生き残った男の子ハリー・ポッター   作:はと麦茶

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賢者の石
1話 生き残った男の子


バーノン・ダーズリーは、「私たちはどこから見てもまともな一家です」というのが自慢だった。

彼はよくある中流階級の住宅街の一角の、よくある見た目の家に妻と一歳の子供と共に住んでいる普通の男だ。

学生時代から特別な才能は無いながらも地道な努力を重ね、この若さで中規模のドリル会社を経営しているのがささやかな自慢である。

彼は超能力や不思議なことが大嫌いで、ましてやまさか自分たちがそんなものと関わるなんてまっぴらだった。

 

そんなある秋の寒い日、バーノンは突然目が覚めた。耳には不快な音が響いていた。隣の家で赤子が泣いているのだろう。

 

「朝っぱらからうるさいな。自分の子供を制御することもできないなんて、非常識な奴め」

 

一人で毒づいたところで、バーノンはおや、と首を捻った。隣には老夫婦が住んでいて、赤ん坊なんていなかったはずだ。いたとしたらギネス記録になるであろうほどの高齢である。

だが、泣き声はかなり近いところから聞こえる。

訝しんだバーノンは、まともなパジャマに身を包んだまま、寒さに身を震わせながら玄関を出た。

空はまだ暗いが、地平線は薄っすらと赤く染まっている。

目の前に広がるのは画一的な家が立ち並ぶ住宅街。同じような屋根に同じような柵。どこにでもある普通の街だ。

しかし視線を下に落とし、バーノンは我が目を疑った。

 

「私のところに子供がいる、だと……?」

 

見慣れた風景の中、一つだけ紛れ込む異物。毛布に包まれた赤ん坊が階段の下に置いてあった。

 

「全く、何が起こったんだ?」

 

バーノンは、今にも爆発しそうな爆弾に近づく時のようにゆっくりと赤ん坊の方に忍び寄った。

バーノンはまともなことを好む人間である。軒先に赤ん坊が置いてあるという“まともでないことNo. 8"ぐらいに匹敵するようなおかしなところをご近所さんに見られてはたまらない。

 

「なにっ、手紙がある!」

 

バーノンは早朝だということも忘れて大声で驚いた。幸いご近所さんが起きてくる様子はない。

彼は恐る恐る手紙を拾った。古ぼけた羊皮紙の封筒には不死鳥の封蝋がされている。

そこには、「ダーズリー夫妻へ」と書かれていた。

どうやら本当に私のところに置かれたらしい、とバーノンは観念した。

 

ひっそりと赤ん坊を部屋の中に引き込んだバーノンは、すやすやと眠る赤ん坊をテーブルの上に置き、手紙を開いた。

 

「まあ、バーノン。何があったんです?」

 

扉を開けて入ってきたのは妻のペチュニアだ。長い首をさらに伸ばして、キリンのように部屋を覗いている。

 

「それがだな。玄関に置かれていたんだ」

「赤ん坊が? まあ、なんてこと! すぐに警察に電話しましょう!」

 

今度はサルのように金切り声を出したペチュニアをバーノンは落ち着かせた。

 

「手紙が置いてあったんだ。さあ、一緒に読もう……」

 

バーノンとペチュニアは体を寄せ合って手紙を読んだ。

その手紙の内容はこうだった。

 

ペチュニアの妹とその夫が殺されて死んだ。

その赤ん坊は彼らが遺した子供だ。

彼が成人するまで大切に育ててほしい。

 

こんな感じだ。あまりに突然のことに、バーノンは目眩を感じた。

 

「つまり……この子は私達の甥だと?」

 

ペチュニアの妹は魔女だ。この赤ん坊はその妹の息子で、名前をハリーと言うらしい。

妻の妹の存在や、その正体はバーノンも前から知っていた。一度だけ共に食事をしたことがあるが、最悪の思い出の一つとして記憶されている。それ以来、彼らには絶対に関わるまいと強く心に決めていた。

まさかこんなことが起こるなんて想定外だ。

“まともなこと”を求めるバーノンにとって非常に悪い状況だ。

それに何より、赤ん坊ならすでに家にいる。

二人の息子――ダドリーという名で、日夜構わず泣きわめき、食い荒らす腕白な怪獣だ。

 

「わしは認めんぞ! 二匹も育てるなんて不可能だ!」

 

バーノンが憤って怒鳴ると、その声に驚いたハリーが泣き出してしまった。

バーノンはむしゃくしゃと頭をかく。このまま泣かせておくと、隣の部屋にいるダドリーまで起きてしまうかもしれない。

身の安全の為に、何としてでもその事態は阻止しなくては!

