「ロンー、ロンー、起きないと朝ごはん食べ損ねるよー」
「にゃんだいハリー。僕はねむいんだ」
「僕だって眠いよ」
飛行訓練から数日後の朝、ハリーは眠い目をこすってロンを揺すり起こしていた。しかしロンは全く起きようとしない。
ハリーだって寝不足なのに頑張っているのだからロンだって頑張るべきだ。「にゃんだい」なんてぬかしてる場合ではない。
男子寮に活気がない理由、それはシェーマス・フィネガンにある。
──昨日の放課後、ハリー達は満を持してクィディッチの練習の見学に向かった。ロン、シェーマス、ディーン、そしてラベンダーとパドマも一緒である。ハーマイオニーは誘ったけれど来てくれなくてハリーは悲しかった。
「こんなに沢山の一年生が見学に来てくれるとは感激だ!! ……まさかスパイはいないな?」
キャプテンのオリバー・ウッドは感動で涙を拭ったかと思えば、急に疑り深い目でハリー達を見た。
「いません! みんな純粋にクィディッチが好きで見たいと思ったから来ました!」
ハリーが言うと、オリバーは満足げに頷いた。
「ならいい! 是非あの観覧席から見ておいてくれ!」
「はい!」
一年生達は元気よく返事した。
その時、一人の制服姿の黒人の女生徒が走ってきた。
「おい! どうしたジョンソン! 遅刻だぞ! それにどうしたんだその格好は!」
「ごめんオリバー、スリザリンのヘミングスと口論になっちゃったのよ。クィディッチのローブにも臭液かけられたから、制服でもいい?」
「……仕方ない! 今日だけは許そう! よし、早速練習だ!」
一斉に選手達が飛び立った。
「おっ愛しの弟君も来てるじゃないか!」
「ロナルド様がいらっしゃってるなんて腕がなるな!」
上空から赤毛の双子がロンをからかった。ロンは顔を赤くして拳を振り回した。
ハリーが微笑ましくその様子を見ていたら、それに気づいたロンがますます顔を赤くした。
はじめにウォーミングアップに空中の選手達は多角形に広がって、パス回しを始めた。その速さといったら目が回るほどだ。(ロンにそう言ったら、「チャドリー・キャノンズのパス回しはこんなどころじゃいぜ! ボールが回りすぎて溶けてバターになっちゃいそうだよ!」と言われた)
「あの制服のスカートの人って、前にラベンダーの髪を消火したイカした先輩だよね」
ロンが囁いた。そういえば彼女はアンジェリーナ・ジョンソンと名乗っていたな、とハリーは思い出した。
それから選手達は3対3に分かれて、模擬試合を始めた。
フレッドとジョージの見事なナマケモノ・ロールに、オリバーの見事なセーブ、しかし何より目を引くのはアンジェリーナのスカートだった。
急カーブしたり急発進する度にスカートはひらりと舞い上がった。その度に露わになる太もも。
ハリーは天才子役であると同時に普通の11歳の少年である。
あと数ミリ、あとほんの少しめくれ上がれば……。
──もうちょっと風が吹いてくれたらなぁ
ハリーはそう思った。
結局あと少しの所で駄目だったのでハリーは落胆した。
しかし練習後にロンの兄ジョージの箒に乗せてもらうことができた。
学校の古い箒と違い、とても滑らかで飛びやすかった。
それにオリバーはハリーの飛びっぷりに感服して、来年のクィディッチメンバーに絶対入れると約束してくれた。
「今日わかったんだ。箒に乗っている時の女の子は一番隙がある」
その日の夜、シェーマスは真剣な目つきで言った。
クィディッチの練習を見に来ていなかったネビルは不思議そうに首を傾げている。
「いいか、よく聞いてくれ。来週からの飛行訓練で僕達には為さねばならぬ使命がある」
シェーマスの言葉に、ロンは「まさか君……」と呟いた。
シェーマスはロンを見て頷く。
「パンツだ。女の子のパンツを見る絶好の機会だ。工夫さえすれば、飛行訓練はパンチラの宝庫になる」
「おーーー!」
ロンとディーンとネビルが拍手した。
「作戦はこうだ。僕達はおかしくない程度に低空飛行する。そしてハリー。君の飛びっぷりは最高だ。だから──」
「君が何気なく女の子の隣を猛スピードで飛んでくれたら、その風圧でスカートが捲れる! おったまげー最高だぜ!」
期待のこもった目で見つめられてハリーは困った。
「無理だよ。だって僕、子役だから純真純白なイメージを保たないと」
「子役? ここは魔法界だよ! それに誰も外に漏らしたりしない」
ネビルがウキウキ言う。
「うん、でもやっぱり……」
「どうしたんだいハリー? 言いたいことがあるなら言った方がいいよ」
ロンがベッドから身を乗り出した。
「いや……だって」
「だって?」
シェーマスもハリーの方によってくる。
ハリーは意を決した。
