生き残った男の子ハリー・ポッター   作:はと麦茶

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3話 ダイアゴン横丁

翌日、CMの撮影中につい意識が逸れないようにするのはとても大変なことだった。

子役としての務めに集中しようと思っても、すぐ心は魔法やホグワーツに行ってしまう。

しかし天才子役としてのプライドで、ハリーは何とかいつも通り仕事をやり遂げた。CMは特に儲かる仕事だから頑張らないといけない。

ハリーは家に帰るとすぐさま着替えて、荷物を詰めて、準備を整えた。

魔法学校の入学準備と言っていたが、いったいどこに行くのだろうか?

 

しばらくしてハグリッドがやってきた。

こんな巨体の人が天才子役の家を訪ねてくればご近所さんの噂になりそうだと、ハリーは少しだけ心配になったが、きっと大丈夫だと思うことにした。

バーノンは部屋にこもりっきりで出てこなかった。ハグリッドに吹き飛ばされて以来彼の存在はトラウマらしい。

ハリーはちょっと申し訳ない気分になって、いそいそと家を出た。

 

「ハグリッドさん、これからどこに行くのですか?」

 

ハリーはハグリッドの歩幅に追いつくよう、小走りで息を弾ませながら尋ねた。

 

「ロンドンのダイアゴン横丁っちゅうところだ」

「ロンドンに行くんですか?」

 

ロンドンは都会中の都会だ。

 

「ああ。それとおまえさん、別に敬語なんか使わんでくれ」

 

ハグリッドは大きな手をぶんぶん振った。

 

「それよりハグリッドさん。どうやってロンドンまで行くの?」

 

ハリーは焦って尋ねた。

ハグリッドは身長3メートルぐらいの超巨大だ。さらにハリーが隣にいるとなれば、人の目を引くに違いない。

 

「なんちゅうんだっけな……そうだ、電車だ! あれ、車電だっけな?」

「電車だよ。トレイン。でもそれよりハグリッドさん、僕達すごく目立たないかな?」

「あー、まあ俺はちょっとばかし大っきいからな。まあ大丈夫だ」

「あの……きっと大変なことになるよ。僕ちょぴっとだけ有名なんです」

「まあまあ心配するなって」

 

ハグリッドは事態の深刻さを理解していなかった。

 

「あ、もしかして魔法を使うの?」

「そうだ! いやー感動するぞ!」

「わー楽しみ!」

 

ハリーはワクワクした。

 

しかし1時間後……。

パディントン駅で、ハリーは沢山の人達に囲まれて身動きが取れなくなっていた。

変装用の帽子を被っていたが、ハグリッドと居ると役に立たなかった。

 

「ハリー、お前さんはマグルの中でも有名だったのか」

 

ハリーをおんぶして、力技で人混みから抜け出したハグリッドは感心した様子で言った。

 

「ちょっとお芝居してたんです」

「ほーそれはすごいな。それにしてもすごかったなぁあれは」

「僕、てっきり魔法で目立たないようにしてダイアゴン横丁に行くんだと思ってました」

「なんでこそこそする必要があるんだ?」

「んー、あんまり問題に巻き込まれたくないんです。そういえば、どうやってロンドンに行くの?」

「夜の騎士バスだ。俺はあんま好きじゃねえが仕方ない……」

 

ハグリッドは苦虫を噛み潰したような顔だ。

 

「夜なのに、昼でも走ってるの?」

「そうだ」

「へー!」

 

人気のない路地についたところで、ハグリッドが右腕をおもむろにあげた。

すると次の瞬間、耳をつんざくようなバーンという音と同時に、3階建ての派手な紫色のバスがどこからともなく現れ、キキーッと停車した。

金文字で『夜の騎士(ナイト)バス』とフロントガラスに書かれている。

 

「『夜の騎士バス』がお迎えに来ました。迷子の魔法使い、魔女たちの緊急お助けバスです。えーっと、杖腕を差し出せば参じます。ご乗車ください。うーんと、そうすればどこでもお連れします。わたくしはアレク・ハーパップス。車掌として、お客様を──」

 

驚くべき棒読みだ。

 

「ああ、もういい。早く乗せとくれ」

「あ、ハグリッドじゃないか!」

 

紙切れを読み上げていた少年は、ハグリッドに気づくと、嬉しそうに歓声をあげた。

18、9歳の少年だ。制服の紫のズボンをダボダボにはいていて、金髪を短く刈り込んでいる。

 