 

「私が泣き止ませますわ」

 

母親歴一年のペチュニアはハリーを抱き上げ、揺すり始める。

バーノンは悪夢の時間が訪れたな、と頭を抱えた。泣いている赤ん坊を寝かしつけるのは大変なことだ。

まず、なぜ泣いているのか分からない。乳を与えても、おしゃぶりをくわえさせても、ゆりかごで揺らしても、抱っこしても、歌を歌ってもだめだ。

そしてやっと泣き止んで寝たと思っても、ベビーベッドに置いた瞬間、火が付いたようにまた泣き出してしまうのだ。

産後、母親がノイローゼになってしまうのも無理はない。

しかし──驚くべきことに、ハリーはすぐに泣き止み、ペチュニアに無邪気に笑いかけた。

認めたくはないが、息子のダドリーとは大違いだ。

バーノンは感動でワナワナ震えた。

 

「この子は特別だ……選ばれし者だ!」

 

バーノンはライオンキングさながらにハリーを抱き上げた。窓から射す朝日が神々しくハリーを照らす。

 

(芸能界を)生き残った男の子の伝説は、ここから始まったのだ!

 

 

 

 

それから、ハリーの才能に気づいたバーノンは、その才能を最大限に開花させるべく仕事の合間に子育てに関する本を何冊も読み漁った。

そしてバーノンは、ある広告に目をつけた。

 

「赤ちゃんモデル……子役……そうかそんな手もあるな……」

 

ハリーはとても行儀の良い赤ん坊だった。人見知りしないし、よく笑うし、すぐに泣き止む。

綺麗なまん丸の緑色の瞳も可愛らしい。

息子のダドリーの可愛さには敵わないが、しかし、ハリーには大衆受けする可愛らしさがある、とバーノンは客観的に評価していた。

 

その後、バーノンの説得でペチュニアがハリーを連れて子役事務所のオーディションに向かうと、やはりハリーは合格することができた。

ちなみに、ついでに連れていったダドリーは一発で不合格になってしまった。

 

「あなた、本当にこの子を事務所に入れるんですか?」

 

赤ん坊二人が寝静まった夜、ペチュニアは不機嫌だった。

 

「ああ。そいつは稼いでくる。私が感じたんだから間違いない」

「でも、あの人達ときたら! ダドリーのことを見るなり馬鹿にしたように溜息をついたのよ!?」

「ダドリーの才能を評価できるほどまだ世の中が追いついていないんだ。それより利用できるものはせねばならん。彼は絶対に稼いでくる」

 

バーノンは自信に満ち溢れていた。

しばらく口論になったが、最後にはペチュニアは嫌々ながら了承した。

 

 

さて、さすがは選ばれし者である。

ハリーが有名になるまでにそう時間はかからなかった。

 

ハリーの初めての仕事は赤ちゃん用のお洋服のモデルだった。ハリーは全く泣くことなく見事に仕事を終え、「こんなにスムーズに行ったのは初めてだ」とベテランカメラマンに言わしめた。

さらにそこからオムツのCM、子供向け玩具のCM、そしてドラマ、映画など3歳まででハリーはいくつもの大きな仕事をこなした。

そしてハリーを最も有名にしたのが、5歳の時に出演した映画『星のカラクリ』だ。

幼い頃に孤児院に置き去りにされた少年が両親を探しに旅する物語であり、健気な姿に世界中が涙した。

それからも『おばあちゃんの人参ジュース』や『九官鳥リリーの倦怠期』など大ヒット映画やドラマを連発し、ハリーは一躍国中の人気者になった。

 

 

 

 

「はい、早くお食べ」

「ありがとう叔母さん! 美味しそう」

 

深夜、ハリーはダイニングで一人夕飯を食べていた。今日は北部で撮影があり、帰るのが遅れたのだ。

従兄弟のダドリーはとっくに寝ている時間なので、家はひっそりとしている。

ハリーはちらりと叔母のペチュニアを見た。彼女は頑なに料理雑誌を眺めている。いつものことだ。

ハリーは台本を取り出して、コップに立てかけて読み始めた。

大変なことも多いが、ハリーは演技するのが大好きだった。

カメラの前でみんなに囲まれて撮影するのは、とても刺激的で面白い。それに演技している間は他のことをなにも考えずに済む。

ハリーは素早く皿の上の焼き魚を食べ終えると、自分で食器を洗った。

天才子役にしては、ハリーはかなり良い子に育っているように見えた。それはバーノンやペチュニアがハリーを甘やかさなかったからだ。

天狗にならないことは子役が芸能界を生き残る秘訣の一つである。(それと大人の指示に素直に従うこと、子供らしい無邪気さを演出することも大切だ)

