その辺を歩いていた令嬢を監禁してみた   作:るら

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籠の中は自由

 

 

今までの雪音にとって、自由や解放という文字は、歴史の教科書の上に踊っている文字の羅列に過ぎなかった。

 

 勉強。手伝い。習い事。礼節。レールの上を行く人生。つまらないとこぼせば、友人からは贅沢な悩みだと鼻で笑われる。贅沢な悩みというものは理解者が少ない分、損だと思いながらも特に自分のしたいこともなかったので、親の示す「目標」に進まざるをえない状態だった。

 

 それを打ち破ったのは、白馬に乗った王子でも、改心した親でも、反抗しようと決心した自分でもなかった。

 

 常にサングラスとマスクで顔を隠し、雪音の身体を狙っている(もう好き放題できるのに手を出してこないのでこの表現が正しいといえるかは分からないが)犯罪者。彼の与えてくれた休暇は、雪音のきっちりかっちりとした操り人形のような日課を取り払った、ひたすら楽しいものだった。

 

 もともとそれほど体が強い方ではなく、読書や室内でできることが趣味だったため、監禁されても不自由に感じることは無かったし、「犯人」は食事を運んでくるとき以外でも話し相手になってくれることがある。あの家に比べると、遥かに自由だった。

 

 監禁されている今の方が以前より自由で、父親や肝丘よりも、この「犯人」の方に人間味があるように感じるというのも不思議な話だが、ともあれ雪音はこの状況を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

「……はいっ、復唱! 『こちらへ来て……』」

 

「こちらに来てー」

 

「棒読み止めてくれ! 『さぁ、ベッドの中に……』」

 

「さあ! ベッドの中に!」 

 

「うん、気合入れすぎ。もうちょい緩く頼む。『もう我慢しきれないの……』」

 

「もう、我慢しきれないの……」

 

 くう、と雪音のお腹が鳴った。それで彼も流石に練習を続けようという気力が失せたらしく、「やめやめ。夕飯にしよう」と言うと、ドアを開けて出て行った。

 

 「犯人」は雪音の身体を目当てにさらってきたのはいいものの、いまいちアレをする興がのらないようで、シチュエーション作りから雪音とともに練習を始めた。今回は「カムカム夜の受付嬢」という官能小説の台詞を言わされたらしいのだが、雪音の壊滅的な演技力の欠如により、カムカム雪音計画は頓挫したようだった。

 

 彼も官能小説の内容など端から当てにしていないと言っていたので成功するとは思わなかったのだろう。それでも少し落胆していた。

 

「………はい、ロールキャベツ」

 

「犯人」が持ってきたロールキャベツはしっかりキャベツの芯まで火が通っていて、しかも中身のひき肉の中にはチーズまで仕込んであり、かなり手が込んでいた。彼は決して自分の情報を明かさないが、ひょっとするとどこかの厨房でコックでもしているのかもしれない。

 

「……そういえば、氷目さんはどうしたの?」

 

 てっきり氷目も監禁するつもりだろうと思っていたが、どういうわけか、彼はさっさと逃がしてしまったのである。せっかく雪音が何とか引き留めたのに、何故そんなことをしたのだろう。

 

「……いろいろあったんだよ。というかお前の家の関係者って皆ああなのか?」

 

「ああって……確かにお父様と肝丘は最低だけど、氷目さんは普通じゃないかしら?」

 

「そうか。そう思ってるならまあいい」

 

「犯人」はやれやれとばかりに肩をすくめると、ベッドに腰かけ、ロールキャベツをもそもそと食べている雪音の足元に、紙袋を置いた。

 

「……これは?」

 

「小説とか漫画とか。リクエストしたのもあるぞ」

 

 彼は官能小説を買うついでに雪音の欲しいという本を買ってきてくれていた。雪音のリクエストは「雪国」だった。たいていの人はこれが好きと言うと「なるほどー、で、本当は?」と訊いてくるのだが、大真面目に好きなのだった。

 

 彼は腕を組んで、独りごちる。

 

「『雪国』ねえ……アレしか知らないな。トンネルを抜けると、そこは雪国だったってやつ」

 

「私の名前もそこから取られてるのよってお母様は言ってたわ」

 

 ふふん、と自慢げにいうと、彼はなるほどね、と言って「誰がその名前を付けたんだ?」と何気なしに訊いてきた。

 

「………お父様」

 

「あ、そう……」

 

 

 

 

 

 

 

 俺は空になったお椀と茶碗を片づけ、サングラスとマスクを外すと、どっかりとソファに腰かけた。

 

「………どうもいつも通りに行かないな……」

 

 いつも通りであれば、今頃は彼女と愉しい夜を過ごしているはずだ。だが、あのしなやかな肢体に触れる前に興奮が冷めてしまうのがどうにも計算外だった。

 

 彼女の容姿に全く問題はない。むしろ世俗の垢に塗れていない無垢さと劣情をそそる身体が同居する彼女は、滅多に出会えない至高の身体を持つといっても過言ではなかった。

 

 しかし、彼女はシチュエーションというものの存在を理解していない。ただ()()だけでは面白みのかけらもない。反応や恥ずかしがる姿がいいのであって、それが動物と人間の交尾の違いだとさえ言える。雪音にはそれがないのだ。

 

 

(……まあ、それだけじゃないよな)

 

 父親の無理解、望まない婚約者(肝丘)、犯罪者予備軍(氷目)など、ろくな人間に囲まれていない分、同情もしていた。幸い母親はまともなようだが、他がこれでは……とここまで考え、俺は頭をぶんぶんと横に振り、無駄な思考を吹き飛ばした。

