【ピーター・ペティグリュー真犯人か!?
昨日、死亡したとされていたピーター・ペティグリュー(31)が魔法省にダンブルドアと共に出頭した。
彼は『例のあの人』に対する抵抗軍、“不死鳥の騎士団”に入っていながら死喰い人として活動していたことを自白したという。
そして驚くべきことに11年前に収監されたシリウス・ブラックが逮捕される原因となったマグル12人殺害爆発事件はペティグリュー被告が起こしたものだという。
魔法警察部隊は直ちに捜査を始めた。
もしこれらの証言が本当であれば、ブラックは無実の罪でアズカバンに幽閉されていたこととなる。
関係者によればブラックは裁判を受けることなくアズカバンに送られたという。
魔法省は早急な司法制度の見直しが求められるであろう。】
「この人が、あなたのご両親を裏切った人なの?」
翌日の朝食の時間、ハリーとロンはハーマイオニーが定期購読している日刊予言者新聞を覗き込んで読んでいた。
「そうだよ。僕がペティグリューを追い詰めたんだ」
ハリーは苦々しげに言った。
「そういえば魔法界に死刑ってあるの?」
ディーンが聞いてきた。
「イギリスにはないわ。でもアメリカにはある。椅子に座らされて、水の中に沈んでいくのよ。水面には幸福な自分の姿が映っていて、死刑囚は自ら死の水に飛び込んでいくの」
「それっておかしくないかい? 殺された方は苦しみながら死んだのに、殺した方は幸福に死ぬなんて」
「私もおかしいと思うわ。殺人に対する一番の償いは死んだ人を生き返らせることよ。万引きしたら賠償のお金を払うし、傷つけたら治療費を払うし、でも死者を生き返らせることは出来ないでしょう? 殺人っていうのはそれだけ重い罪なのよ。確かに人道的に加害者を拷問したりは出来ないしするべきではないけど、わざわざ幸福のうちに死刑囚を死なせてあげる装置を作るのはおかしいと思うわ」
「被害者が受けた苦しみは拷問以上だと思うよ」
ハリーが言った。その声があまりに暗かったのでハーマイオニーは口を噤んだ。
「僕達で署名運動をしたらどうかな。だってハリーの両親は死んじゃってるのに、殺した方は生きてるなんておかしいじゃないか」
ロンが憤った。周りのグリフィンドール生達が頷いた。
ハリーは無言だった。
何をしてもこのやりきれない悔しい思いが完全に消化されることはないとハリーは気づいていた。
「死刑があったとしても、それは別に殺人の罪の対価ってわけじゃないんだ。そしたら大量殺人鬼であればあるほど命が重いってことになるから……。僕はただの学生だし、魔法界は法治国家だから、ペティグリューの扱いは魔法省に任せるよ」
ハリーはきっぱりと言った。
新学期が始まって、勉強はますます難しくなった。
ペティグリューのことがどこまで進んでいるのかハリーは知らなかったが、ダンブルドアと魔法省のことを信じてじっと待った。
複雑な心境を忘れるためにハリーはハーマイオニーと共に勉強に没頭したし、ロンにコサックダンスを教えて気を紛らわせた。
考えてもどうにもならない理不尽なことがこの世の中には溢れていると知っていた。
シリウス・ブラックはどうしているだろうとハリーは考えた。まだアズカバンに居るのだろうか。それとも裁判の為に魔法省に連れてこられたのだろうか。
*
魔法大臣コーネリウス・ファッジは非常に焦っていた。
ブラックによって殺された哀れな被害者ピーター・ペティグリューが生きていて、さらに彼が真犯人だったなんて、こちらとしては非常に都合が悪い。
ピーターには昔マーリン勲章を与えてしまっているし、なにより無罪の魔法使いを10年以上もアズカバンに閉じ込めていたなんて知られれば、世間から大バッシングを浴びるだろう。
あの時、日刊予言者新聞に圧力をかけておかなかったのは大失敗だった。
あの朝刊が出てから、魔法大臣室には吠えメールや嫌がらせの手紙が嵐のように届き続ける。
もうこの世論を覆すことは無理だろう。
ピーターをこっそり逃してブラックの無罪の証拠を抹消することも考えたが、ダンブルドアはファッジの考えを見透かしていたらしく、勝手に闇払いにピーターの管理を頼んでしまった。
