11歳の誕生日、ハリーは朝から動物園ロケの仕事があった。
爬虫類館を見回ったとき、ハリーは蛇と心が通い合っているような奇妙な気分になったが、仕事中に変なことは出来ないのでスルーした。
幼い頃からハリーの周りでは色々と不思議なことが起こった。だから一時は不思議ちゃんキャラで行こうと思ったが、バーノンに全力で止められたのでやめた。
撮影後に何人かがハリーをお祝いしてくれて、ハリーは嬉しかった。ショートケーキはとても美味しかった。
家に帰ってくると、郵便受けは手紙でいっぱいだった。同じ子役のお友達、お仕事で知り合った人たち、子役スクールの先生。みんなからのメッセージカードを読みながら、ハリーは感動にふけっていた。
もちろん子役友達との関係は少しドロドロしたところがあって、明らかに嫌味と取れることを書いてある手紙も存在するので、そういうところには目を瞑るようにする必要がある。当然のことだ。
芸能界は華やかに見えて闇深い所だ。
「……これ、なんだ?」
沢山の手紙の中から、ひとつだけ、分厚くて重い手紙が出てきた。
サレー州 リトル・ウィンジング
プリベット通り4番地 2階のハリーの部屋
ハリー・ポッター様
ストーカーだろうか。ハリーは怖くなった。有名というのはそれだけ世間の反感も買いやすい、ということだ。
勝手に住所を特定して、誹謗中傷の手紙を送りつけられたことは何度もある。
しかしそれはそういう類いのものとは違っていた。
黄色味がかった羊皮紙の封筒に入った重い手紙。
裏返すと、紋章入りの紫色の蝋で封がしてある。中心にHと書かれ、それを囲むように獅子、鷲、穴熊、蛇がいる。
ただの悪戯なら、こんなに凝った手紙を送ってこないはずだ。
ハリーは恐る恐る手紙を開けた。
ホグワーツ魔法魔術学校
親愛なるポッター様
この度ホグワーツ魔法魔術学校に入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。
新学期は9月1日に始まります。ふくろう便にてのお返事お待ちしております。
副校長ミネルバ・マクゴナガル
なんだこれ、とハリーは思った。魔法学校……?
訳がわからない。もしかしたら、新しい映画が決まったことをサプライズで伝えているのだろうか。
そうだとしたら奇妙なことだ。
幼い頃から、ペチュニア叔母さんは、魔法が題材になっている作品に決して出演させなかった。
宇宙を舞台にフォースという魔法の力を使って闘う、というワクワクするような作品の子役のオファーが来た時も、彼女は苦虫を潰したような顔をして断った。(ハリーは出てみたかったので悲しかったが、文句を言うのは許されなかった)
だからまさか、魔法学校を舞台にした映画なんて、出演させてくれるはずがない。
だとしたらただの手の込んだ悪戯だろうか。でも誰が、何のために?
