その辺を歩いていた令嬢を監禁してみた   作:るら

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相容れず

 

 

 

 

俺がヤツー真田の家に入り込むと、むっとした瘴気が家から染み出してくるような錯覚に襲われた。

 

 たいてい一人暮らしの男というのは家賃の安いアパートに住むものだが、真田は俺と同じように、一軒家を借り切って、もしくは所有して暮らしているようだった。

 

 ヤツがそうする目的は言わずもがな、他の住民に悟られることのないよう自分の目的ー奴にとっては殺人を愉しむためだ。

 

 その証拠に、俺が侵入したリビングには凝ったインテリアや小物、調度の類はほとんどなく、ソファとテレビ、いくつかの本棚があるくらいである。わざわざ家にこだわって一軒家にしたのであれば、これほど殺風景な部屋にはならない。

 

 俺はリビングの扉を開けると、そっと廊下の様子をうかがった。

 

 おそらく、ガラスを割った音は家に響いただろう。時間帯的にも真田が在宅していても不思議ではない。そして真田は自分が後ろ暗いことをしているだけに、警察を呼ぶことはできない。では、侵入者である俺をどうするか?

 

 もちろん、殺す。

 

 氷目の情報が正しければ、真田はある程度死体処理に慣れているようだ。奴にしてみれば獲物の死体に加え、俺という邪魔者の死体を処理すればいいだけである。

 

 俺は、汗ばんだ手で麻酔銃を握りしめた。

 

 俺の武器、つまりこの麻酔銃の弾丸は注射器のような構造になっており、命中した対象に多量の薬液を流し込んで昏倒させる。対人使用が禁じられているのは瞬時に昏倒させるために薬の量が多く、相手を殺してしまう可能性が高いからである。

 

 普段俺が女性を捕まえる際に使うものはちゃんと量を調節しているため効きは遅いものの死にはとうてい至らない。だが、俺が今回持ってきた弾は、相手を即座に行動不能にするため、薬液の量は従来通りーつまり、相手を殺す可能性がある。

 

(……最悪、真田を殺してでも、雪音は助ける)

 

 だが、俺は雪音を助けるために、殺さない、という一点に目をつぶった。相手が反撃してくる可能性がある以上仕方のないことだし、何より女性を殺すという点が許せなかった。

 

 むろんそれで俺が真田を殺すことが「いいこと」になるわけはないが、それでも俺は自分でそうするべきだと考えたからこそ、殺してしまうことを覚悟した。そして、殺されることも。

 

 俺は、ゆっくりと廊下を歩きだした。こちらを窺う気配、息を殺す気配があるかどうかを確認し、音を立てないよう、つま先だちで床を踏む。

 

 ぎしっ、と床が嫌な軋みをたてた。ぎくりとして立ち止まったが、真田は俺の存在に気づいていないのか、それとも気づいていてあえて何もしないでいるのか、何の反応も無かった。

 

 俺は速まる鼓動を抑え、用心深く周囲の様子を窺いながら考えた。

 

 雪音はどこにいるのか、そして真田がどこにいるのか。

 

 人を閉じ込め、殺すのにちょうどいい場所は? 簡単に殺人の証拠を消せる場所……少なくとも和室やリビングではない。となると、雪音がいるのは地下室か風呂場辺りだろう。風呂はどの家でもたいてい一階にあるため、階段を上る必要は無い。

 

 俺は順に部屋の扉を開けて虱潰しに捜索した。そして、俺があるドアに手をかけたとき、かすかな気配を感じた。

 

「……」

 

 俺は顔をあげ、通路の先ー曲がり角に目をこらした。するとその曲がり角の床に、白い指の先端がぴたりと張り付いているのが見えた。

 

 真田だ。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 おそらく俺があそこを通ろうとした瞬間に刃物か何かで襲いかかるつもりなのだろう。左手を床につけ低い姿勢をとっているということは、俺の足の動脈を狙うつもりなのかもしれない。確かにそれほどの近距離で、しかも不意をうたれれば当然麻酔銃よりも刃物の方が武器として有用だ。

 

 しかし、俺が先に気付いた場合は別である。角度を調節してゆっくりと奴がいる場所に照準を合わせながら進めばいい。

 

 まだ真田は気づいていないようで、指はぴくりとも動かず、俺がのこのこやって来るのを待っている。

 

(気づくな。気づくな……)

 

 俺は麻酔銃で相手の身体があるであろう場所をポイントしながら、何気ない足取りで歩を進める。残り1メートルくらいで残りの距離を詰め、眠らせるーそれを実行するイメージは、俺の中で完璧に出来上がっていた。

 

 そのため、気づくのが遅れた。開けようとして放置したドアから真田が飛び出してきたことに。

 

 背後に嫌な風圧を感じて飛びのくと、先ほどまで俺の脇腹があった位置を、巨大なハモ切り包丁がえぐっていった。

 

「そっ……ちかよ!」

 

 攻撃をかわされた真田はちっと舌打ちをすると、今度は俺の首めがけて水平に包丁を薙ぎ払う。が、俺は顔をそらすと、刃の切っ先は喉をかすめていった。

 

(距離を取らないとやられる!)

