アカデミー生の日常。   作:豆腐アイスクリーム

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第一話。

 

釣りに興じる彼の後ろ姿は、とても九歳には見えない。

 

この年頃の少年ならば、野山をハードワークし、箸が転がるだけでボックスを踏み、排泄物のスラングを高らかに叫ぶのが一般的だ。こうして湖のフチに腰掛け、静かにウキを見続けるなど多感な彼らにとって拷問と言っても良い。

 

とは言え、別段痛痒を感じている様子もなく、かれこれ三時間以上も黙々と獲物を釣り上げている様子を見ると、彼はよほど釣りが好きなのだろう。もしくは差し迫った今晩のオカズを増やしている最中であるのか。

 

父親似の薄い顔立ちに、母譲りの白い肌。美少年とは言えないが、器量が悪い訳でもない。見る人によって評価が別れる中途半端な顔である。生涯をかけて「中の上」以上の資格は得られない、そんな容貌。

 

穏やかな春の昼下がり、雲ひとつ無い快晴、小鳥のさえずりを聞きながら、時折目をつむり、自然の美と癒しを感じつつ、どこか遠くへと思考を飛ばす。

 

 

 

 

ふと、彼のやや細い目が大きく開かれ、竿を握る手が下がる。林の陰から見知った少女を見つけたからだ。

 

しかし彼は、声を掛けるでもなくすぐにウキに視線を戻す。頬を染めた様子もない事から、恥ずかしさ故の行動ではなく、単純に少女<釣りなのだろう。既に先ほどと全く変わらない姿勢と顔になっている。

 

 

 

 

一呼吸置いた後、今度は少女の方が彼を見つけ、大きな瞳をこれでもかと開かせた。

 

同じく彼女の方も声を掛ける事は無いが、彼とは違い関心を持ったようで、長く艶やかな黒髪をなびかせて、彼の座る方向へと近づいて行く。

 

残り十数歩と言った所で、彼が口を開く。ウキから視線を外さずに。

 

「何か用?」

 

つっけんどんな、好意的とは言えない台詞。オマケに全身からどっか行けオーラを放っている。とても相手から答えを聞こうとする人間の態度とは思えない。さすが性格が悪いと隣三軒両隣で評判の、彼らしい不快感の表し方だ。

 

 

 

 

だが、

 

「何してるの?」

 

彼の抵抗は虚しく、少女は質問を質問で返す、煽りの高等技術をナチュラルで使用してきた。

 

 

 

 

彼は気分を害した様子を隠す事なく、むしろ増幅させ全面に押し出す形で返答する。

 

「見て分かれよ。釣りだよ」

 

「楽しい?」

 

「さぁ?」

 

「楽しくないの?」

 

「お前には教えない」

 

会話はここで終了である。おおよそコミュニケーションとは言えないが、彼等らしいと言えば彼等らしい。

 

 

 

 

何も言い返してこない少女に対し、少年が悦に浸り勝利の余韻をカミカミしていると、今度は後ろから少女の気配と強烈な視線を感じた。

 

ここで、「まだ何か?」と一言話し掛ける心の余裕さえあれば、彼の交遊関係の少なさも改善の兆しが見えようものだが、「強くなくても、賢くなくても、例え誰かに嫌われても構わない。ただ、幸せに、ありのままで生きて欲しい」と言う、父の健気な言葉を真正面に受け取った彼はブレない。

 

もう決して、奴に一言も話し掛けてたまるものか、そう彼の背中が壮絶に物語っている。

 

少女の方はと言うと、元来が無口なのか、体育座りのまま、眼光だけを鋭くし、彼の一挙手一投足を食い入るように見つめている。教えてくれないのなら、目から伝わる情報で判断してやろう、そう言う気概が感じられる、良い眼だ。

 

 

 

 

いつまでそうして居たのか、世界有数の無駄な我慢比べ大会は少年の優勝で幕を閉じる。やはり、揺るぎない信念と、父と子の絆はうら若き少女には負けない、ある種の神がかった強さを発揮するようだ。

 

 

 

 

「いつもここでしているの?」

 

出会いから現在に至るまで、主語の無い言葉の数々は、彼女が普段から何を言わずとも、周囲の人間が先回りして答えを差し出してくる境遇を如実に現している。こういう所も二人が相容れない部分であろう。

 

そんな彼女が無理を押して、他人に質問をしている。恐らくこれが考え抜いた末に導き出された精一杯の方法なのだろう。習い事の帰路、突然彼女を見失い、先程ようやく追い着いて、木陰に潜んで見守っているお付きの方々は、一様に涙を流し彼女の成長に歓喜している。

 

 

 

 

ところがどっこい、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「笑えない方のイタズラの天才」「母親の腹の中に同情心を忘れた少年」「三日で命尽きるカゲロウですら、奴より心に余裕がある」そう周囲の人間に評される彼の前では、そんなものは意味を成さない。

 

 

 

 

沈黙。圧倒的な静寂。それが答えだった。

 

 

 

 

 

それからしばらく答えを待つも、一向に口を開こうとも、こちらに注意を向けようともしない少年に痺れを切らし、とうとう少女は立ち上がり、彼の元から去っていく。

 

「また来る」

 

少し悲しげに、言葉を残して。

 

 

 

 

少女の気配が消えた瞬間、彼の脳内ではファンファーレが鳴り響き、校内だけでなく、里の中でも天才と名高い彼女に、短時間で二勝を挙げた自身を総勢数百人の自分が胴上げしている。このお祭り騒ぎは、彼が夜ベッドで眠りに就いたとて、夢の中まで続くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

空は変わらず晴れやかで、青い。





キッッッッッッッッッッッッショ。

だが、とてもスッキリしている。
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