おかしい、どうして俺はこんな状況にいるんだ。
「……それでさぁ、Pくん」
正面のソファーには立川朱音。脚を組んでこちらをいつものいたずら気な表情で見つめる。だが、目は据わってる。
「私も、気になります」
同じソファーのすぐ左隣には月島美奈都。女性らしく足を綺麗にそろえて、まっすぐにこちらを見つめる。だが、その瞳の奥には炎が見える気がする。
「ねえ、プロデューサー。そろそろ教えてくれませんか?」
俺を囲むように右隣りには朝霧春子。その膝は、すぐそばに座る俺の太ももに当たっている。近い。圧力を感じる。彼女は普段通り、皆を包み込むやさしい笑顔で俺を見る。だが、その笑みの奥の感情は、俺には読み切れない。
「プロデューサーのカノジョは、誰なんですか?」
――どうして、こんなおかしな状況になったんだ? どうしてこうなった?
「いやー、盛り上がってますねプロデューサー。『ラブプラス』の話」
ちなみに、朱音のすぐ隣には日比野記子がニヤニヤしながら腰かけている。
お前のせいだろうが! と言いたくなる気持ちをグッとこらえて、これまでの経緯を振り返る。
一体、どうして、どうしてギャルゲーのヒロイン論争で俺はこんなに追い詰められているのだろうか。
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時間は少しだけ前にさかのぼる。俺は寮の談話室で多忙な業務の疲れを癒すべく、休憩していたところであった。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~」
「……プロデューサー、凄い声出てますね」
「……お”う”、日”比”野”~」
「疲れてるのは分かりますけど、対人はもうちょっと普通の声出したほうがいいと思いますよ?」
「……おう」
ソファーでぐったりしていたところに現れたのは日比野記子。授業が終わって寮に戻ってきたばかりなのだろう、キチンといつも通り結った髪に学園側指定通りの制服姿。バッチリ決まっている。
「各ユニット、それぞれのライブも迫ってますから。最近は忙しそうですね、プロデューサー」
「ああ、まあ、なあ……」
各ユニットのレッスン指導、演出プランの作成、関係各所への調整、その他諸々。最近の俺は多忙を極めていた。恨むべきは理事長。俺も知らぬ間に鬼スケジュールを組んでいた理事長。帰ってきたら文句の一つや二つ……いくつになるかわからんが、とにかく糞みそに業務過多について訴えてやる。そして給料もバカスカ上げろ。本当にいつ帰ってくるんだ。
「ははは、大変そうですね」
「その点、ソーファンは助かってるぞ。日比野が練習メニュー組んだり……片桐の面倒見たり」
「それはそれは、プロデューサーのお力になれて嬉しいです。ま、奈々菜はいつものことですけどね」
日比野は正面のソファに座りながら、苦笑いで俺にそう言った。
「……完全に事実だから謙遜すんな。お前の働きは、何なら賃金払ってもらえるレベルだぞ」
「うーん、プロデューサー、だいぶ日々の癒しが必要な感じですね」
まあ、日比野の言う通り、癒しは欲しいかもしれない。癒しというか、休みも欲しいかもしれないが、この寮長も兼任している状態なら、完全な休みは難しそうだ。
「……プロデューサーって、彼女いないんですか?」
「なぜ、お前、この状況、俺、煽る? お前、丸かじり」
「急にカタコトになるのやめませんか? プロデューサーのストレス解消状況的に聞いたんですけど……」
担当アイドルにストレスチェックされるプロデューサーってどうなんだ、なんて思いながら俺は日比野と会話を続けた。
「逆によぉ、いると思うかぁ?」
「確かに、難しそうですね。恋人よりも、私たちアイドルを優先しなきゃいけなくなること、沢山あるでしょうし」
「わかってるなら聞くなよぉ……」
ソファのクッションに顔を埋めてゴロゴロ転がってみる。自分でも思うが、いい大人がすることではない。
「うふふっ、まあまあ、拗ねないでください。現実に彼女がいなくたって、昨今はいくらでもやりようがやりますし」
そんなことを言いながら、日比野はスマホをポケットから取り出した。
「これ、知ってます? ちょっと前の携帯機のタイトルだったんですけど、最近スマホの新しいゲームも出た、国民的ガールフレンドデビュー! って銘打たれたゲーム。『ラブプラスEVERY』っていうんですけど……」
そのタイトルを日比野が口にしたとき、ちょうどタイミングよく談話室に闖入者が現れた。
「あ、Pくん、記子。お疲れー」