ハリーは何度も手紙を読んだ。
ホグワーツ……聞いたこともない。ふくろう便……クロネコ便みたいなノリで言わないでほしい。
もう一つの可能性としては、これは本当の手紙である、ということだ。
つまりハリーは本当に魔法使いで、これは魔法学校への入学許可証なのだ。
……実は思い当たりがある。
映画でアクションをしなければいけないことになった時、ワイヤーが壊れていたのに、ハリーはそれに気づかないほど可憐に宙を飛べた。
その他にも、撮影でとても寒い地域に行った時は、自然と体が温まったし、小学校で筆箱を隠された時も、いつのまにかハリーの手元に戻ってきた。
それと何度か、魔法使いみたいなとんがり帽子を被ったお爺さん達に、崇めるような目で見られたこともある。
でも、まさか、そんなはずがない。
よし、これをペチュニア叔母さんに見せよう。ハリーは手紙を掴み、階段を降りてリビングに向かった。
*
「ペチュニア叔母さん、手紙が来たんです」
ペチュニアはリビングで週刊誌を読んでいたが、ハリーに気づくと、無言で手紙を受け取った。
紋章を見た瞬間、ペチュニア叔母さんはギクリとした。
「……ただの悪戯よ」
そう言うと、ペチュニアは手紙を破り捨ててゴミ箱に入れた。
「早く部屋に戻って寝なさい」
「でも、こんなに作り込まれたものが悪戯だとは思えないよ!」
「明日もお仕事があるでしょう。さあ、早く寝なさい」
「叔母さんは何か知っているのでしょう?」
「は!や!く!寝なさい!!!」
ペチュニアは中途半端に賢いインコみたいに「寝なさい!」しか言わなくなった。
これ以上粘っても無駄だと思ったハリーはトボトボ部屋に戻った。
寝られそうになかったハリーは、窓から夜空を眺めていた。
ときどき、不思議な夢を見る。目も眩むような緑の閃光が視界いっぱいに広がる夢だ。
ペチュニア叔母さんは絶対に何か隠している。
叔母さんは、絶対にハリーの両親のことを話そうとしない。
それは、ハリーの両親が魔法使いだからなのかもしれない。だから、叔母さんは魔法を嫌悪しているのではないだろうか。
考えながら、ハリーはあまりの馬鹿馬鹿しさに吹き出してしまった。
映画の題材にはいいかもしれないけど、現実味がなさすぎる。
そういえば、昨日の夢は不思議だった。空飛ぶオートバイに乗る夢だ。まさか、オートバイが空を飛ぶわけがない……。
「えっ!!!」
ハリーは目を凝らして空を見た。
巨大なオートバイが空を飛んで、こちらに向かって来ている。
ライトがハリーの部屋を照らした。ハリーは思わず目を瞑った。
オートバイは爆音で家の前に着陸した。
オートバイに乗っている男は、背丈は普通の2倍、横幅は5倍ぐらいありそうな大男だった。
大変だ!
ハリーは急いで玄関に向かって走った。
玄関に着いたと同時に、ベルが鳴った。
ハリーはドアを開けた。
毛むくじゃらの大男がハリーを見下ろしていた。
「……こんばんは」
ハリーは子役での経験を生かし、とりあえずニッコリ笑って挨拶した。
「おお、こんばんは。ハリーかね?」
「はい、ハリー・ポッターです」
「そりゃよかった。そろそろ日付が変わっちまうからな。ちょっと心配だからってダンブルドア先生が俺をここによこしたんだ。元気そうでよかったよハリー」
「あの、すみません……どちら様ですか?」
ハリーはなるべく失礼にならないように気をつけながら尋ねた。
「ああ、俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だ」
「ホグワーツ? なら、本当に魔法学校は存在してるのですか?」
「もっちろんだ! ホグワーツは全寮制の魔法学校だ! どうしたハリー、おねむか?」
その時、リビングのドアがガチャリと開いた。
顔を覗かせるバーノン叔父さんとペチュニア叔母さんは、恐怖そのものという表情だった。
「おお、こんばんは。ちょっとお邪魔させてくれんかね? 立ち話っちゅうのもなんだしな」
「今すぐお引き取り願いたいものですな。こんな深夜に訪ねるなど非常識ですぞ」
バーノンはかすれ声だ。
「ごめんなさい、叔父さん。ハグリッドさん、ちょっと外で話してもらってもいいですか?」
ハリーは外に出ようとした。
「……やめなさい。そんなのご近所に見られたらどうするっていうの」
止めたのはペチュニアだった。
ハリーはびっくりしてペチュニアを見た。
魔法を嫌う彼女が、「普通じゃない代表」みたいな存在であるハグリッドを家にあげるのを許すなんて!
