ホグワーツの大広間の天井には星が煌めき、何千本ものロウソクが宙に浮かんでいた。
4つの長テーブルには寮ごとに生徒たちが座り、新入生の入場――またはその後のご馳走――を待ちわびている。
帽子は昨年と同様に歌を歌い(歌詞は新しくなっていた)、マクゴナガルがABC順に新入生の名前を呼んだ。
本人たちの希望通り、ルーナ・ラブグッドはレイブンクロー、ロンの妹のジニーはグリフィンドールに組み分けされた。
そして食事がテーブルに現れ、宴が始まった瞬間、ハリーは肩を叩かれた。茶髪の小さな男の子が座っていた。
「僕、あなたの作品、全部見てました! 僕、あなたの大ファンなんです! それに、魔法界でも『例のあの人』を倒したなんて! うわー、同じ学校にいるなんて信じられない! サインしてくれませんか?」
コリン・クリービーという新入生の少年は、ハリーの大ファンだった。
校長先生が話をする間もずっと落ち着かない様子でハリーをチラチラ見ていたらしい(とハーマイオニーか後で証言した)。
「ありがとうコリン! でも、ホグワーツの食事はすごく美味しいから、今は食べることに集中した方がいいんじゃないかな?」
「それもそうですね!」
コリンはフィッシュ&チップスを流し込むような勢いで食べた。(途中でむせたのでハリーが背中を叩いてあげたら、大喜びしてしまってさらにむせた)
そして水を一杯飲むと、再びハリーに向かって話した。
「僕、マグル出身なんです。小学校の友達はみんなハリーが大好きでした。コサックダンス、一緒に踊ってくれませんか? 弟に自慢したいんです」
「わかったよ! 今度一緒に踊ろうね」
ハリーはリズムに乗って小さく手を動かした。
「はい! 絶対一緒に踊りましょうね! そういえば去年、無実の人を救ったって本当ですか?」
「うん、ロンのおかげだよ」
ロンは突然話を振られてビックリした。しかし残念ながらコリンはロンに興味を持ってくれなかった。
「へー、そうなんですか。それよりハリー! 一瞬で泣けるって本当ですか? 見せてくれませんか?」
学校の中で、ここまで全面に「大好き!」という感情を出してくる子は珍しかった。嬉しいが、少し困るのも事実だ。
「いま急に泣き出したら変な目で見られるから今度でいいかな、コリン?」
「はい、わかりました。それから、あとで一緒に写真撮ってもらってもいいですか? 僕、あなたに会ったことを証明したいんです」
「いいよ、折角だからあとでみんなで撮ろう。入学の記念にね」
「ありがとうございます! もし、もしよかったら僕とあなたとのツーショットも撮ってもらっていいですか? それで、写真にサインしてくれませんか?」
「いいよ! でも――マグル界には絶対に流さないでくれるかな?」
「はい分かりました。じゃあ僕、そうします、絶対に!」
結局、その日のパーティーはコリンと話し、コサックダンスをして終了した。
ハリーがようやく寝室に帰った時には、ロンはもう寝る準備をしていた。ベッドの下にフレッドとジョージから嫌がらせでもらった(スキャバースそっくりの)ネズミのぬいぐるみが打ち捨てられている。
コリン・クリービー……マグル生まれの男の子。面白い子だが、これからどう接しようかとハリーは思った。
「あの……僕のヒキガエル、どこに行ったか知らない?」
その時、ネビルがおずおずとルームメイトたちに尋ねた。
必死にみんなで捜索して、ついに寝ることができたのは1時間半後だった。
2年生になって授業は難しくなった。
しかしシリウスと一緒にこっそり予習していたハリーは、マグゴナガル先生の『コガネムシをボタンに変える』という課題も、スプラウト先生の『マンドレイクの植え替え』もきっちりこなすことができた(もちろんハーマイオニーには敵わないが)。
シリウスは毎日のようにハリーに手紙を送ってくれた。手紙の最後には肉球のスタンプが押してあって可愛かった。
そしてコリン・クリービーは毎日のようにハリーのところに押しかけてきた。
「ハリー、いつ一緒に写真を撮りますか?」
