「……あいつ、どこに消えた!?」
九島の山、その中腹にある屋根付きの箱で眠っていた私たち姉妹が目覚めると、そこにあの間抜けな笑顔は見当たらなかった。
「いないナ!」
「寝ろって言ったのに寝てないナ!」
「わかば……こわくなって逃げたのかナ……」
「そんなわけないナ!!そんな度胸があるならとっくの昔に逃げてるナ!!」
「……そうだな。その通りだ」
りなの言う通り、あいつがそんな考えを持っていたなら、初めて会った時に大人しくミドリの葉を受けたはずがない。
「ま、まさか……わかばくん一人でヌシと……!」
「――くそっ!!」
「あ、りん!!」
「探してくる!!朝までに見つからなかったら帰るから!!」
「うーん、気を付けろナー!」
そうだ、その可能性があった!……まさかとは思うが……あいつの性格だ。臆病なくせに自分を簡単に投げ出そうとする、あの性格。
りつ姉さんの思ったように、一人であの壁の中のヌシを処理しようとしているのかもしれない。
「……ーーーーっ!!」
走る。
走る。
跳ぶ。
あいつの顔が目の前に浮かぶ。
「っ!?」
足を止める。
いない。
――また、走る。
足場の悪い斜面を、上に向かって、壁に向かってひたすら走る。
痛い。
痛い、痛い。
苦しい。
胸が苦しい。
「まただ……なんで……」
走ってるせいだ。
走ってるから、こんなに顔が熱くなって、
泣きそうになる。
「お前のせいだ……お前の!!」
毒。毒だ。お前の毒だ。
走ったせいで、お前の毒がまわったんだ。
だから――。
「……」
「――おいっ!!」
見つけた!
間違いない。あのだらしない立ち姿、もしゃっとした頭、ミドリと同じ色の服、そしてあの間抜けそうな顔……は……
「お前……!!」
「あ、りんさん!?す、すいません!ボク――」
「泣いてたのか?」
「あの、か……え?」
顔に、頬に、
水が伝った跡があるのが、見えた。
「あ……な、なんで……わかったんですか?」
「顔を見ればわかる」
「あ、そうか、そうですよね!」
「………」
「すいません、お見苦しいものを」
「見苦しくはない……慣れている。ほら、戻るぞ」
「あ……!」
やめろ。そんな顔をするな。
お前のそんなしょげた顔を見ると、なぜだかこっちまで……泣きたくなる。
「おい」
「はい?」
「なんで、泣いてたんだ」
「なんでって……」
「何がお前を、悲しませる」
……なにを訊いてるんだ私は。
「えっと……」
くそっ、こいつといると調子が狂ってしょうがない……!!
この……怖いような、焦っているような……この変な嫌な気持ちはなんなんだ!!
