ?」

「……変なところで記憶力いいよな。お前」

「大人数のアイドルの誕生日をしっかり覚えてるPさんに言われるなんて光栄です。この前の希少の誕生日にも、ちゃんと海外の撮影場所までプレゼント送ったの知ってるんですよ?」

「……たまたまだ、たまたま気が向いただけだ」

「希少、結構喜んでましたよ」

「俺のところには、何の連絡もなかったんだが」

「照れてるんでしょう、きっと」

「面倒くさがってるだけじゃないか?」

 

 でもまあ、喜んでくれたなら、送った俺としても嬉しい、送った品物は一切色気のあるものではないが。

 

「んじゃ、生でいいな? 大将、とりあえず生二つと枝豆と冷奴、もつ煮で」

「へい、かしこまりました」

 

 渋い大将だ。余計なことはしゃべらない。

 

「三田とは今でもよく会うのか?」

「ええ、お互い部屋の合鍵を渡しあってるので、希少の部屋に私が様子を見に行ったり、私の部屋に帰ったらベッドで希少が寝てたり」

「ハハッ、そうか。進路が分かれても、関係ってのは変わらないもんだな」

 

 三田希少は学院卒業後、本格的に芸能界に進出することを選んだ。今では歌手のほか、女優としても活躍していて、昨年国際映画祭で受賞した映画にも出演していた。そのおかげで、オファーが集中し、今年の年始から半年は海外での撮影らしい。

 卒業生が活躍しているのは、俺としても誇らしいし嬉しい。この春卒業した皆も、それぞれの道を歩き始めたばかりだが、きっと三田に負けないくらい様々な分野で活躍してくれるだろう。そう期待している。

 

「お待たせしました~、生二つと枝豆です~」

「どうも」

「はい、ごゆっくり~」

 

 そんな話をしていると、バイトの年若い女性から飲み物と枝豆が届けられる。

 

「うし、それじゃあ朝霧の成人に乾杯」

「はい、乾杯」

 

 二人でグラスを軽くぶつける。俺のグラスよりも下の位置で乾杯する当たり、流石朝霧は如才ない。

 

「あ”ーーーー、美味い」

「……うーん、私にはまだ、苦いだけでおいしさが分からないですね」

「はは、最初は誰でもそんなもんだ。そのうちわかる時が来る。んなら次は甘めの酒にしようか。ビールの残りは俺が飲む」

「お任せします」

 

 そんなやり取りをしながら、俺たちは飲みながら会話を続ける。

 その内容は色々。 例えば今も学院で活動を続ける朝霧の後輩たちのことや、

 

「田中が卒業したからさ、C#の二人に真田を加えて別ユニットを作ったんだ」

「……それは、美奈都ちゃんの負担が思いやられますね」

 

 この春卒業したばかりの後輩のこと。

 

「日比野は念願のクイズ番組で、無敗記録更新してるぞ。視聴者はあいつのトルネードスピンを期待してるらしい。ヒール路線はあんまり望ましくないんだがなぁ」

「記子ちゃん、そう簡単には負けないでしょうね、行けるとこまで行ってもらいたいです」

 

 その他、相変わらず女子寮に君臨するネコセンパイやどこにいるか分からない理事長のことなど。

 そして、肝心の朝霧春子のこと。

 

「……なあ、朝霧は、またアイドルやりたいとは思わないのか?」

 

 追加注文したホッケの開きをつつきながら、俺は核心に迫る。

 

「そうですね、たまにあのステージが恋しくなるときはあります」

 

 ――だったら、だったら俺がどうにでもしてやる。これでも二年前よりはずっと業界内での立場も上がった。現役時代の実績もあるし、大手タレント事務所にお前を捻じ込むのは全く難しいことじゃない。

 そう言いそうになるのを、グッとこらえた。

 だってきっと、俺が知っている朝霧春子ならば、『戻りたい』と言わないから。

 

「でも、大丈夫です。ステージに立ち続けることよりも、たくさんのファンよりも、追いかけたいものが

私にはありますから」

 

 ――ほら、見ろ。

 

 

 あの日、メロディアスライブの最終ステージの前日、朝霧と交わした会話を俺は思い出した。

 

『プロデューサー、私このライブが終わって学院を卒業したら、そこでアイドルとしての活動は終わりにします。だから、悔いなくアイドルを辞められるよう、絶対に、みんなと勝ちます』

 

