イースター休暇が終わったハリーはホグワーツに帰ってきた。
待っていたのはハーマイオニーのしごきだった。
薄々気が付いてはいたが、敢えて目を逸らしてきた辛い現実――学年末テストが2ヶ月後に迫っていた。
ハーマイオニーは復習予定表を作り上げ、ノートにはマーカーで色をつけ始めた。そしてロンとハリーにも自分と同じことをすることを強く勧めた。
「でも僕、もうノートは完璧だよ」
「新品として売り出すには完璧な状態ね。でもテスト対策としては最悪よ、最悪」
ハリーはマーカーで塗る以前に、魔法史のノートをとっていなかった。
「君は何でも知ってるじゃないか。どうして復習するんだよ」
「どうしてですって? 気は確か? 2年生に進級するには試験をパスしなけりゃいけないのよ。とっても大切な試験なのに、私としたことが……もう一月前から勉強を始めるべきだったわ」
「もし君が進級できなかったらみんな落第だ」
ロンはやれやれと首を振った。
しかしいつまでも休暇気分ではいられなかった。
先生方はハーマイオニーと同意見のようで、テストに向けて山のような宿題を出すようになった。
ハリーとロンは呻きながらハーマイオニーに勉強を教わった。
「いいこと? ここ、絶対に出るわ。『ドラゴンの血の12種類の利用法』。1から12まで順番に覚えた方がいいわ」
「そんな難しいの知らないけど、僕たち本物を見たんだからいいじゃないか」
ロンがぼさいた。
「本物のドラゴンを見られるなんて素晴らしい体験じゃない! あなた、もっと勉強の良さを知るべきだわ」
そんな中、ハーマイオニーが忍耐強く教えてくれたことで、ハリーはようやく魔法史を覚えられてきた手応えを感じて喜んだ。しかしハーマイオニーは容赦なかった。
「まだ先は長いわ。次は魔法薬学よ。ウィゲンウェルド薬の複雑な調合手順を頭に叩き込まきゃ」
「僕、もう無理だ」
「ハリーったら! あなた、天才子役なんでしょう? 今までの芸能界での努力の日々は何のためにあったの? そんな簡単に根を上げたら大勢のファンが悲しむわ!」
ハーマイオニーは熱血コーチさながらだった。ハリーは自分を奮い立たせた。
「そうだった! 僕、みんなの笑顔と希望のために頑張らないと!」
「その調子よ、ハリー!」
「よっ、選ばれし者! 僕、シリウスに押し売りされて、君の映画のリバイバル公演を見に行ったんだ。最高だったよ!」
「え、いつ行ったの?」
ハリーは驚いた。
「君が従兄弟の家に4日間ぐらい帰ったじゃないか。その時だよ」
「聞いてないよ、恥ずかしい!」
「あなたたち、無駄話は後よ! 口を動かす暇があればペンを動かしてちょうだい!」
ハーマイオニーが喝を入れた。
学年末テストまでの2ヶ月、ハリーは必死に勉強した。
学生時代にはジェームズに次いで2位だったという秀才シリウスに勉強のコツを手紙で聞いたが、「そうだな、学校のテストは簡単すぎて何もしなくても出来たよ」というパンチしたくなるような答えが返ってきた。
しかしそれではよくないと思ったのか、すぐにシリウスは両面鏡――マグル界でいうビデオ電話のような機能を持つ鏡を送ってくれた。
ハリーは分からない問題があった時にその鏡でシリウスを呼んで教わった。シリウスは何でも答えてくれて、ハーマイオニーも驚いた。
「あなたの名付け親って素晴らしい家庭教師になれるわ。今は何をしてらっしゃるの?」
「アズカバンから出たばっかりだから、色んな人と会って挨拶して回ってるよ。何の仕事をするかは考え中みたい」
「そうね、あんなに理不尽な目にあったんだもの。ゆっくり休んで体を伸ばすべきだわ。そういえばロン、あなた新しいネズミは決めたの?」
「もうネズミはこりごりだよ。代わりに豆フクロウをシリウスから貰うことになったんだ」
ロンは手で大きさを示した。手にのるぐらいのサイズらしい。
