生き残った男の子ハリー・ポッター   作:はと麦茶

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16話 秘密の守り人

校長室は静まり返っていた。

ダンブルドア、ハリー、ロン、肖像画の歴代校長、皆が小太りの男を見ていた。男は小柄で、尖った鼻や小さな目がどこか鼠っぽかった。

男はあたりを確認し、そして一目散に出口のドア目掛けて走り出した。

 

「待つのじゃ、ピーター」

 

ダンブルドアは杖の一振りで男を床に這いつくばらせた。

男は惨めに何か喚いていたが、それもダンブルドアが黙らせた。

ハリーは男を冷静に見ていた。

 

「……ハリー! ちょっと散歩するだけだって言ったじゃないか! 僕のスキャバースはいつ返してくれるんだい?」

 

ロンがついに声をあげた。

 

「あの人がお好みなら連れて帰ったら?」

 

ハリーはさらりと言った。その間も男からは目を離さない。

この薄汚い男こそ、両親を死に導いた魔法使いなのだ。

 

「……そんなの嘘だ! だってスキャバースは可愛いネズミだったんだ!」

「残念ながら君のネズミは動物もどきだったようじゃの」

 

ダンブルドアが言った。

ロンはへなへなと座り込んだ。

 

「さて、ピーター。久しぶりじゃの」

 

ダンブルドアの声は優しげだったが、言いようのない恐ろしさがあった。

 

「もし君が無実であるなら、わしの質問に素直に答えられるはずじゃ。さて、君はなぜ今までネズミとして姿を隠していたのかな?」

 

ピーター・ペティグリューはガタガタ震えていたが、必死に口を動かした。

 

「……ブラックに、ブラックに殺されると思ったんです! あいつは私を逆恨みしています!」

「しかしブラックが逮捕されたことはすぐにわかったはずじゃ。パーシー・ウィーズリー殿が、このネズミは幼い時から家にいると言っておった。あの名家に居れば、魔法界の大ニュースを聞き流すことは無いように思うのじゃがのう」

 

ロンはしゃがみこんで両手で顔を覆い、指の隙間から恐る恐るピーターを見ていた。

 

「……そ、そんなニュースは聞いていなかったんだ!」

「ふむ。この10年間一度もそのような話を聞かず、ずっとネズミとして過ごすことを受け入れていたということかね?」

「ブラックに狙われない為にはそうするしかなかった!」

「……なるほど。たしかに君はそうするしかなかったじゃろう。君が生きていてくれたのは本当に喜ばしいことじゃ。しかし世間では君は死んでいることになっているからのう……魔法省に行って再び戸籍を復活させる必要がありそうじゃの。もしかすると戸籍を作り直す際に真実薬を使うことがあるかもしれん。何せ、死んだはずの人が生きていたと言われても殆どの人が信じられないからの。さて、ではわしと共に魔法省に行かんかね?」

 

ダンブルドアはピーターに手を差し伸べた。

ピーターはますます震え、浅く、早い息遣いをしていた。

ダンブルドアの前で嘘をつくことは困難だとハリーは悟った。あの青色の瞳で見られると、真実を話さなくてはいけないという気持ちにさせられる。

きっとピーターもそうなのだろう。しかしピーターは簡単には諦めなかった。

 

「……わたしは怖かったんだ! 生きていると分かればまたブラックに狙われる! そして殺される!」

 

ピーターはどこか逃げ道はないかと目をキョロキョロさせ、ハリーと目があった。

ハリーは緑色の瞳でじっとピーターを見た。

 

「僕の両親は親友に裏切られてヴォルデモートに殺されたんだ」

 

ピーターはハリーを見て固まった。

 

「ハリーの両親が裏切られたって、いったいどういうことだい……?」

 

ロンは小声で呟いて頭を傾げた。

ピーターはロンに向かって縋るように叫んだ。

 

「ああ、君! 君なら分かってくれるね、私が善良な無実の魔法使いだと!」

「ひえっ! 話しかけないで! 僕、スキャバースがおっさんだったなんてまだ信じたくないんだ」

 