「おお、アレクじゃねえか! バスの車掌なんてやっとったのか!」

「なーんかさ。せっかく魔法生物の研究室に入れたっていうのに、同僚の女の子に惚れ薬飲ませて家に連れ込んだとか濡れ衣着せられてクビにされたんだよ。たった一週間で! あり得るか、そんな酷い話?」

 

アレクは凄い勢いでまくしたてた。ハグリッドは残念そうに首を振った。

 

「そりゃ酷い話だ。またパブで飲もうな」

「ああ、ホグワーツ時代が懐かしいよ。で、今日はどこまで?」

 

彼は急に車掌に戻った。

 

「ダイアゴン横丁だ。彼の入学品を買いに行くんだ」

「新入生なんです。よろしくお願いします」

 

ハリーはアレクに向かって微笑んだ。

アレクの視線はハリーの額に釘付けだった。

 

「おまえ……まさか、ハリー・ポッターか?」

「はい、ハリー・ポッターです。好きな食べ物はペペロンチーノです。よろしくお願いします」

 

ハリーははにかんだ。

ハリーの額には、生まれた時から稲妻型の傷があった。子役の時にはこれを隠すのに苦労した。

両親が死んだ交通事故の時の傷跡だとペチュニアは言っていたが……そういえば、両親は本当に交通事故で死んだのだろうか?魔法使いなのに?

あとでハグリッドさんに聞こう、とハリーは思った。

 

「すげえや。まさかあのハリー・ポッターに会えるなんてな。『例のあの人』を倒したってほんとか?」

「……例のあの人ってどなたですか?」

「ハリーはマグルの家で育ってな、自分のことを何も知らねえんだ」

 

ハグリッドが説明した。

アレクは「ほーん」と言ってしばらくハリーをじっと見ていたが、ハッと我に返って2人を席に案内した。

ハグリッドはベッドに座ったが、お尻がはみ出ていた。

 

このバスの旅で、ハリーは魔法使いとしての洗礼を受けた。

魔法のバスは凄まじいスピードでトラックや植木、人々の間を疾走した。スピンや急ブレーキを繰り返し、その度にハリーはバスの後ろまで吹っ飛ばされた。

 

「ハグリッドさん……魔法界のバスって暴れ馬みたいですね!」

「ちっと今は話しかけねぇでくれ」

 

ハグリッドは乗り物酔いしやすいタイプらしく、真っ青な顔をして手すりにつかまっていた。

ハリーは黙った。

 

ふらふらになったハグリッドを一生懸命支えながら、ハリーはバスを降りた。

 

「……ここであってますか?」

 

そこはごく普通の街だった。楽器店、ハンバーガー屋、映画館(ハリーの写真がデカデカと出ていて気恥ずかしかった)などが立ち並んでいる。

どこに魔法の道具が売っているのだろうか?

 

「ここだ。有名な店だ」

 

ハグリッドが指差したのは小さな薄汚れたパブだった。こんなところにハリーが入れば週刊誌で炎上しそうだ。

ハリーは心配になってチラチラと周りを見た──不思議なことに、この店に興味を向けている人は誰もいない。皆、ここに店があることすら分かっていないように見える。

 

「あ、待って下さい!」

 

ハリーはハグリッドに続いて慌てて店に入った。

中は暗くてみすぼらしかった。

隅の方では二、三人の奥様方がシェリー酒を楽しんでいる。

魔法でスプーンをくるくる回してコーヒーをかき混ぜている男や、鬼婆らしき女性もいる。

 

2人が店に入ると、人々の話し声はやんだ。みんなハグリッドに向かって話しかけたり、手を振ったりしている。ハグリッドは顔が広いようだ。

 

「おお大将、いつものやつかい?」

 

バーテンが巨大ジョッキに手を伸ばしながら聞いた。

 

「いや、トム、今日は違うんだ。ダンブルドア先生から仕事を仰せつかってね」

 

ハグリッドはハリーの背中をポンポン叩いた。その勢いが強くて、ハリーは床にめり込みそうになった。

 

「おお、これは……」

 

バーテンのトムはハリーの額に釘付けになった。

 

「ハリー・ポッター様! なんたる光栄……!」

 

トムは駆け足でカウンターから出て、涙を浮かべてハリーの手を握った。

こんな崇めるように接されたことは無かったので、ハリーは戸惑ったが、子役としての条件反射でにっこり笑いながら手を握り返した。

 