「よかったね、ロン。フクロウなら手紙も運べるよ」
「うん、僕の家のフクロウは1匹しかいないからナイスなタイミングだったんだ、結果的には……。そろそろスキャバースにも飽きてた頃だし」
ロンはペットがおっさんだった悲しみを必死に乗り越えようとしていた。
ハリーはロンのグリフィンドール生らしい姿に感動した。
うだるような暑さの中、ホグワーツはテスト期間に突入した。
5年生と7年生は将来に関わる大切な試験を受けるので、他の学年に比べて目のギラつきが段違いだった。試験の不安でノイローゼになって、保健室にお世話になった生徒も居るらしい。ハリーは5年生になるのが怖かった。
上級生たちに場所を譲り、ハリーたちは談話室の片隅で最後の詰め込みをすることにした。
しかしハーマイオニーがお経を唱えるように延々とブツブツ呟き続けるせいで、ハリーは集中できなかった。
「もう僕たち充分がんばったよ。だって見てみろよ、フレッドとジョージなんて、イースター休暇が終わってから一度も教科書開いてないぜ」とロンが呑気に言ったので、ハリーも復習は諦めて天に祈ることにした。
筆記試験の大教室は混み合っていて、とても暑かった。カンニング防止の魔法がかけられた羽ペンが配られ、時間は前にある大きな砂時計で測られた。
ハリーは懸命に『メロフォルスの呪文をつくるための実験の詳細』やら『解錠呪文の欠点』を羊皮紙に書いた。
後者に関してハーマイオニーが綺麗にノートにまとめていたことは覚えているし、紙の右上に書かれていたことも覚えているのに、肝心の内容がぼんやりしていて思い出せない。
試験後にロンも同じことを言ったのでハリーは安心した。
それから実技試験も行われた。
フリットウィック先生が出した『パイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるか』という問題で、ハリーのパイナップルは何故か陽気にコサックダンスを踊り始めた。ロンはサンバで、ネビルは平泳ぎだった。
マクゴナガル先生の試験は『ネズミを嗅ぎタバコ入れに変える』というものだったので、ロンは顔をしかめた。未だにネズミにはトラウマがあるらしい。
マクゴナガル先生は哀れそうにロンの肩を叩いて励ましていた。
スネイプ先生は、生徒たちが『忘れ薬』の作り方を思い出そうとしている時に、後ろに回ってジロジロと監視するので精神的にきた。
ハリーは「好きな子に見られてると思うと程よい緊張感になるよ」とネビルにアドバイスしたのだが、運悪くスネイプ先生に聞かれていた。スネイプ先生は蛆虫でも見るかのようにハリーを睨んだが、ハリーと目が合うと視線を逸らされた。ネビルは恐怖のあまり気絶した。
最後の魔法史の試験が終わり、ハリーたちは清々しい気持ちで生徒たちの群れに加わって中庭に出た。
試験の結果が出る1週間後まで、悠々と過ごせる素晴らしい時間が待っている。
「思ってたよりずーっと優しかったわ。ヘスフェスタス・ゴアによる魔法生物の反乱の鎮圧とか、初の女性大臣アーテミシア・ラフキンの功績なんて学ぶ必要なかったんだわ。マグルの知力を調査する委員会を立ち上げたのはオッタリン・ギャンボルだったわよね?」
「君がそう言うならそうなんじゃないか? 答え合わせしても気分が悪くなるだけだからやめてくれよ」
ロンが止めてくれてハリーは助かった。
3人は湖のほとりまで降りていき、ブナの木の木陰に寝転んだ。大イカが浅瀬で日向ぼっこしているのが見える。
「もう勉強とはおさらばだ」
ロンは草の上に大の字になって、嬉しそうに息をついた。
「言っておきますけど、9月からは私たち2年生になるのよ。そのための予習を始めなくっちゃ」
「今日ぐらいはのんびりしてもバチは当たらないよ」
ハリーはハーマイオニーをなだめた。
「僕、2年生になったらクィディッチしたいんだ」