 

(他人の家庭を心配してる場合じゃないな。重要なのはこれからだ)

 

 まああの様子であれば雪音が外へ逃げようということはないだろう。一応俺は麻酔銃取り扱いの免許を持っているし、麻酔銃を所持しているので万が一があっても静かに連れ戻すこともできるのだが、雪音に限ってはその心配はない。問題は、彼女の雰囲気的な色気の無さをどうにかするという点だけだった。

 

(シャワーシーンは良いんだけどなあ)

 

 壁に備え付けられた隠しカメラで、シャワーの様子を録画してみたのだが、その時はアングル調整やカメラワークをうまく使いこなせばそのままビデオとして売っても問題ない程度にはよかった。(もちろん俺の目的は商売ではないのでそんなことには使わないが)

 

 口を開かなければ美人なんだけどなーと思った丁度その時、俺の携帯端末が、テーブルの上で震えた。通話相手は「非通知」となっている。

 

 俺は不審に思いながらも、電話に出た。

 

「もしもし」

 

「あ、氷目です。昨日はお世話になりました」

 

 電話をかけてきたのは、氷目だった。……しかし俺は彼女に携帯の番号を教えた覚えは無いのだが。そう思うと、ちょうど心でも読んだらしく、すぐに答えてきた。

 

「あなたの電話番号くらいちょっと調査すれば分かることですよ。もう住所も個人情報も割り出してあるので」

 

 流石ストーカー秘書。正体の分かっている相手の情報を探り出すことなど朝飯前ということか。仕方なかったとはいえ、すぐに帰すべきではなかったかもしれない。

 

(……まあこれでも警察が来ないんだから、氷目は本当に通報しないつもりってことか)

 

 氷目を逃がした時、俺は逮捕されるのを覚悟した。仮に警察の手から逃れることができたとしても、その先で食っていけるとは限らない。バイトをするにしても履歴書が必要だし、指名手配でもされれば打つ手はないのである。

 

「肝丘様には前の通りに言いました」

 

「……で、信じたのか?」

 

「はい。あなたを脅して聞き出したと言ったので」

 

 脅したという点では、間違っていない。

 

「拾ったお守りをなんで俺が持ってたか聞かれなかったか?」

 

「聞かれました。とりあえず拾った理由はあなたが信心深くて、バチが当たりそうだったというのにしておきましたが、どうでしょう」

 

「……まあ、それでもいいか」

 

 信心深い犯罪者というのもおかしな話だが、肝丘を丸め込むことができたのなら問題はない。……というかそもそも氷目への信頼が厚いから、多少怪しい話でも肝丘は信じたのだろう。

 

「肝丘様は再び雪音様の手がかりを探しています。通り一遍の調査で終わらせない、真面目な探偵を何人も使ったり、雪音様の周囲で怪しかった人物を徹底的に洗い出しているようです」

 

「……それで?」

 

「あまり大っぴらに活動することは避けてくださいということです。私の報告でマークは外されましたが、あなたはまだ肝丘様の警戒範囲内にいる可能性があるので」

 

「分かった。……まあもともと目立つようなことやってるわけじゃないし、大丈夫だろ」

 

「それでもいつもの数十倍は気を付けてください。私も雪音様に戻られたくありませんし」

 

「はいはい、わかったよ。もう話は終わりだな?」

 

俺がさっさと通話を切ろうとすると、氷目は「ちょっと待って」と制止した。

 

「雪音様は肺が弱いので、風邪になったらすぐに病院へ連れて行ってください。体も弱いですから、放っておくと重病になります」

 

 こうして通話していると、飼い猫を預かった時を思い出してくる。……あの猫は今回ほど手がかからなかったが。

 

「でも病院で誰かが雪音だと見抜いて通報されたらどうする?」

 

「……そうですね。ではそんな時は私に電話してください。病院に連れて行きます」

 

「恋敵だから見殺そうとは思わないんだな」

 

「雪音様に罪はないわけですしね。存在は邪魔なんですけど」

 

 あちらこちらに不穏な言葉が入るが、氷目は万一の時には雪音を助けるつもりであるらしい。ある意味で俺と彼女は共犯者のようなものなので、俺が捕まった時のことを考えてのことなのかもしれないが、助けがあるにこしたことはなかった。

 

「じゃ、これで切ります。肝丘様や探偵の皆様方と雪音様の捜索方法を練らなくてはならないので」

 

 これから氷目は何食わぬ顔で雪音捜索会議に出席するのだろう。肝丘も信頼している秘書が俺と手を組んでいるとも知らずに必死に捜索方法を考えようとするのだから、少し気の毒である。

 

 俺は通話が切れると携帯の電源を切り、テーブルに置こうとして、くしゃみをした。すでに外は暗く、冬の冷気が断熱効果の薄い我が家に侵入して来ているらしい。

 

 俺はさっとカーテンを閉め、窓際に置いてあったエアコンのリモコンを取り、電源を入れようとした。

 

「………?」

 

 カーテンを閉める直前に、さっと何かが塀の向こうで動いたような気がしたのだ。しかし俺がカーテンを再び開いて確認すると、そこには誰もいなかった。

 

 

 




誤字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます。いつもはメールでお礼をしているのですが、覆面投稿ですからそれもできず、ここでお礼を言わせてもらうことにしました。

これからは誤字がないように気をつけます。
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