「アルディス、やめろ…」
静かに発せられた声に振り向くと、そこにはアルディスを睨むヘレストナがいた。
少女のその小さい指からは黒々とした炎、先ほどの黒炎より遥かに小さく、しかし、それよりもより強力なものであることが誰の目でも明らかであった。
「これを見たら、もう諦めろ。」
「それはまさか……ま、待て、ヘレストナ!」
「なっ!?」
「…っ?!」
ここに来て、初めてアルディスが慌て出した。
先ほどまで余裕を持っていたアルディスが慌てるほどのヘレストナの行動は、ここにいた誰もが驚くものだった。
「うっ…ぐ…」
ヘレストナは額にその小さな黒炎を押し当てる。
押し当てた指を離すと、その額には黒い紋章が刻まれていた。
「これからは私は人間たちと共に生き、暮らしてゆくことを誓おう。また、魔王の力をまた手にしたとき、この身は黒炎ので骨の髄まで焼かれる事となろう。」
ヘレストナが声を高らかに宣言したとき、額に付いた紋章は段々と薄くなり、やがて消えた。
「黒印の呪いか…」
「ああ、そうだ。この呪いを解けた者は今だ皆無。もうお前の思い通りにはならない。さあ、ここから去れ。2度と私の前に姿を現すな。」
この言葉に驚いたのはヘレストナを除く者達だった。
「ヘレストナ、私はまだ諦めないからな…」
そういい残してアルディスは煙のように消え去った。
「何故今ここで戦わなかったのか!?」
「そうよ!」
「…貴方たち、馬鹿?」
アルディスが去って数十秒が過ぎ、ようやく止まっていた勇者たちが我に返りヘレストナに次々と弾劾を浴びせる。
しかし、ヘレストナは振り向いた途端、勇者たちを馬鹿と、そう言い放った。
「「「ばっ…?!」」」
「さっき戦って敵わないって思わなかった?今戦えば貴方たち勇者どころかこの村も全滅。さらに勇者のいない状態でそのまま放っておけば、最悪本当に世界の人間たちは消えるかもしれない。」
「ぐ……でも、今放っておけば、他の所から村町を襲う可能性があるぞ?」
ヘレストナの言い分は正論ではあったが、それでも納得できないとリツが食い下がる。
「ああ、その事なら大丈夫だ。」
ヘレストナは
微笑みながら得意気に言う。
「魔王の魔力を使って生命を保つのと同時に私の把握出来ている人間たちの村町を結界で覆った。」
「…それは人間にとっては無害なものなのか?」
「結界を張ったのにあいつは入って来たけどね。」
そこにナオヤの疑問とカグヤの嫌味が投げられる。
それにもヘレストナは笑って答える。
「ああ、もちろん。ただ、同時に数十にも及ぶ結界を張ったことによって薄まって受け付けないのが低位魔人と一部の中位魔人だがな。…結界魔法は苦手の部類に入っているしな。」
「ならこの結界は気休めってとこか…」
「……まあ、そういうことになるか。」
ところで、とヘレストナは勇者たちから視線を外すと近くにいるスティ、遠巻きにこちらを見ている村人たちに視線を向ける。
「ひっ!!」
目を合わせた途端、怯えながら後退りをする。
ヘレストナは少し悲しそうにまた勇者たちに視線を戻すと聞いた。
「先ほど言った通り、私は人間たちと暮らしていきたい。願うならば人間も魔人も共に…」
「断る!!」
ヘレストナが全てをいい終えないうちに誰かが叫んだ。
ハッとして声のした方へ目を向けると1人の少年が走って来ていた。その後ろには少年の姉と思われる人間が家から走り出てきていた。
ガツン
そんな音と共に頭に痛みが走る。
少年に視線を戻すと彼の手には拳程の石が握られていた。
「お前のせいでおれの…おれの母さんと弟が殺されたんだ!あんだけ殺しておいて次は殺した家族に向かってっ…人間と暮らしたいだなんて……ふざけんなよ!」
少年が言う度に石が投げつけられる。
テルクナロクが怒りに燃えながらヘレストナを守ろうと前に出ようとするが、止められる。
「……?」
「下がっていろ、お前が私を守る必要は今は無い。」
納得しないものの引き下がったテルクナロクを見て頷くと少年に近づいていく。
「なっ…なんだよ」
姉に止められ睨んでいた少年がこちらから近づいているのを見て姉と共に怯えを見せる。
不意に3歩ほど手前で足を止める。
「ごめんなさい」
数秒の沈黙が流れ、ヘレストナの口から出たのはたった一言の、でも、後悔を滲ませた謝罪の言葉だった。
「自分で自分を押さえられなかったとはいえ、貴方の家族を殺し、貴方を傷つけてしまった。」
ヘレストナの言うことは一切の言い訳が無く、更には言い終えたすぐに頭を下げた。
これにはヘレストナを責め立てていた少年だけでなく、村人も、ヘレストナの行動に注目し、いつでも動けるように構えていた勇者も困惑した。
人間も勇者もまさか魔人という種族が自らの行いを悔やむことを、ましてや謝罪するということをするなんて誰が予想していただろうか。
いや、人間の中でたったで1人だけ驚かなかった者がいた。
「やっぱりヘレストナはやさしいね。」
「…私のしたことを知っていてなお、どうしてそこまで言う?」
振り向いたヘレストナの視線の先にいたのは宴の間、ずっと笑顔を向け続けていて、今も笑顔を向けている少女、スティだった。
スティが何故ここまで笑顔を向けてくれるのか、ヘレストナには全く理解が出来なかった。
ヘレストナに冷たく言われてもスティはまだ笑顔を向け続ける。
「ヘレストナはやさしいから。だってわたし、みんなのこころ、わかるんだもん!」
いつもより少なかった…ですかね?