生き残った男の子ハリー・ポッター   作:はと麦茶

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12話 みぞの鏡

魔法界にもクリスマスは存在している。つまりクリスマス休暇も存在する。大多数の生徒は家に帰るということで、ハリーも帰る気満々だった。

超優しくて素敵な愛しのダーズリー一家の皆さんに会いたかったし、長いこと子役の仕事から離れてきて、もう復帰したくて堪らなくなっていた。それに子役としてお仕事している間はシリウス・ブラックのことを忘れられる気がした。

 

だがしかし、その予定はすぐに崩れた。

ある日、ペチュニア叔母さんから手紙が届き、「たまには邪魔者抜きで家族だけのクリスマスを楽しみたい」と言われてしまったのだ!

5分ぐらい、ハリーはしょんぼりした。

でもきっとホグワーツでのクリスマスも楽しいに違いないとハリーはすぐに思い直した。

嬉しいことにロンたちウィーズリー兄弟は親の事情で残るのだ!

だからハリーはロンと遊ぶ気満々だった。

雪合戦やスケートで思う存分はっちゃけようと、すっかりその気になっていた。

 

「あ……エロールだ」

 

しかしクリスマス休暇の2日前の朝食の時間、ロンの元に老いたフクロウが飛んできた。羽に雪が積もって凍えている。

 

「このフクロウ、おじいさんなんだ。いつ死んでもおかしくないよ」

 

ロンはフクロウから雪を払いながら言った。

ロンの家はあまりお金がないので、新しいフクロウを買えないらしい。

 

「誰からの手紙?」

 

ハリーはソーセージをパンに挟みながら尋ねた。

 

「えっと……あれ、パパからだ。珍しいよ」

 

丸っこい字はロンに似ている。

ロンのパパはマグル好きで、コンセント集めが趣味だとハリーは聞いていた。

ロンは丸まって冷たくなった手紙を広げた。魔法のインクで書いているから、字は滲んでいなかった。

手紙を読み進むにつれて、ロンの顔は険しくなった。

 

「……おいロン、もう読んだか?」

 

そこにフレッドとジョージがやってきた。二人もそれぞれの手に手紙を握りしめていた。深刻そうな顔だ。

 

「うん……知らなかったよ、そんなことがあったなんて!」

「弟よ、ことは昨日の夕方に起こったのだ。これでも最速で届けてくれたに違いない」

 

ジョージは険しい顔で手紙を読みながら言った。

 

「それより今日の10時に特別にホグワーツ特急を動かしてくれるらしいからな。早く準備しないと。寝室に悪戯グッズが散らかってる」

「僕も急いで荷物をまとめるよ……ハリー、ごめん。僕たち、クリスマス休暇に残れなくなっちゃった」

「どうしたの?」

「……チャーリーが大怪我したんだ。ドラゴンが急に暴れ出して……押しつぶされたんだ。それで、魔法病院に運ばれたけど意識不明で……」

 

ロンは不安を口にしたくなくて、それ以上言わなかった。

 

 

 

 

昼食の時間、ハリーはマントを羽織って待っていた。ウィーズリー兄弟を見送るためだ。出発する前に、フレッドとジョージがハリーを呼び出した。

 

「ハリーごめんな、せっかくのクリスマスに一人にさせて」

「全然気にしないでよ。僕にはヘドウィグがいるから」

「お詫びと言ってはなんだが、ある物を渡したいんだ」

 

ジョージは白紙の羊皮紙を取り出した。ハリーは首を傾げた。

 

「これでマグゴナガル先生のレポートを書けばいいんですか?」

「ところがそれが違うんだ。見てろよ──」

「「我、ここに誓う。我、よからぬことを企むものなり」」

 

二人は杖を羊皮紙に当てて言った。すると羊皮紙の上に複雑なインクの線が浮かび上がってきた。

 

「これ、ホグワーツの地図だ!」

「その通り。しかも人の動きも分かるんだ」

 

フレッドは一階の小部屋を指差した。フレッド・ウィーズリー、ジョージ・ウィーズリー、ハリー・ポッターと書かれた点が集まっていた。

 

「裏道とかも書き込まれてて、非常に便利な品物だ。まあちょっと楽しんでくれよ」

「ありがとう」

 

ハリーはとても嬉しかった。

 

 

