ゾット帝国騎士団カイトがゆく!~syamu先生の受け継がれる思い~ 作:寺内ともしげ
鱗のように重なった葉の緑が、土の地面に冷たく影を落としていた。獣道のへこみは水が溜まって暗い緑だ。泥と起伏の地面で、カイトは転ばないように必死だった。どれだけ走れば逃げ切れるか、先程の雨ではない雫が頬を伝う。靴も裾も泥に汚れていた。
背中で枝の折れる乾いた音がした。三匹の黒狼が見えた。陽炎のように輪郭が黒く揺れて、紅い瞳が彗星のように光の尾を引いている。後ろに気を取られて水溜りの底を踏みつけた。体勢を崩しかけて失速したが、むしろ距離は離れた。狼たちは止まっていた。
恐ろしい声が森に響いた。一筋の悪寒が冷たく顔を流れる。ただの黒い狼ではない、魔物だ。この叫びが何を示すのか分からないが、逃げるしかない。
背後に音はなかった。奴ら、諦めたのか――。そう思った一瞬、カイトの頭上で星が赤く光った。直後、黒い身体が飛び降りてくるのを半身で避ける。爪先の風圧が頬を掠めた。避けた勢いで泥を踏み、身体が浮いた。
そのとき胸倉を強い力が引き起こし、転ばずに済んだ。掴んだ男の黒い袖が揺れて銀細工の時計が見えた。
「わりぃな」
ネロは胸からそっと手を離し、その場で視線だけを動かした。その先で木影が浮き上がるように黒く獣が現れた。影は一つではない。湿った空気を波立たせる唸りが二人を囲っていた。ネロが腕時計を操作すると、黒縁メガネに黒狼の姿が映った。ややあってその姿が赤く点滅し、首を横に振る。
「ダメだ。こいつらの正体がわからない」
カイトはすぐに動けるように、斜め掛けに背負った剣の柄に手をかける。すぐに手で制された。
「よせ。下手に動いて奴らを刺激するな。ミサの援護を待とう」
「ミサはホバーボードでのんびり観光してるんじゃねぇのか? 待ってられるか」
魔物たちは不気味に静かだった。僅かずつにじり寄って距離を縮める。お互いに値踏みしているのだ。相手の力量を。
「こいつらなんなんだ? アルガスタに魔物がいるなんて聞いたことねぇぞ」
「わからない。もしかしたら、禁断の森に棲んでいる新種の魔物かもしれない」
「策はあるか?」
「数が多い。こいつでまとめて片付ける」
ネロは黒いジャケットのポケットから銀色の小さな球を二個取り出し、その片方を渡した。握りがよく投げやすい大きさだ。閃光弾の類だろうか。
「手前に水溜りがあるだろ? こいつで奴らを感電させる」
「投げりゃいいのか」
ネロが頷き、気を引き締めるように黒いハットを被り直した。一匹が水へ足を入れたが、ネロは動かない。まとめて始末できるように限界まで引き付けるつもりだろう。黒い円は小さくなった。狼たちの四肢に込められた力が爆発する寸前で、合図が鳴った。
「今だ!」
銀球が放たれた。奴らはそれで一瞬身構えたが、その硬直が仇になる。水に触れた球は青白い閃光になった。眩しさを細目で見れば、雷の蛇が瞬くように魔物たちへ巻きついていた。苦痛の叫びが空気を染める。赤い目を光らせたまま、彫刻のように硬直して泥の中に倒れた。
立っていたのは遠巻きの獣だけだった。彼らは短く吠えたかと思うと、すぐに木立の影になった。音は遠ざかった。肉の焦げた匂いが漂っていた。