「とってもいいと思うわ。あなたの飛行訓練の飛びっぷりは完璧だったもの」
「夏休み僕の家に来いよ。フレッドとジョージが喜んで教えてくれる」
「ほんと? 僕、行きたいよ!」
「うん、喜んで迎えるよ。あとさ、そういえば僕、妖女シスターズのライブのチケット手に入れたんだ! よかったら一緒に来ないかい?」
「「妖女シスターズ?」」
ハリーとハーマイオニーはハモった。
「おったまげー、知らないのかい君たち? あの超有名ロックバンドだよ! 男8人組のイカれた奴らの!」
「私たちマグル育ちだから、ビートルズとかを聞いて育ってきたのよ。妖女シスターズの歌なんて聞いたことないわ」
「ジニーがそれを聞いたら、たぶん、人生の半分は損してるって言うよ。僕、君たちを引きずってでもライブに連れてくよ!」
ロンの気迫に押されて、ハリーとハーマイオニーは夏休みに妖女シスターズのライブに行くことになった。
「ふん、ウィーズリーが妖女シスターズのチケットを手に入れただって? どこから見るんだい? 一番後ろのボロっちい席だろう?」
その時、今までの会話を聞いていたドラコ・マルフォイが近づいてきてロンを貶した。ロンは顔を真っ赤にした。
「真ん中の方の席だ。マルフォイこそ妖女シスターズのチケットなんて持ってないだろ。一緒に行ける友達もいないくせに!」
今度はドラコが怒る番だった。ドラコは斜め後ろでボーッと突っ立っているクラッブとゴイルの腕を掴んだ。
「僕には君よりずっと素晴らしい純血の友人がいる。僕は父上の権限で一番良い席を取らせることもできるんだからな!」
そう言ってドラコは肩を怒らせて離れていった。
「ムカつくなあの野郎。クラッブとゴイルなんてただの腰巾着としか思ってないくせに」
ロンはドラコの背中を睨んだ。
「たしかに大親友はいないかもしれないけど、でもドラコは孔雀飼ってるんだよ」
「その話、もう10回ぐらい聞いたわ。あなた、そんなに孔雀が好きなの?」
ハーマイオニーは呆れて溜息をついた。
それから3日後、ホグワーツに驚くべき知らせが広がった。
なんと闇の魔術に対する防衛術教授のクィリナス・クィレル先生が逮捕されたというのだ。
ホグワーツの立入禁止の廊下に隠された『賢者の石』を盗もうとしたらしい。
グリフィンドールのテーブルでは、1年生のみんながハーマイオニーの新聞に群がっていた。
「クィレル先生が悪い人だったなんてショックだな……」
ネビルは落ち込んでいた。
「それより『賢者の石』の説明を見てよ! 『この石はいかなる金属をも黄金に変える力があり、飲めば不老不死になる命の水の源でもある』だってさ! いいなー。クィレルが盗みたくなるのも分かるよ」
シェーマスは興奮気味に読み上げた。
「でも次の行を見て。フラメル夫婦は賢者の石を破壊したらしいわ」
ラベンダーが下の文を指差した。
『ニコラス・フラメル(665)はインタビューに対し「私たちはもう充分過ぎるほど生きました。新たなる冒険に踏み出す時が来たのです。妻と二人で話し合い、このようにすることを決めました」と答えた』と書かれている。
「665歳か……魔法使いってこんなに長生きするものなの?」
「ううん、フラメルは特別さ! 確か平均寿命は150歳ぐらいだよ」
ハリーの疑問に対してロンが答える。
その夜、ハリーは両面鏡でシリウスを呼び出した。
「どうしたハリー?」
「クィレル先生が逮捕された記事読んだ?」
「ああ、見たとも。私も君にその話をしようと思っていたところだ」
「わあよかった。あのね、フラメル夫婦が賢者の石を壊したってことは二人は死んじゃうってことだよね?」
「そうだな。ただ、身辺整理をするぐらいの時間は充分に残されている」
「でも、その後に死んじゃうんだよね?」
ハリーの頭に浮かんでいるのは両親の顔だった。シリウスは大きく息を吐いた。
