序章 1
その巨大な校舎は、呆れるほど澄んだ青い空を背景に、堂々と鎮座していた。
まるで、己が世界の中心であると誇示しているように。あるいは、自分に手を伸ばすことも出来ない、才なきものを見下すかのように。
……なんてことを思ってしまうのは、俺が卑屈なせいだろうか。
私立・希望ヶ峰学園。
あらゆる分野の超一流高校生を集め、国の将来を担う「希望」を育て上げることを目的とした、政府公認の超特権的な施設。
何百年という歴史を持つこの学園は「卒業すれば人生の成功は約束されたも同然」とまで言われている。まさに「希望の学園」と呼ぶにふさわしい場所だ。
入学条件は2つ。「現役の高校生であること」と、「何らかの分野で超一流の活躍をしていること」……つまり、超高校級であること。
新入生の募集などは行っておらず、学園側にスカウトされた生徒のみが入学を許可される。一般人では夢見ることすら叶わない、まさに雲の上のような世界。
そうして全国各地から選ばれた一握りの高校生たちは、高校生どころか人のレベルを遥かに越えた化物揃いだ。
例えば第一線で活躍するアスリート。あるいは何かの分野で大人顔負けの功績を残した知識人。変わったところでは、科学的に解明されてないオカルトめいた力を宿している(らしい)奴。
ただ、何事にも例外はあるわけで……。
そうだ。先人たちに倣って、自己紹介をした方がいいだろうか。
俺の名前は
取り立てて運動が出来るわけでも、家柄や特技があるわけでも、人一倍幸運なわけでもない、どこにでもいるツマラナイ高校生だ。
「超高校級のデータベース」などという肩書きを貰って、半年前からこの希望ヶ峰学園に通ってはいるが……。
それも、「思い出すこと」が少し得意ってだけ。普通より物忘れをしづらくて、結果的に少しだけ雑学が多いって以外は大した特徴もない。
自分で言うのもなんだが、才能というのもおこがましいほどの地味な才能だ。正直、どうして超高校級を名乗れているのかもわからない。
一応「もう1人の超高校級の補佐」という理由はあるが、俺をスカウトするくらいなら、もっと他に凄いやつがいただろう、とも思っている。
憧れの学校にスカウトされたのは素直に嬉しいし、幸いなことにクラスメート達も気のいい連中ばかりで、不満を感じるのもおこがましいほど充実した毎日を送れている。
けれど、いつも考えていた。俺はここにいていい人間ではないんじゃないかって。例えるなら、血統書付きの動物の中に、一匹だけ場違いな雑種が混ざっているようなもので……。
本当は……周りに期待されるような「希望」なんて、俺には宿ってないんじゃないかって。
そんなことを言ってしまったら、俺を選んでくれた人達に申し訳ない気がして、日に日に募る不安を抱きかかえて、今の今まで生きてきた。
だけど、それも今日で終わり。
休日の朝だというのに、わざわざ登校した理由。それは、とあるプロジェクトに参加するためだ。
きっかけは職員室で見かけた一枚のポスターだった。内容は「学園が取り組む新たな研究の被験者を募集している」というもので……。
優れた才能を更に伸ばし、新たな才能を開花させる。報酬よりもなによりも、その謳い文句に興味を惹かれた。
俺はすぐさま参加者に名乗り出ると、プロジェクト始動日を今か今かと待ち続けていた。
腕時計をちらりと見る。指定された時刻の15分前……そろそろいくか。
これはチャンスだ。非凡でもなんでもない、つまらない俺が掴んだ、最初で最後の希望の光。
どんな結果だっていい。このプロジェクトに参加することで、胸を覆い尽くす暗い気持ちが少しでも晴れるなら。俺みたいな奴でも、何かが出来るのだと。少しでも誇れるようになるなら……。
そんな決意を胸に、俺は敷地内へ一歩を踏み出した。
何気なく、軽率に、いつもどおりに。一歩を踏み出してしまった。
「あ……れ?」
――それが、絶望へと進む一歩目だとも知らずに。
グニャリと足元が泥に沈むような感触を覚えたかと思うと、目の前の風景が蜃気楼のように薄くなり、たちまち闇に呑みこまれていく。空の色が。校舎の輪郭が。風の音が。気配が。ニオイが。温度が。残像が。全て、全て溶け込んで。
それと共に体は重く、意識は遠くなり……。
……
なすすべもなく、世界は暗転した。