その辺を歩いていた令嬢を監禁してみた   作:るら

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忙しすぎて間が空いてしまった…すみません。


錯綜する思い

 

 

 

ー如月雪音の病院騒動の数十分前ー

 

 

 

「氷目さん。俺、犯人を見つけたかもしれません」

 

 席につくやいなや、三須はそう口火をきった。今日は依頼人が捜査の進捗を尋ねに来る日で、待ち合わせの場所はなぜかファミレスだった。もう20時なので食事に来る客も多く、周りは騒がしい。

 

「……本当ですか?」

 

 氷目ー依頼人の肝丘の秘書らしいーはそう聞いてきた。前に会った肝丘は弱肉強食の不動産業界で自社を大きくした実業家らしく妙な威圧感を覚えたが、彼女もなかなか彼に勝るとも劣らない。三須は少し気後れしたものの、頷いた。

 

「この目で見たんですよ。携帯を見たら雪音さんの写真があったんです」

 

「………それだけで犯人だと決めつけられますかね?」

 

「見るからに盗撮なんですよその写真。出回ってる写真でもないですし」

 

「そうですか……」

 

 氷目は珍しくたじろぐような様子を見せた。いつもはただ報告を聞いて2、3質問をして終わりなのだが、今回の報告にそれほど驚いたのだろうか。顔には出さず、しかし得意な気持ちになっていると、氷目はおそるおそる、といった調子で聞いて来た。

 

「……その人の……そうですね。勤め先はどこですか?」

 

 三須はその質問の意味をはかりかねてしばらく黙っていたが、素直に「動物園です」と答えた。

 

 ひょっとすると氷目や肝丘の手元には他のつてで犯人の情報が集まってきており、犯人のおおまかな情報は分かっているのかもしれない。だから三須の情報と照らし合わせて、犯人の実像と合致するかどうかを確認しようとしているのではないか。

 

「………なるほど、わかりました」

 

 氷目はそう言った直後、感謝の言葉をかけられると思っていた三須に予想もしない言葉をぶつけた。

 

「今日限りであなたを解雇します。……全く、そんなあやふやな根拠で来られても困るんですよね」

 

「………は?」

 

「……まず我々……もちろんあなたを除いた他の探偵の方々も含みますが、その見解では別の人間が最重要な人間として浮上してきています。あなたは今まで何も収穫はありませんでしたし……それにあなたの勤める動物園の同僚が犯人だった、というような思いつきが通じるとでも?」

 

「でも、実際にそうなんだから……」

 

「もういいと言っています。契約解消のお金は後で振り込んでおきますので、今日はどうぞお引き取りください」

 

 どういうことだ、と三須はあせった。あれは犯人であるという証拠になるはず。しかし氷目は頑なにそれを否定している。……他の探偵、そして彼らの見解が一致している……要するに、依頼人や彼女は他の探偵の説を信じ、しばらく成果をあげられなかった三須を解雇する、ということなのだろう。

 

「………俺の話を聞いてください。絶対に俺が正しい」

 

 そう言うと、氷目は冷たい目で三須を一瞥し、立ち上がった。

 

「もうあなたと話すことはありません。仕事のお話もこれかぎりということで」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 三須の声にも構わず、氷目はさっさと歩いて行ってしまった。三須はただ悔しさと熱意を持っていた仕事がなくなった虚無感とを同時に感じ、そこに立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

 

 

「……そんなことがお前の寝てる間にあったんだ」

 

 俺はベッドのそばで氷目から聞いた話を雪音に語っていた。……しかし俺が携帯の待ち受けを盗撮写真にするようなうかつな真似をしたことがあっただろうか? まあ一応雪音を誘拐する前に背丈の確認や周囲の様子を調べるために盗撮写真はあったが、待ち受けにすることは多分無かったはずなのだが。

 

「………その三須さんって人、可愛そうね」

 

 雪音はそう言うと、くしゅん、とくしゃみをした。俺は毛布を掛け直しながら、彼女の額に手のひらを当てて熱を測った。

 

 まだうっすらと残っていたが、熱は十分下がっていた。昨日に峠を越えたおかげか、すぐに体調は良くなってきているようだった。雪音は何故か頬を赤くしながら、言葉を続けた。

 

「氷目さんは、その人が真実にたどり着きそうだったから排除したんでしょ? 本当のことを伝えようとしてるのに、それを聞いてもらえないなんて」

 

「……うん、まあ悪い奴ではないんだがな……」

 

 だが、俺の正体には相変わらず気付いているという事だろう。これから奴と会うときには気をつけなければならない。少なくとも携帯に入れている雪音の写真は全部移し替えるか削除するべきだ。

 

 そんなことを考えていると、雪音はそうだ、と言って俺の方を見た。

 