 

 大型のハモ切り包丁はほぼ短剣と言っていいほどのリーチがある。それを至近距離で振り回されればひとたまりもない。俺はたまらず、先ほどまでゆっくりと向かっていた方へ走り出した。

 

 後ろから真田が俺を追いかけてくる音がした。追いつかれればもちろん死。俺は全力で床を蹴った。

 

 角を曲がると、奴が仕掛けてきたトリックの正体が分かった。曲がり角の向こうには、切り取られた女の腕だけが落ちていた。これをわざと見せ、俺が背後に注意を払わなくなるように仕向けていたのだ。

 

 だが、これは誰の腕だ?

 

 俺は、想像したくないものを想像してしまい、首筋に氷柱を突っ込まれたように、ぞくりとした感覚が全身を襲った。

 

 嫌な予感。俺は、間に合わなかったのだろうか? もし手遅れだったとしたらー

 

 角を曲がって少し走ったところで、ぴたりと足を止めた。振り向き、真田がやって来る方へ麻酔銃を構える。

 

 すぐに真田は現れた。しかし銃を構えてぴったりと狙う俺の姿を見て、目を見開く。

 

「止まれ。さもなければ今すぐ撃つ」

 

 真田はぐしゃり、と憎々しげに顔を歪めたが、俺の有利をさとったのだろう、指示通り足を止めた。

 

「包丁も捨てろ」

 

「……分かった」

 

 からん、と高い音をたて、真田が放り出した包丁が床ではねた。

 

 真田との距離は6メートルほど。外さない距離だ。

 

「お前は……どうしてこうも人間を粗末にできる?」

 

「好きだからだ。人を美しくするのが」

 

「美しくする? 何言ってるか分からないな」

 

「別にお前の意見なぞ聞いてない。個人的な趣味だからな。私はむしろ、女を誘拐しておいて何もしないほうが理解しかねる」

 

 やはり頭のおかしい奴だったようだが、最後の一言だけは痛いところをついていた。

 

「……そもそも、ヤるためだけに女を誘拐するなど、畜生にも劣る。そんなことで私の趣味の邪魔をするとは……」

 

「うるさいな。人殺すよりよっぽど健全だろ」

 

「どこがだ。どうでもいい犯罪などない。お前は女たちが受けるであろう心の傷は見えるのか?」

 

 じゃあお前は殺されるときの気持ちが分かるのかよ。

 

 言い返してやりたくなったが、通じるわけはない。同じ誘拐でも、信じる道は決して交わらない。直感的に、俺はそう確信していた。

 

 だから何を言ってもしょうがない。俺は聞くことだけを聞いて、真田を眠らせることにした。

 

「で、雪音はどこだ」

 

 今の腕が雪音ではないのかーという恐れを表情には出さず、俺はそう訊いた。

 

「……あれをお前に渡すわけにはいかない」

 

「どこだって訊いてるんだ!」

 

 俺が怒鳴ると、真田はしぶしぶ、「風呂場だ」と答えた。

 

 よかった。雪音は生きている。あの声は聞ける。

 

 俺は、心の底から安堵した。今までのちりちりと心臓のあたりが小刻みに震えるような緊張が、ほぐれていく。

 

「風呂場にいる……が」

 

 おれがほっとした瞬間、真田は素早く胸ポケットから何かを抜き出し、俺に投擲した。

 

「……ッ!」

 

 不意をつかれた俺は反射的に引き金を引いた。

 

 しばらく俺と真田は向かい合ったまま沈黙していた。しかし、一瞬の対決の帰趨は明らかだった。

 

 俺の数センチ横の壁に鋭いメスが立っており、真田の腕には、俺の麻酔銃の弾丸が深々と突き刺さっていた。

 

 真田はそのままくずおれると、寝息を立て始めた。

 

「危なかった……こんな奥の手があったとは」

 

 そういえばヤツは獣医だった。メスを所持していても不思議ではない。……もっとも、ブラックジャックのように投げてくるとは思わなかったが。

 

 真田と言う脅威が取り除かれたため、俺は楽に捜索を進め、風呂場を見つけることができた。

 

 風呂場の扉は普通内側からかかるようにするものだが、この家のものは外側からかかるようになっていた。閉じ込めることを目的とした部屋だからだろう。

 

 鍵を開けると生臭い空気が鼻をつき、俺は顔をしかめた。それと同時に、

 

「うわあああーっ!」

 

 叫びながら拳を固め、雪音が走って来た。

 

「⁉」

 

 俺が飛びのくと、雪音は風呂場のぬかるみに足を取られたのか、見事にすっころんだ。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……お願いだから殺さないで。私、あんな風には……」

 

「待て。相手をよく見ろ。俺だぞ俺」

 

「それでもするなら痛くしないで……って、え?」

 

 涙にぬれた眼で雪音は俺の顔を見上げた。そして、俺の顔をまじまじと見た。

 