「お疲れ様です、プロデューサー、記子さん」
「あら? プロデューサー、だいぶお疲れのようですけど、記子ちゃんと何話してたんです?」
談話室に入ってきたのは、立川朱音、月島美奈都、朝霧春子の三人だった。珍しい組み合わせな気がする。と、思ったが、今日はローテンション的にこの三人で合同レッスンだったか。
「春子さん、お疲れのプロデューサーに日々の癒しとして、『カノジョ』を作ることを提案してたんです」
「こ、恋人、ですか記子さん!? ……だ、ダメですよ、プロデューサー。今は、まだ」
「あらあら……」
「……ふ~ん」
月島の発言に、一瞬微妙な空気が流れる。なんだ、その意味は。なんだ、この空気は。
「なーんか美奈都がサラッと意味深なこと言ってるけど、リアルじゃなくてこれ、スマホゲームよ」
「ああ、ラブプラスね。ちょっと前に新しいの出たよね~」
「へえ、朱音は知ってんのか」
「有名タイトルだしね。やったことはないけどどんなキャラがいるかくらいは、大体把握してるよ。Pくん、『ラブプラスEVERY』興味あるの?」
「ソシャゲに費やす時間も金も、今はあんまりない、へへへ、お仕事楽しいぜ」
「ありゃりゃ、こりゃ大変だねぇ」
「記子ちゃん、そのゲームってどんなゲームなの?」
朝霧が俺の右隣にすっと座った。それに続いて月島は左側に、朱音は正面に腰かける。
「簡単に言うと、三人のヒロインの中から一人を選んで恋人になって、日常生活を過ごしたりデートに行ったり、ってゲームですね」
「携帯機の時は、カレンダーと同期してて年間行事ともリンクしてたんだよなー。懐かしい」
「あれ? プロデューサー。携帯機の時はこのゲームやってたんですね」
「ちょっとだけやったぞ。流行ってたし、学生時代で時間もあったし」
「へぇ、そうなんですか……」
なぜか日比野は俺の言葉に意味深な笑みを浮かべた。何を企んでいる?
「そうそう、このゲームの魅力といえば何と言っても魅力的な三人のヒロインです。年上包容力抜群の寧々さんに、同い年の優等生、自分色に染めたい箱入りの愛花。クールで小悪魔感のある、甘いボイスがたまらない年下ヒロインの凛子! ……あら? なんだかここにいる三人にちょっと近い気がするかも」
日比野のその言葉に、俺は左右と正面の三人について改めて考えてみる。
「へえ……包容力抜群?」
確かに、朝霧はアイドル科の最年長、まとめ役だ。身体的なボリュームによる包容力も抜群である。健全な若者男性としては、わかりやすくたまらんところがあるだろう。
「自分色に、染めたい……」
月島も、なんと言うか何にも染まっていないところが、征服欲を駆り立てるところがある。
「小悪魔かぁ……ははは、なるほどねぇ」
朱音はレッスンなんかはあんまり積極的ではない。でも、やるときはやるのがギャップとして魅力だし、俺への各種おねだりも小悪魔っぽさがあるような。
「あー……確かに、そういわれると今いる三人に共通点あるような気もするな。あくまで共通点レベルだけど」
深く考えずに、俺はそう言った。今思えば、疲れによって頭があんまり動いていなかったのかもしれない。
「うふふ、そうですか。ボリューム、ですか」
「……染めたいん、ですか?」
「ま、朱音ちゃんの魅力ならしょうがないとこあるよねぇ」
俺の言葉に、三人が反応する。朝霧がなぜか俺の思考を読んでいるようなことは、気にしないことにする。
「プロデューサーは携帯機で昔やってたってことですけど、誰がカノジョだったんですか?」
日比野が俺に尋ねる。なんだかこいつ楽しそうだな。どうした? ま、別に大した話じゃないし、さっさと話して休むか。
「俺は――」
「寧々さん、ですよねプロデューサー」
「へ?」
俺の回答を遮るように、朝霧が言った。
「日々の疲れを癒してくれる包容力こそ、男性が求めるものじゃない? みんなに頼られているけど、実は誰かに甘えたいと思っている二面性なんかも、男性がグッとくるものだと思うんです。ね、プロデューサー?」
「……お、おう」
確かに、寧々さんの包容力も二面性も、素晴らしいキャラクター性だ。声優さんもそれを再現するにふさわしい、大きな実績のある、俺たちの中の過去のお姉さんへの憧れを想起させる効果的なキャスティングだろう。イチャモンのつけようがない、ぜひともカノジョになってほしいヒロインだ。
「ほら、身体的にも癒しに特化した大人な……」
「巨乳ってさー、そんなに偉いのかな?」
朝霧が進めるクロージングに待ったをかけるように、朱音が口を開いた。
「……どうかした? 朱音ちゃん」
