提督を務める祖父に連れられて、幼い孫は鎮守府を訪れる。

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夜更けと蝋燭の灯

 祖父は鎮守府で提督をやっている。私は幼い頃から父や母にそう聞かされていた。しかし私は、祖父が実際に何をしているのかは知らなかった。

 祖父は滅多に家におらず、いつも鎮守府とやらに詰めているらしかった。それでも時々は家に居て、そんな時にはやれあの敵は手強かった、やれあの海域は魔性だったと、父母や祖母に対して、何らかの戦いに従事しているものとしか思われない言葉を漏らしていた。

 そういった言葉を私に面と向かって言うことはなかったものの、私が聞いていても特段気にする素振りはなかったから、隠す気はそもそもなかったのだろうと、今となっては思う。

 祖父は海で、敵と戦っている。そう理解した幼い私だったが、しかしニュースや新聞を漁っても、日本が他国と戦争をしている形跡はどこにも見つからなかった。国防の為の組織は存在するにせよ、祖父の言いようは、間違いなくそういったニュアンスのものではない。

 不審に思って直接聞いてみると、祖父はにんまりと笑みを浮かべ、さて、なにをしているのだろうな、と曖昧にはぐらかすばかりで、正解はおろか、推測の材料さえも与えてくれなかった。

 祖父の正体を知らぬまま日々は過ぎて、私が十二歳の誕生日を迎えた日の事。お前も来年には中学生だ、そろそろ俺の仕事場を見せてやろう、祖父はそう言って、私を鎮守府へと連れていってもいいと漏らした。

 鎮守府。祖父の勤め先であり、祖父がその暮らしの大半をそこで過ごす場所。

 長年の疑問が燃料となって、私の好奇心には火が点いたらしい。ぜひ連れていってくれ、と応える私に、祖父は本当にうれしそうに笑うのだった。

 

 

 

「おかえりなさい、提督。……あ、そのお子さんが例の?」

 執務室、と表札の下げられた部屋の中に、一人の女性がいた。小豆色のセーラー服を着た、ショートヘアの女性だ。

 祖父は女性の問いかけに対して鷹揚に頷くと、ほれ挨拶、と私の体を前に押し出した。

「初めまして。ボクは最上、君のお爺さんの下で働いているんだ」

 年上の美人に優しく声を掛けられて、私は気恥ずかしさに動揺してしまった。とっさに祖父の背後に隠れると、あらら、と微笑ましげな声が降ってきて、私は一層、居心地の悪い思いを深めた。

「提督、お孫さんにはどこまで話を?」

 いんや何も、と祖父が返すと、女性―――最上さんは少し呆れたような顔をして、なら最初から説明しないといけけないね、と呟いた。

「じゃあ、まずはボクたちのことから知ってもらおうかな。ここがどこで、何のために作られたのか」

 そう前置きして、最上さんは語り始めた。

 深海棲艦の出現、彼らによる通商の破壊、そして時期を同じくした艦娘の発見。以来、人知れず続けられてきた戦いの歴史。私たちが生きる日常的な世界の裏で、物語か何かのような戦いの日々を送っている人々がいるということ、とりわけその登場人物に祖父が含まれているという事実に、私は目眩にも似た驚きを感じた。

 一通りの話を聞き終わると、祖父が言った。

 ―――別に継がなきゃいけないってこたぁねえ。お前の父さんだって継がなかったし、世襲にしなきゃいけねぇなんて決まりもねぇからな。だが、お前がいまの話を聞いて、感じるものがあったなら、な。

 祖父らしからぬ誠実そうな言葉に柄にもなく感傷を覚えていると、いやいや、と最上さんが呟く。

「……提督、情報を出し惜しみして散々興味を抱かせておいて、いまさら自由にしろっていうのはどうかと思うよ。ほとんど悪徳商法じゃないか」

 呆れ顔で為された突っ込みに、まあそりゃそうだが、しかし知らん人間に家族同然の艦娘たちを任せられんだろ実際、と悪びれもせずに祖父は本音らしきものを吐露した。

 それを聴いて、まったくもう、と呆れた風に呟く最上さんの、しかし隠しきれない喜色を滲ませた様子がやけに印象的だった。

「提督はこんなこと言ってるけど、すぐに決めなきゃいけない話でもないし、とりあえず今日は鎮守府のことを知ってくれるだけでいいからね。提督、お孫さんも鎮守府に泊まってくんですか?」