 多くのファンを獲得してきた彼女。これからもアイドルとして可能性は無限に広がっている。そんな中、どうしてやめてしまうのか。理由を聞く俺に彼女は、

 

『欲しいものが、できたんです』

 

 そう答えた。その迷いのない笑顔に、俺は何も言えなくなったのだった。

 ちなみに、その『欲しいもの』が何なのか、結局俺は教えてもらえていない。

 

 

 

「……そうか」

「ええ、そうです」

 

 彼女がそれでいいなら、俺から何も言うことはない。

 少しでも夢に見た彼女の復帰プランをため息とともに、体外へ放り出す。

 結局俺は、朝霧春子というアイドルの、誰よりも熱心なファンだったということだろう。でも、ファンだから、彼女の一番の幸せを望む。彼女を純粋な商売の道具としては扱えない。

 

「大将、黒霧、ロックで」

「へい」

 

 ジョッキに残ったビールをグッと飲み干す。いつの間にかビールも三杯飲んだので、そろそろ酒を変えようか。朝霧は節度をもって飲んでいて、俺が譲り受けたビールの後に注文したドリンクも、まだ半分以上残っている。

 

「……皆、朝霧に会いたがってるぞ」

 

 朝霧は、卒業して以降、節目のライブには観客として訪れるものの、一度も寮に顔を出していない。三田はちょこちょこ顔を出しているにもかかわらず、だ。

 

「私も、皆に会いたいです。でも、もうちょっと我慢しようって、そう決めてるんです」

 

 それも、彼女の『欲しいもの』のためなのだろうか。そうだとするなら、無理強いはできない。皆も、もちろん俺も寂しいけれど。

 

「……大学はどうだ?」

「楽しくやってますよ。高校までと勝手が違って最初は戸惑いましたけど」

「自由度が高校までと大違いだしな。それに朝霧が言ったのは共学の大学だったしな。どうだ、彼氏でもできたか?」

「気になります?」

「ちっとも気にならなきゃ聞かないだろ」

「それは、どういう意味で気になってるんですか?」

「はて、その質問の意味が分からんなあ」

「ふーん、そういうとぼけ方をするんですね。じゃ、私もとぼけます。たくさん素敵な男性からアプローチを受けてますが、それをどうしているかはPさんには教えません」

 

 皆のお母さんという立場にありながらも、たまに朝霧がするこういう振る舞いは、俺にとって非常に好ましくて、また懐かしくて。思わず笑みがこぼれた。

 

「何笑ってるんですか、Pさん。実は私、とんでもない男に引っかかってるんですよ?」

「ハハハ、朝霧を引っかけるってんなら、それは凄い男だ。一回会ってみたいもんだよ」

「……あなたは鏡の前に立てばすぐに会えますけどね」

 

 最後の朝霧の言葉は、他のテーブル客の爆笑に遮られてよく聞こえなかった。

 

「ん? 今なんて……おっと、悪い電話だ」

「私のことは気にしないで、どうぞ出てください」

「すまん」

 

 スマホのディスプレイに表示された名前は、月島美奈都。

 彼女には今日の最後の業務で付き添って、終わった後に入念な打ち合わせをしたところだった。

 

『あ、プロデューサー。すみません、今大丈夫ですか?』

「おう、美奈都、どうした?」

 

「……『美奈都』?」

 

『今日は飲んで帰るって話だったので、念のため確認です。明日も早いので、あんまり飲みすぎないでくださいね』

「大丈夫だよ、大学生とか新社会人じゃあるまいし、飲みすぎて翌日の仕事に影響をきたすなんてことは」

『二週間前の金曜、玄関で朝まで倒れていて風邪ひいたのは誰でしたっけ』

「……それは、その、営業のために必要な付き合いだったというか」

『仕事でお酒が必要なのは分かりますが、ほどほどにしてくださいね』

「……はい」

『それで、ちなみに今日は誰と飲んでるんですか? ……もしかして』

「ああ、今日はあ―――」

 

 朝霧の誕生祝いと成人祝いをかねて、一緒に飲んでいる。そう言おうとしたところを、

 

「はい、没収~」

 

 朝霧にスマホを奪われた。抵抗する間もなく、端末の電源まで切られる。

 

