ハリーはルーナと一緒にロックハート先生の部屋を目指して歩いていた。廊下はひんやりとしていて肌寒かった。
「よくロックハート先生に会いに行くの?」
「たまに。レイブンクローの先輩だから」
「どんな話をしてくれるの?」
「大体はロックハート先生の旅先での話かな。私の話も聞いてくれるんだ。大人になったら未知の魔法生物を探しに行きたいって言ったら、いいねって言ってくれた」
ルーナは空中をぼんやり見続けながら話した。
レイブンクローは個性的な人が多いなぁとハリーは思った。寮監のフリットウィック先生は大変に違いない。
「他にもレイブンクロー出身の先生っているの?」
ちなみにグリフィンドール出身の先生は、校長のダンブルドアと変身術のマクゴナガルだ。
「いるよ。フリットウィック先生と、あとトレローニー先生とか」
「トレローニー先生?」
「占い学の先生だよ。塔の上に住んでるから普段はあまり姿を見せないんだ」
「その先生ともよく話すの?」
「うん、時々。運勢を占ってくれるよ」
同じホグワーツで暮らしているのに、こんなにも自分の違う生活を送っている人がいるのがハリーには不思議だった。
「そういえば、レイブンクローはみんなロックハート先生の授業に腹を立ててるって聞いたけど本当?」
「腹を立てているというよりは困ってる。グリフィンドールではそうじゃないの?」
「うん。みんなあんまり気にしてない」
「5年生も7年生も? 信じられない」
ルーナは目をさらに大きくした。
「5年生のテストってそんなに大事なの?」
「もちろんだよ! 私のママは7年生の時に魔法生物飼育学のテストを受け忘れたせいで就職したかった研究室に入れなくなって、独自で研究することになったんだ」
「そうなんだ」
ハリーは自分の両親の職業なんて知るはずもなかった。
シリウスの職業は……囚人だろうか?
囚人になんて絶対になりたくない。シリウスの役立たずめ!
他の大人の知り合いといえば――ルーピンがいる。しかし彼も仕事に就くのは苦労してそうだ。夏休みの間、何回か会って話をする機会があったが、あまり人生を謳歌しているようには見えなかった。
今度の長期休暇に家に帰ったら、魔法界の職業についてシリウスに聞こうとハリーは思った。
*
ロックハート先生の部屋の前に着くと、ルーナはためらいなくドアをノックした。
「ルーナ・ラブグッドです」
「ハリー・ポッターです!」
ロックハートはマントを翻して出てきた。
「こんにちは皆さん! どうなさいました? いいえ、言わなくても分かりますとも。私に会いたくて次の授業まで待ちきれなかったのですね!」
「あ、はい! あと、ルーナに誘われて来たんです。えっと……ロックハート先生のお話を聞きたくて」
「それは素晴らしい! ええ、お話ししてあげましょう」
ロックハートはキザな笑みを浮かべて、大袈裟な所作で部屋の中に招き入れた。
まず目に入って来たのはロックハートの巨大ポスターだった。
キラキラ光る紫のローブに身を包んだロックハートが何回もウインクを繰り返している。
ロックハートの突き抜けたナルシストさは賛否両論あるだろうが、少なくともハリーは好きだった。
何事も中途半端にやるよりはとことん極めた方がいい。
「さあ、そちらの椅子に座って」
ハリーは3人がけの椅子にルーナと並んで座った。
ロックハートのは豪華な肘掛け椅子だ。
テーブルの上にはロックハートのブロマイドが積み重なって置かれている。
「ハリーに有名人としての悩みがあるんだって」
「あ、そういうわけじゃないんです。ただ……」
「分かりますよポッター君。有名人には悩みが付きものです。特に私ほどの人気が出れば――わかるでしょう?」
ロックハートは白い歯を浮かべて微笑んだ。
ハリーは頷いた。
「さて、私があなたにサインをあげましょう。今回だけは特別です。どうかあまり周りに見せびらかさないように……大量の人が押しかけてくると困ってしまいますからね」
ロックハートは人差し指を唇に当てた。
それからロックハートはさっと杖を振って紅茶を入れようとしたが、失敗してグラスが割れてしまった。
なんとなく気まずい雰囲気が部屋に流れる。
ハリーは欠片を拾うのを手伝おうかと立ち上がった時、ルーナは突然、新種の魔法生物に関する話を始めた。
ロックハートはこれは良かったとばかりにグラスを割ったという事実を完全にスルーしてルーナの方に向き直った。
ハリーは一人で後片付けをすることになった。
「ナーグルはヤドリギに生息していて人の脳の中に入って頭をぼーっとさせるんだ。だからぼんやりしちゃうのはナーグルに取り憑かれたせいなんだよ」