「空を……空を見てたんです」
足が止まる。
「空……?あの空か?」
意味がわからない。
「はい」
「なんで、空を見て泣く」
「えぇっと……自分でもよくわからないんですけど、それでもいいですか?」
「いいから。さっさと言え」
――言うには、
空の上には『星』という、キイロのようなたくさんのキラキラしたものがあり、それらは死んだモノが生まれ変わったものなのだと、ダイダイに書いてあったらしい(なぜかここでどもっていた)、
なら八島で遭遇した、白いムシたちも『星』になってるんじゃないかと空を探して……当然キラキラしたものが見えるはずもなく。
「あの子たちのことを見つけられない……自分が情けなくて……それで……」
「……お前」
なんという……
「どうしようもないアホだな」
「ひどい!?」
だってそうだろう。
「死んだものは、消えたものは『星』になどならない」
「で、でも!!」
「消えたらそれで終わりなんだ。
……そうやっていつまでもあいつらのことを抱え続けるのは」
思い続けるのは
「……あいつらは、きっと望まない」
やりたいことを、"すき"を、最後の瞬間までやりきったのだから。
「お前がそうやってめそめそするのは、あいつらの覚悟を踏みにじる。」
「………でも」
「"忘れろ"と言ってるんじゃない。」
「え……?」
「あいつらの分まで、お前は"すき"に生きたらいい。お前があいつらのためにしてやれることは、それだけだ」
「……りん、さん」
こいつなら、きっとできると思う。アホみたいにケムリクサに夢中になれるこいつなら。
「だからもう泣くな。泣いたら……水が無駄になる」
わたしには……できないことでも……こいつなら。
「……わかりました。」
「本当か?」
「こらえます!!」
「そうか」
「はい!」
そうだ。それでいい。
お前はきっと、わたしよりも強い。
辛いことがあっても、一人で立ち上がれるやつだ。
「あぁ……でも」
「で、でも?」
「今の、『星』の話は……そんなに、嫌いじゃない」
「そ……そうでしたか!!よかった~~!!」
――そしてまた、歩き続ける。
「……おい」
「なんですか?」
「他にはないのか?」
「……他?」
「ダイダイに書いてあったこと、他にないのか?」
『星』の話のせいか、何か新しいことを知りたい気持ちがふつふつと湧き上がってきてしまった。
「え~っと、そうですねぇ……あ!さっきの星の話の続き、ありますよ!」
「……ふぅん?」
そうか……
「じゃあそれを話せ」
「はい!!」
――この空の上の、星の中には、特にキラキラ輝くモノがある。
それは、『太陽』と呼ぶらしい。
太陽は、一日の半分をそのキラキラでこの黒い雲すらも通り抜けて私たちを照らすが、残る半分は大地の下に隠れてしまうのでキラキラは届かなくなってしまう。
そうして昼と夜を作り出すのだと……そんな話だった。
「……そういえば昔、りょくが似たようなことを言っていたような……」
「あ、やっぱりそうなん……!」
「やっぱり……?」
「い、今言ったことが!!このダイダイのケムリクサに書いてあったんですよ!!わーー!やっぱりりょくさんはすごいヒトだったんだなぁーー!!」
「……そうか」
「あははは……」
なんだっけ……たしか六島のあたりでもこんな感じの空気になったような気が……
「あ!?」
「今度はなんだ?」
「もしかしたら太陽の位置がわかれば、夜がいつ来るかが正確にわかるかもしれません!!そうしたらどれくらい眠っていられるかがわかって……わぁ、めっさ便利~~!」
「そうか……それはいいな」
「ですよね!!……あぁ、でもどうやって見つければ~……ケムリクサでなんとかならないかなぁ……」
「…………知るか」
結局そこに行くのか……相変わらずだなこいつは。
「……あ!!」
「……なんだよ」
「その……話じゃないんですけど、少し、いいですか?」
「いいよ。言えよ」
いちいち確認を取るな。うっとおしい……
「その」
全く、お前のそういうところが……
「……すいませんでした!!勝手にいなくなったりして、ホント、すいませんでした!!」
あれ?
「あの……りんさん?」
なんで
「り、りんさん?」
なんできゅうに
「こっちをみるなぁ!!」
「は、はいぃ!?」
きゅうに
なきそうになった
「……………………」
「あ、あのー……」
「……行くぞ」
……危なかった。
何だったんだ全く……今のこいつの言葉のせいか?
「あ、は、はい!!」
そうだ。だったら……
「……一つ、言っておくことがある」
「な、なんでしょう?」
「お前は、もうわたしに謝るな。」
「……え?」
これでいい。簡単なことだ。
「……いいから」
「なんだかよくわかんないけど……わ、わかりました!」
「それでいい」
お前の前で、泣いてなんてやるものか。
――ふと、空を見上げる。
「太陽……か」
本当にそんなものがあるなら……
「きっと、目も開けていられないくらい、眩しいのかな」
真っ黒の空に向かって、呟いた。
向日葵の花言葉はなんていうでしょうか?