 祖父が頷くと、最上さんは何やら名前の沢山並んだ紙片を眺め、よし、と呟いた。

「ボクはこれから出撃でね。提督は執務があるし、他の艦娘を案内役に付けるよ」

 見学しててもいいし、非番の艦娘と交流してみてもいいかもね、と言うと、最上さんは部屋に備え付けの黒電話を使って、件の艦娘を呼んだ。

 数分後、案内役にと呼ばれた女性が、執務室を訪れた。

 彼女は部屋に入るなり私を一瞥すると、

「不知火です。よろしく」

 とだけ呟き、黙して微動だにしなかった。

 困った私が最上さんに視線で助けを求めると、彼女はわざとらしく視線を逸らして曖昧に笑うだけだった。祖父も同様に、我関せずを決め込んでいる。

「不知火に何か問題でも?」

 不埒な思考がそのまま伝わったのだろう、不知火さんはそう言うと、私の目をじっと見つめてきた。

 ここに至って、やっと祖父が動く。まあ何だ、案内頼むわ、と祖父が告げると、不知火さんはひとつ頷き、こちらへ、と私を執務室の外へ誘った。

 

 

 

「先ほどの部屋が執務室。こちらが食堂。この廊下の突き当たりが談話室。建造ドックは別棟です。艦娘の部屋は艦種ごとに区画が決まっていて―――」

 不知火さんは私を伴い、足早に鎮守府の中を案内していく。説明は淀みなく、過不足もない。初めて訪れた建物の作りが、私にも素早く、しかも自然と理解された。

 しかし、その時間が楽しいものであったかと問われれば、首を横に振るしかない。彼女の解説には、感情というものが感じられなかった。表情の少ない彼女の怜悧な印象も手伝い、私はまるで、学校で先生に延々叱られているような、張りつめた感覚を味わわされていた。

 いくつかの施設の紹介を経て、艦娘の居住区域へと差し掛かった時のことだ。

「おっ、噂の新提督候補ってのはお前か?」

 突然声を掛けてきたのは、左目を眼帯で覆い、頭部には猟犬の耳めいた機械を備えた女性だった。この案内の最中、初めて出くわした、最上さんと不知火さん以外の艦娘である。

 ずんずんと近づいてくると、女性はそのまま私の頭を鷲掴みにし、ぐりぐりと撫で始めた。

 私の怯えと気恥ずかしさが伝わったのだろう、生来いじめっ子とみえる彼女はにんまりと笑い、手の力を更に強めて私の頭を更に撫でくり回す。

 しばし居心地の悪さに耐えていると、突然、頭に感じる力が弱くなった。と同時に、目の前の女性が苦悶のうめき声をあげつつ前に傾ぐ。背後には、腕を振り抜いた姿勢の別の女性。