「私の存在も女性をメロメロにさせてしまいますから、ナーグルと似ていますね。以前も、少し買い物に出ただけで取り囲まれてしまってね」
「うん、だからロックハート先生の本に出てきた、いつも心ここに在らずの男の子も、ナーグルに取り憑かれてたんだよ。私、卒業したらパパと一緒に探しに行くんだ」
完全にかみ合っているとは言えないが、全く別のことを話しているわけでもない微妙なラインでロックハートとルーナは話し続けている。
「そうそう、私の次の展望としては脚本家を目指しているのだよ。どうかなハリー? 私には脚本家としての才能もあると思うのだが?」
ハリーは掻き集めた欠片を習った魔法(レパロ!)でくっつけ直そうと奮闘していた所だったので、びっくり仰天した。
「ああ、あると思います! そういえば魔法界の劇ってどんなものなんですか?」
実際ロックハートの文才は本物だとハリーは感じていた。
「そうですね……一度、本物の劇を見てみればどうでしょう?」
「今は『マーリン伝説』をやってるよ。先輩が話してた」
「私ほどの知名度が有れば特等席を取れるでしょうから、私が掛け合ってみましょうか、ハリー?」
「いいんですか?」
ハリーはロックハートを好きになった。
「もちろんです。ルーナさんも行きますか?」
「あたしも行きたいな」
「では私がお願いしておきましょう!」
ロックハートと別れてから、ハリーは本来の目的に気がついた。
「あ、ロンのこと聞くの忘れてた!」
「そうだね。これからトレローニー先生のところにも遊びに行くから、一緒に行く? あんたの運勢を占ってくれるかもしれない」
「行ってみたい!」
ハリーは元気に答えた。
*
ロンは絶賛やさぐれ中だった。
優秀な兄妹達に優秀な友達、こんな人達に囲まれてたら誰だって落ち込むに決まってる!
「自尊心?なにそれ食べられるの?」状態だ。
ハリーが有名なことはずっと前から知っていた。特別なことも知っていた。
だってあの『生き残った男の子』、例のあの人を倒した少年だ。
マグル界でも有名らしいということは知っていたが、深く考えたことはなかった。
しかし、ロックハートの授業でのハリーの演技を見た今となっては……。
あんなに見る人を惹きつける力があれば有名になるはずだ。
去年、マグル界でのハリーの知名度のことを聞いた時、「偶然ちょっぴり有名になっただけだよ」なんて抜かしていたが、大嘘だった。
ハリーとこれ以上近くにいればメンタルが保てない。
だからちょっと意地悪なことをハリーに言ってしまったのだ。
でもやっぱりハリーと話さなくなると寂しかった。
ただこれ以上惨めな思いはしたくない。
自分にもハリーと同じぐらいの才能があったらどんなに良かったか。
ロンは大きく鼻を鳴らして、蛙チョコをやけ食いした。
「そんなにチョコ食べてたら肌がボロボロになるわ」
ハーマイオニーは隣にドスンと座った。両手いっぱいに宿題を抱えている。
「ちょっとこのレポートに誤字が無いか確認しててくれないかしら? 第三者の目が必要なの」
ハーマイオニーは分厚い巻物を前に突き出した。ロンは「はぁ?」と首を傾げながら巻物を開いた。
「……これ、ロックハートに提出する任意のレポートじゃないか! こんなにガチでやるべきもんじゃない! この時間で君はもっとすんばらしい何かが出来たはずだよ!」
「人の価値観はそれぞれなのよ。口出ししないで頂戴。それに私は必須課題を全て終わらせてからこのレポートに取り掛かったのよ。あなたはまだそれすら終わってないでしょう。じゃ、よろしくね」
ハーマイオニーはスタスタ歩き去ろうとしたが、何か思い出したように体を一瞬止めて戻ってきた。
「それと、もしちゃんと校正作業をしてくれたら、お礼にあなたの宿題見てあげるわ」
「ハーマイオニー、きみ、最高だぜ!」
「あくまでも見てあげるだけよ。代わりにやってあげるんじゃないわ」
「……それより、今からどこ行くんだい?」
「コリン・クリービーのところよ」
ハーマイオニーの目は正義感に輝いている。
「何しに行くつもりだい?」
「もちろんハリーのことを注意しに行くのよ。じゃあ、よろしくね」
ハーマイオニーは念押ししてから立ち去った。
*
「なるほど……あなたの人生は不幸の連続でしょう……ああ、なんてこと、死の犬グリムも憑いてる……!」
占い学の先生――トレローニー先生は個性の塊だった。
もしマグルの学校で先生をするなら絶対に美術を受け持つであろうファッションだ。
牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡に、よく分からないジャラジャラしたネックレスやブレスレットを大量に付けている。
ハリーはその先生に最悪の占いをされたばかりだった。
「……どうしたら運勢が上向きますか?」
ハリーは悲しそうに尋ねた。
ハリーは今まで何度かテレビの企画で占いを受けたことがあるから、「占いを受ける客」としての態度は完璧に学んでいた。
リアクションが薄くてもつまらないし、まさかカメラが回ってる前で「タロットなんで嘘に決まってるだろばーか!」なんて言ってしまえば大問題になる。
だからわざとらしすぎない絶妙なリアクションを狙う必要がある。
「いいえ、あなたの運勢は良くなりません。むしろ、時間が経つごとに周りを巻き込んで不幸は広がるでしょう! ああ、お可哀想に!」
なんて占い師だ。
ハリーは頭を抱えた。
*
「コリン・クリービー! 止まりなさい!」
ハーマイオニーは中庭でコリンを発見した。
彼はハリー・ポッターの大ファンで、ハリーにしつこく付きまとい困らせている迷惑な後輩だ。
ハーマイオニーは彼に腹を立てていた。
子役時代のハリー・ポッターと言えば、芸能人に疎いハーマイオニーですら知っているほど有名だ。
しかし有名な分だけトラブルも多かった。
ハリーをストーキングしたり脅迫したりと様々な理由で大勢の人が逮捕された。
ハリーが出演している映画が、メイン俳優の逮捕により未公開になった事件もあるが、その犯罪にハリーが巻き込まれていたらしいという噂もある。
せっかく魔法界に来たのだから、ハリーには普通に自由に暮らしてほしい。
それがハーマイオニーの願いだった。
「コリン、ハリーに迷惑をかけないでちょうだい! もしそれが出来ないなら接近禁止令を出すわよ!」
「え? な、なんのことですか?」
コリンはいきなり先輩に話しかけられて目を丸くしている。
「毎日毎日ハリーに付きまとって、ハリーは迷惑してるのよ。本当のファンなら、ハリーが楽しく普通の人みたいにプライベートを過ごせることを望むと思わない?」
「……でもハリーは文句言ってこないよ!」
「それは言えないだけよ。ハリーの側に立って考えてみなさい。もし文句言ったことで、ファンが逆上したらどうするの? もっと怖いことになるかもしれないわ。いいえ、実際にそうなった経験があるのでしょうね。だから言いたくても言えないのよ」
ハーマイオニーは重々しく語った。
「でも僕はそんな逆上するようなファンじゃ無いよ!」
コリンは素早く反論した。
ハーマイオニーは溜息をついた。コリンは悪意を持って接しているわけではない。だからこれだけ反発するのだ。
「そういえば……あなた、写真を撮るのが趣味なのよね」
「はい、特にハリーの写真を撮るのが!」
「これからハリーに隠れてこっそりカメラの技術を磨いて、ハリーが大人になった時に、カメラマンとして働けるようにするのはどうかしら? サプライズだから、ハリーに気づかれたらダメよ。ハリーに話しかけにいく時間をカメラの技術を向上させるために使うのよ。そしたら学生時代だけじゃなくて、ずっとハリーのそばにいて仕事が出来るわ」
ハーマイオニーは提案した。
コリンは――瞳をキラキラ輝かせている。
コリンの未来に明るい光が射した瞬間だった。
*
魔法界のカメラについて学ぶために図書館に向かって走り出したコリンの姿を見送って、ハーマイオニーは清々しさでいっぱいだった。
少しだが、ハリーが平穏な生活を送るための手助けができた。
コリンにしてもロンにしても、もっと男の子達は頭を働かせられないのかしら!とハーマイオニーは思った。
ファンだからといって何度も何度も話しかけられたら嫌になる。それに有名なのはいいことばかりじゃない。
ハリーの有名さに嫉妬して仲違いしてるロンに、有名になることの負の側面を話してもいい――というよりも話したかったが、ハーマイオニーは何とか堪えていた。
マグル界でのことを必要以上に魔法界での友達に広めるのは良くないと分かっていたからだ。
でも、これ以上ロンからハリーの方に歩み寄る気が無いのなら……。
まったく男の子たちは困ったもんだ。
まだまだ不安は沢山あったが、ハーマイオニーの胸は達成感でいっぱいだった。
石像が置かれた廊下の角を曲がると――石の床一面が水浸しになっていた。水面に映るのは黄色の小さな瞳だ。
ハーマイオニーの見た景色はそれが最後だった。
次からは目指せ週一投稿で頑張ります
ハリーポッターシリーズに関して
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