「……犯人、さん?」

 

「あ……」

 

 そういえば、顔を隠していない。そういえば家を出るときは雪音を助けるための準備をするのすらもどかしく、顔を見られることなど意識の外へいってしまっていた。

 

「こんな顔だったんだ……思ってたより……」

 

「よせ。見てもつまらないぞ」

 

「ううん、思ってたより、ちょっと男前よ」

 

 そう言って雪音は俺の胴に抱きつくと、嗚咽の交じった声を絞り出した。

 

「さっきまで、不安で不安で……そこの湯舟に、私の前に殺された人が……」

 

『そちら』に目を向けると、ひどく損壊された女性の死体が目に入った。俺はやるせない気分になりながらも、その女性の冥福を祈った。

 

 そして俺は雪音の頭をなでながら、心を落ち着かせる。

 

「……大丈夫だ。もう、ヤツは倒した。そこの人は気の毒だったが……雪音は助かったんだ」

 

「本当……? 本当に大丈夫? 怪我はしなかった?」

 

「むしろ俺はお前に怪我が無いかが心配なんだが。俺は雪音とやるまでは死ねないから」

 

「なにそれ」

 

 初めて、くしゃりと雪音が笑った。赤くなった目のせいでその笑顔はやや不格好になっていたが、これまでのどんな表情よりも、見ていて幸せだった。

 

 俺も顔をほころばせながら、雪音の手をとって立ち上がらせる。俺たちは風呂場を後にして、家から出るために歩き出した。雪音はそういえば、と言って、俺の顔を見上げた。

 

「……ところで、顔を見ちゃったから私のこと見逃せないよね」

 

「まあな」

 

「ずっとあなたの家に監禁するしかないよね?」

 

「ま、まあな」

 

 しかし彼女がどう考えていようとも、雪音をずっと俺の家に監禁し続けるのは俺にとっては避けなくてはならないことだった。彼女が嫌いだからだとか、飽きるからという理由ではない。

 

 長い期間を俺の家の中だけで過ごさせることが、彼女にとっていいことではないからだ。

 

 俺は一週間程度で「リリース」するのが常だったが、事情が重なり今の時点でもかなり長く監禁してしまっている。彼女の人生を監禁された生活だけで塗りつぶしたくはない。

 

 彼女は今の生活を望んでいるようだが、それはまだ「本当の自由」を知らないからである。だから俺との生活が前よりも自由だと錯覚してしまっているからだ。

 

 どうすればいいのだろう?

 

 そう思ったとき、俺の耳にパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 警察は思ったよりも始動が早かった。七、八人ほどの警官たちが真田の家を取り囲み、合図を送りあっている。

 

「……あの人たち、麻雀大会やってたらしいですよ」

 

 隣にいる三須に言われて、氷目は苦笑した。不良警官の集まりか。元から集まっていたのだから、出動も早かったというわけだ。今回ばかりはその不真面目さに救われたというところだろう。

 

 氷目は東雲が電話を切ると、すぐさま警察に通報した。

 

 東雲の到着より早く警察が現場へ向かえば、もっともすっきりとかたがつくと思われたからである。結果として警察は早く動いてくれたわけだが、あの家の中に東雲がいるというわけでなければ、特に問題は無いだろう。

 

「雪音は無事なのか」

 

 そして、どこから聞きつけたのか、肝丘も氷目たちとともに真田の屋敷を凝視していた。雪音の安否を心配する肝丘を見て、氷目は心の中でため息をついた。

 

 結局、雪音のいない間に肝丘の興味を氷目自身へと向けるのはうまくいかなかったのである。肝丘が仕事を終えたあとに食事に誘っても雪音を探すからと言って断られ、氷目と話しているときもどこか物思いにふけっていることがあった。

 

 しかも食事の量も少なくなり、肝丘は次第にやせていった。氷目はそれを心配しながら、ほんのわずかに嫉妬の火が心に灯るのを感じた。

 

 こんなに肝丘様に心配されているのが羨ましい!

 

 もちろん声には出さず、表面上は肝丘、三須とともに雪音の心配をするふりをしていたが。

 

 やがて警察が突入の準備を整え、入ろうとしたとき、玄関のドアが開き、中から人が現れた。

 

それを見た隣の警官は、電話ですぐさま報告した。

 

「……如月雪音さんです! 行方不明の……はい!」

 

 出てきた雪音は、下着姿だった。かなりきわどい状況だったのか、他に身に着けているものはない。肝丘ににらまれ、三須は慌ててそっぽを向いた。そして肝丘も気をつかってか見ないようにしながらコートを脱ぎ、氷目に渡した。

 

「寒いだろうから、持って行ってやってくれ」

 

「……わかりました」

 

 本来ならこのまま家に持って帰る所だが、今日のところは自重し、コートをかけることにした。

 

 警官に囲まれながらパトカーに乗る雪音の方へ向かう途中、氷目の耳には、冬の風の音に紛れていくサイレンが響いていた。

 

 

 

 

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