 いつの間にか背後に立っていた彼女が、後頭部を殴打したらしい。振り抜かれた腕をそっと下ろす、その緩慢な動作がどこか恐ろしさを感じさせた。

「天龍ちゃん、嫌がってる子をいじめちゃだめでしょう~……? ごめんなさいね。天龍ちゃん、威張れる相手を見つけるといっつもこうなの」

 私の顔をのぞき込むように言う彼女の顔を押し退けるようにして、天龍と呼ばれた女性が視界に戻ってくる。

「おまっ……龍田、それじゃ俺がガキ相手に威張ってるみたいじゃねーか!」

「あらあら、違ったかしら~……?」

「てめっ……フン。挑発には乗らねえ。俺は強いからな」

 旗色が悪くなったのを感じてか、天龍、と呼ばれていた女性は私の方へと意識を戻した。

「提督の孫なんだってな。俺は天龍。お前らは……アレか、鎮守府探検でもしてんのか? 他の艦娘にはどれくらい会ったんだ?」

 正直に二人が初遭遇だと伝えると、天龍さんはその答えがよほど予想外だったらしい、しばらく呆然としていた。

 ややあって、勢いよく不知火さんの方へと顔を向ける。視線を向けられても、不知火さんには動揺する素振りすらない。

「不知火に何か落ち度でも?」

「いや、あるだろ……あるだろ!? 提督の孫が来るとかちょっとしたイベントだろ!? 他の艦娘だって一目くらい見ておきたいだろうがよ! 次期提督かも知れねーんだから!」

 まくし立てる天龍さんの後ろで、うーん、流石にこれはねぇ、と龍田さんも困り顔の様子。

 明確に非難されながらも、不知火さんは相変わらず、表情を全く変えない。

「ですが、提督からの指令は鎮守府の案内です。効率的に案内するには、艦娘との遭遇は不利なのでは?」

 天龍さんががっくりと肩を落とす。

「やっぱりわざと回避してやがったのか……。おかしいと思ったんだよ、誰とも会わずに執務室からここまで来るなんて普通は有り得ねえんだから」

「その甲斐あって、この短時間で主要な施設を回り終えました」

「誉めてねえよ……全ッ然誉めてねえよ……。あーもう、仕方ねーなー、ほら」

 天龍さんは唐突に私の手を掴むと、ずんずんと歩き始めた。向かっている先はどうやら、居住区域の奥のようだ。

「待ってください。まだドックの場所の把握が」

 台詞とは裏腹に、焦りを感じさせない声色。天龍さんは意に介さない様子で、

「そんなもん後でいいだろ後で。ほら、非番の連中が暇してるからさ。顔出してやれよ」

 連れて行かれた先の部屋には、沢山の艦娘がいた。より正確に言えば、道すがら天龍さんが喧伝してくれたおかげで、歩くほどに大所帯になっていった。ピエロが風船を配りながら遊園地を練り歩く、あの情景が私の脳裏に浮かんだ。

 最終的には二十人に届こうかという人数がぞろぞろと廊下を歩くまでになり、交流のために使うつもりだったという天龍さんの自室には当然ながら収容しきれる訳もなく、急遽食堂にて交流を行う流れとなった。

 たくさんの艦娘が、私に会いに来てくれた。外見年齢も様々で、個性も色々な彼女たちと、入れ替わり立ち替わり話をした。

 戦闘の怖さ、義務感と連帯感、任務終わりに食べるアイスのおいしさ、提督の噂話、提督への不満、提督との思い出。話題は尽きることがなく、食堂から声が絶えることもなかった。

 いつか共に戦うかもしれない彼女たちとの、楽しい会話。ただ、その中に不知火さんが居なかったことが、私には気になって仕方なかった。

 

 

 

 食堂での交流はそのまま夕食へと続き、出撃帰りの方々とも話をする機会が持てた。執務を終えた祖父も交え、一段と賑やかな会話に華を咲かせていると、あっという間に夜が来た。

 見かけの歳が近いせいだろうか、自分の部屋で寝ればいいと駆逐艦の艦娘たちに誘われた時には大変に困ったものだが、最上さんほか、大人の艦娘の人たちに取りなしてもらい、事なきを得た。結局、使われていない部屋をひとつ借りて、布団を敷かせてもらうことになった。

 ぶーぶーと文句を言う彼女らに少し申し訳ないような気もしたが、流石に同じ布団での同衾は勘弁してもらいたい。彼女たちにとっては友達のような感覚なのかも知れないが、私も一二歳、自意識というものが芽生えているのだ。

 ……と、そこまで考えて、いや、むしろ逆かもしれない、と唐突に思い至った。艦娘の時間は通常の人間よりもゆっくりと進むのだと、最上さんは語っていた。それに、たとえ見掛けが私と変わらない大きさの少女であっても、中身は立派に務めを果たす戦士なのだ。彼女らの目には、私は世話を焼きたくさせる年下に見えるのかもしれない。この考えは、それなりに正しいものであるように思われた。

