その辺を歩いていた令嬢を監禁してみた 作:るら
1月の半ばともなるとますます冷え込んできて、素手で水に触るのはひどくつらい仕事になる。しかも今晩は大雪になるらしく、夕方からちらちらと雪が降ってきていた。
「お疲れさまでしたー」
一日の終わりに行われるミーティングを終えると、三須要は先輩の従業員とともに更衣室へ向かった。先ほどうっかり足を滑らせて作業服を泥だらけにしてしまったので、早く着替えたい。そう考えながら早歩きをしていると、横から先輩従業員の東雲がぽんと肩を叩いてきた。
「おい三須。洗濯機に入れに行くんなら、俺の分も洗っといてくれないか?」
これだけ聞くと三須が高校を出る直前によくやらされていたパシリのようだが、東雲は仕事を丁寧に教えてくれたり何かと気前よくおごってくれたりしているので、その程度の頼みはやぶさかでない。
「あ、オッケーっす。真田さんは?」
「……必要ない」
もう1人の寡黙な従業員ー真田は、面倒くさそうに答えた。お喋りで面倒見のいい東雲とは対照的に、寡黙で何事にも我関せずという姿勢を貫くこの先輩が、三須はどうにも苦手だった。
三須が洗濯所から戻ってくると、東雲はすでに私服に着替え、肩に鞄をかけていた。
「お、サンキュ。俺、今日は早めに帰るから鍵頼むぜ」
「あ、分かりました」
「あと今、真田が外に飲み物買いに行ってるから戻って来るまで待っててやってくれ」
東雲は更衣室の鍵を三須に渡すと、足早に部屋から出て行った。最近スポーツジムに通い始めたそうで、早めに帰ることが多い。とはいっても東雲は飽きっぽい性格らしく、何度もその手のジム通いや資格取得を試みては放り出している。始めた頃はこのように早めに帰るが、いつも通りの時間で帰るようになるころにはもうその興味も失せている。
「雪積もったら電車止まるかもしれんぞ。お前も早めに帰っといた方がいい」
「分かってますって。俺もさっさと帰るつもりですから」
東雲が出ていった後、三須は着替えて椅子に座り、真田が戻ってくるのを待った。ここから自動販売機まで往復で15分はかかるので、まだ時間がかかる。ため息をつきながら、三須は自分の携帯端末の電源を入れた。
『20時から打ち合わせ』
三須はここ1年ほどバイトとして動物園に勤めているが、もう1つの副業がある。それは、私立探偵業である。
昔から名探偵にあこがれていた……というわけではなくただ単に思い付きで始めた副業だったが、思いのほかうまくいっている。浮気調査や飼い犬探しといった依頼が大半だが、堅実に仕事を成功させていくうちに評判が少しずつ上がり、仕事も増えてきている。そして今扱っている仕事は今までにないほどビッグな仕事である。
行方不明の令嬢を探す。
今、巷でニュースを騒がせている如月家の令嬢誘拐事件。警察だけでなく、如月の人間たちも一刻も早く雪音を探し出すため、信頼できそうな探偵を集めて探させており、三須はその探偵の1人なのである。
探し出せたらまとまった金が入ってくるし、三須の評判もますますうなぎ登りだろう。絶対に成功させなくてはならない。
三須は依頼主ー肝丘から受け取った雪音の写真を見て、頭にその顔を焼き付けていた。しかし監禁されていれば彼女が外にいる可能性は薄いし、結局は聞き込みで地道に怪しい家を探していくしかない。
そう思っていると、急に大音量の「喜びの歌」が流れ始め、三須はあやうくもたれかかっていた椅子から転げ落ちそうになった。
見回すと、どうやらテーブルの上に置いてある携帯が音源のようで、真田が置いて行ったものだった。
(ったく、うるせーなあ)
おそらく何らかの理由でタイマーでもセットしていたのだろう。それを忘れてここに置いて行ったのだ。
