――――最初に視界に入ったのは広い天井。
90度反転して傷だらけの壁、ロッカー、積み上げられた机と椅子。
妙に怠い体を起こすと、天井の角に設置された監視カメラと視線がぶつかる。
「……ここは、何処だ?」
内装は教室のように見えるが……こんな殺風景な教室、希望ヶ峰学園に存在しただろうか。
……というか、何故自分は見知らぬ教室で寝こけているのだろう?
寝起きで脳に酸素が回りきってないせいだろうか、思考がはっきりしない。
ゆっくりと立ち上がり、あたりを見回す。足元の床に自分の学帽が落ちていたので、ホコリを払って被りなおした。
薄暗い教室をぼんやりと観察しているうちに、だんだんと頭が働くようになってくる。
「そうだ。俺は集合場所に向かう途中で……」
…………途中、で?
時計を確認して、校門を開けて中に入って……そこから先の記憶がない。経験したことのない事態に、すうっと背筋が寒くなる。
思い出せるものがない。ない。分からない。俺には、記憶しか取り柄がないのに。
まるで映画のフィルムを切り落としたみたいに、その部分の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。……単なる物忘れにしては、不自然なほど綺麗に。
慌てて腕時計の時刻を確認する。……最後に確認した時から、ほとんど針は動いていない。となると、そう長い間気絶していたわけじゃなさそうだが……。
……この場に留まっていても、他に得られる情報はなさそうだ。何処かに人がいるかもしれないし……正直この薄気味悪い部屋から早く立ち去りたい気持ちもある。
ひとまず廊下に出よう、と教室の出入り口。……が、引き戸は微妙に建て付けが悪かったようで、ガタッと音を立てて途中で止まってしまう。
「……」
小さく舌打ちした後、今度はありったけの力を込めて扉を横に押す。閉ざされた空間から、新たな景色へと。
そこで最初に目にしたものは――。
「ふにゃあぅぁっ!?」
「っ!?」
通りがかりの少女が、突如開け放たれた扉と現れた大男に驚いて奇声を上げる瞬間だった。
「あー、びっくりした! 全然物音もしなかったし、まさか人が残ってるなんて思わなかったよ!」
「悪かった……」
「いーのいーの、ビックリはしたけど全然怒ってないから!」
件の女子生徒は「気にしてない」という風に明るく笑い飛ばしてくれた。
白衣、ポケットから覗く実験器具のようなもの。如何にも研究職という格好をしているが、俺とそう変わらない年に見える。……こいつもプロジェクトの参加者だろうか?
「ねぇ、キミも希望ヶ峰の生徒だよね?」
「あぁ」
「ここ何処だかわかる?」
「いや……俺もさっき目覚めたばかりで、何がなにやらだ」不甲斐ないが、正直に答える。
「そっか。じゃー誰も分からないってことか……むむむ」
腕を組んでなにやら1人考え込む素振りを見せる女子生徒。……かと思うと、ふと顔を上げて神妙な顔で呟く。
「……ところでワタシ、キミに名乗ったっけ?」
「まだ名乗られてないな」
「だよねー!? ごめんごめん、改めて名乗らせてもらうね。ワタシは
《超高校級の科学部 有海 リン》
「有海 リンって……"超高校級の科学部"の?」
「おおっ、当たりだよ! よく知ってるねー」
「そりゃ、希望ヶ峰にいる生徒の中でも、あんたは特に有名人だからな」
目の前の少女についての情報を、頭に思い浮かべる。
有海 リンは研究人の両親とともに学園の才能研究に携わる天才肌の理系少女。
親譲りの才能と学生ならではの柔軟な発想で、理論上不可能と言われてきた数々の実験を成功させた実績を持っている。誰もが認めるトップクラスのエリートだ。
対人関係に問題があるとの噂を聞いて、勝手に偏屈な印象を抱いていたが……こうして実際に会って話してみると、意外に社交的な奴だ。
「それで、キミは?」
「城田 丈だ。記憶の隅にでも覚えておいてくれ」
「城田君だね。いつまでもココにいるのもアレだし……ちょっとリンちゃんについて来てくれる?」
有海曰く、同じ境遇の仲間が別の場所に集まっているらしい。
断る理由もないので、二つ返事で了承した。
静まり返った廊下に、2人分の足音が響く。
廊下の窓には全て鉄格子が嵌っていた。隙間から見えるのは暗闇だけで、外の景色を覗くことは出来ないようだ。
移動する最中、有海は今の状況を丁寧に説明してくれた。
自分もまた、用事があって学園に来ていたこと。校門をくぐった途端、急に意識が遠くなったと思ったら、この場所に閉じ込められていたこと。そして、同じような境遇の生徒が、自分含め15人いること。
「つまり、城田君を含めて16人。丁度一クラス分だね」
「そんなに沢山の人間が、一度に連れ去られたってのか……?」
「誘拐犯だとしたら酷く手が込んでるよねー。こんな学校っぽい建物まで用意してさ」呆れたように有海が言う。
わざわざ学校に似た建物を用意したのなら、犯人の目的はなんだろうか?