「……だって、だってその方法だと僕はパンツ見られないじゃん!」
誰だってハーマイオニーのパンツを見たいに決まってる。
みんなは呻いた。
「でもハリー、さっき「子役だから純真純白なイメージを保たないと」とか言ってなかった?」
ロンの声真似は相変わらずそっくりで鼻に付く。
「純白なイメージとか別にどうでもいいよ! そんなのホグワーツじゃ関係ないもん!」
「ウワーオ」
ネビルが驚いた。
それから厳正なる議論の結果、一人ずつ順番に女の子の側を通り過ぎることになった。
しかしそれからが本当の戦いの始まりだった。
どのような順番でその役割をするのか。あまり露骨にやると先生に怒られるだろうが、どの程度の低空飛行までは許されるのか。捗る妄想。高まる期待。
議論は白熱し、いつのまにかハリーは寝落ちしていた。
夜に何があろうといつも通り時間は流れていく。
朝食を食べている時、ハリーのところにフクロウが手紙を運んできた。
この時間には何百羽ものフクロウが大広間になだれ込んできて、テーブルの上を旋回して目当ての人の所に手紙や小包を落としていくのだ。マルフォイはいつも家から送られてくる高級菓子を自慢しているが、ハリーに手紙が送られてくることはほとんどなかったので、心がはずんだ。
「ハグリッドからだ!」
ハリーは急いで封を開けた。
親愛なるハリー
ホグワーツは楽しいですか。よかったら今日の午後、お茶に来ませんか。
いろいろ聞きたいです。
ハグリッドより
「やったあ!」
ハリーはすぐさま返事を書いて、フクロウのヘドウィグに持たせた。ヘドウィグはホーと一回鳴いて、飛び立った。
「どうしたんだい?」
「ハグリッドから手紙が来たんだ!」
「へー」
眠そうなロンはトーストにジャムではなくフクロウの糞を塗っていた。ハリーは面白そうなので放置することにした。
「おはよう。ねえ、ちょっといいかな。僕は5年生のフレディ・レイコック。一緒に朝食どう?」
突然、ハリーはレイブンクロー生に声をかけられた。
振り返ると、スマートな高身長の青年が立っていた。
「何ですか?」
「僕、将来、魔法とマグルのCGの技術を融合させて作品を作ることが夢なんだ。君は僕のイメージにぴったりの役者なんだ! あ、僕はマグル生まれだから、勿論君のことは小さい頃から見てきたよ。特に『星のカラクリ』なんか最高だったよ!」
「ありがとうございます!」
魔法とCGの融合……難しそうだけど楽しそうだ。
ハリーはレイブンクローのテーブルに移動した。
「僕のプランとしてはホグワーツの雄大な自然を舞台に一本、映画を撮りたいと思っているんだ。ストーリーも大事だけど、もっと生命の輝きとか自然の脅威とか魔法の美しさとかを押し出したいと思ってる。例えば──」
フレディは自らの計画を熱弁した。
「いいですね、それ! ぜひ参加させて下さい!」
ここのところ子役の仕事がなくて手持ち無沙汰だったのだ。
それにマグルと魔法を織り交ぜた作品というのも興味が湧く。
「よかった! ハリーなら分かってくれると思ってたよ、ありがとう!」
フレディとハリーは熱烈な握手をした。
「でも、準備とか許可を取ったりとか人集めとかでもう少し時間がかかりそうなんだ。進捗状況を伝えるよ」
「ありがとう!」
今後の楽しみができた。ハリーはとても楽しみだった。
その日の午後、ハリーはひとりでハグリッドの小屋に向かっていた。
ロンとハーマイオニーを誘ってもよかったのだが、ひとりで来たのには理由がある。
両親について聞きたかったからだ。なんとなく友達の前では聞きたくない気分だった。
ハリーは禁じられた森の端にある木の小屋に着いた。ここにハグリッドが住んでいるはずだ。
ノックすると、中から犬が戸を引っ掻く音と吠える声が何度も聞こえてくる。
「退がれ、ファング! 落ち着いちょれ」
ハグリッドの大声が響く。
そして少しして、ハグリッドが現れた。
「おおハリー! いらっしゃい。おい、待て、ファング!」
ハグリッドは巨大なボアーハウンド犬を抑えながら、ハリーを部屋の中に案内した。
ハグリッドの部屋はちょっと獣くさかったが、温かみがあった。天井からハムやきじ鳥がぶら下がり、銅のヤカンが焚き火にかけられている。
家具は全部巨大で、ハリーはなんとかソファによじ登って座った。
「くつろいでくれや」
ハグリッドはロックケーキと紅茶をハリーに差し出した。
「ホグワーツはどうだ? 楽しんどるか?」
「うん、すごく楽しいよ。昨日はクィディッチの練習の見学に行ったんだ。それに授業も毎日がファンタジー映画みたいで、まだ自分が魔法使いだって信じられないよ」