パブはシーンとなり、そして、ハリーの周りに一気に人が集まってきた。

口々にみな「おかえりなさいポッターさん!」やら「ああ帰ったら親戚中に自慢しないと!」やら言っている。まるでカルト宗教の教祖役をしているみたいで、ハリーはちょっと楽しかった。

 

「みんな、ハリーはこれからホグワーツの学用品を揃えに行くんだ! それぐらいにしてくれ!」

 

みんなは名残惜しそうにハリーから離れていった。

 

 

ダイアゴン横丁への行き方は斬新だった。

パブのゴミ箱の上のレンガをリズムよく叩くと、なんとレンガが動き出し、アーチになったのだ。その向こう側には石畳の通りが続いていた。

 

「ようこそ、ここがダイアゴン横丁だ」

「うわー、すごいよ! こんな面白そうな場所来たことないです」

 

大鍋、ふくろう、箒、ドラゴンのきも……さまざまな物が溢れんばかりに店の前に並んでいた。

 

「ねえハグリッドさん。なんでみんな僕の傷を見て驚くんですか?」

「ああ、それは……ちょっと重い話になるな。ここでアイスクリームでも食べながら話そうか」

「はい、ありがとうございます」

 

2人はフローリアン・フォーテスキューというカラフルな内装のアイスクリーム屋さんに入った。

ハグリッドは五人前も注文していたが、彼の体に比べると豆粒に見えた。

 

「お前さんのその傷跡……全ての始まりはある闇の魔法使いだ。何年も前のこと、ある男が恐ろしい悪の道に進んでしまった。悪も悪、悪の中の悪だ。本当に恐ろしかった……」

 

ハグリッドは身震いした。ハリーは不安だった。

 

「誰なんですか?」

「うーんとな、俺たちは未だにあの人の名前を言うことを恐れてる……口にすらしたくないほどに。しかし……よしっ言うぞ! それ! ヴォルデモート」

 

ハグリッドは恐ろしそうに自分の口を押さえた。

ハリーは険しい顔だった。

 

「ああ、もう二度と言わせないでくれ。とにかくそういう人がいたわけだ。そいつは巧みな話術や拷問、脅迫により仲間を集め、勢力を拡大させていった。誰が味方かも分からなんだ。暗い日々だった……ほとんど何も信じられなかった」

「拷問?」

 

ハグリッドは重く頷く。

怖い話だとハリーは思った。

 

「もちろん立ち向かう者もいたが、みんな殺された。当時最も力があった魔法使いや魔女も皆殺しだ……。おまえさんの父さんと母さんは、俺の知っとる中で一番優秀な夫妻だった。2人とも首席だ! そして決して闇の世界に足を踏みいれようとしなかった」

 

ハリーはにっこり笑った。

 

「そして悲劇が起こったんだ。2人を仲間にするよう説得できると思ったのか始末しに来たのか、あいつはお前さんたちが住んでいる村にやってきた。そして……」

「父さんと母さんが死んで、僕だけが生き残ったんですか?」

 

ハリーは小声で聞いた。

 

「そうだ。稲妻形の傷はその時の置き土産だ。ほーんとうに悲しかった……おまえの父さんや母さんのような良い人はどこを探してもいない……良い人から死んでいくっちゅうもんだ」

 

ハグリッドはテーブルクロス大のハンカチを出して、鼻をかんだ。

 

「不思議なこった。あの時代、あいつに狙われて生き延びたのは1人もいない。みーんな殺されちまった。ハリー、お前さん以外は。まだ赤ん坊のおまえだけが生き延びた」

 

ハリーの胸に痛みが走った。

なぜ両親は死んだのに、自分だけが生き残ったのだろう……心当たりは何もなかった。

ただ、目も絡むような緑色の閃光が、ハリーの脳裏に鮮烈に映った。

 

 

 

 

ダイアゴン横丁は楽しいところだった。

ハリー達はまず最初に魔法使いの銀行、グリンゴッツに行った。両親が遺した大量の遺産にハリーは感動した。

ポッター家の金庫に行った後に、ハグリッドはさらに奥深くにある金庫に行って、小さな包みを回収した。それが何なのかハリーは気になったが、大人の事情がありそうな気がしたので何も尋ねなかった。

制服のローブ、教科書、大鍋、真鍮のはかりなど諸々の学用品を揃え終わると、ハグリッドがなんとサプライズでハリーにフクロウをプレゼントしてくれた。

 