三須はさっさとその耳障りな演奏を止めるため、真田の携帯に触れた。ぱっと画面が明るくなり、背景に黒髪制服の美少女の映った画面が表示される。
パスワードもかけていないのかとその不用心さに驚いたが、とりあえずタイマーを切ると三須はそのまま携帯をテーブルに置こうとした。
「………?」
ふと何か違和感があったような気がして、三須はもう1度真田の携帯の電源を入れた。
画面上に表示されるアプリは何の変哲もなく、いくつかゲームやSNSのものがあるくらいだ。そして三須が引っかかったのは、アプリではなくその背景に使われている女の子の画像の方だった。
その顔は、自分が先ほどまで見ていた如月雪音の顔に酷似していたのである。
三須は自分の携帯で雪音ので写真をそれと見比べ、間違いなく彼女であることを確認した。しかし、写真の中の彼女は全くカメラを意識していないようで、おまけにニュースで出回った写真(全てチェックした)ではない。
(盗撮だな)
写真を撮られると分かっている時は、被写体の表情や体の向きで分かるのだが、写真の中の彼女は明らかにカメラを意識しておらず、おまけにただの電車通学中の写真である。明らかに異常だ。
そう考えると、真田はいったいこの写真をどこで手に入れたのかということになる。まさかネットで雪音が誘拐される前に彼女の写真を勝手にアップロードするような暇人はいないだろうし、真田自身が撮影したものかもしれず、そうなると誘拐事件と何らかの関係性を持っている可能性も出てくる。
(まさか……な)
三須はひとまずその写真を自分の携帯で撮り、真田の携帯を元の場所に戻した。もしも如月家が公開した雪音の写真でなければ、真田が犯人というのも十分にありえる話である。
三須は少しの興奮を覚えながら、自分の携帯をポケットに入れた。
シンプルに行こう。
靴がずぶずぶと埋まるほど深くなりつつある雪を踏みしだきながら、俺は動物園から帰ってきた。そしてその途中で、雪音との行為を最高の体験にする方法を模索し、その結論にたどり着いた。
複雑なシチュエーションを理解させるのは面倒だし、演技もできないときている。世の女性の中にはアレをするときに気持ちよい演技をするという者もいるらしいが、雪音にはそんな器用な真似はできないようである。
それゆえに、雪音の身体を愉しむ方法はむしろそれを逆手にとり、その無垢さを汚すという感じで行くのが1番だろう。最初は反応がいまいちかもしれないが、慣れてくれば彼女もだんだんとその感覚を理解するようになるだろう。
俺は帰宅してすぐに風呂に入って汗を流すと、地下室へと急いだ。今回は息苦しくならないが、ぺったりとはりつくゴム製の面を被って顔を隠している。いつものサングラスやマスクだとふとした拍子に取れてしまうかもしれないからだ。
俺は貴賓室に入って、ベッドの上で突っ伏していた雪音に言った。
「雪音。風呂に入ってくれ。今からやる」
純潔でいられる最後の時間だ。しっかり身体を清めて、そして改めて俺が彼女の初めてを奪う。処女を喪う前に、それと別れを告げる時を設けるのが、俺の流儀の1つでもあるのだ。
雪音は手をついて起き上がると、ふらふらと立ち上がった。
「…………ああ、分かったわ……今からシャワー浴びて……来る」
今まで連れ込んだ女性はだいたい嫌悪の表情を浮かべたが(当然である)、雪音はやはり自分の貞操に興味がないのか、ずいぶんあっさりと承諾した。しかしよく見るとその顔には赤みがさし、眼もどこか焦点が合っていないように見える。
「どうした?」
「……いや、何でもない……」
やはり乙女らしく恥じらいはあるのだろうか。それとも今までは虚勢を張っていて、本当に犯されるとなった時に初めて事の重大さに気付いたのか。