明日は雪が降るかもしれない。
1分後、ダーズリー家のピカピカに磨かれたダイニングに、ヒゲもじゃの男が座っていた。ちなみに地べたに座っているのはソファーに座ろうとしたら壊れかけたからだ。
「ふう、ありがとな、ハリー」
ハグリッドはハリーの手から紅茶を受け取った。
「よし、それでどうした? なんで返事を送らなかった?」
「ふくろう便っていうのが分からなかったんです。それに魔法学校が実在するってことも疑ってたので……ごめんなさい」
「ワッハッハ! なら、お前さんの両親はどこでいろいろ学んだっちゅうんだ!」
「いろいろ? それって……」
「もうやめろ! 大男! 黙るんだ!」
バーノンがかすれ声で叫んだ。
「黙っちょれ腐ったオオスモモめ!」
ハグリッドは手に持っていたピンク色の傘をバーノンに向けた。バーノンは吹き飛ばされた。
アクション映画のようだ。
ハリーはバーノンを介抱しようかとも思ったが、両親に対する興味の方が上回った。
「ハグリッドさん。僕の両親は何者なんですか? そのホグワーツ?とかいう学校に通っていたのですか?」
「その通りだ! まさか、お前たち、この子になーんにも教えとらんちゅうのか!?」
「僕、ちょっとは学びました。忙しかったけど、出来るだけ学校にも行くようにしていました」
「いーやちがう。我々の世界のことだ」
ハグリッドは得意げに言った。
ペチュニアの顔面は蒼白だった。
「お前の父さんと母さんは有名なんだ。お前さんも有名なんだよ」
「僕の父さんと母さんも有名だったんですか?」
ハグリッドは頷いた。
俳優と女優だったのだろうかとハリーは考えた。
「もう、やめ、るんだ……これ以上話すな……!」
再びバーンという音が響く。バーノンはさらに吹き飛んだ。
「ハリー、お前さんは魔法使いだ。父さんも母さんもそうだった」
「……本当に? ファンタジー映画のオファーとかじゃなくて?」
ハリーはただの天才子役だ。
「映画? そりゃなんだ? まあ、とにかくお前さんは魔法使いだ。それも、訓練さえ受ければ、すぐにそんじょそこらの魔法使いよりも凄くなる。なんせ、あのジェームズとリリーの子だ。おまえさんの名前は生まれた時からホグワーツの入学リストに載っちょるんだからな。そうじゃないか?」
「……知らなかったです」
答えながらも、ハリーの意識は他のところに向いていた。
ジェームズとリリー。それが両親の名前だったんだ……。二人とも魔法使いだったのだ。そして、ホグワーツに通っていた……。
ハリーは両親の顔を思い浮かべようとしたが、全く何も覚えていなかった。
「それで、ふくろう便っていうのは何ですか?」
「おお、そうだった。忘れるとこだった」
ハグリッドはポケットからクシャクシャの紙を取り出すと、走り書きした。
ダンブルドア先生
無事、ハリーに会えました。
明日、入学に必要なものを買いに連れてゆきます。
ハグリッドより
「僕がホグワーツに入るのはもう決まっているんですか?」
「……入りたくないっちゅうのかい?」
ホグワーツに入れば、子役としての仕事は長期休みの時以外できなくなる。それだけが少し心残りだった。
「ホグワーツは何年制なんですか?」
「7年だ」
7年……となると、卒業する頃には18歳か。
もう子役と言える歳ではない。
ハリーは今までの人生を演技に捧げてきた。
突然、子役をやめて魔法学校に通うなんて出来るだろうか。
でも、その魔法学校はただの魔法学校ではない。両親がかつて通っていた場所なのだ。
「僕をホグワーツに入らせてください! 入りたいです」
ハリーは決めた。ハグリッドはホッとして、にっこり微笑んだ。
「よし、じゃあ決まりだ。明日、入学の準備に行こう。朝の9時に迎えに行くよ」
「ごめんなさい、僕、明日はテレビのお仕事があるんです。だから午後2時以降からでもいいですか?」
「テレビ? なんだそれは?」
「えっとー、箱に画面があって、映像が映し出される機械です」
「ふーむなるほど、マグルの機械っちゅうのはよくわからんな。まあとにかく明日は予定があるっちゅうことか?」
「はい」
明日の2時にハグリッドはもう一度この家を訪れてくれることになった。
ハグリッドが出て行った後、ハリーは急いでバーノンの手当てをした。
バーノンのお尻は真っ赤に腫れていて痛そうだった。