「おお、おお、そりゃよかった。困ってることはないか?」
ハリーはしっかりしている子だ。
入学して間も無くのこの時期にホグワーツの生活について聞くと、大抵の子供達は口を開くなり管理人のフィルチやスネイプ先生の悪口を言うが、ハリーは何も言わなかった。
だからこそハグリッドはハリーのことが心配になった。
ハリーはちょっと顔を曇らせた。
「僕は何も困ってないんだけど……ハーマイオニーが」
「そりゃ新入生の女の子か?」
「うん、マルフォイにからかわれてるんだ。それにスネイプ先生も、ハーマイオニーが完璧に魔法薬を調合しても、それ以下のマルフォイとかスリザリン生にしか加点しないんだ。ハグリッド、どうして先生まで差別を叱らないの?」
ハリーは静かに話していたが、怒りが伝わってきた。
「スネイプ先生は昔っからスリザリン贔屓でな、別にハーマイオニーが純血じゃないから加点しないっちゅうわけじゃない」
「でも周りからはそう見えるし、ハーマイオニーがそのせいで傷ついてるんだ」
「わかった。スネイプ先生には後で話しとく。そのハーマイオニーには、もしよかったら俺の小屋に来いって言っといてくれ」
「ありがとうハグリッド!」
ハリーは嬉しそうに笑った。
「おまえさんは優しいな。母さんにそっくりだ」
ハグリッドは懐かしそうにハリーの緑色の瞳を見つめた。
「僕、性格は母さんに似てるのかなぁ。そういえば、僕の父さんはクィディッチプレイヤーだって聞いたんだけど本当なの?」
「そーうだそうだ」
ハグリッドは遠くを見つめた。
「超人気の優秀なチェイサーだった。クィディッチだけじゃなく、なーんでも良くできた。神さまはいい人を手元に置いておきたがるっちゅうのは本当かもしれんなぁ」
ハリーはソファの上で上下にモフモフ浮き沈みしながら聞いていた。
「……ハグリッド、あの卵なに?」
ハリーは暖炉の横に置かれている黒い卵を指差した。
「ん、なんだ。ああ、あれは秘密だ。時が来るまで冬眠させなきゃあならん」
ハグリッドは幸せそうだ。
その時、ドカーンという音と共に小屋がグラグラっと揺れた。
何か大きな動物が小屋に体当たりしている。
ハリーはソファから滑り落ちた。
「おお大変だ! エルンペントとクィンタペッドのハーフが暴れてる。待っちょれハリー」
ハグリッドはドタバタと小屋を出て行った。ファングもそれに続く。
間も無く、2度目の揺れが襲った。ハリーは必死にソファの足を掴んだ。棚が揺れて、中の羊皮紙やら何やらが音を立てて床に巻き散らかった。テーブルの上の物も落ちた。
「大変だ!」
揺れが収まると、ハリーは急いで落ちた物――日刊預言者新聞やらを拾った。その中で一枚の写真を手に取った時、ハリーは手を止めた。
「……ん?」
写真に写るのはハリーによく似た少年だった。2年生ぐらいだろうか。グリフィンドールの暖炉の前で、3人の少年達と共に笑顔で手を振っている。魔法界の写真は動くのだ。
「あ、これも」
今度のは7年生ぐらいに見えた。首席バッチを付けた赤毛の女性と丸眼鏡の黒髪の青年が、嬉しそうに見つめ合っている。
女性のグリーンの瞳はハリーにそっくりだった。
……ハリーの両親だった。
ハリーは初めて両親の顔を知った。
ハリーは穴が空くほどじっと写真を見つめた。
父親と共に写る3人の男性──そのうち長身の少年はとてもハンサムで高慢ちきな顔をしている。鳶色の髪の男の子は大人っぽい雰囲気だ。それから背の低い男の子は一番無邪気にニコニコ笑っているように見える。
「ふう、やれやれ……こりゃどうしたハリー?」
いつのまにかハグリッドが戻ってきた。
「ごめんなさい。あの揺れで棚から物が落ちて……」
ハグリッドはすぐ合点がいった。
「なるほど。ほんとはアルバムにしてから渡すつもりだったんだが、見つかっちまったら仕方ねえ」
「ごめん。ハグリッド、この3人は父さんの親友?」
「ん、ああ、クラスメイトと言ったところか……その写真より、いい写真がある。えっとどこかに……」
ハグリッドはハリーから写真を取り上げ、床の写真を探った。
「これだ!」
家の前で若い男女が幸せそうに肩を並べていた。女性の腕には赤ん坊が抱かれている。
「これが……僕?」
ハグリッドは頷いた。ハリーは感激して言葉が出なかった。
「あげるよ、ハリー」
ハグリッドが優しく言った。
ハリーは写真を大切にローブの内側にしまうと小屋を出て、禁じられた森の近くの人気の無い場所にある岩に腰掛けた。
両親が亡くなったハリーにとって、写真は唯一、両親が生きている時の姿を確認できる術だった。
日が暮れるまでハリーは写真を眺め続けた。
〈悲報〉ハリー、最年少シーカーの座を逃す。