【ときドル】アイドル科の日常   作:うんぼぼ

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ときドル P×アイドル アンソロ「Crush on You」に参加した原稿をちょっとだけ修正して公開します。ちょっと長いので前後編に分けます。


答え合わせ(前編)

 十八歳の冬は、特別な季節だ。進学や就職、はたまたそれ以外の道、何らかの人生の岐路がすぐそこに迫っている多くの人にとっての『選択』の季節。自分の十八歳の冬も、それなりに悩んだし苦しんだ。そんな記憶がある。

 さて、我らがプリンセスリパブリック音楽学院アイドル科学生寮にも、その岐路に立たされているアイドルが二名いる。

 

「んで、三田。そろそろ心は決まったか?」

 

 談話室、こたつの天板に頭を預けてリラックスしきった三田に俺は問いかけた。内容はもちろん、来年春からの進路。

 今年の三月でアイドル科ゼロ期生は、めでたく学院を卒業する。その先をどうするのか、どんな道を彼女たちが選ぶかで、これから俺がやることも変わってくる。アイドルとしての活動を続けるなら、春からの所属事務所への繋ぎ、アイドルとしての活動を辞めて進学するというならそのためのサポート。もちろん進学してアイドル活動を続けるという選択肢もある。どの道を選ぶにしても、そろそろリミットだ。

 

「面倒、留年する」

「あのなぁ」

「……冗談。明日のライブが終わったら、ちゃんと決めて伝えるわ」

「お、おう、安心したが……今まで渋ってたのに、いやにあっさりだな」

「別に、深い意味はない……というわけでもないけど、それでもちゃんと考えているから安心してちょうだい」

 

 選んだ進路に深い意味がないということだったら問題あるけど、どうやらそういうことではなさそうだ。多分。どんな心境の変化があったのかはわからないけれど、俺としては三田が自分自身で進路を決めるということだったら文句はない。

 

「そうか……じゃあ、ゲームはほどほどにして早く寝ろよ」

「難しいこと言うわね……プロデューサーもお酒はほどほどに」

「難しいこと言うなぁ……」

「アルコール中毒」

「うるせえ、ゲーム依存症」

 

 二人してそんな軽口をたたき、薄く笑い合いながら俺は談話室を後にした。こんな風に軽口を叩きあえるのも、過ごしてきた時間の成果であって、そしてその時間もあとそう長くも続かない。それに寂しさや切なさは覚えるものの、でもだからといって俺にできることはない。考えないようにして、進む彼女を嬉しく思うのが正解だろう。

 

「ああ、あとプロデューサー。上手くやったつもりでも、そうでもなかったってことはよくある話よね」

「あ? 何のことだ?」

「ゲームの話、ってことでいいわ。せいぜい、用心することね」

「お、おう……」

 

 三田の言っていることの真意はよくわからないが、さて、明日十二月二十四日、クリスマスイヴはライブだ。しかもメロディアスライブのセカンドステージ。いわば全国大会準決勝。十二月のこの大会を勝ち抜くと、二月下旬のファイナルステージに進める。俺たちの目標はこの次のファイナルステージでトップに立つことだ。目標の上では通過点だが、決してその戦いは甘くない。どの団体も必死だ。

 やれることはすべてやった、と思う。だからとって、それで勝てるほどこの世界は甘くない。本当に、ステージでは何が起こるか分からない。

だからこそ、彼女たちを勝たせてあげたい。自分の全てを賭けてでも、彼女たちの素晴らしさを世界に示したい。それを彼女たちにとってのクリスマスプレゼントにできればいい。なんて、そんなことを俺は思っていた。

 

 

 それはさておき、十二月というのは師走というように非常に忙しい季節だ。俺が「師」にあたるかはわからないが、とにかくここのところ忙しかった。業界の忘年会なんかだけじゃなくて、出張もかなりの回数あった。休みもないに等しいほどの稼働状況で身体がバキバキだ。今日は風呂に入って早く寝よう。