「あ、おい何すんだよ」

「今日の主役である私をほったらかしにしないでください」

「……私のことは気にせず、ってさっき聞いた気がするんだが」

「知りませーん。……ちなみに、いつから美奈都ちゃんを下の名前で呼んでるんですか?」

「お前、ちょっと酔ってるか? さて、いつからだったかな。定かじゃないが、いつだか『付き合いも長いのに苗字呼びは馴れ馴れしい』って言われてな。それからだ」

「ふーん、へー、そうなんですね。このコンプライアンスの厳しい時代に、プリンセスリパブリック音楽学院のプロデューサーはそーゆーことをされるんですね」

 

 グラスに残っていた酒を朝霧はグイっと飲みほす。

 

「おい、あんまり急に飲むと危ないぞ」

「聞こえませーん。……はぁ、これはやっぱり急いだほうがいいわね」

 

 ため息の後の朝霧の言葉は、これまた他の客の言葉にかき消されて聞こえなかった。

 

「ねえPさん。これから桜、見に行きませんか?」

 

 突然の提案。このまま解散かと思っていたがなるほど、今はいい季節だ。適度に酔っぱらって夜桜を見るなんて素晴らしいイベントを、俺が断る理由はなかった。

 

 

 

 

※      ※       ※

 

 

 

 

 居酒屋から歩いて数分、俺たちはコンビニで酒とつまみを少し買って、河川敷のあたりまでやってきた。堤防沿いの桜並木に設置されたベンチに腰かけて、ちょうど満開の桜を見上げる。

 あたりに人はいない、静かな夜だった。

 

「綺麗だな。桜」

「そうですね。綺麗です」

 

 桜を見上げる朝霧の姿は、やっぱり絵になる。

 アイドルとしての活動をやめても、彼女のビジュアルは保てれている。いや昔より増した魅力すらあるだろう。 そんな彼女を、ここで俺が独占するのはもったいないとすら思う。独占できることを喜ばしいと第一に思わないところが、俺の職業病なのかもしれない。

 

「なあ朝霧。誕生日プレゼント、こんなんでよかったのか?」

 

 朝霧の誕生日にもかかわらず、俺は特に彼女に対するプレゼントは持ってきていなかった。と、いうのも、それは彼女から事前のリクエストを受けていたからだ。

 

「『仕事終わりの時間でもいいからワガママに付き合ってほしい』ってリクエストですか? 今をときめく売れっ子プロデューサーさんになら、立派に価値のあるお願いかと思いますけど?」

「元アイドルの女子大生とご飯に行ってお花見できるなんて、市場価値は俺の時間よりよっぽどあると思うぞ」

「そう思うんなら、どうにかして私に還元してください。Pさん」

 

 還元って言っても、俺が朝霧にできることなど、たいして思い浮かばない。仕事を持ってくることも、レッスンを指導することも、朝霧は望んでいない。そうなると、俺が朝霧に与えられるものなんて、大してないように思える。

 桜を、改めて見上げる。

 

「取り急ぎ、乾杯しましょう。私、こういうお花見って興味あったんです」

「……確かに、この時期大学生は新歓とか言って、よく花見しながら酒飲んでるよな」

 

 未成年飲酒などで学院や後輩に悪いイメージを与えないよう、朝霧がそういったイベントを回避してきたのであれば、俺はその憧れの実現に手を貸してあげたい。 

 

「はい、それでは本日二回目のカンパーイ」

「乾杯」

 

 朝霧がいつの間にか開栓してくれていた缶ビールを流し込む。いつ開けたんだ、音が聞こえなかった。 一口飲む。なんだか、飲んだことのない後味だ。新商品だろうか。コンビニの買い出しは「酒の買い出しをやってみたい」という朝霧に任せていたため、何を買ったかはよくわからない。街灯も少ない薄暗い河川敷では、缶ビールのラベルもよくわからないが、まあ、いいだろう。

 しばらく黙って桜を眺めながら、酒を流し込む。朝霧も、買ってきたチューハイをチビチビ飲んでいた。そんな中、朝霧が口を開いた。

 

「ねえ、Pさん」

「ん、なんだ?」

「さっきも言ったけど、私、今年の誕生日はこうやってPさんと一緒に過ごせればそれでいいんです」

「……ああ」

「でもね、三年後の誕生日では、Pさんからもらいたいものがあるんです」

「三年後?」

 

 ずいぶんと気の長い話だ。再来年の次の年の話だ。鬼も笑い死ぬのではないか。

 

「はい。順調にいけば私が大学を卒業して、社会人として自立する年です」

「……流石、人生設計がちゃんとしてらっしゃる」

 

 正直俺は、三年後自分がどうなってるか、見当もつかないところだ。一つ、あくびをしてから朝霧にそう返す。

 