ロンは腰を抜かして悲鳴をあげた。

せっかく真犯人を追い詰めている良い場面なのに、ロンの存在のせいでイマイチ緊張感が足りないとハリーは心の片隅で思った。撮影現場なら確実にNGが出る。しかしそんなの些細な問題だ。

 

「わしは君がハリーのご両親を裏切ったと決めつけている訳ではない。ただ、君の行動に不可解な部分が多くあるように思うから、真実を知りたいだけなのじゃ。きちんと納得のいく話をしてもらえれば真実薬を使う必要はないのじゃから、話してはくれんかね?」

 

ピーターは支離滅裂になっていた。

ダンブルドアはしばらく待っていたが、観念したように首を振った。

 

「君はどうやらまともな話をしたくないようじゃ。ではわしの方から少し昔話をしようかの……」

 

ダンブルドアは校長室の中をぐるぐる回りながら歩いた。

 

「初めに言うとすれば、今のわしの一番の感情は喜びじゃよ。君が生きていてくれたのは本当に嬉しいことじゃ、どんな形であれ……。君がホグワーツに入学して来たのはちょうど20年前のことじゃった。君は組み分け困難者になっていたの……そうじゃ、その頃からわしは君のことが気になっておった。組み分け困難者とは、謂わば、その者の能力を多数の創始者が欲しているということだからの。能力が低い者は居ない。実際、君は賢かった……賢さとは勉学だけを指すのではない! 君は咄嗟の時の機転が利く子だった。

2年生の頃、ジェームズが湖のオオイカを吊り上げて大広間に連れ込んでしまった時、あたかもオオイカの方から進んで大広間に上陸してきたように細工したのは君だったね?」

 

ピーターは喚き続けていた。

 

「恐らく君が動物もどきになったのはリーマス・ルーピンの為じゃろう……誠に素晴らしいことじゃ。しかもわしに内緒で出来るとは。あのマグゴナガル先生でさえ、動物もどきになるためにわしの手ほどきを受け、何度も何度も失敗した末に成功させたというのに、学生だけで成功するとは見事なことじゃ。

他にも守護霊の呪文など難しい魔法は沢山ある。じゃが動物もどきはその中でも特に忍耐と精神力が必要な危険な技じゃ。君たち4人程の強い絆で結ばれた親友を得られる人はそう多くないじゃろう」

 

ダンブルドアは思慮深げに言った。

そういえばダンブルドアの親友は誰なのだろうとハリーは思った。

 

「それから、卒業してからも君は不死鳥の騎士団に入ってくれた。君の小回りのよさと機転はそこでも発揮された。わしは君の才能に気づいておったからこそ、様々なことを任命したのじゃ。

ジェームズから聞いたかもしれんが、忠誠の術を使うことを勧めたのはわしじゃ。さらにわしが秘密の守り人になろうとも申し出た。謙虚さを欠くことを承知で言うならば――わしはかなり優秀な魔法使いじゃからの。しかしジェームズはその申し出を頑なに断り、親友に秘密を託すと言い張った。彼らがどれほどの覚悟で親友に秘密を託したのか、君は分かるじゃろう?」

 

ダンブルドアは細い指を組んで、続ける。

 

「ジェームズとリリーの死は君にも大きな衝撃と深い悲しみを与えたじゃろう。希望ある若者の死ほど悲痛なものはない。彼らがどれ程の人に勇気を与え、どれ程の人にとって救いとなったことか、その損失がどれ程大きいものか、親友の君なら一番知っていて、体感したはずじゃ。

それと同じように、君の死の報せはわしを含む大勢の心にぽっかりと穴を開けたのじゃよ。わしからすると、人生は100歳過ぎてからが本番のように思ってしまうものでの──それは老人の悪い癖でもあるが──とにかく、これからが君にとって人生の本番であると思っていたのじゃ。しかしそんな時に君の死の報せを聞いたのじゃ。

まさか、と思った。あれほどの親友たちが離れ離れになるなんてわしはにわかに信じがたかった。いや、死ではない! ジェームズとリリーの死が純粋な戦いに敗れた末のものならば、親友同士が離れ離れになることはないからの。死はただ住む世界が変わっただけのことに過ぎぬ。しかし心の距離が離れれば、物理的には近くにいようとも、それは死別するよりずっと遠い距離にいることと同義じゃ」