「ハリー、フラメルさんのインタビューを読んだだろう? 死は全ての終わりではなく、新たなる冒険の始まりだ。人生の終焉を美しく飾るためにフラメル夫婦は賢者の石を壊すことを決めたんだよ」
ハリーにはまだよく分からなかった。
「それよりハリー、クィレル先生に関して言いたいことがある。今、どこにいる?」
「寝室だよ。誰もいない」
「ならよかった。これから言うことは衝撃的かもしれないがしっかり聞いてほしい」
「うん」
「ダンブルドアによると、クィレルはヴォルデモート卿に操られて賢者の石を盗もうとしたということだ」
ハリーは困惑した。
「でもヴォルデモートは倒されたのでしょう? それにヴォルデモート卿なんて新聞に一文字も載ってなかったよ」
「証拠がなかったから、新聞には書かれなかった。ただダンブルドアが言うから確実だ。ハリー、脅すつもりはないが、ヴォルデモートは思わぬところからやってくる。ヴォルデモートは生きている。そのことを心の片隅にでも留めておいてほしい」
「わかった」
「もちろん私はダンブルドアに猛抗議しておいた。そんな危険人物を教師に雇わないでほしいとね。ハリー、もし変なことがあったらすぐに私に相談するんだよ」
「もちろんだよシリウス!」
「いい子だ」
シリウスはにっこり笑った。
学年末パーティーは最高に楽しかった。
ハリーはシリウス・ブラックの無実を暴いたことでウィゼンガモット特別功労賞を受賞した。
グリフィンドールが寮対抗杯を獲得したので、大広間はグリフィンドールカラーの赤と金で飾られていた。
7年ぶりにスリザリン以外の寮が優勝を掴み取ったので、皆は飲んで食べてのお祭り騒ぎだった。
それから試験の結果も発表された。ハリーもロンも良い成績だった。ハーマイオニーはもちろん学年トップだ。
ハリーたちはトランクに荷物を詰めて、ホグワーツ特急に乗り込んだ。
離れていくホグズミード駅を見ながら、ハリーはめまぐるしい一年を振り返った。今までで一番濃密な一年だった。
ハリーはこの一年で魔法界での大切な親友、そして家族を手に入れた。
それらは賢者の石が作り出す永遠の命や無限の純金よりずっと大切な物だった。
喋ったり笑ったりしているうちにホグワーツ特急はキングズ・クロス駅に到着した。
プラトットホームに降りて、3人は別れの挨拶をした。
「夏休みに二人とも家に泊まりに来てよ。フクロウ便を送るよ」
「ありがとう。妖女シスターズのライブ、楽しみにしてるわ」
「うん、3人で遊ぼう」
人の波に押されながら、3人はマグルの世界へと進んでいった。
ハリーは変装用に帽子を被った。
改札口を出ると、ロンの両親とシリウスが並んで立っていた。シリウスは黒のライダースジャケットにスキニーパンツを履いていて、モデルみたいにカッコよかった。
「シリウス!」
「おかえり、ハリー」
2人は固くハグした。
「こんにちはハリー。忙しい一年だった?」
モリーが声をかけた。
「はい、とても。でも充実していて楽しかったです」
「よかったわ。また家に遊びに来てちょうだいね」
「うん、来てね」
ロンの妹のジニーが可愛く言った。
「そろそろ行こうか、ハリー」
「うん。じゃあまたね」
「またね、ハリー! また夏休み遊ぼうね!」
「うん!」
シリウスはオートバイで来ていた。
ハリーはシリウスの後ろに座って、腰を掴んだ。
「よし、じゃあ飛ばすからしっかり掴まってな」
「ヘルメットは付けなくていいの?」
「あんな鉄一枚に何の意味があるんだ?」
シリウスはエンジンをふかした。ハリーは強くシリウスの腰に手を回した。
オートバイは猛スピードで走り出して、晴れ渡るロンドンの青空に飛び立った。
これで賢者の石編は終わりです。シリウスの口調に違和感しかないので後で修正できたらします。
次回は秘密の部屋編です。例の先生が登場します
書き溜めが無くなったので毎日更新は厳しいと思います。