しかし俺の予想が両方外れていたことは、数秒後に分かった。着替えを持って風呂場へ行こうとした雪音が、突然倒れたのである。
ばさり、とタオルと着替えが舞い、床に力尽きた雪音の身体が落ちる。俺は雪音に駆け寄った。
「どうした⁉」
「……本当に、大丈夫よ……?」
俺が抱きかかえると、彼女の息が俺の二の腕に当たった。息が荒い。そして前に触れたときよりもはるかに雪音の体は熱かった。
「風邪だな。いつからだ?」
「……今日の午後から。頭がぼうっとしてて……でも大丈夫。病院に行けないでしょ?」
ふふ、と笑った雪音には、およそ生気というものが感じられなかった。氷目の言うとおり、雪音は体が弱いのだろう。俺は携帯を取り出すと、事前の打ち合わせ通りに氷目に電話を掛けることにした。
「お前の場合はただの風邪でも放っておくとまずいことになる。嫌と言っても絶対に病院には連れていくからな」
「……犯人だとバレたら困るのはあなたじゃないの?」
「まあそうだな。でもそれ以上にお前に死なれたら困るんだよ」
「………なんで?」
俺は、一瞬だけ言葉に詰まった。俺は不思議そうに見上げる彼女から少し目をそらして、答えた。
「お前と、やりたいから」
雪音はぽかんと口を開けていたが、やがてくすりと笑って呟いた。
「えっち」
いたずらっぽく、それでいてどこかはにかんだような雪音の笑みは、これまで見てきたどんな人間の表情よりも美しかった。そ少し手で触れれば砕けてしまいそうなほどの儚さをもったそれは、俺の目を釘付けにするには十分だった。
俺は携帯のコーリング音を聞きながらそこに突っ立っていたが、はっと我に帰ると、携帯を見た。
『電話をお呼びしましたが、お出になりません……』
何度もかけ直すが、結果は同じだった。
(氷目っ! 肝心な時に何で出ないんだ!?)
氷目をあてにすることはできない。かといって、このまま雪音を放っておくことも不可能だ。すでにおそらく40度近い熱がでている。彼女の体がもたないだろう。
「……どうしたの?」
「何でもない。ちょっと待ってろ」
俺はタクシーを呼ぼうと思ってサイトを見たが、大雪のせいですでに先約ばかりらしく、呼べないということだった。俺は車を持っていないので、何かに乗って病院へ連れていくことは不可能だ。
(なら、どうする………?)
電車? 駄目だ。駅には近いが、おそらく運行していない。 救急車を呼ぶか? しかしそれでは身元が割れてしまう……。
俺は思考を巡らせ、1つの結論にたどり着いた。
「分かった。徒歩で行く」
「……え?」
「歩けば30分だが……俺がおぶってやる。できるだけ暖かい格好をしてくれ」
俺は雪音に俺のセーターとコートを渡し、こちらは面を取って、サングラスと紙マスクをつけた。
「そんな格好してたら、怪しまれない?」
雪音は熱に浮かされているのか、焦点の合わない眼でこちらを見ていた。早く行かなければならない。
「……心配する必要はない。今は自分の身体のことを心配してろ」
そう言って俺はしゃがみこみ、背中におぶさるように雪音に示す。すると雪音は戸惑ったような表情をした。
「……本当に私を背負って病院に?」
「ああ。早くしてくれ」
雪音は、おずおずと遠慮がちに俺の肩に腕を回した。
「……ちゃんとくっついてないと落ちるぞ」
俺がそう言うと、雪音はぎゅっと手に込める力を強め、背中にぴったりと胸を付けた。雪音の吐息がうなじを撫で、背中から伝わってくる体温はまた上がっている。
「行くぞ」
俺は貴賓室の鍵を開けると、暗い階段を上る。そして玄関へ向かう途中で俺の家の様子を見て、雪音は呟いた。
「私を出さないんじゃなかったの?」
「今回だけは例外だ」
俺は家を出ると、雪音を背負いながら雪の積もった道に向かって歩き始めた。