それからクリスマス休暇を待たずにウィーズリー兄弟は帰ってしまった。トランクを持って暗い表情でホグワーツ特急に乗る四人をハリーはただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

ハリーは空き教室でハーマイオニーと話していた。とても寒かったが、ハーマイオニーが作ってくれた“持ち運べる炎”は暖をとるのに役に立った。

 

「……でも私、魔法界の癒者はとっても腕がいいって聞いたことがあるわ。スクイブの女の子がトラックに轢かれて体がめちゃくちゃになったんだけど、お癒者さんの力で治ったんですって」

「……トラックはマグルの機械だけど、ドラゴンは魔法動物なんだ」

「でも心配しててもどうにもならないわ──あれ、ハグリッドだわ。隣にいるのは誰かしら?」

 

ハーマイオニーは唐突に窓の外を指差した。カチカチに凍った湖の周りを歩く二つの人影があった。深い雪に覆われた地面に足跡が綺麗に残っている。

 

「そういえばニュート・スキャマンダーさんがホグワーツに来るって言ってたよ」

「まあ、あの教科書を書いた? そういえばハリー、前に借りてた本は読み終わった? あれもドラゴンの本だったわよね」

「うん、読んだ読んだ」

 

ブラックから意識を切り離すために読んだだけなので内容は殆ど頭に入っていなかったが、しっかり最初から最後まで目だけは通した。

 

「それにしてもスキャマンダーさんがいらっしゃるなんてすごいことよ。彼、魔法生物飼育学会では有名な方なの。彼の功績は絶滅しかけていた世界中の魔法生物をたくさん保護したことよ。特にニフラーは相棒みたいな存在だったんですって。もちろん他にも魔法生物概論を執筆したり、色々な功績を残しているわ」

「きみ、その会に入ってるの?」

「いいえ。でも一般常識よ」

 

ハーマイオニーの一般は、きっと知能指数が上位1パーセントぐらいの人を指しているのだろう。

 

「……チャーリー、無事だといいなあ」

 

ハリーは呟いた。

 

 

 

 

ハーマイオニーが帰ってしまうと、ハリーは本格的に一人ぼっちになった。ハグリッドもあのドラゴンを育てにルーマニアに行ってしまった。

ハリーは退屈を紛らわせるためにフクロウ通販で様々な魔法グッズを爆買いした。重い荷物を運んでくれたヘドウィグはぐったりしていて、少し申し訳ない気分になった。

それから誰もいない談話室で荒ぶってみたり、コサックダンスしたり、スネイプ先生のモノマネをしたり、思いつく限りの暇つぶしをした。

 

「ふぅ……」

 

ハリーはすっかり飽きて、黒い長マントを放り出した。談話室はいつまで経っても談話室だ。

ロン達が残らなくなったのは仕方ないことだし責めちゃいけないとは分かっているけれど、やっぱり一人は寂しい。

 

その時、ハリーはあの地図の存在を思い出した。フレッドの真似をして杖を羊皮紙に当てて合言葉を言うと、さっきのように地図が現れ、てっぺんに文字が浮かび上がった。

 

『ムーニー、ワームテール 、パッドフット、プロングズ われら「魔法いたずら仕掛け人」のご用達商人がお届けする自慢の品──忍びの地図──』

 

ムーニーとかいうのはあだ名に違いない。この四人はとても優秀で面白い人たちだったのだろうとハリーは微笑ましくなった。ハリーはまだ魔法界に来て日が浅いが、この地図を作るのがどれだけ高度で大変なことなのか予想はつく。

 

ハリーはしばらく地図上の動く点を見つめていた。校内には数人の生徒しかいなくて、あとはみんな先生方だ。ホグワーツの教授の既婚率は低いことをハリーは発見した。

 

暇で暇でやることがなくなったハリーは地図をポケットにいれて談話室を出ることにした。

廊下はすきま風で氷のように冷たかった。

ブラックも学生時代、この廊下を父さんと一緒にほっつき歩いたのだろうか。寒さはハリーをどんよりした気持ちにさせた。

 

「るんるんるん」

 

ハリーは気持ちを明るくするためにマグル界のクリスマスソングを口ずさんだ。

廊下に置かれた甲冑はサンタの帽子を被っていて、クリスマスを祝う準備万端だった。

どうせならお城を隅々まで見て回ろう!