 

「あ、プロデューサー、こんなところにいたんですね。探したんですよ」

 

 そんなことを考えながら自室に戻ろうと少し歩いたところで、聞きなれた優しい声が、朝霧春子の声が後ろから届いた。

 

「おう朝霧、どうした?」

「少しお話があるんですが」

 

 実は、三田に加えて朝霧からも未だ進路希望を聞けていなかった。その話をできるのであれば、丁度いい。

 

「そうだな、レッスン室でも行くか? 多分、今は誰も使ってないし」

「いえ、その……ちょっと歩きませんか?」

 

 朝霧の提案は、俺の予想とは外れたものだった。

 

「この、糞寒い冬の夜に?」

「ええ、この糞寒い冬の夜に、です」

「アイドルが糞なんて言葉使うな」

「ふふっ、これはプロデューサーを見習っての言葉遣いだったんですけど」

「お手本はちゃんと選んだほうがいいぞ」

 

 十二月下旬の夜。外の気温は当たり前のように低いし、冷たい風も吹く。明日は大事なライブなのだから風邪でも引かれたら困る、回答はもちろんノーだ。

 

「……ダメ、ですか?」

「……ちゃんとコート着て、マフラーして来いよ」

「はいっ、ありがとうございます」

 

 結果として、その上目遣いに俺は逆らえなかった。朝霧は小走りで自室へと防寒着を取りに戻っていった。まったく、我ながらダメな大人である。

 

 

 

 

 

 

 予想通り、十二月の夜は寒い。昼だって寒いんだから当たり前のことで、この選択をした自分を俺は呪った。寒さに震える俺とは正反対に、朝霧は元気そうに隣を歩いていた。朝霧は上半身はコート、マフラーで武装しているものの、下半身はスカートにストッキング一枚。アンバランスな女子高生ファッション。これが年齢の差なのだろうか。

 

「すみません、こんな寒いなか連れだしてしまって」

「……気にすんな、これも俺の仕事だ」

「仕事、ですか。じゃあもし、プロデューサーがプロデューサーじゃなかったら、私とこうやって歩いてくれるなんてことはないんですね」

「……そうだな。そもそもそうでもなきゃ、俺と朝霧に接点なんてないだろ」

「そうですか。だったら私は、幸運ですね」

 

 幸運なのは、きっと俺の方だ。この学院に来られて、アイドル科の皆とかかわれたことは、幸運としか言いようがない。ただ、それを言うのは照れるので、俺は黙って歩く。

 

「イルミネーション、綺麗ですね」

 

 学院近くの並木道では、小規模ではあるが木々の枝でイルミネーションが小さな光を放っていた。

 

「もうすぐクリスマスだしな。ま、独り身にクリスマスなんて基本は酷なイベントだ」

 

 今年は仕事があるという言い訳で、世間にあるすべての独身者叩きを回避できるわけだ。ビバ、プロデューサー業務。ビバ、クリスマスイヴに大きめのホールを押さえたメロディアスライブ運営。

 

「朝霧は、クリスマスは好きか?」

「……ええ、お祭りみたいなものですし。でも」

「でも、なんだ?」

 

 朝霧は足を止めた。俺もつられて足を止め、朝霧を振り返る。

 幻想的な光を見つめる朝霧は、その表情が絶妙な憂いを帯びていて、とても絵になる。カメラマンを呼んで、今のこの姿を残したいと、俺は思った。それくらいに、朝霧春子は綺麗だった。

 

「でも、クリスマスも、お正月も、バレンタインもホワイトデーも……今年は来てほしくありません。次の桜も、卒業も」

 

 突きつけられた核心に息が詰まる。俺のようなおっさんに片足を突っ込んでいる人間の一年と違って、少女の一年は早く、そして重い。

 

「私には、もうここで過ごす来年はありませんから」

 