 

死ねば一生会えなくなるし、相手と話すこともできなくなる。どんなに会って話したいと強く望んでいてもだ。だから死別は最も大きな別れ──人と人とが離れ離れになる出来事だとハリーは思っていた。

 

「よく分からないけど、僕のスキャバースはもう二度と戻ってこないのか?」

 

ロンが小声で囁いたので、ハリーも小声で聞きかけた。

 

「ロン、スキャバースとの心の距離を感じてる?」

「うん。だってあんな汚らしいおじさんに変身するなんて……せめて美女がよかったよ」

「もし何も知らずにスキャバースが死んじゃったとして、その時と今とどっちの方がスキャバースとの距離を感じる?」

「もちろん今だよ! だってスキャバースがスキャバースとしてそのまま可愛く死んで僕の前から姿を消すのと、おっさんになったって知ってスキャバースのイメージが崩壊して消え去るのとじゃ大違いじゃないか!」

 

ロンの言葉で、なるほどとハリーは思った。

 

「同情するよ、ロン」

 

ロンは同情されてもどうにもならないぜ、とばかりに口を尖らせた。

ダンブルドアは微笑ましげに2人を見て、そしてピーターを見た。

 

「魂を分かち合うような親友だと思っていた相手と、突然隔たりを感じてしまうことがある。もしくは別の道を行きたいと思うことがある。親友のまま別の道を行くこともできるじゃろう。しかしグリフィンドールとスリザリンのように、その絆を解消させたいと思った時、絆が強ければ強いほど人は大きな代償を払わねばならない。彼ら創始者の場合は後世10世紀に渡る寮の間の不和を残した。わしの場合は妹の死とその後100年以上も背負うことになる後悔と贖罪の念を。そして──」

 

その時、ダンブルドアが初めてロンとハリーの存在に気がついたような表情をした。

 

「おお、なんと! 君達に話して聞かせるにはまだ時期尚早かもしれん。この無礼を許して欲しいのじゃが、君達は一度外に出てもらってもいいかね?」

 

ダンブルドアはドアを開け、杖を振って椅子を2つ出し、さらにクッキーの箱をロンに渡した。

ハリーとロンは言われるがままに外に出た。

ダンブルドアは孫を見るように優しげにハリーとロンを見つめ、校長室のドアをバタンと閉じた。

 

「……ねえ、ダンブルドア先生が言ってたことって、どういうことだろ?」

 

ロンは野次馬根性丸出しでワクワクと聞いた。

 

「……あれだけ生きてれば色々あるよ」

 

ハリーはロンが持っている箱を奪って、クッキーを取り出すとロンの口に押し込んだ。

 

「だってさ、ハリー。もし僕たちがいま大喧嘩したとして、君は僕の妹を殺すかい?」

「喧嘩の理由にもよるかなあ」

 

ハリーはニヤリと笑った。ロンはひえーと顔を青ざめさせた。

 

「うーそだよ。君がどんなにひどいことしても、妹が共犯じゃない限り、彼女を傷つけたりしないよ」

 

ロンは胸をなでおろした。

 

「よかった。もし君が僕の妹を殺したら、僕、君のことを刺し殺しちゃうかもしれない」

「魔法で殺すんじゃないの?」

「あんまり怖い話しないでよ、ハリー。『例のあの人』が生きてた時代は、杖の一振りで一家滅亡なんてマジでよくある話だったんだ」

「僕の両親も魔法で死んだよ。魔法の緑色の光が当たって死んだんだ」

「ウワー」

 

ロンは恐ろしそうに体をビクッとさせた。

 

「それより、僕のスキャバースはなんであんな汚ったないおっさんになったんだい?」

「あいつは裏切り者の犯罪者だ。姿を隠す為にずっとネズミになってたんだよ」

「裏切りってつまり……」

「そうだよ、僕の両親を裏切ったんだ」

「わーお……信じられないよ」

 

