その辺を歩いていた令嬢を監禁してみた   作:るら

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肝丘と氷目

 

 

 

「くそ、しらを切りやがって……」

 

 肝丘京太郎は、忸怩たる思いを視線に込めて、目の前にある紅茶を睨みつけていた。昼間に会った男は、雪音を返せという肝丘の言葉に首をかしげて、あろうことか、「警察を呼びますよ?」と言ったのである。

 

 本当に警察を呼ばれると面倒だし、強行突破して雪音を助けるという手もあったが、男は肝丘より背が高く、体つきもしっかりしており、逆にこちらがやられてしまう可能性のほうが高かった。そのため肝丘は仕方なく撤退し、自宅へ戻って来たのである。

 

「………雪音……」

 

 肝丘は、あの男に囚われているに違いない雪音を想って、呟いた。あの男は一見して好青年に見えるが、裏では彼女を踏みにじり、人としての自由と尊厳を奪っているのだーそう思うと、肝丘の紅茶のカップを持つ手は震え、怒りのあまり床に叩きつけそうになる。

 

(落ち着け……あそこで引いたのは正解だ……まだやつも雪音を殺しはすまい。まさか雪音の身体だけが目当てではないだろう。身代金を得るために何らかのアクションを起こしてくる可能性が高い)

 

 肝丘が何もしなくても、あの男は出てくる。しかし、その時に雪音が殺されている可能性は存在する。そのため、肝丘は一計を案じていた。

 

 その時、こんこん、と肝丘の部屋をノックした者がいた。

 

「入れ」

 

 そう言うとドアを開け、1人の女が入って来た。栗色の髪を後ろで束ね、上のシャツにタイトスカート、タイツに至るまで全てを黒で揃えている彼女は、どこかの映画にでもでてきそうな女スパイのような雰囲気を漂わせていた。

 

「……今日は何の御用でしょうか?」

 

 彼女ー氷目玲香は肝丘の秘書だが、利権を狙ってくる敵企業やヤクザと渡り合う手腕も併せ持つ、右腕のような存在である。そして文字通りスパイの真似事もできるので、あの男から雪音を救い出すのに打ってつけの人材だった。

 

「……早速本題に入りたい。昨日、雪音が誘拐されたのは知っているな?」

 

「はい。それがどうかしましたか」

 

「場所を突き止めた。今日の夜、犯人の男から取り返してきてほしい」

 

 そう言うと、いつもは無表情を崩さない氷目も流石に驚いたのか、わずかに目を見開き、肝丘を見た。

 

「……どうやって?」

 

「僕は内緒で雪音の鞄にGPSの発信機を付けているんだ。いつでも居場所が分かるようにね。それで分かった」

 

「なるほど、理解しました。それで、今回はその雪音お嬢様の救出に向かってほしいというわけですね?」

 

「そうだ。話が早くて助かる」

 

 しかし、肝丘の言葉に氷目は少し首をかしげた。

 

「でも、警察に行った方がいいのでは? 私も普通の民家程度なら侵入できますが」

 

「……警察は頼りにならない。人質にされても困るから、君に頼りたいんだ」

 

「分かりました。では早速その男の住所を教えてください。今日の夜忍び込みます」

 

 

 

 

 

 氷目は目標の家の電気が全て消えたのを確認すると、目標の家に忍び寄り、玄関の前に立った。

 

(……ここに、本当にお嬢様が?)

 

 見るからに普通の一軒家である。下調べでは男が1人住んでいるだけらしい。確かにこれだけのスペースがあれば何人か監禁しておくのも難しくはないかもしれない。

 

 氷目は針金を取り出すと、鍵穴に差し込んで解錠を試みた。ピッキングは練習したことがあるので、この程度の鍵なら3分あれば突破できる。

 

 かちゃり。

 

 鍵が開いた。中にいる男を起こさないよう音を立てずに入り込み、暗視ゴーグルをつける。

 

 辺りは思いのほか片付いていて、掃除も隅々まで行き届いていた。氷目は足音を殺しながら家の中を探し回り、地下への階段があるのを見つけた。

 

(ここかな……)

 

 窓も無い可能性が高く、監禁するのには持ってこいだろう。しかしそれを開けようとしても、どうやら鍵が掛かっているようで、びくともしなかった。

 

(やはり鍵を掛けて……どこかにないかな)

 

 辺りを見回すと、近くにあった小棚の上に、小さい鍵が置いてあるのを見つけた。おそらくこれだろう、と思って鍵穴に差し込む。するとかちりという音がして、簡単に扉は開いた。

 

「……よし」

 

 氷目が部屋に入って中を見回すと、部屋の中央にあるベッドの上に、誰かが寝ているのを見つけた。そして顔をよく見ると、雪音であることは間違いなかった。

 

「起きてください、雪音様」

 

 小声で囁くと、雪音は目をしばしばさせて、呟く。

 

「………誰?」

 

「氷目です」

 

 ゴーグルを外し、部屋の照明をつける。雪音は驚きの余り目を見開いていた。

 

「説明は後にします。今のうちに脱出しましょう」

 

「脱出……?」

 

 後ろ手に雪音の手を掴み、つかつかと階段へ向かう。

 

「ええ。ここから出るんです」

 

「学校にも行くことになる?」

 

「はい、好きなだけ」

 

 氷目がそう答えた瞬間、後頭部に衝撃が走った。何か硬いもので殴られたようで、足から力が抜ける。

 

「……なっ……」

 

 視界がぐらりと揺れ、目の前が暗くなっていく。

 

(……馬鹿な……後ろには雪音様以外いないのでは……)

 

 どこかに犯人の男が隠れていたのかもしれない。氷目は己の迂闊さを呪いながら、床に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

「………何だ、今の音は⁉」

 

 俺は地下の方から聞こえた何かの落ちる音で目を覚ました。顔を隠してから地下へ向かって俺が見たのは、ゲーム機を振り上げている雪音と、その前で倒れている見知らぬ女性だった。

 

「……何やってるんだ? あとその人は?」

 

「氷目さん。肝丘の秘書よ」

 

 昼はやけにおとなしく帰ったと思ったが、どうやら肝丘は俺を完全に黒とみなしているらしい。どうやって雪音の居場所を突き止めたのかは全くの謎だが、こうして人を送り込んでくるあたり、肝丘はその情報に絶対の自信があるのだろう。

 

「だけど、なんで助けにきた人を殴って気絶させちゃったんだ?」

 

俺の問いに、雪音はあっけらかんと答えた。

 

「この人、私を家に連れて帰って学校に行かせるとか言ったから……もう少しここにいたいわ」

 

俺は床でのびている女性ー氷目という名前らしいーを見て、少し気の毒になった。犯罪者の家から人を救い出すという無茶振りミッションに加えて、助けるべき対象ー雪音に殴られて昏倒しているのだから。

 

「ねえ……この人どうするの? まさかこのまま帰さないわよね?」

 

「まあな。しばらくここに居てもらうことになるかもしれん」

 

見れば、この氷目もなかなかの美人である。雪音とはまた違う色っぽさもある。

 

「……一応逃げられないように縛っといて、バスタブに入れとくか。目が覚めたら教えてくれ」

 

「わかったわ」

 

雪音は頷き、ベッドに戻って行った。そして俺は縄を持ってくるために立ち上がろうとしたとき、氷目のポケットから手帳がはみ出ているのを見つけた。

 

「手帳…?」

 

なんとなく気になったのでそれを回収すると、俺はいそいそと縄を取りに行った。

 

 

 

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