「ま、ハルるんがいうように、『一部』にそういう需要があるのは分かるけどさ。やっぱ男の人って、美少女に振り回されたい願望あるんじゃないかぁって」
朱音はやれやれ、といった具合にため息をついて続ける。
「凛子みたいに、元々はそういうタイプじゃないのに、自分にだけ分かりずらく甘えてくれる女の子に手を焼くっていうのもさ、一つの理想なんじゃない? Pくんもそういうの好きでしょ?」
「え、あ、まあ、否定はしないけど――」
「ほら? そうでしょ? だったら凛子で決まりだよね? ね、Pくん?」
朱音はいつものような、どこか余裕のある笑みで俺に問いかけてくる。何かそこに圧力めいたものを感じるのは、きっと俺の気のせいだろう。
「あー、なんだか私、コーヒー飲みたくなってきました」
談話室の謎の空気を切り裂くように、月島が急にそう言った。
「元々紅茶派だったんですけど、最近コーヒーも飲み始めたんですよね。なかなかその美味しさがわからなかったんですけど、徐々にわかり始めたんすよね。……うーん、誰に影響されたんでしょうかね。生粋の紅茶派だったのに」
「……うわ、分かりやす」
「あらあら、そういう朱音ちゃんも中々だったと思うけど?」
「ハルるんも相当隠す気ないよね? 大きければいいってものじゃないと思うけど」
「うふふ、大は小を兼ねるって、今の中等部では教わらないの?」
「私はハルるんより若いからね、可能性はあるし、賞味期限も長いよ?」
「……へえ、朱音ちゃんもだいぶ口が立つようになったわね。昔はお父さんの影に隠れて人見知りだったのに」
「褒めてもらってありがとね。これからまだまだ成長していくから、見守っててね、ハルるん」
「うーん、『オッス、美奈都だよ!』……なんて。どうです、プロデューサー?」
会話が、混線していた。俺は、何にどう反応したらいいか、見極められていなかった。
「ふふふ、なんだか凄いことになってきましたね。さて、これはプロデューサーにとって『天国』? それとも『地獄』? 回答は?」
「……日比野、お前のせいでは?」
「やだなぁ、これまでのプロデューサーの努力のたまものですよ、ふふふ」
「一切褒めてねえよな、それ」
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そうして話は現在に戻る。
「……それでさぁ、Pくん」
「私も、気になります」
「ねえ、プロデューサー。そろそろ教えてくれませんか?」
俺は、三方向から、三人のアイドルに追い詰められていた。
「プロデューサーのカノジョは、誰なんですか?」
まったく、何をこんなに盛り上がっているんだか。ため息をついて、俺は答えを言う。
上手くこの場が、やり過ごせるように祈りながら。それでもそんな願いをおくびにも出さないようにしながら。頼む、どうにかなってくれ。
「別に、誰とも、付き合ってないよ」
――答えは、これしかない。
「は?」
「……え?」
「ふぅん……」
三者三様のリアクション。ちなみに日比野は、相変わらずニコニコしていた。
「ラブプラスには、付き合う前の『友達モード』って期間があるんだけどな。俺はそこまでしかやってない。三人のヒロイン、全員とかかわってそれぞれの事情とかを知るとさ、どーにも一人だけを選ぶってできなくってさ。ハハハ、優柔不断なんだろうな」
そう、付き合う前の100日間の友達モードは、ヒロイン全員とかかわることができる。ここで深くかかわったヒロインと結ばれることになるのだが、この友達モードだけしかやらなければヒロインからの告白までたどり着かなければ、誰とも恋人にならない、そういうことなのだ。
「いやプロデューサー、それは……」
「なんか、納得いかないです」
「え~~、まったく、Pくんは……」
俺を詰問していた三人は、困惑していたり不満だったりあきれていたり。まあ、そんなもんだろう。
「期待してた展開にならなくて悪いな。おおっと、そろそろお前ら合同レッスン始まる時間だろ。今日は外部のトレーナーさん呼んでるからな。ほらほら遅刻すんなよー」
俺は立ち上がってパンパンと手をたたいき、会話の終わりを示す。レッスンの時間が迫っていることは事実なので、三人も渋々ながら立ち上がってくれた。
「……後でまた、ゆっくりお話しましょうね、プロデューサー」
「おう、また後でなー」
朝霧の圧力をサラリとかわして、俺は彼女たちを見送った。
そして、パタンと談話室の扉が閉まる。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~」