その日の午後も、コリンは教室移動中のハリーを目敏く見つけ、声をかけた。
どうやら時間割を暗記しているらしい。ハリーはコリンに向かって手を振った。
「やっほーコリン、もう写真なら撮らなかったっけ?」
「あれは、僕たち新入生とあなたで撮ったやつです。僕、あなたとのツーショットが撮りたいんです」
「あ、そっか。じゃあ今度の週末に撮ろうね」
「はい。あと、泣くところを見せて欲しいんです。いつ見せてくれますか?」
「わかった。でも今はまだ学校が始まったばかりだし、落ち着いてからでいいかな?」
ハリーはにっこり提案した。
「いいんですか? 僕、すごく嬉しいです!」
「うん。じゃあまたね」
「さようなら、ハリー!」
コリンが去ってから一番に口を開いたのはハーマイオニーだ。
「なんで叱らないのよ? 次来たら私がガツンと言ってやるわ」
「別にいいよハーマイオニー! コリンは僕を好いてくれてるし、嬉しいよ」
「それは我慢してるだけよ。あんなストーカー並みに付きまとわれて、私の方が気が滅入っちゃう」
「でも僕は気にならないよ」
それは本心だった。
コリンは良くも悪くも純粋で、ハリーへの好意は混じり気のない純粋なものだ。そういう子は貴重だった。そして、悪意的に絡んでくる人よりずっと良かった。
「そう。でも、いつか絶対に嫌になる時がくるわ。今は我慢してるだけよ。その時まで待ってあげるわ」
ハーマイオニーは物知り顔で言った。
*
初めてのロックハート先生の授業は――一言で言えば、悲惨そのものだった。
ロックハートの人気は授業開始前から2つにくっきり分かれていた。
今か今かとロックハート先生の入場を待ちわびる女生徒たちと、だるそうに机につっぷす男たちだ。教室の前後で雰囲気がまるで違う。
ハリーとロンはその狭間の席に座り、教科書を取り出した。
「重すぎないか、これ?」
そう言いながらロンは本を自分の目の前に積み上げた。
「何冊もあるからね。それより、そんな風に置いたら教卓が見えなくなるよ?」
「そうしたいんだよ、ハリー! 誰がロックハートの顔なんて見たいもんか」
ロンの声は大きくて、女の子たちに丸聞こえだった。「なんて酷いこと言うのかしら」という目線を浴びせられたロンは、気まずそうに本の奥に身を隠して机に伏せた。
全員が席に着いた頃、ロックハート先生は金色のローブを翻して教室に現れた。
教室をぐるりと見回し、つかつかとネビル・ロングボトムの方に歩き、彼の本を持ち上げる。その表紙には白い歯を輝かせて笑うロックハート先生が写っている。
ロックハートは己の写真を指差し、口を開く。
「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員。そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払った訳じゃありませんしね!」
笑ったのはほんの数人だった。もちろんハリーは笑った。子役としての条件反射だった。
「全員が私の本を全巻揃えたようだね。たいへんよろしい。今日は最初に少しミニテストをやろうと思います。心配ご無用――君たちが私の本をどれぐらい読み、覚えているかをチェックするだけの簡単なテストですからね」
ハリーにはハーマイオニーの瞳の輝きが眩しかった。彼女の大好きな『テスト』、それもギルデロイ・ロックハート先生に関するテストとなれば、彼女に敵う人はいない。
「では、はじめ!」
ハリーは問題に目を通す。
『第1問、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は?』
『第2問、ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は?』
意外と行けるぞ、とハリーは思った。書店でロックハートに会った時に、聞いたことばかりだ。それに本の内容もハーマイオニーから教わっていたので、大体は頭の中に入っている。
ハリーはスラスラ答えを書き込んでいく。しかし途中から難易度が跳ね上がって頓挫した。知っているといっても一度会っただけだ。ここまで出来たら充分だろうとハリーは思った。