なんにせよ、一クラス分の生徒がいなくなれば、学園側も黙ってはいないだろうが……。
「おーい。戻ってきたよー!」
……話しているうちに、目的地にたどり着いたようだ。
有海に案内されるがまま、ひらけた空間……おそらく体育館と思しき場所にたどり着く。
そこには、10数名の男女がいた。
彼らは背丈も服装も見事にバラバラだが……皆「超高校級」と呼ばれるだけあって、漫画の主人公みたいな並外れたオーラを放っている。
「おかえり、有海さん。……と、そちらの君は初めましてかな?」
凸凹集団の中から、白いブレザーを着た男子生徒が前に出る。
いかにも人が良さそうな明るい黄色の髪の男は、目を細めて朗らかな笑顔を浮かべた。
「この人はついさっきまで1-A教室で寝てた城田君。多分彼で全員だよ」
「超高校級のデータベース、城田 丈だ。よろしく」
「よろしくね、城田君。僕は
と、小峠は舞台挨拶のように恭しくお辞儀をした。
《超高校級の道化師 小峠 密架》
小峠 密架。俺の覚え違いでなければ、海外公演も行う某大型サーカス団で道化師を務めている少年……だったか。
超高校級だけあって並外れた器用さを持ってて、確か一度見た動きをそっくりそのまま模倣することが出来る特技を持ってるんだそうだ。
今の小峠は見た目も雰囲気も「素朴な雰囲気の好青年」のそれで、ピエロ要素は全く見当たらない。……まぁ、年がら年中派手な衣装を着て生活する必要はないよな。
「有海から話は聞いたが……ここにいる皆、同じ境遇なんだって?」
「うん……そうなんだ。学校に来た経緯はそれぞれ異なるけど、同じように気を失って、この場所で目を覚ましたというわけさ。そして、わけも分からず校内を探していたら……こんなものを発見した」
小峠が取り出したのは、パンフレットのような紙切れだった。
受け取って中身を確認すると、子供が書いたような稚拙な筆跡で、こんなことが書かれていた。
『せいと の みなさんへ
じゅーよじにホームルームが始まります。
こころのじゅんびを して しゅっせきするように』
「……愉快犯か?」真っ先に浮かんだ感想はそれだった。
「誰かのイタズラだったら、心配はいらないんだけど……」小峠がやや表情を曇らせる。
先に目を覚ました彼等もまた、ココが何処なのか、犯人は誰で目的は何か……等々話し合ったが、確かなのは「14時の"ホームルーム"とやらが始まれば何かがわかるのではないか」という事だけだそうだ。
「指定された時刻までは時間があるし、親睦を深めるのも兼ねて自己紹介をしていたんだ」
「そうか。全員が全員、知り合いってわけでもないだろうしな……」
希望ヶ峰学園は「才能研究が第一・それ以外は個人の自由」というスタンスで、日々の授業への出席義務がない。つまり生徒間のつながりが薄い。
才能に関する試験をこなしていれば良いため、上級生・下級生どころか、クラスメートとも禄に会話したことがない……なんて奴も珍しくない。
かくいう俺も、テレビや雑誌などで見覚えのある顔は何人かいるが、実際に会ったことがあるのは極一部だ。この機会に、今まで接点の無かった面子と知り合っておくのも良いかもしれないな。
とりあえず、近くにいる奴から順番に話を聞いていくか……。
次話、自己紹介その2です。