 

「お風呂はいってくるね」

 

ハリーはそう呟いてリビングから出ていった。

 

 

 

 

さて、ハリーが10歳になった時、また、大きな仕事が飛び込んできた。

ドラマの主役に大抜擢されたのである。

原作はイギリスの大作家チャールズ・ディケンズの名作『デイヴィッド・コパフィールド』で、ハリーは主人公デイヴィッドの苦難の子供時代を演じることとなった。

撮影も中盤にさしかかってきた。

今日の撮影は大変だ。同じセットを使って、ほのぼのした楽しいシーンと深い悲しみのシーンを連続で撮らなければいけない。

初めに撮るのは楽しいシーンだ。こちらは難なく上手くいって、ハリーのテンションも上がった。

しかし直後に続けて撮るのは母親が亡くなったと伝えられ、家に帰って女中と悲しむシーンである。

この撮影の中の難所の一つだ。

ハリーは気持ちを切り替え、監督から演技指導を受け、本番に臨んだ。

沢山のスタッフとカメラがセットを囲い、現場特有の緊張感が流れる。

しかしこういう時に落ち着く為のルーティンをハリーは持っている。

ひたすら脳内に色々なチキンを思い浮かべ、役に入るための精神統一を図るのだ。チキンの香りを想像しながらハリーは深く深呼吸した。

監督が撮影の合図を出した。ハリーは演技に入った――。

 

 

――ハリーは一発オーケーを勝ち取った。文句のつけようがない完璧な演技だった。

ハリーの強みは台詞のないシーンでの演技力だ。

女中の腕に抱かれ涙するハリーの顔は見えない。

しかし震える背中からは溢れんばかりの悲痛さが伝わってくる。

その場にいた全員が涙した。

ちょろいなぁとハリーは心の奥の奥の奥底で思ったが、表に出たらいけないと思って慌ててその気持ちを消し去った。

子供は無邪気にしていないとだめだ!

それは子役としてのハリーのプロ意識だった。

 

 

これが撮り終わると、最後に、エンディングで使われるコサックダンスを取って終わりだ。みんなが家の前に集まって踊るのである。

ハリーが部屋の隅で一心不乱にコサックダンスを練習していると、人の良い中年プロデューサーさんが近づいて来た。

 

「ハリー、今日もとても良かったよ」

「ありがとうございます! 皆さんのサポートのお陰です」

 

ハリーは汗を拭いながら口角を上げ、にっこりお礼を言った。

 

「また次も期待してるよ」

「はい! 頑張ります!」

 

ハリーは爽やかに返事して、再び神妙な顔でコサックダンスの練習に戻った。

お偉いさんに嫌われないようにするのは芸能界で立ち回る上で大切なことだ。

 

 

 

 

ハーマイオニー・グレンジャーはとても優秀な生徒だった。歯科医の両親の期待に応えるため、幼い頃から猛勉強した。

しかし周りは馬鹿ばかりだ。

クラスメイト達はハーマイオニーのことを「ガリ勉」と言ってからかった。努力しない奴らに努力する人を馬鹿にする権利はない。

周りから孤立すればするほど、ハーマイオニーは勉強にのめり込んでいった。

ある日から、ハーマイオニーは学校の勉強ばかりでは飽き足らず、都心の塾に通うようになった。

 

ギラギラと陽射しが照りつける暑い日、夏期講習に向かう途中、ハーマイオニーは駅のホームの壁に貼られた大きなポスターを目にした。

緑色の綺麗な瞳の男の子が、力強い眼差しで湖を見つめている。

話題の天才子役ハリー・ポッターだ。厳しい芸能界を生き残り、テレビや映画に引っ張りだこの子供だ。

クラスの中でも大人気で、特に、このドラマのエンディングで踊られたコサックダンスは社会現象になるほどである。

アホらしい、とハーマイオニーは思った。

ほら、あそこでもコサックダンスをしている子供がいる。みんなコサックダンスに夢中だ。

あーあ、みんななんて馬鹿なのかしら!

ハーマイオニーはふん、と鼻を鳴らして、塾に入った。

 

……塾の先生まで、授業中にコサックダンスした。

もうこんな世界出て行きたいわ!

ハーマイオニーは心の底からそう思った。

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