「昔から言ってたでしょう? 『プロデューサーの人生設計が気になる』って」

 

 確かに雑談で、そんなことを言っていた気もする。俺は冗談だとしかとらえていなかったけれど。あと、どうしてここで『俺の人生設計』が出てくるのか、その意図がちょっとよくわからない。思考がうまくまとまらない。

 

「三年後の私の誕生日、Pさんは私のワガママを聞いてくれますか? 欲しいもの、くれますか?」

 

 朝霧が、俺をまっすぐに見つめてそう言う。

 今でこそ朝霧は俺と会う時間を作ってくれたりするが、三年もたてばどうなっているか分からない。その時の彼女には、彼女の世界が広がり、俺はきっとその端っこの端っこにいるだのだろう。

 当然だ。高校時代の教師と大学卒業後の俺のことを考えろ。一切連絡は取っていないし、連絡を取っている奴はごく少ないのだと思う。

 もし、三年後も自分と一緒に頑張った元アイドルと、ちょっとした食事に行くほどの関係があったなら、それは素敵なことじゃないだろうか。掛け値なしにそう思う。

 だから、俺は、

 

「ああ、別にいいぞ。俺にできることなら」

 

 そう適当に了承する。

 深くは考えない。なんだか眠くなってきたし。

 自分の普段の飲酒量から考えると、この程度で眠気が来るなんて、おかしいなとも思うが、そんなときもあるだろう。疲れているのだろうか。ともかく今はただ、深く考えるのが面倒だ。

 

「本当ですか、よかった。安心しました」

「それなら、なによりだ」

 

 朝霧が、喜んでいる。よかった。あさぎりの悲しむかおは見たくない。

 ああ、でも、眠いな。

 

「さて、今日が終わるまで、あともうちょっと時間がありますね」

「ん……そだ、な」

 

 あさ霧の心地良いこえが、のうにひびく。このこえが、おれはずっとすきだった。

 

「今日の最後に、もう一つだけ私のワガママ聞いてもらえます?」

「……うん」

「あはっ。私の本当に欲しいものは三年後にもらうんですけどね。やっぱり保険として、今年欲しいものができました」

「…………うん」

「それは―――――です」

「………………………………うん」

 

 

 

※      ※       ※

 

 

 

 下半身の妙な倦怠感と、片腕の痺れ、そして甘い匂いを感じて、俺は目を覚ます。

 ここは、どこだろうか。目を開けて視界に飛び込んできたのは、白い天井。白い壁紙。この部屋には自分がいるベッド以外の家具がほとんどない。申し訳程度に壁際にデスクがあり、そこに小さい液晶テレビが乗っている。

 ここは自室では、ない。明らかに寮の玄関でもない。

 言うならば、出張で使うビジネスホテルのような、そんな部屋だ。そんな、というか、その通りだろう。

 

 そして、なぜか、俺は、裸だった。裸で寝たくなる日も、まあ夏ならある。ハハハ。うん、うん。

 

「……いや、まだ春だろ」

 

 ボケた思考への突っ込みを声に出す。現実逃避は、長く続けられない。

 床には、俺が昨日着ていたスーツや下着が転がっている。そのほかにも見慣れない布類が転がっていた。黒のレースの下着なんて大好物なんだが、今はそんなことも言っていられない。

 

「んぅ? あれ、Pさん。起きたんですか?」

 

 意識的に無視していた左腕の重みから、声が聞こえる。嘘だろ。

 

「おはよう、ございます。Pさん」

「…………おはようございます、朝霧さん」

「ふふ、どうして急にそんな他人行儀なんです?」

「……どうして朝霧さんは裸なんです?」

「あんなことしておいて、聞かないとわからないんですか?」

「……お前、俺をハメやがったな」

「ハメたのはPさんの方じゃないですか? ともかく、誕生日プレゼント、ありがとうございました」

「誕生日プレゼントってどういう――あ」

 

 言いかけた俺の脳裏に、昨晩の最後の記憶がよみがえる。朝霧は確かに、こう言っていた。

 

 

 

『今日の最後に、もう一つだけ私のワガママ聞いてもらえます?』

『あはっ。私の本当に欲しいものは三年後にもらうんですけどね。やっぱり保険として、今年欲しいものができました』

 

『それは――既成事実、です』




恋する女は強い()
春子さん勝手に引退させてごめんなさい。
誕生日おめでとう。
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