「そういえばまだ読みかけの本があるの。読んでもいい?」

 

「……やめとけ。昨日あれだけ熱出してたんだし、今日くらい安静にしててくれ」

 

「ちぇ」

 

 雪音は詰まらなそうに毛布に顔をうずめると、そのまま完全に布団を被ってしまった。

 

「……でも、ずっと寝ててもいいっていうのは最高ね」

 

 俺は呆れながらも、少し笑った。思ったよりも雪音は回復しているのかもしれないーならば、明日は軽いものを朝食にした方がいいかもしれない。

 

「……ところで、明日の朝食は何がいい?」

 

すると雪音は毛布を被ったまま、「イチゴジャム」と答えた。

 

「分かった。じゃあ明日はジャムトーストにしよう」

 

そういえば冷蔵庫に貰い物のイチゴがあった。あれにペーストを入れてジャムを作ってやろう。

 

俺はそう思いながら、どこかで雪音に大事が無くてほっとしていることに気づいた。

 

 しかしそれは自分の戦利品が失われることを防げたという喜びというよりかはどちらかというと、大切な人間とのつながりを繋ぎとめたような安心だった。それに気づいて初めて、俺は雪音に抱く感情が単純な劣情だけでないことを自覚したのである。

 

(俺は雪音を……どう思ってるんだ?)

 

 今までに監禁した女性には肉体的欲求はあったが、彼女たちへの愛というようなものはほとんど無かった。だが、雪音が熱に浮かされているとき、そして病院で命を取り留めたとき、俺は冷静さを失って、即座にリスクのある行動に出てしまっていた。

 

 これは愛と言えるのか、それとも同情なのか。

 

 俺は雪音の寝息の聞こえ始めた毛布のふくらみを見て、そう自問自答していた。

 

 

 

 

 

 午後10時。三須は、辺りを見回しながらそろそろとある家の庭に入り込んだ。近所で外を出歩いている者も少なく、容易に侵入することができた。

 

 家の表札には、真田という文字が彫り込まれている。三須はそれを確かめると、身を屈めて中の様子の分かりそうな窓を探した。

 

 氷目に解雇されたにもかかわらず彼が調査を進めている理由。それは、囚われの少女を助けようとする正義心からではなく、犯人を捕まえて有名になってやる、という名誉心が主だった。

 

(氷目は信頼できない)

 

 実際、氷目は三須の話を聞きもせずさっさと三須を首にした。本当に情報を集めるつもりなら、もう少し三須が話すのを待ってくれていただろうし、名前くらいは聞いただろう。

 

 実は、氷目はすでに真犯人を知っているのではないか。そんな気がしたが、考えすぎだと思い直してその考えをすぐに捨てた。

 

(今に見てろよ……絶対に決定的な証拠を見つけてやる)

 

 氷目たちに先んじて犯人を捕まえる。そして有名に……という夢想をしながら、それでも体は無駄のない動きで、カーテンの閉められていない窓を見つけ、そちらへ向かった。

 

 部屋を覗き込むと、中央に大きなテーブルがあった。キッチンらしい。そこにはいくつものボウルが並んでおり、向こうにはまな板が置いてあった。

 

(なんの変哲もないな)

 

 そう思いながら壁に目をやると、そこには何枚もの如月雪音の写真が貼られていた。

 

(……これは決まりじゃないか?)

 

 そう思った瞬間、扉が開き、真田がその部屋へ入って来た。普段からは想像もつかないエプロン姿で、手に持っているのは黒いゴミ袋とハモ切り包丁。そして包丁を見ると赤い液体がべっとりとついていた。

 

「…………!」

 

 三須は叫びだしたくなったが、すんでのところで留めることができた。まさか。あの包丁についているのは。そしてあのゴミ袋の中身は……。

 

 幸いあちらからは窓の外は完全な闇にしか見えないので、気づかれる心配はない。しかしそれでも三須の目はその包丁とゴミ袋に釘付けにされ、目を離すことができない。

 

 真田は包丁を床に置くと、そのまま外へ出て行った。ほっと安心したのもつかの間、今度は玄関のほうからがちゃり、とドアの開く音が聞こえた。

 

(………気づかれた⁉)

 

 心臓が加速し、喉がからからになる。しかし真田がこちらへ来る前に踵を返して逃げてしまおうとしたとき、真田が右手にゴミ袋を抱えたまま、外へ出て行くのが見えた。

 

「……ふう、ラッキー」

 

 そして、あのゴミ袋の中身も改めることができる。何が入っているのかは気味が悪くて想像したくもないが、例えば死体なら……

 

決定的証拠だ。

 

三須は冷や汗を流しながら、しかし笑みを浮かべて、真田の後をついていった。

 

 

 

 

 

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