ロンは2枚目のクッキーを口に入れた。

今まで苦楽を共にしたスキャバース。辛い時も、悲しい時も、スキャバースはいつも隣にいてくれた。

ポケットに入れて持ち運べる大切なペットであり親友、それがスキャバースだった。

ホグワーツ入学前、フレッドとジョージに悪戯仕掛けられて落ち込んでいた時に慰めてくれた。

ホグワーツ特急で憎っくきマルフォイを噛んでくれた。

ロンとスキャバースはベッドを共にした仲だった。

なのにまさか、中身はあんな小汚い中年男だったなんて……。

何か大切なものを失ってしまったような感じがする。

 

ロンはさめざめと泣いた。

 

ハリーはロンを励ました。

 

「大丈夫だよ、ロン。いいペットはまた見つかるよ」

「嫌だ! 僕にはスキャバースしかいないんだ! ちっちゃい頃からスキャバースはずっと側に居てくれたんだ!」

「苦しいのは分かるよ。うん、あれは悲惨な出来事だった。ペットの喪失の悲しみを癒すには新しいペットがいいらしいから、また今度のイースターにペット屋さんに行こうよ。……あれ、なんで僕が励ましてるんだ」

 

ハリーは少し違和感を感じた。

やっぱりロンがいるせいで場が締まらない。ハリーはロンをこの場から退かせようと思って拳を握って立ち上がった。

しかしその時、階段を上ってくる音が聞こえた。スネイプ先生が小瓶を持って立っていた。

 

「こんにちは、スネイプ先生」

 

ハリーは挨拶したが、スネイプはハリーとロンをジロリと見てから、ノックもせずに無言で校長室に入っていった。

ロンがあまりに間抜けな顔でスネイプ先生を見ていたので、ハリーは笑った。

 

「ロン、その顔やめてよ」

「いや、だってなんであいつが校長室に入っていくんだ? もしかして僕のスキャバースをおっさんにしたのはスネイプなのかな? きっとスネイプはネズミ化したおっさんと健気な少年が仲良くしているシチュエーションに興奮するんだよ。スネイプのやつめ!」

 

ロンはショックのあまり頭がおかしくなっているようだとハリーは思った。

 

「さすがのスネイプ先生でもそんな性癖はないと思うよ」

「なんで言い切れるんだ? 君はそんなにスネイプを隅から隅まで知ってるのか?」

「知らないけど、でも、そんな人じゃないよ!」

 

次の瞬間、スネイプが校長室から出てきた。ハリーとロンはパッと話をやめた。

 

「何を話していた?」

「て、天気の話です」

 

ロンがゲホゲホむせながら言った。ハリーはごまかしの微笑みを浮かべながらスネイプをじっと見た。

 

「……これから、もし少しでも疑わしい言動が見られたら減点して差し上げよう。分かったなウィーズリー!」

 

そう言い残して、スネイプは螺旋階段を降りていった。

20分程して校長室のドアが開いた。

 

「待たせたのう。やはりピーターに死喰い人であった過去があることは間違いないようじゃ。ひとまずわしは彼を魔法省に連れて行こうと思うが、ロナルド君、いいかの?」

「え、はい」

「ではハリー。恐らく確認が取れ次第、ピーターの罪に関する裁判とシリウス・ブラックの再審が始まるじゃろう……再審というよりは初めての裁判じゃがな」

「どういうことですか?」

「11年前、シリウス・ブラックは裁判を受けずにアズカバンに直送されたのじゃ」

 

ロンはぎょえっとした顔をした。

校長室の中を覗くと、ピーターは椅子に縛り付けられて座っていた。

 

「ハリー、もし望むのであれば君が裁判に同席できるようにしてあげられるが、どうしたいかね?」

「したいです! お願いします!」

 

ハリーはすぐさま言った。ダンブルドアは頷いた。

 

「君なら絶対にそう望むじゃろうと思っておった。ではこれからしばらくはわしに任せて欲しい。よいかの?」

「よろしくお願いします」

 

ハリーは力一杯頭を下げた。

ロンもつられて一緒にお辞儀した。




魔法大臣ファッジがピーターをうっかり逃しちゃう確率はかなり高い気がします。
魔法省もうちょい頑張れ…
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