その途端、俺はソファーに再びぐったり倒れこんだ。精神的に疲れたぞ。
「プロデューサー、凄い声出てますね」
「誰かが変な話題に持っていってくれたお陰でな」
「ふふふ、楽しんでもらえたなら何よりです」
「楽しくねえよ」
まったく日比野記子、本当に良い性格をしている。
「ちなみにプロデューサー、誰とも付き合わなかったっていうの、嘘ですよね?」
一息ついたのち、日比野はおもむろにそう言った。
「……どうして、そう思ったんだ?」
「ラブプラスのリアルタイムモードって、友達モードが終わってヒロインと付き合い始めないとプレイできないんです。友達モードは日程がスキップでカレンダーと同期しない。でもプロデューサーは、リアルタイムモードを知っていた。これは、カノジョを作ったことがあるって根拠になりません?」
「なるほど、知識としてカレンダーと同期っていうのを知ってただけって線もあるけど、それは?」
「おっしゃる通り、その線もありますね。でも、プロデューサーの性格的に『誰も選ばない』って選択はないって、そう思うんです」
「……へえ、俺の性格、ねえ」
なんと、決定打は論理ではなく、日比野が思う「俺という人間の性格」だったのか。
「はい、プロデューサーなら、背景を知って情が移ったなら、決してそのまま見捨てませんよね?」
「なんでまた、そんな」
「ふふ、それは普段のプロデューサーの様子から、わかりますよ。十五人のアイドルに振り回されながら、それでも最高のステージを作るために、身を削って奮闘してくれているじゃないですか?」
正面から褒められて、少し、言葉に詰まった。
「……随分と俺を買ってくれてるんだな、日比野。んで、じゃあ俺が選んだのは寧々、愛花、凛子、三人のうち誰だと思う? ははっ、三択だ。クイズっぽいな」
「……三択、ですか。いいでしょう、プロデューサー。私の答えをお伝えします」
アイドル科のクイズ王、その実力は如何に――
「私の回答はその三つの中にはありません」
日比野は、迷いのない表情で俺に回答をたたきつけた。
「……へえ、俺に『見捨てる』って選択はないんじゃ?」
「ええ、ですからプロデューサーの選択は、三人の中から一人を選ぶんじゃない。『全てを選ぶ』です」
滑らかに、日比野は続ける。まるでその口調は、欠片も自分の正解を疑っていないかのように。
「携帯機版のラブプラスは、一つのカートリッジにデータを三つまで作成できます。これなら、三股だって普通にできますよね? 見捨てられないプロデューサーが、選んだ選択肢は、これしか導かれません。さて、これで私の回答は終わりました」
いつの間にか、俺が『見捨てない』というのが確定した事実になっていた。不確定な俺という人間の人格に、日比野はどこまで確証を得ているんだ。
「答え合わせ、してもらえますか?」
メガネの位置を直しながら、正解した気満々であった。
果たして、どう回答したものか、悩む。
ただ、どんな嘘をついたところで、日比野には通じないと思った。
彼女の推理を跳ね返す理屈が、頭に思い浮かばなかった。
「はぁ……正解、だよ。おめでとう」
それに、なんだか、日比野に嘘はつきたくなかった。
俺はため息とともにパチパチと緩慢なリズムで拍手をして、日比野の正解をたたえた。
「やりました。まあ、単純に貧乏性なプロデューサーがフルプライスのソフト買ったなら、全部楽しんだんじゃないかっていう理由もありましたけどね」
「流石クイズアイドル、だな。知識だけじゃなくて洞察力や推理力も備えていらっしゃる」
「ふふふ、クイズには色んなパターンがありますからね。すべてに対応できるように、日々是レッスンですよ」
理事長のアレか。ご立派な心構えである。
「……しかしお前、俺のこと褒めてんのか貶してんのか、どっちなんだ?」
「三股してた人を褒めるっていうのは、倫理的にどうかと思いません?」
「あくまでもゲームの話だ。現実じゃそんなこと有り得ないだろ」
「さっきのやり取りを見ると、有り得ないとは言い切れないと、私は思うんですけど」
「……ん? 何か言ったか?」
「ずるい人ですねぇ」
日比野が何か言っているが、そういう都合の悪いことは聞こえないのだ。大人の耳はそういう風に便利にできている。
「さて、プロデューサー。見事クイズに正解した私への賞品として、一つ、答えてもらってもいいですか?」
「なんだ? 俺は日比野ほどクイズ得意じゃないから、正解できないかもしれないぞ?」
「クイズじゃなくって、ただの質問です。正解は、ありません。……いいですか?」