30分後、ロックハートはテストを回収した。
「おやおや、私の好きな色がライラック色だということを殆ど誰も覚えていないようですね。それと――『狼男との大いなる山歩き』の第12章ではっきり書いているように、私の誕生日の理想的なプレゼントは魔法界と非魔法界のハーモニーです」
ロックハートは悪戯っぽくウインクした。ロンは唖然としていた。
ロックハートはパラパラと生徒たちの解答を見て、ある紙で手を止めた。
「おお、ハーマイオニー・グレンジャー……満点です! どこにいますか?」
ハーマイオニーの手は感動で微かに震えていた。
「素晴らしい! グリフィンドールに10点です!」
女の子達が湧いた。ハリーはハーマイオニーに賞賛の拍手を送った。一方のロンは「あのテストで満点とか頭おかしいよ」とブツクサ言っている。
「さて、授業は……」
ロックハートは机の下から覆いのかかった大きな籠を持ち上げた。
「さあご覧あれ! コーンウォール地方のピクシー妖精の世にも穢らわしいその姿を! 危険だからといって震え上がってはなりません。この世で最も穢らわしいものと戦うのか私の使命なのです!」
ロックハートは声高に叫び、大げさな仕草で覆いを取り払った。
中には群青色の小人のような気持ち悪い生物がうじゃうじゃ入っていた。
ロンは呆れてものが言えない様子だったし、シェーマス・フィネガンは吹き出すのを堪えられなかった。
「どうしたのですか?」
これには、さすがのロックハートも引っかかりを覚えた。
「だって――これのどこが危険なんですか?」
シェーマスは笑いそうになるのを必死に抑えて、唇をヒクヒクさせながら言った。
「ならばお手並み拝見と行きましょう。さあ、危険じゃないのでしょう! 対処してみなさい!」
ロックハートはカゴを勢いよく開けた。とたんに数十匹のピクシー妖精が飛び出して、四方八方に飛び回って暴れだした。
本を引き裂き、ガラス窓を割り、インク瓶を破壊し、ピクシー妖精はやりたい放題だった。
ネビルは天井のシャンデリアにぶら下げられて振り子のように揺れている。
どうしようもないと判断したハリーは机の下に避難して、ロックハートが対処してくれるのを待った。
この混乱を収められるのだから、やはりロックハートはハーマイオニーの言うように素晴らしい人だなぁとハリーは尊敬した。
「おや、何も出来ませんか? ではお見せしましょう。ペスキピクシペステルノミ!」
ロックハートは杖を複雑に振り回して、高らかに呪文を唱えた――何も起こらない。
――彼に尊敬の念を抱いたことをハリーはすぐさま後悔した。
終業のチャイムとともに、ロックハートはハーマイオニーに後処理を命じて、逃げるように教室を立ち去った。
ハーマイオニーは嬉しそうに返事をして、テキパキとピクシー妖精を2匹でひとまとめにして失神させていった。
「なんだよあいつ」
「きっと私達に経験を積ませようとしたんだわ」
ハーマイオニーは徹底的にロックハートを庇った。いつもは理性的な彼女にしては珍しい。
だって、どう考えてもロックハート先生は闇の魔術に対する教師に向いてない――とハリーは思った。
「あんな授業が一年も続くなんて最悪だよな」
「初回の授業だけで全てが決まるわけじゃないわ。ロックハートさんの本を読んだでしょ? 何度も人々を救った英雄よ」
「本人はそうおっしゃいますがね」
ロンは呟いた。
*
コリン・クリービーのファン活動は日に日に過激になっていった。
薬草学の授業を受けるために温室に向かっている時に突然現れて、『ハリー・ポッター特別サイン会』を今から臨時で開くと宣言された時にはビックリして言葉も出なかった。
コリンの後ろには、彼に説得されて付いてきたであろう生徒たちが軽く20人は並んでいる。
「あの、今……写真を撮ってもらえませんか? もう待ちきれないんです。それで、よかったら……写真にサインしてもらえませんか? みんな欲しくてほしくて待ちわびてるんです」
「サインに写真だって? ポッター、君はサイン入り写真を配ってるのか?」