 ……まあ、いずれにせよ私の方が気恥ずかしいから御免被りたいのだけれど。

 そんなことを考えながら微睡んでいると、唐突に部屋の扉が薄く開かれた。細く伸びる廊下の光に照らされて、黒く浮かぶ人影は―――不知火さんだ。私は、眠気が吹き飛んでいくのを感じた。

「……失礼、起こしてしまいましたか」

 相変わらず抑揚のない声でそう問いかけてくる不知火さんに、まだ寝ていなかったから、と告げる。彼女はそうですか、と頷いたかと思えば、

「では問題ないですね。出掛けましょうか」

 まだ寝たままの私に、片手を差し伸べた。

 

 

 

 そして、私たちは夜の海に出た。

 海に面した鎮守府の港湾部で、私達は眼下に広がる景色を眺めた。どこまでも黒一色が続いていた。探照灯では目立ちすぎますね、と彼女が取り出したのは、古びた手提げ式のカンテラだ。ぼう、と彼女の姿が腰のあたりまで闇に浮かぶ。柔らかく辺りを照らすその光は、しかしこの闇の中では、いかにも頼りなげに見えた。

 不安が伝わったのだろうか、大丈夫、夜目は利きます、と不知火さんは呟いた。

 躊躇する私を無言の威圧で制し、不知火さんは私を背に乗せた。そのままコンクリートのへりを蹴り、黒々とした水面へと落下する。着水の瞬間、驚くほど静かに、彼女の足は水の上に静止した。

「動きます。しっかり捕まって」

 それは降りる前に言ってほしかった、と思うやいなや、体が後ろに引っ張られるのを感じた。どんな力のなせる業か、彼女と、彼女の背中に乗った私は、水面を滑るように駆けていた。

 スタート地点はすぐに遠くなり、周囲が全て海になる。彼女は港湾の中をくるくると回遊することに決めたようだった。黒々とした海は夜空と境目なく溶け合い、視界を照らしてくれる月も、今日は隠れている。四方を闇に包まれた中、彼女の掲げる灯りだけが、丸く小さく世界を切り取っていた。

 海風の冷たさを嫌って体を縮めれば、自然、彼女の背中を強く感じることになる。気恥ずかしさに手を緩める私を、危ないですから、と彼女は片手で、後ろ手に引き寄せた。

「楽しいですか? 不知火の背中は」

 どのくらい時間が経ったろうか、唐突に彼女はそう言った。

 意図が汲めずに応えあぐねていると、彼女は少なくとも私が楽しくて仕方ないということはないと悟ったのか、そうですか、と呟いた。

「……駄目ですね。隼鷹の話では、こうすれば子供は喜ぶ筈だったのだけれど」

 漏らされた呟きにも、依然として落胆や後悔の響きはない。

「『真夜中に秘密の散歩、しかも海の上! これなら間違いないね!』……か。こんなはずでは」

 台詞に見合わず、沈んだ口調にもならなければ、焦りや怒りを感じさせることもない、平坦な調子。

 だとしても、それは彼女が何も感じていない証だとは、私には到底、思われなかった。これが私を喜ばそうとしての行いだというのは先の発言から明らかだったし、動機を考えれば、昼間の出来事を彼女なりに考えた結果、こうすべきと定めたであろうことは明白だ。

 隼鷹―――あの、早々に飲酒していた彼女に知恵を乞うたか、それとも彼女の方から不知火さんに入れ知恵したかは知らないにせよ、酔っぱらいの案を採用するのは如何なものかとは思うけれど。

 ともかく、不知火さんの気持ちに報いるべきだと、私は思った。そう決めて、思いつくまま、この夜の散歩のよいところを述べてゆく。事実、寒さや恐ろしさを度外視すれば、この夜の出来事には代替しがたい魅力が確かにあった。彼女への気遣いとして繕うまでもなく、私は確かに、楽しんでもいたのだ。