「……まあ、俺に答えられる範囲であれば」
何か物品を要求されるよりはいいだろう。日比野がそんな強請りみたいなことをやるとは思えないけれど。
「ありがとうございます。じゃあ、聞きますね」
俺の許可に日比野は微笑んで、ひと呼吸おいた。
「もし、もしもですよ? プロデューサーがラブプラスをやっていたときに、もう一人ヒロインがいて……そのヒロインはアンダーリムのメガネがチャームポイント、クイズが大好きな辛い物好きな女の子だったとしたら。――そしたらプロデューサーは……
飛んできた質問は、俺の予想をはるかに超えるものだった。
ただ、でも、しかし、回答には大して悩まなかった。
「……そのヒロインがどんな女の子なのか、情報が少ないから何とも言えないな」
「そう、ですか……」
「でも、まあ――」
ちょっと前に悩んだ回答と違って、今度の答えは、存外すっと出てきた。
「例えばそのヒロインが周りのことをよく見られる仲間想いの頭の良い子で、俺のことをいつも影ながら支えてくれる、メガネをとってもバッチリ美少女でさ。でもその割には自己評価があんまり高くなくて、そして周りが見えてるからこそ自分が期待される立ち振る舞いを無意識にしちゃっていて、そのせいで一歩引くポジションにいることが多くて、あんまりワガママも言わない。まあたまにはお茶目なことを言って俺を少しだけ困らせちゃうけど、だけどそういうところも全部含めてまた可愛くて魅力的、周りの目のないところだったら、たっぷり褒めて甘やかしてあげたい……って女の子だったらさ。俺は、迷わずその子を迎えに行ってただろうな」
「…へ? へ?」
「『
今日困らせてくれた借りを、俺はしっかり返してやった。これは、なかなかに気持ちがいい。意趣返しの意味もあるけれど、それでもこれは俺の本心に近いと思う。そうでなきゃ、こんなにべらべら口から誉め言葉は出てこない。
「い、今はあんまり見ないでください!」
日比野は俺を避けるように顔をそむけた。その頬は両手で隠しているけれど、耳までは隠しきれず、赤く染まっているのが見える。
「……プロデューサーって、誰にでもこんなこと言ってるんですか?」
「はて、聞かれてる意味がよくわからんけど、でもきっと日比野にだけだよ」
普段の誉め言葉や賞賛を素直に聞いてくれない日比野だから、こういう機会には容赦せずに畳みかける。
「……プロデューサー、いつか刺されても知りませんからね。十四本の包丁がプロデューサーの背中に刺さってる未来が見えます」
「それは周りがよく見える誰かさんに上手く立ち回って防いでほしいもんだな」
「もう……やれやれ、ずるい人ですねぇ」
日比野のセリフは完全に俺にあきれているそれであったけれども、表情は優しかった。
毎日の激務で疲れてはいるけれども、こうして日比野と話したことで、エネルギーをもらえたような気もする。たまにはこういう時間があっていい。
「ねえプロデューサー、これからカレーでも食べに行きませんか?」
日比野から、唐突な提案が行われた。確かに、夕方、いい時間だ。腹も減ってきた。疲れが噴き出してきたのは、腹が減っていたというのもあるかもしれない。
「いいな、それ。ただまあ、俺でも食べられるように辛さは調整できるところが――」
「ご心配なく! 激辛、超激辛、爆辛、鬼辛とバリエーションもたっぷりです!」
「スタートが激辛なのはやめてくれませんかねぇ」
「ふふふ、冗談です。疲労回復に良いスパイスの入った、スパイスカレーのお店にしましょう。カプサイシン以外にも、スパイスには色々ありますから」
「……ありがとな」
疲れている俺への日比野の心遣いがありがたかった。
こうして振り回されることはあるけれど、きっと日比野も他のみんなも、俺のことを大事に思ってくれているんだろうと思う。
「よっし、じゃあそこ行くか。朝霧たちが戻ってくる前に、さっさと行こうぜ」
「もう、なんですかその言い方は~」
そこには恋愛感情だけじゃない、何かしらの『愛』みたいなものがきっとあって。
「三人をけしかけた日比野には言われたくないぞ~」
「ふふっ、『そういうところも含めて可愛くて魅力的』じゃないんですか?」
「はて、何のことやら」
だから、今の俺の生活に、どこかからの愛を加える必要はないんだと思う。
「二人ですし、た~っぷり褒めて甘やかしてくださいね?」
「……食いに行くの、カレーだろ?」
「そうですね、ふふふっ、おかしいですね、プロデューサー」
ああ、おかしい。おかしな話だ。
でも、まあ、こんなおかしな状況も、きっと、多分、大いに悪くない。