ハリーはスキップした。

 

「らららーららん♪ ハッピークリスマース♪……あ、スネイプ先生こんにちは」

 

スネイプは怪訝な目でルンルンとスキップしていたハリーを見た。

 

「我輩には理解しかねぬ世界が君の周りには広がっているようだ。もし我輩が君の寮監ならば直ちに聖マンゴの精神科に連れて行く所だが」

 

スネイプは皮肉じみて言った。

 

「……でもスキップをするのは楽しいです」

 

スネイプ先生も一緒にいかがですか、とまでは言わなかった。言ったら100点ぐらい減点される予感がしたからだ。

スネイプは蔑むように舌打ちして過ぎ去っていった。

 

「あーあ……変なところ見られちゃった」

 

ハリーはとぼとぼ歩いた。

あてもなく歩いていると、ハリーは扉が半開きになっている教室を見つけた。暖炉で火がパチパチ燃えていて、暖かそうだ。ついさっきまで人が居たような感じがする。なんとなしにハリーは入ってみることにした。

 

部屋の真ん中に古い大きな金の鏡が置かれていた。ハリーは純粋な好奇心で鏡に近づいた。

上の方には文字が彫られている。

 

“Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi”

 

ラテン語か何かだろうか。

ハリーは鏡の前に立った。

驚愕した現実のハリーとは反対に、鏡像のハリーはニコニコ微笑んでいた。その後ろにはハリーによく似た黒髪の男性と、赤毛で美しい緑色の瞳の女性がいた。ふたりはハリーの肩に手をまわして、優しく見つめている。

ハリーは後ろを振り返った──しかし誰もいない。

 

「パパ……?」

 

男性が小さく頷いた。

 

「ママ……?」

 

女性がにっこり笑った。ハリーにそっくりなアーモンド形の瞳だった。

ふたりの後ろにはたくさんの人がいた。きっとハリーの祖先たちだ。みんな楽しそうに笑っている。

ハリーは鏡に手を付けた。このまま中に入り込みたかった。

 

 

 

 

 

翌日もハリーはその教室を訪れた。探すのに1時間近くかかってしまった。暖炉の火は消えていて、とても寒かった。

鏡を覗き込むと、昨日と同じように父さんと母さんが微笑みかけてくれた。

そこに、背の低い丸顔の青年が現れて、父さんの肩をおずおずと突いた。父さんはウインクして彼の背中を叩いた。

 

「ピーター……」

 

新聞で読んだ。父さんの親友だ。ブラックに殺された人だ。

 

そこに鳶色の髪の大人っぽくて、くたびれた感じの青年がやってきた。そして枠の外に向かって人を呼ぶ仕草をする──しばらくして、長身でとてもハンサムな青年が優雅に歩いてきた。

父さんは今までで一番の笑顔でその青年を迎えた。そして楽しそうにハリーに向かって手を振った。鏡のハリーもふたりと一緒に手を振っている。

 

ハリーはセーターの袖で涙を拭った。幸せなのに悲しくて虚しくて憎かった。

 

「またここに来たのかね?」

 

ハリーは驚いて部屋の隅を見た。いつのまにかダンブルドア先生が立っていた。

 

「君だけではない。今までに何人もの人がこの『みぞの鏡』のとりこになった……。この鏡が何を見せてくれるのか、もう分かっているじゃろう」

「欲しいものを……その人が強く願っているものを見せてくれるのですか?」

「ほとんど正解じゃ。この鏡は人の奥深くにある一番深いのぞみを写す。それだけじゃ」

「なんでこんな鏡があるのですか?」

「きっとこれを作った人は遊び心で作ったのじゃろう。それが無邪気なものか悪意に満ちたものかは分からないがね」

 

ダンブルドアは悪戯っぽく言った。

 

「昔からホグワーツの先生方は旅先で興味深い品を見つけては学校に持ち帰ってくる。これもきっとその類のものじゃろう……別の部屋で分厚い埃を被っていたのをわしが発見して、整理のためにこの部屋に置いておいたのじゃ」

「先生、絶対に叶わないことを望むのは悪いことですか……?」

 

ハリーは聞いた。

 

「いいや、人ならば誰でもそういう経験をする。しかし、あまりにもその望みに取り憑かれて生きることを忘れてしまうのは良くないじゃろう」

 

ハリーは無言で考え込んだ。

 