しかし1つだけいい点があるとすれば、ブラックをアズカバン送りにすることを決めたのは自分ではなく部下のバーテミウス・クラウチだということだ。
彼を厳重な罰に処すことで、何とか今の地位を保てないだろうかとファッジは考えた。
*
シリウス・ブラックは分厚いマントを着せられて、ボートで海を渡っていた。
両手は後ろで魔法で拘束されていて、足にも枷が付いていたが、これ程までに自由を感じたのは、初めてホグワーツ特急に乗った時以来2度目だった。
まさか裁判を受けられることになるとは思ってもいなかった。
外の世界がこんなに素晴らしいものだとは知らなかった。
長い冬が終わり、ようやく春が訪れたような気分だ。
ジェームズとリリーの死以来止まっていたシリウスの時計が再びカチリカチリと動き出した。
*
地下10階にある古い十号法廷が何年振りかに開かれた。
ここはかつて死喰い人らが裁判を受けた場で、重罪人が裁かれる場所である。
一面を黒ずんだ石壁が囲んでいて、四方にベンチが階段状に並んでいる。
ハリーはダンブルドアと共に一番前の傍聴席に座っていた。
周りに座る魔法法律評議員の人々は全員が赤紫色のローブを着て、胸に複雑な銀の飾り文字のWの印をつけていた。
そして一際高いベンチに魔法大臣のコーネリウス・ファッジが気難しい顔で座っている。
ブラックの無実と真犯人発覚という衝撃の事実を証明する裁判ということで、部屋には緊張感が高まっていた。
魔法法律評議員の方々は好奇心が勝るようで、ウキウキとしている。
擦れる音を立てて扉が開いた。部屋の空気が張り詰めた。
入ってきたのはピーター・ペティグリューだった。両腕を吸魂鬼に掴まれて、死人のような目をしている。
これからの自らの運命に絶望しているようだ。
ペティグリューは中央の椅子に座らせられ、金の鎖で縛り付けられた。
それからしばらくしてシリウス・ブラックが入ってきた。魔法省の職員に挟まれているが、吸魂鬼の姿はない。
ブラックはボウボウに伸びた髪をきって、髭を剃り、きちんとしたローブを着て、優雅に歩いてきた。瞳はシャッターを落としたように暗いが、幾分か昔の美貌が取り戻されているとハリーは思った。
シリウス・ブラックは端の椅子に座った。鎖は巻きついてこなかった。
ブラックは冷ややかな憎悪を超えた強い憎しみの目でペティグリューを睨んでいた。
「やっぱりあいつが犯人じゃないの……」という皆の心の声をハリーは聞いた気がした。
でもハリーには分かっていた。ブラックは確実に無実だ、と。
「えー、我々は1981年に起きたマグル12名虐殺事件の再審を行う為に開廷した。ピーター・ペティグリュー。おまえは『例のあの人』の配下として我々の情報を密告した罪と、白昼のマグル街で魔法による爆発を起こしマグル12名を殺害した罪に問われている。証拠は──」
それから裁判は淡々と進んだ。時折、陪審員席から息を飲む音や唸る声が聞こえた。
ペティグリューの記憶が水盆に映し出された時、席から次々と怒号が飛び交った。
ヴォルデモート卿にピーターがジェームズとリリーの居場所を伝えたシーンになり、シリウスは両手で顔を覆った。ダンブルドアがハリーの肩に手を回して抱き寄せた。
上映が終わり、クラウチは重々しく口を開いた。
「……審議の結果この記憶の信憑性は極めて高いと思われる。よってピーター・ペティグリューはアズカバンでの終身刑に値するであろう。それに賛成の陪審員は挙手願いたい」
クラウチの右手に並んだ魔法使いや魔女たちが一斉に手を挙げた。
ピーターは絶望に暮れた目で陪審員たちを見て、暴れ出した。
「違うんだ……わたしは、あの時だけだったんだ! どうかアズカバンには連れて行かないで……!」
ピーターは哀れに叫んだ。
「お前のちっぽけな欲望のためにジェームズとリリーを売って!! 私をアズカバン送りにして! まだ逃れようというのか!!!」
涙ながらにシリウスが吼えた。