 時間は、果たして有限である。永遠に続けばいいと思う時間ほど早く過ぎ去る。それは過ぎ去った後に振り返れば幸福であったことの証でもあるけれど、経過の渦中での当人はただひたすらに寂しく悲しい。

 朝霧の言葉に、俺はどう返したらいいのか。大人ぶって「卒業したって楽しいことはこの先沢山あるさ」なんてことを言えばいいのだろうか。正しいことと、やりたいこと、やってはいけないこと、それぞれが俺の中でぶつかっていた。

 

「そう、か……」

 

 迷いに迷って、ごちゃまぜになった思いを、苦し紛れに吐き出した。特に意味はない言葉だった。これがきっと朝霧が俺に話したかったことなのかもしれない。

 

「両親は、もうアイドルとしての活動は高校生までで辞めろって反対してるんです」

「……おう」

「それが私の幸せのためだって」

「……おう」

 

 朝霧は煮え切らない態度の俺に畳みかける。ご両親の言葉も、否定できない。芸能界でスポットライトを浴びて生きていくというのは壮絶だ。その椅子は限られた数しかない。運よく一瞬その光を得られたとしても、ポジションは絶対ではない。そんな世界に娘を送り出すことは、正気ではないといえるかもしれない。

 

「プロデューサーは、どう思いますか?」

「……おう」

「おう、じゃないですよ、ちゃんと質問に答えてください」

「ああ……」

「意味、変わっていないんですけど」

「ふむ……」

「言い方を変えればいいって問題じゃありません」

 

 朝霧の追求は止まらなかった。

 

「それは……」

「それは?」

 

 息を吸って、覚悟を決めて、言う。

 

「それは朝霧が決めることだ。俺からは、何も言えない」

 

 言った。

 この世には無数の選択肢があり、それは自分で選んでいるようで無意識下の様々な要因に選ばされているのかもしれない。しかし、その実質はさておき、「この道は自分で選んだんだ」と。その実感があるのとないのとでは、話が違う。他人に選ばされた選択で成功してしまえば、その成功に喜びは少なく、下手をすれば増長を招く。失敗すれば、それは自分のせいではないという逃げ道を作ってしまう。喜びも、成長の機会も奪われてしまう。それは、学院に属する教育者の端くれとして看過できるものではない。まあ、本当に端くれの端くれだけれども。

 

 自惚れと言われるかもしれないが、俺は朝霧に頼りにされていると、そう思う。一年前のゼロ期生が越えられなかった壁を、上半期の成績でやすやすと打ち破ってみせ、さらに期待以上の成績を残した男だ。年頃の女子が集う寮に男が一人という、保護者からするとクレーム待ったなしの状況を実績で黙らせた有能なプロデューサーさんだ。……自分で言うと死ぬほど恥ずかしいから、もう二度とこんなことは言わないようにしよう。

 

 俺が朝霧に対して「アイドルとしての活動を続けるべきだ」と言うのも、「もう辞めて別の道に行くべきだ」と言うのも、彼女の背中を押すためのそれなりの材料になると思う。なってしまうと思う。

 だから俺は、何も言わない。だから彼女の選択に対して、できる限り関与しないように、――そして関与させないようにしている。

 

 

「……冷たいんですね」

 

 朝霧がそう思うのも、仕方がないだろう。これで嫌われてしまったとしても、何も文句は言えない。

 

「冷たくて、ずるいです」

 

 朝霧は俺に背を向けて早足で歩き出す。

 

「もう、来年からいない人間は、用無しなんですか?」

 

 朝霧を追いかけるように俺も歩き出す。

 

「私には、美奈都ちゃんみたいな歌唱力も、奈々菜ちゃんみたいなカリスマ性も、夏海ちゃんやつばさちゃんのようなダンスの実力もありません。フラニーちゃんや希少みたいな日本人離れしたビジュアルもないですし、秋葉ちゃんみたいな全てを照らす明るさだってないです。他の皆にもすごい才能があって、それを伸ばす余地だっていっぱいあります。でも、私にそんな才能はありません。こんな私に、プロデューサーみたいな能力のある人が将来性を感じないことだってわかります」