「君のご両親について、あんな方法で真実を知らせてしまったことは申し訳なかった。誰かの口から教えてほしかったことじゃろう」

「いいえ、いいんです。僕が勝手に調べて知ってしまっただけだから……。先生、でもなぜブラックは僕の両親を裏切ったのですか?」

 

ハリーは聞いた。どうしても理由を知りたかった。ダンブルドアは遠い目をした。

 

「それはわしにも分からぬ。君のお父様とシリウス・ブラックは兄弟のように仲が良かった。しかし何か恐ろしいものがブラックを狂わせたのじゃろう」

「……あのせいで両親とピーター・ペティグリューは死んだし、ブラック自身もアズカバン行きになって……結局誰も幸せになってないんです。もちろんブラックだけが人生をエンジョイしてるのは絶対に許せません。でも、でも……」

 

鏡に写った青年たちはとても幸せそうだった。あの幸福を壊してまでブラックは裏切りを選び──親友と共に自らの破滅を招いた。

 

「きみの気持ちはよく分かる。時として人は最悪のものを選びたがることがあるようじゃ……。きみのお父様とお母様が亡くなったのはほんとうに悲しかった。わしが気づいておればよかったと今でも考える……」

 

ダンブルドアは一筋涙を流した。

 

「父と母をご存知なんですか?」

「きみのご両親は人生を賭けてヴォルデモート卿を倒すことに全力を尽くしてくれた。わしもその一人だった。覚えておいてほしい。きみの両親は親友の裏切りによって死んだが、そもそもヴォルデモート卿に狙われるようになったのは、彼にとって脅威だと思われるほど偉大な存在じゃったからじゃ。もちろん一歳のきみを残して死んでしまうのは無念じゃったろうが、それ以外の悔いは無かったと思っておる。きみのお父様は親友が裏切ったからといってそれを恨むような人物では無かった……むしろ庇うのではないかと思うほど、友情に熱かった」

 

父さんならそうするに違いない。鏡の中の父さんとブラックは無二の親友だった。父さんならブラックのことを許しただろう。

だからこそハリーの中でブラックに対する憎しみがより深くから湧いてきた。

 

「先生、アズカバンに行くことはできませんか。ブラックの今の姿を見ておきたいんです」

 

ハリーは言った。ダンブルドアは驚いてハリーを見た。

 

「それはきみにとって辛いことになるじゃろう」

「でも、知りたいんです。そして聞きたいんです。ブラックの気持ちを」

「きみは勇敢な子じゃ……わかった、魔法省に申請してみよう」

 

ダンブルドアは感涙した。

 

「ありがとうございます」

 

ハリーは言った。

 

「先生、僕の父さんはブラックとピーターと、あともう一人仲のいい人がいませんでしたか?」

「ああ、リーマス・ルーピンじゃ。最後の年にわしが監督生に任命した生徒じゃ」

「彼はまだ生きてますか?」

「長いこと連絡を取っていないが、きっと生きておるじゃろう」

「彼に会うことはできますか?」

「会って何をしたいのじゃ?」

「父と母について聞きたいんです。多分、よく知っている人だから……」

「ふむ。しかしもう長いことやり取りをしていなくての。もしかすると会えないかもしれん」

 

というよりも、彼がハリーと会ってジェームズについて話すことを了承してくれるかが問題だとダンブルドアは思っていた。

ハリーは申し訳なさそうにした。

 

「ごめんなさい、無理言ってしまって。校長先生だからお忙しいはずなのに」

「心配するでない、ハリー。自分で言うのも何だがわしは大魔法使いじゃ。それに、きみに費やす時間は何だか楽しく感じるのじゃ」

 

ダンブルドアはちょっと首を傾けて悪戯っぽく眉を動かした。

 

「では、そろそろ寝室に帰る時間じゃ」

「はい。おやすみなさい」

 

ハリーはにっこり笑って部屋を出た。

 

 

ダンブルドアは一人部屋に残り、鏡の枠に書かれた文字を逆から読んだ。

 

“I show not your face but your heart's desire”

 

──わたしはあなたの顔ではなく心ののぞみを写す。

 

のぞみ、か。

クリスマス休暇が終わったらこの鏡はすぐに元の場所に戻そう。

ダンブルドアは鏡を一瞥して、部屋を後にした。




〈悲報〉ハリー、クリぼっち
〈予告〉次回はアズカバンに行くよ!
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