そこにドラコ・マルフォイが現れた。
「そりゃ、ハリーはサイン入り写真を配るよ。超有名人なんだから当然じゃないか!」
列に並んでいた、ハッフルパフのマグル生まれのジャスティン・フィンチ-フレッチリーが大きな声で言った。
それはマルフォイの望んでいた反応では無かったらしい。マルフォイは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「君、やきもち妬いてるんだ」
コリンが言った。
「妬いてる? 僕は、額に醜い傷なんか必要ないね。みなしごになったことで特別な人間になるなんて、惨めなことじゃないか」
「そうじゃなくて、ハリーは映画に――」
「もういいよ、ありがとうジャスティン! コリン、ここはマグル界じゃなくて魔法学校だから、もうちょっと控えめにこっそり活動してくれると嬉し――」
「おや、どうしたのですか? サイン入り写真を配っているのは誰かな?」
ハリーが事態をまとめにかかろうとした時、ロックハートがやってきた。
「おお、ハリー! また出会ったね!」
「こんにちは、ロックハート先生!」
ハリーは笑顔でロックハート先生と言葉を交わした。
「では、特別大サービスで2人のツーショットだ」
ロックハートはハリーの肩に手を回し、輝くような微笑みを作った。ハリーも即座に笑顔を作った。コリンは慌ててカメラを構え写真を撮った。
ちょうどその時、午後の授業の始まりのベルが鳴った。
「もうこんな時間か! さあ行きたまえ! それとハリー、君は私の後を継ぐ者になれるかもしれないな。もちろん、今のままでは無理ですがね。君はまだ若いですからね、私のように数多くの経験を積んでこそ、人々から喝采を浴びることが出来るのですよ。覚えておきなさい」
「はい、ありがとうございました」
ハリーは挨拶して、温室に急いで向かった。
ロックハートは独特なタイプの人間で、初めはうざったいと思ったが、逆に面白いかもしれないと思い初めていた。
*
2回目の闇の魔術に対する防衛術の授業の時がやってきた。
みんな前の授業みたいに悲惨なことになりやしないかと恐れていたが、幸いそんなことは起こらなかった。
「さて、バンパイアとバッチリ船旅を開いてください。では第1章から――私が吸血鬼の存在を知ったのは6歳の時だ。その時、これは私が倒すべき相手だと私は確信したのです! 幼い頃から計画を立て、ホグワーツを卒業した翌年、私はマグルの船に紛れて乗って、まず初めにイタリアのヴェネツィアを目指しました――」
ロックハートの新授業形式は、ずばり、自分の著書を拾い読みして自らの武勇伝を語る、というものだった。
ハーマイオニーはうっとりした表情で話を聞いている。
ナルシストもここまでくると魅力になるもんだ。
ちなみに彼の話を聞く意味は薄そうだと判断したハリーは、本を台本だと思って読んで、演技の練習をしている。
「――私はかの恐ろしい吸血鬼ラミーカと対峙しました。鋭い牙が私の首元を捉え――死を覚悟したその時! ある手段を思いついたのです!」
話の盛り上がりに差し掛かり、ロックハートはますます調子づいて話した。
反比例的にロンやシェーマス、ディーンのやる気はどんどん失われている。ちなみにハリーも本を2巡して、暇になっていた。
「では、これからの場面は実際に演じて見せましょう――」
ロックハートは生徒達をぐるりと見て、ハリーの方に手を出した。
「ハリー! お相手役をしてくれるかな」
まさかそんなことになるとは思ってなかった。不意打ちの指名に、ハリーは面食らった。
「ハリー、ガチでやってよ、ガチで!」
突然授業への興味を取り戻したディーンがハリーに囁いた。
ハーマイオニーも期待を込めた目でハリーを見ている。
マグル生まれの生徒達が興味津々な一方、魔法界育ちの生徒達の関心は薄そうだ。
――やってみるか!
ハリーは本を持って立ち上がり、教室の前方に進み出た。
まさかホグワーツの授業中に演技できる機会があるとは知らなかったが、嬉しい気持ちの方が優っていた。