ペチュニアはハリーをホグワーツに行かせるつもりだったということが判明した。
というのも9月からハリーの仕事を一つも入れていなかったからだ。
ハリーは残りの夏休みをひたすらお仕事とレッスンに費やした。これからしばらくはお稽古ができなくなるのだ。今のうちに詰め込めるだけ詰め込んでおこう。
合間に読むためにホグワーツの教科書を持って行きたかったが、もし何かあると大変なのでやめておいた。
9月1日の朝、ハリーはバーノンの運転する車に乗ってキングズ・クロス駅に向かっていた。
11時発の9と4番の3番線から出るホグワーツ特急に乗るためだ。
ハリーが電車に乗ると大騒ぎになってしまい、後々バーノンたちが怒られることになるので、渋々車を出してくれた。
家を出る時、従兄弟のダドリーはハリーの悪口を(独り言にしては随分と大声で)言っていたし、車の中では人生で一番気まずい時間が流れていたが、でもハリーは全く気にしなかった。
どんな映画の撮影の前よりもワクワクする。だって魔法だ!
両親が乗ったホグワーツ特急に自分も乗れるのだ!
駅前でお礼を言って降ろしてもらい、変装用の帽子を被ったハリーはトランクを乗せたカートを引いて駅構内を歩いていた。
巨体のハグリッドが居ないので、今日はバレて混乱を引き起こさずに済みそうだ。
9と4分の3番線という摩訶不思議なホームに行く方法はハグリッドから聞いている。
9番線と10番線の間の柵に向かって思いっきり走るのだ。すると柵を通り抜けて、隠された魔法使い用のプラットホームに行ける、とハグリッドは言っていた。
隠しているのは、マグルが誤って乗らないようにする為とのことだ。
ならなぜそもそもこんなマグルの公共機関ど真ん中にホームを設けるのだろうか、とハリーは思っていた。
ちなみに7と2分の1番線からはヨーロッパにある魔法使いだけの村トスカーナ村、3と8分の5番線からは大人気歌手魔女セレスティナ・ワーベックのコンサート会場行きの列車がそれぞれ出ているとのことだ。
ハグリッドが居ないとはいえ、フクロウも連れているのでハリーはなかなか目立つ。急いで行こう。
ハリーは大きく息を吐いてから、柵に向かって走り出した。
ぶつかる──と思ったがハリーの体はするりと柵を通り抜けた。
紅の蒸気機関車が乗客で混み合うプラットホームに停車していた。
がやがやと話す人々の声、ペットたちの鳴き声、ホームはとても賑やかだった。
「わーお……すごいや」
ハリーは驚きと感動でしばらく頭がボーッとなった。
人混みを掻き分けて空いているコンパーメントを探している時、ハリーはある少年に気づかれてしまった。
「あれ、まさか……あの『星のカラクリ』に出てた天才子役だったりする?」
黒人の男の子はすり抜けようとしたハリーを引き止めた。
ハリーは笑顔を作った。
「天才かどうかは分からないけど、そのドラマには出させてもらったよ」
「えーすごいよ! なんでここにいるの? 魔法学校に行くの?」
「うん、そうだよ」
「すごいな。まさか魔法使いがドラマに出てるなんて思わなかったよ。あ、僕はディーン・トーマス。新入生なんだ。つい最近まで自分が魔法使いだって知らなかったんだ。君は知ってた?」
ディーンは凄い勢いで話しかけてきたので、振り切るのには10分かかった。
不幸中の幸いは、その10分間、彼は奇跡的にハリーの名前を一度も呼ばなかったということだ。
魔法界にもファンが居てくれるのは嬉しいことじゃないかとハリーは思うことにした。
ハリーは最後尾のコンパーメントに腰を据えた。
ホームでは沢山の生徒たちが家族と長い別れを惜しんでいるが、ハリーには関係のない話だ。
まもなく、列車は出発した。
「……ごめん、ここ空いてる?」
赤毛の男の子がひょっこり顔をのぞかせた。
「他はどこもいっぱいだったんだ」
男の子はもじもじ言った。
「いいよ! 僕以外誰もいないから」
そう言うと、男の子は胸をなでおろして、ハリーの向かいに座った。そしてハリーを一瞥するが、何も見なかったふりをして窓の外に目を移した。
「君も新入生なの?」
ハリーは問いかけた。
「うん、そうだよ」
「へえ、なら一緒だ! よろしくね」
「君も新入生なんだ! よかった」
彼はハリーを知っていなさそうだ。それはそれでハリーは嬉しかった。
「でもさ、新入生って言っても兄ちゃんが5人もいるからホグワーツ特急は何度も見たことがあるんだ。僕が入学するのだって毎年のことって感じでさ、僕にとっては初めての体験なのに。あ、僕ロン・ウィーズリー」
男の子はしょんぼりしていた。
「いいな。僕の周りはみんなマグルだよ」
マグルとは魔法が使えない人を指す言葉だ。ハグリッドに教えてもらったので、ツウっぽく使ってみたが、ロンは無反応だった。
「ふーん。僕はみーんな魔法使い。しかも一番上のビルは首席だし、2番目のチャーリーはクィディッチのキャプテン、パーシーも監督生だし、フレッドとジョージはみんなの人気者。だからみんな僕が成績優秀で当たり前って思ってるんだ。やになっちゃうよ……あ、ごめん」
「ううん、みんなすごいんだね、君の家族」
「僕以外はね……って、その傷跡……!」
ロンはハリーの稲妻形の傷を指差して固まった。
「まさか君、ハリー・ポッター!?」
「うんそうだよ」
ハリーはちょっと恥ずかしかった。
「えー、じゃあ覚えてるの? 『例のあの人』を倒した時のこととか?」
「何にも。ただ緑の閃光が広がったのだけは時々夢に見るよ」