吸魂鬼が部屋に戻ってきて、ピーターの腕を掴んだ。ピーターは引きずられるようにして部屋から退出した。
「はい……ピーター・ペティグリューの判決を受けて、シリウス・ブラックは無罪放免とすることに賛成する者は挙手を」
ファッジは気まずげに手元の書類に目を落としてから言った。
殆どの魔法使いと魔女が手を挙げた。
「ではシリウス・ブラックは無実とする。……長きに渡り無実の罪でアズカバンに収監してしまったことは誠に申し訳なかった。今後このような過ちを繰り返さぬよう、魔法省は全力を挙げて対策を講じようと思う」
ファッジの上辺の謝罪の言葉はハリーの耳に入っていなかった。
ハリーは喜びでいっぱいになってブラックを見た。父さんの親友を救うことができたんだ。無実の罪でアズカバンに送られたシリウスを。
シリウスは言い渡された言葉が信じられない様子で、呆然と宙を見ていた。
次の瞬間、シリウスとハリーの目が合った──シリウスの険しい顔に笑顔が広がった。それは驚異的な変化だった。一瞬、昔の幸福なシリウスの姿が取り戻されたようだった。
ハリーは立ち上がって、ベンチから出て階段を駆け下りた。そしてシリウスに抱きついた。シリウスは強くハリーを抱き返した。
「シリウス……ごめんなさい、父さんの親友なのに裏切り者だと思ってしまって……」
「君は謝るべきじゃない。君のおかげでわたしの無実が証明されたんだ。私は君のご両親を裏切るぐらいなら死を選ぶよ。本当にありがとう。さすがはジェームズの子だ……」
シリウスはハリーを持ち上げてぐるぐる回した。
「あはははは!」
ハリーは心の底から笑った。
ダンブルドアと鳶色の髪の男性が近づいてきた。
「リーマス……!」
「シリウス、友よ、すまなかった」
2人は兄弟のように抱き合った。
彼が父さんと写真に写っていた3人目の人だ。
リーマスは感心と感謝が混じった瞳でハリーを見た。
「噂には聞いていたけど、君は本当にお父さんにそっくりだ。情けない私に代わって真実を発見してくれて、感謝してもしきれないよ。きっとジェームズも喜んでいるはずだ」
ハリーは嬉しかった。
「この地図がきっかけになったんです」
ハリーはローブの内側から忍びの地図を取り出して、杖で叩いた。
シリウスとリーマスは驚いて顔を見合わせた。
「ははは、もしかすると本当にジェームズが天国から君を真実に導いてくれたのかもしれないな」
リーマスは朗らかに笑った。
ハリーが首をかしげると、シリウスが補足した。
「これは私たちが君のお父さんと一緒に学生時代に作った地図だよ。ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ……懐かしい響きだ。このプロングズが君のお父さんのあだ名だった」
ハリーは不思議な気持ちになった。父さんと母さんは思ったより近くにいるのかもしれない。
「愛する人が死んだ時、その人は永久に我々のそばを離れると思うかね? 苦しい状況にあるとき、いつにも増して鮮明にその人たちのことを思い出しはせんかね? 君のお父さまは、君の中に生きておられるのじゃ」
ダンブルドアが微笑んだ。
「ハリー、もしも、もし君がよければだけれど……私は君の後見人なんだ。つまり、君の両親が、もし自分たちの身に何かあればと決めていたんだ」
シリウスの声は緊張していた。
ハリーは頷いて次の言葉を待った。
「もちろん、君は叔父さんや叔母さんとこのまま一緒に暮らしたいというのなら、その気持ちはよくわかる。少し聞いた話だと、君はマグル界でも活躍していて有名なようだし……君のお父さんでさえ成し遂げなかったことだ」
シリウスに褒められると他の誰に褒められた時より嬉しかった。
「しかし、まあ……考えてくれないか。もし君がもう1つの家族が欲しいと思うなら……」
「あなたと暮らせるの?」
ハリーは食い気味に聞いた。
「もちろん君はそんなこと望まないと思ったが」
シリウスは慌てて言った。
「いえ! 暮らしたいよ! 僕、あなたと家族になりたい!」
ハリーはシリウスを見上げた。
両親が死んでから初めて家族ができた気がした。