「うわーもふもふで可愛い! ありがとうハグリッド!」

 

雪のように白い羽をした美しいフクロウだった。

 

そして最後に向かったのはオリバンダーの杖店だ。

看板には紀元前382年創業、と書かれていた。

チリンチリン、とベルを鳴らしながら入る。

小狭くて埃っぽい部屋には、壁の天井近くまで杖の入った箱が積み重ねられていた。

今までの店とは違う静けさが流れていて、ハリーは無意識のうちに姿勢を正していた。

 

「いらっしゃいませ。おお、これはハリー・ポッター殿」

 

店の奥から老人が出てきた。

 

「こんにちは!」

 

ハリースマイルで挨拶する。

 

「待っておりましたよ、ポッターさん。お母さんと同じ目をしていらっしゃる。彼女がここに来て杖を買った日のことを覚えていますぞ。柳の木で出来た振りやすい杖じゃった」

 

老人は不気味に銀色の目を光らせていた。

自分の緑色の瞳は母さん譲りのものだったのか。

ハリーの頭の中で、目だけが緑色にピカーンと光った女性(母親)が想像された。

 

「それとお父さんはマホガニーの杖だ。変身術に適していて、彼にぴったりの杖だった……」

「どんな見た目だったんですか?」

 

ハリーは尋ねた。

 

「顔は君によく似ておるが、額に傷はないし、瞳がハシバミ色だった。それと変身術に非常に長けておった」

「なら僕の顔は父さん似ってことですか?」

「もっちろんだ! おまえさんはジェームズそっくりだ!」

 

ハグリッドがガハハと笑った。

 

「しかし、“気”はむしろお母さんに似ておる」

「気? 性格みたいなものですか?」

「性格というよりかは雰囲気と言った方が近い」

「へー」

 

ハリーは何が違うのかイマイチ分からなかったが、ハグリッドは納得したように頷いた。

 

「確かにそうかもしれんな」

 

なるほど。ハリーの頭の中に、目が緑色にピカピカ光っている女の人と、ハリーによく似た男の人、そして二人と手を繋いで立っている自分の姿が浮かんだ。

 

「うむ。さあ、それでは杖選びに入りましょうか。杖腕はどちらで?」

「利き手なら右です」

 

いよいよ待ちに待った杖選びが始まった。

オリバンダー曰く、「魔法使いが杖を選ぶのではなく、杖が魔法使いを選ぶ」とのことだ。

ハリーは幾多もの杖を握らされたが、どれも馴染む物はなかった。杖を振る度に棚がガラガラドッシャーンと崩れ落ちるが、オリバンダーは御構い無しだった。

彼はとっかえひっかえハリーに杖を握らせた。

 

「うーむ、難しいな……。そうだ、奇抜な組み合わせだが……柊の木に不死鳥の羽根、28センチ、良質で鋭い」

 

ハリーは杖を手に持った。その瞬間、今までとは違った暖かさが体の中に流れ込んでくる。

ハリーは杖を振った。

すると薄橙色の細長いものが杖先から出てきて、部屋中に溢れ出した。ペペロンチーノだ!

ペペロンチーノが雨あられに店の中に降り注いだ。

 

「ブラボー!」

「うわー美味しそう。こういうの夢だったんだ!」

 

ハリーは瞳を輝かせたが、一瞬にしてペペロンチーノは消えてしまった。

 

「不思議なことじゃ……」

 

井戸の底から響くような声だった。

オリバンダーはペペロンチーノに目もくれていなかった。

ハリーはヒエッと悲鳴をあげそうになった。

 

「この杖に使われているものと同じ不死鳥から作られた杖がもう一本だけある。その杖がお主にその傷を与えたのだ……」

「そうなんですか!」

 

ハリーは子役の時のクセで大きなリアクションを取ったが、すぐに真顔になった。

両親を殺した杖と同じ……悪いことの予兆としか考えられない。

 

「イチイの木に不死鳥の尾羽、34センチ……あの人もある意味では偉大であった。非常に」

「僕は人殺しが偉大だとは思いません」

 

ハリーははっきり言ったが、オリバンダーは首を振った。

 

「彼の成したことは恐ろしく悍ましいことじゃ。しかし間違いなく偉大だった……」

 

オリバンダーの瞳は不気味な輝きを放っていた。ハリーはこの人を好きになれないと思った。

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