「なんだアイツは……ぬいぐるみ?」
「クマのぬいぐるみが、喋って歩いているように見えますが……」
「ちっがーう! クマじゃない! ボクはモノベア、愛らしいテディベアなの!」
白黒に半身が分かれた熊の人形……のような物体は、ぶんぶんと手を振って抗議の意を示す。如月が小声で「可愛くない……」と反論するのが聞こえた。
「モノベア様。貴方はこの施設の管理者なのですか?」浮葉が静かに尋ねる。
「そう! ボクは忙しい大人たちの代わりに、オマエラの管理を全面的に委任されたんだ。つまりここではボクが最高権力者ってこと!」
壇上で偉そうにふんぞり返る白黒人形。
「お前が最高権力者なら話は早い。我々を集めた目的はなんだ?」
「それに、この薄気味悪い建物はなに? ワタシをこんな場所に連れてくるなんて、何を考えているの?」
寿と立氷が厳しい口調で問い詰めるも、モノベアと名乗るぬいぐるみは動じない。
「うぷぷ。こういうのは順次を踏んでくものでしょ? 最近の子供は堪え性がないなぁ」
そう言ってモノベアは、演台に立てかけてあったマイクを持ってきて、自分の前に設置した。「あーあー」と軽く発声練習らしきものをした後、先端の丸い部分をぽんぽんと数回手のひらで叩く。誰が操作してるのかは知らないが、芸が細かい。
「えー、ただいまより14時のホームルームを始めます。号令……はしなくていいや、時間も押してるし、ちゃっちゃと本題に入るよー」
どこか気の抜ける前置きをしてから、モノベアはダミ声を張り上げて喋りだした。
「前略! オマエラは全国津々浦々から鳴り物入りで迎えられた、輝かしい希望に違いない存在でした! しかーし、果たして今のオマエラは真の希望と言えるのでしょうか?」
「……どういう意味ですか?」
「希望ヶ峰学園に集められた生徒達が、皆が皆、期待通りの成果を出せたとは言えないわけですよ。だというのに続々と増える超高校級、着々と減る資金に設備! 悩みに悩んだ大人たちは考えました。
『超高校級の生徒達の中にも、優劣は存在する』『現時点で希望が見いだせない生徒には、希望を背負う資格がない』……ってね」
……耳が痛い。自分は間違いなく資金を食いつぶしている側だ。
「というわけで厳正なる話し合いの結果、オマエラは《超高校級の落第生》となりました。ただし、希望に溢れた学園から落第生が出た! なんて世間に知られたら大問題なので、オマエラにはこの希望ヶ峰学園・分校舎で一生を過ごしていただきます!」
「……は……?」
誰かが息を呑む気配。嘘でしょ、とか細く呟く声が耳に届く。
落第生だって? 俺はともかく、他の15人は才能も成績も非の打ち所のない奴らばかりじゃないか。素行も……竜崎はともかく、大多数は目立った問題を起こしていないはずだ。
いや、そんな事はどうでもいい。この機械生物は、俺達を"死ぬまで閉じ込める"と言ったのだ。
「は、ははっ、なんだよそれ。冗談ならもっと笑える内容にしてくれよな」
「かわいそうに、現実を認められないんだね……。今のオマエラは超高校級未満の落ちこぼれ、すなわち学園の恥です。そんな生きてる資格ZEROな人間でも、ここで大人しくしてれば衣食住を保証してもらえるんだよ。むしろ学園側の寛大さに泣いて感謝するべきじゃないかな?」
「なーにが感謝ですか。それこそ冗談じゃねえっすよ」
「このワタシを捕まえて落ちこぼれですって? よくも機械の分際で生意気な口が聞けたものね!」
「リンちゃん次の実験の打ち合わせがあるんだけど!」
「お家に帰らないと、お父様とお母様が心配してしまいます……」
「今すぐ僕達をここから出せ!」
当然のようにあちこちで怒声が飛ぶ。文句は口にしないまでも、見るからに不満を露わにしている奴ばかりだ。
その光景にモノベアは、愉快そうに作り物の口元を歪ませる。
「うっぷぷぷ。出たい? 出たいよね?」
「当たり前だ!」
「うんうん。そういう意見が出ると思ってたよ。本来なら許されないんだけど、わけもわからず一生閉じ込められっぱなしってのも流石にかわいそうだから、優しいボクは救済措置を与えたいと思います」
「救済措置……ですか?」
目の前にぶら下げられた甘い言葉に、浮葉が訝しげに眉をひそめる。
「そう。ボクの提示した条件を達成してくれれば、落第生の査定を取り消して、ここから出ていく事を許可するよ。モチロン出ていった後は何事もなかったように本科に戻っていいからね」
「なんだ、出る方法があるのかよ。脅かすんじゃねーよ!」
「救済措置があるとは有り難いね。それで、キミ達の提示する条件とは何かな。筆記かい? 実技かい? 希望ヶ峰学園だから、やはり才能に関わることかな?」
「うっぷぷぷ。そんなのより、もっとドキドキワクワクすることだよ。それはね──」
如月の問いかけに、モノベアはプレゼントを前にした子供のように、心底愉快そうに──。
「人が人を殺すことだよ」
信じられない台詞を発したのだった。
(……は?)
時が凍りついた……というのは、まさに今の状態を言うのだろう。
すぐ傍にいる財前と視線が交錯する。警戒、困惑、恐怖……人と人との間で、様々な感情が行き来する。
「うっぷぷぷ……いいねぇその表情! 愉悦メーターがガンガン滾っちゃうよ!」
思考が追い付かない俺達をよそに、モノベアはなおも喋り続ける。
「凶器、現場、時間、諸々問いません! 撲殺刺殺毒殺絞殺焼殺etc、息の根を止められればなんでもOK! 思う存分、仲間同士で殺りあっちゃってください!」
脳が理解を拒んでいる。コイツは何を言っているんだ?