 一頻りの感想を聞いて、そう、と彼女は頷いた。彼女が部屋を訪れた時と同じく、逆光にその表情はよく見えなかった。

 笑っていてくれればいい、と思った。

 そんなやりとりを経て、夜の散歩は終わった。行きと同じく、帰りも忍び足で部屋へと戻る。いい夢を、と告げて去っていく彼女に、おやすみなさい、と私は応じた。

 

 

 

 翌日。朝食をいただく為に食堂を訪れると、なにやら数人の艦娘が騒いでいた。

「本当ですって! 確かに見たんですよ、誰もいない筈の海に、こう、ぼうっとした灯りが!」

「えー、見間違いじゃないの? それかアレでしょ、あの、何てったっけ……そう、プラズマってやつ」

「~~~~~っ、馬鹿にして! 北上さんはいっつもそうですよね! ね、電ちゃんは信じてくれるよね?」

「えっ……あの、その、電はちょっと、怖い話は……」

「あーもう!」

 なんだなんだと話を聞きに混ざる艦娘も交えて、見た見ないの言い争いは更に白熱しているようだが、ここまで聞いてしまえば私には何の話をしているのか理解できた。

 昨夜、月のない海に、ただひとつの光源として存在した手提げの灯り。なるほど、遠目に見れば鬼火か人魂か。……そこまで考えて、奇妙な符合におもしろさを覚えた。

「おはようございます。……騒がしいですね」

 遅れて現れた不知火さんに、金髪の艦娘が昨夜見た光景についてまくし立てる。彼女は一瞬だけ私に視線を飛ばし、さあ、不知火には判じかねます、とだけ告げて話を打ち切った。

「なんだなんだお前ら、目と目で通じ合っちまって。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 唐突に降ってきた声に振り向くと、そこには天龍さんが物珍しそうな顔で立っていた。

 まあ座れよ、と促されて席に座る。何か面白いことがあったんだろ、話してくれよ、と彼女の瞳が雄弁に物語っていた。

 真実を話すとややこしい事になる。どう誤魔化そうか、と考えていると、不知火さんがこちらを見ているのに気付いた。

 口の端をほんの少しだけつり上げた、本当に微かな笑み。見たのは私だけだったらしい。

 なんだよー、早く話せよー、と急かす天龍さんへの対応を考えつつ、心の片隅で、私は淡い喜びを自覚していた。

 

 

 

 ―――などと、初めて鎮守府を訪れた時のことを思い出しながら、つらつらと語ってみたのが今し方の出来事。

 語り聞かせる相手は不知火。嘗ての案内役であり、今は私の秘書艦となった艦娘だ。

 細部に無意識の脚色はあろうが、あの日のことは今でも鮮明に覚えている。あれから十余年が経った今でも、昨日のことのように思い出せる。そう思い、手持ち無沙汰になった折を見計らって、思い出話に興じてみたという訳だ。

「大きな記憶違いがありますね。不知火は笑いません」

 呆れた風に肩をすくめながら―――こんなに感情を出してくれるようになったのは、さて何年一緒に過ごしてからだったろうか―――不知火は言う。

 だが、本人も気付いているのだろう。口の端を、ほんの少し持ち上げた微笑。新任の艦娘など、言われてもまだそうとは認められないほどの微細な変化が、彼女にとっては最上級の楽しさの表現であると、私は長い時間をかけて知った。

 不意に、感傷的な気分に襲われた。身長も逆転してしまったし、もう夜の海をご一緒することは難しいね、と漏らすと、不知火は無言で、私の背に覆い被さってきた。

「では、散歩にでも行きましょうか。海は無理でしょうが、不知火は気にしません」

 その表情がいつもと変わらぬ真顔のままで、私は耐えきれずに笑ってしまった。つられて、不知火もまた、いつも通りに薄く笑った。




・提督の性別はどちらでも。
・天龍はこんなこと(本来は)言わない。きっと丸くなったのでしょう。
・不知火さんを宛てがったのは、相性を見抜いて将来を見据えた提督さんの深謀遠慮っぽい?

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