「ほー」
ロンは口をまん丸に開けて、畏れ多い様子でハリーを見た。
それから2人は趣味の話で盛り上がった。
ロンは魔法界で人気のクィディッチというスポーツの話や魔法界のチェスの話を熱く語ってくれた。
「そーだ、君は何が好きなのかい?」
「コサックダンスだよ」
「何だいそれ?」
「マグル界で有名なダンスの一つなんだ。これを踊るとみんな元気になるんだよ」
「元気爆発薬みたいなものなのかなぁ? やってみてよ」
「わかった」
ハリーは靴を脱いで列車の座席の上に立ち、コサックダンスを披露した。
ハリーが最後のポーズを決めると、ロンは杖から火花を散らし、パチパチと拍手を送った。
「ヒューヒュー! すごいよハリー!! 僕ファンになっちゃったよ!!」
「そうでしょ!」
ハリーの人を惹きつけるオーラは魔法界でも通用するということがわかった。
その時、ドアが開く音がした。
「ねえ、あなたたちカエルを見てない? ネビルのがいなくなったの」
栗毛色のふさふさした髪の毛の少女だ。
「見てないよ。ロンも見てないよね?」
「うん」
「それは残念。じゃあもしも見つけたら声かけてくれるかしら」
ハーマイオニーはロンが握っている杖に目線を移した。
「あら、あなた魔法をかけるの? 見せてちょうだい」
「ううん、ちがうよ。ハリーがダンス披露してくれたんだ。ねえハリー。もう一回やってよ」
「オッケイ!」
ハリーはキラキラ歯を輝かせて爽やかに返事をすると、再び椅子に上がった。
「あーいいえ。やらなくて結構よ。あなたハリー・ポッターでしょう?」
「……うん、新入生なんだ。よろしくね」
ハリーは寂しそうにぴょんと椅子から降りた。
「よろしく。私はハーマイオニー・グレンジャー。あなたのことよくテレビで見てたわ。まさか魔法使いなんて驚きよ。マグルの世界でも有名なご様子でしたけど、魔法界の本にもあなたのことがたーくさん載ってたわ」
「ほんと? なら僕の父さんと母さんのことも載ってた?」
「ええ、少しは。多分探せばもっとみつかるわ」
「ありがとう! 知らなかったよ」
魔法界でも有名だという実感があまりなかったので気づかなかった。
本か……今度買おう、とハリーは思った。
「いいなー僕のパパとママは絶対本なんか載れないよ。あ、でも世界鬼ばばベスト100とかなら載れるかもしれないな」
ロンは神妙に言った。ハーマイオニーはあきれた様子で首を振った。
お子様の会話に付き合いきれないわ、という感じだ。
「私は時間がないからさようなら。それとあなたたち、着く直前にバタバタしないように早めに着替えておいた方がいいわよ」
ハーマイオニーはバタンとドアを閉めて出て行った。
「何だいあのお節介女? 聞いたか、『あたしは時間がないからさようなら』だってさ」
ロンがくねくね体を動かしながらハーマイオニーの声真似をした。
それが似ていてハリーは笑った。
「でも早めに着替えておいた方がいいっていうのはその通りだろうから、もう着替えようか?」
「そうだね。アイタッ!」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。ネズミのスキャバースが僕の手を噛んだんだ……」
ロンはポケットからネズミを引っ張り出すと、キャベツの切れ端を食べさせた。
「パーシーからのお下がりさ。いっつも寝てばっかりの役立たずだけどね」
「ふーん、ねえ、持ってみてもいい?」
ハリーはなぜかそのネズミのことが気になった。好き、というわけでも嫌い、というわけでもない。ただ興味があった。
灰色の冴えない色の毛並みのネズミを、ハリーは恐る恐る手の上に乗せた。
「このネズミ、指が欠けてるよ」
「あー12年も生きてる老ネズミだからね。たぶんフレッドかジョージあたりが引きちぎったんじゃないかな」
「こわっ!」
「まあさすがにあの人たちでもそんなことしないかな。たぶんドアに挟んだとかそんな感じだよ」
ネズミの指なんて些細な事なので、ロンは気にしていない様子だった。
「へーそうなんだ……」
それからロンとハリーは魔法界のお菓子を食べたりして楽しんだ。
あとドラコ・マルフォイと名乗る男の子が訪問してきた。その子は、高飛車で傲慢で嫌な感じの子だった。だがこういう人達は今までも周りにたくさんいたので、すんなりとかわす術をハリーは身につけていた。
ホグワーツに着く頃には日はすっかり沈んでいた。
暗闇に沈むホームに降りると夜の冷たい空気が頬に触れた。
「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」
前方でランプの灯りがゆらめいた。ハグリッドだ。
ここで映画を撮ったら綺麗になるだろうなぁとハリーはぼんやり考えた。
木が鬱蒼と生い茂った険しくて暗い小道を抜けると、ホグワーツ城が見えた。広大な黒い湖の向こう岸にそびえ立つ壮大な城だ。窓からこぼれる光が星のようにキラキラと光っている。
「うわー綺麗だ……」
「おったまげー」
あの城で父さんと母さんは7年間を過ごしたのだ。2人が入学する時も、きっと今のような風景を見たことだろう。そう考えると心が温かくなってくる。
ハリーはこの光景をじっと目に焼き付けた。
ようやくホグワーツ。
〈余談〉映画ハリーポッターシリーズで主人公を務めた子役さんは最初の2作だけでも約16億円稼いだとのこと。ちなみに日本の平均生涯年収は約2億2000万円。これが選ばれし者の実力…!