「友達を殺して、仲間を欺き続けた生徒にのみ、本科に戻る権利が与えられます!」
狂ってる。悪趣味なんてものを越えている。奴の言葉を理解してはいけないと、脳が叫んでいる。
ふざけんな、と叫びたかった。だが、喉のあたりで声が詰まって出てこない。
あまりにも奴の言っていることが非現実的で、受け入れがたくて。反論してしまえば、このふざけた現実を認めることになってしまいそうで。
「分かんないかなぁ? オマエラには生きてる価値なんてないの。いなくなったって、誰も心配しないし、なんにも困らない。だから、遠慮無くどしどし殺し合っちゃえばいいんだよー!」
分かってたまるかよ。なんだよそれ。
落ちこぼれなら死んでも構わないなんて、そんなの──!
「ふざけんじゃないよッッ! そんな横暴、従えるかい!」
体育館に怒号が轟いた。
超高校級の喧嘩番長・竜崎 閃奈だ。
尋常でない怒気を纏いながら仁王立ちする竜崎は、さながら鬼……いや、鬼も裸足で逃げ出すくらいに恐ろしい。
「でたよー、カルシウム足りてない系DQN。あれですか? 気に入らないことがあったら何でも暴力で解決しちゃってきたから、今回もなんとかなると思ってる?」
モノベアはわざとらしく「やれやれ……」と肩をすくめた。さながら、できの悪い生徒に呆れているかのような態度だ。
「アタイの事はどうだっていいんだよクソクマ。フザケたこと抜かしてないで、今すぐここにいる全員を解放しやがれ!」
「だーかーら、ここから出る手段はコロシアイだけなんだって。大丈夫大丈夫、オマエラ死んでも責任問題とか発生しないから! 超高校級の喧嘩番長なら1人2人殺すのもお手の物で──」
「……そうか。痛い目見ねーとわかんねーのかい」
竜崎は静かに呟いた。そして竜崎の姿が目の前から消えた──かと思うと、止める間もなく風のような速さでステージを駆け上り、あっという間にモノベアとの距離を詰める。
「ちょ、ちょっと! 先生に暴力を振るうのはルール違反だよ!」
「ハッ! 人殺しを煽る奴が命乞いとはねぇ!」
勢いを維持したまま、幾多の相手を打ち倒してきた右拳を振り上げる。
……と、まさにその時。黒井根が鬼気迫った大声で叫んだ。
「お姉さん、駄目だ! 離れて!」警告が届いたのか、竜崎は瞬時に地面を蹴ってステージから飛び降りる。
「皆さん、今立ってるとこから一歩も動かないでください! いいっすね!?」何かを察したらしい一守が、すかさず前に出て声を張り上げる。
「え、何、どういう事──」
次の瞬間。乾いた破裂音が豪雨のように降り注いだ。
連続する音と衝撃。それは時間にして数秒程だっただろうが、何十分にも感じられた。
……しばらくして音が止んだ。
ステージの壁からは、大小様々の銃器が伸びていた。先程の破裂音の雨は、それらが一斉に射撃を行っていたのだと理解するのに数秒を要した。
「み、皆! 無事かい!?」小峠が慌てて周囲に呼びかける。
「わ……わたしは大丈夫」
「こっちも問題ありません」
恐怖と戸惑いに包まれながらも、口々に安否を確認する。ざっと周りを確認したところ怪我人はいないようだ。
「やれやれ……納得いかなかったら暴力に訴える。そんなんだから世間から見放されるんだよ」俺達の動揺する姿を見て、モノベアは心底楽しげに嘲笑う。
「せっかく見せしめに1人殺してやろうと思ったんだけどなぁ。竜崎さんは黒井根クンにお礼言っておきなよ?」
ステージ上の床は、一箇所だけが重点的に傷ついていた。モノベアのすぐ横……直前まで竜崎が立っていた場所だ。
……もし、黒井根の制止が間に合わなかったら。竜崎が身を躱すのが僅かでも遅れていたら。……想像したくもない。
「この……っ」
竜崎は歯を食いしばってモノベアを睨みつける。それでも、再び向かっていく気持ちは残っていないらしかった。
「さぁ、出来の悪いオマエラでも解ったよね? 落第生に人権と拒否権はない! 落第生から抜け出したかったら他の落第生を殺せ、以上! すっごく単純なルールでしょ?」
「くっ……」
「そんな……人殺しなんて……」
「デモデモダッテしてる暇があったら、一つでも多く殺害計画を練れば? それすら出来ないなら、一生落ちこぼれのまま、おトモダチと楽しく暮らせばいいんじゃない! うっぷぷぷぷぷ……あーっはっはっはっはっは!」
モノベアの笑い声が体育館に不気味にこだまする。俺は世界の温度が急激に冷えていくような錯覚をうけた。
鉄格子がついた窓。無数の銃器。滅茶苦茶になった床。落第生。コロシアイ。何もかも非現実。
だけど……モノベアは本気だ。
遠く離れた場所にあるものだと思ってた「死」は、すぐ眼の前にある。
「……あ、そうそう! オマエラの電子生徒手帳をアップロードしておいたから、校則はよく読んでおいてね! うぷぷぷぷ……」
意味深な台詞を残して、モノベアは舞台裏へ去っていった。
こうして、俺達の絶望に満ちた進級試験は幕を開けたのだった……。