 

 違う、違う、そんなことはあり得ない。そんなことは妄言だ。そんな悲しいことを言わないでくれ。

 

「それだったら、他のアイドルに注力したほうがよっぽど効率的です。だから、私みたいな人間は、プロデューサーにとって用無しなんでしょう?」

「そんなこと」

 

 絶対にない、とそう言いながら肩をつかんで振り返らせた朝霧の顔は、

 

「ふふっ、ふふふふっ」

 

 その表情は、笑顔だった。

 

「……おい、何笑ってんだよ」

「ごめんなさい、困らせちゃいましたね」

 

その声は俺の深い悩みが拍子抜けするほど明るかった。

 

「お前、からかってたのか?」

 

 肩の力が抜けた。それと同時に漏れたため息が、白く空に昇る。大した演技派だ。まさに日々のレッスンの賜物かもしれない。こんな成長は嬉しくないが。

 

「本当にごめんなさい。悩んでいたのも、プロデューサーを恨んでたのも本当なんです。でも、今はもう大丈夫です。プロデューサーが私のことちゃんと考えてくれていたって、分かりましたから」

「……そりゃどういうことだ?」

「いえ、良いんです。答え合わせは明日、ライブが終わってからにしましょう。進路のことも、明日ちゃんとお話しします」

 

 朝霧の意味深な言葉に引っかかりを覚えるが、前向きな気持ちでライブに挑んでくれるなら、そして進路を選択してくれるなら、とりあえずはそれでいい。何より、朝霧の表情がいつも通りの穏やかなものだったから、それでいいのだ。

 

 そうして俺たちは再度歩きだした。話は終わったのか、朝霧の足は女子寮の方へ向かっていた。

 

「プロデューサー、今日はちゃんと早く寝てくださいね。明日は朝からリハーサルで長丁場ですから」

「ああ」

「今日はお酒飲んじゃだめですよ?」

「分かってるよ、飲まない」

 

 ちょっとくらいは飲むかもしれないけど。ビール一本くらいはノーカンだろ。

 

「お風呂入って温まってから寝てくださいね?」

「へいへい」

「虫歯になるから、ちゃんと歯も」

「だーもう、うるせえな。お前は俺の母ちゃんか」

「ふふふっ、そうですね。私はプロデューサーの母親じゃありません」

「当たり前だっつーの」

「確か『人類の夢』で『女神』でしたよね?」

「……は?」

 

 朝霧から飛び出してきた言葉に、一瞬思考が止まる。

 

「お前、それ、もしかして」

「それじゃあ、プロデューサー、お休みなさい」

 

 朝霧は俺の問いかけに答えず、含みのある笑みを残して駆け出して行った。いつの間にか寮の目の前まで戻ってきていたらしい。俺は、何もできずそこに立ち尽くす。朝霧が去っていった寮の入り口の光が、妙にまぶしく感じた。頭の中は「もしかして」という疑いで一杯であったけれども、それでもここでずっとこうしているわけにはいかない。寒いし、早く風呂でも入ろう。

 

 と、歩き出したとき、朝霧が走ってこちらに戻ってきた。どうしたんだろうか、忘れ物か。よっぽど急いできたのか、彼女の息は若干上がっていた。朝霧は深呼吸をして、息を整えてから話し出した。

 

「すみません、一つ言い忘れてました」

 

 そして朝霧はまっすぐ立って、正面から、事も無げに、

 

「好きです、プロデューサー」

 そう、言ってのけた。

 

「では、今度こそ、お休みなさい」

 

 再び朝霧の背中が遠くなる。今度は本当に動けなかったし何も言えなかった。朝霧の方が、俺なんかよりずっとずるいと思う。

 

「……酒、飲も」

 

 しばらく黙って立ち尽くして、また一つため息をついてから、つぶやいた。アルコールの力に頼らなければ、今晩は眠れそうになかった。

 

 

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