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ゆらゆらと、水の中をたゆたうような感覚。
朧気な意識の中、見上げた先にあるものはいつも眩い"空"だった。
陽の光は勿論のこと、夜闇を照す月に星明かりに。
いつもいつも、見上げる全てに眩さを覚えていた。
俺が"俺"というものを認識してから、それはより一層強いものとなり。
馬鹿みたいな笑い声と共にいつもいつもよく俺を深層から苛んだものだ。
最後の記憶。
コロセコロセと喧しく反響する意識と共に、
俺の身体に剣を突き立てた"アイツ"の顔が
泣きそうな程に情けなく歪められていたのを、
やけに、強く憶えている。
《境界線のハイウインド.1》
ハイリア湖畔。
勇者の手により平穏を取り戻したそこは、朝特有の冷えた空気に包まれていた。
石碑の前に緑色の姿がひとつ。
昇る朝陽に向かい矢をつがえ、弓を引き絞る。
放たれた矢はしかし情けなくも勢いを無くし、かさの増えた・・・否、本来の水位を取り戻した湖面へと吸い込まれていった。
「・・・まぶしい・・・」
時の勇者、リンク。
務めのひとつを見事に果たし終えた筈の青年の顔は、未だに晴れなかった。
目に沁みる陽の光から逃げるように、背を向けて俯きその場に座り込む。
「もう!何してんの?早くしないと朝日のぼっちゃうヨ!」
そんな様子を見て、それまで辺りを漂うのみであった青白い光が声を上げる。
ふと再び東へ目をやると、今まさにその輝く太陽は東の山の稜線から完全に離れ、空に真円を描き出したところだった。
「あ~あ・・・」
「・・・ごめん、ナビィ」
ぐんぐん昇っていく太陽の強まる陽射しから再び逃れるように目を逸らす、その時。
ざわりと、肌が粟立つような悪寒。
「っ、リンク!あぶない!」
「・・・!?」
一瞬だった。
リンクの影から黒い何かが溢れ出し、伸びてきた手に喉元を掴まれそのまま地面に叩き付けられる。
「がッ・・・!」
息が詰まり、一瞬飛びかけた意識を引き戻せば目の前にあるのは
深紅。
見開かれた紅い眼だけが爛々と輝いて、逆光になった身体は背にした青空とも相まって黒一色。
・・・いや、元々黒いのだ。
勇者を片手で地に縫い止めた"それ"は、色合いを除けば勇者リンクそのものと全く同じ姿をしていた。
確かに神殿で倒した・・・この手で殺した筈の、自分の影。
至近距離にある鏡合わせのような瓜二つの顔。
その口元がニィ、と月弧を描いた。
その形相に勇者はただ驚きと息苦しさに思わず目を見開く。
(・・・どう、して)
何故、と疑問が頭を掠めると同時に、喉首を押さえ付けているのとは反対の手に握られた黒い剣がキラリと陽光を反射した。
キシッ、と軋むような笑い声が小さく響く。
「リンクーーー!!」
ナビィが叫ぶのと、勇者の心臓目掛けて黒い刀身が真っ直ぐに突き立てられたのは同時だった。
剣が抜かれ、傷から鮮血がどっと溢れ出し緑の衣を黒々と染めてゆく。
ようやく解放された喉からもごぼり、という音と共に血が溢れた。
動かなくなった勇者に興味をなくしたのか、引き抜いた剣を無造作に放り捨て影はドサリと岸辺に座り込む。
「リンク!リンク!!しっかりして!!」
傍らに寄り必死に呼び掛けるナビィの声。
それに呼応するが如く、やがてリンクの懐から光が洩れ出した。
粒子を振り撒きながら翔び去る薄桃色の小さな光の珠。
包む光が傷を癒し、やがて勇者は息を吹き返した。
「リンク!!」
「ゴホッ・・・!!かは、」
地に手を付いて上半身を起こし、気管に入り込んだ自らの血液に噎せ返る。
「ああ、よかった・・・!妖精持ってたんだネ!ナビィもうダメかとおもった・・・!」
「ッは・・・、はぁ・・・、」
息を整える間に安堵の声を掛けてくる相棒。
それに片手で応え、リンクはナビィに問い掛ける。
「ナビィ・・・アイツ、は?」
「、アソコ・・・」
見れば、やや離れた岸際に黒い影。
座り込む"それ"は、何をするでもなくただぼんやりと空を見上げていた。
「・・・!?」
予想外に近くに居た敵の姿に、思わず起き上がり体勢を整える。
・・・しかし、いつまで経っても影は動く気配が無い。
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・お、おい」
痺れを切らし、リンクが先に声を掛けた。
だが反応は無い。
「・・・・・」
「おいってば!」
「・・・あ"ァ?」
「!!」
しつこく食い下がれば、不機嫌な声と共にようやく顔と視線だけがリンクの方へと向けられる。
ギラリと睨め付けるその眼光に射抜かれたかのような錯覚をおぼえ、リンクはビクリと肩を震わせた。
「・・・・・」
「・・・お、オレ、復活したんだ、けど」
少しだけビビりながらも言葉を絞り出す。
「・・・だから?」
「!?」
返ってきた予想だにしない問いに、勇者は驚きただ困惑する。
人語を話すという点と、その内容に。
「た、戦わないのか・・・?」
「・・・ヤリてぇのか。」
「え!?あ、いや・・・えぇ?」
これではまるで自分の方が望んでいるかのようで。
混乱してしどろもどろになってしまった勇者を余所に、影は再び視線を天へ投げ掛けた。
それきり動こうともせず言葉も発しない"敵"の姿に。
リンクはどうすれば良いのか判らず、いつまでもただ呆然と立ち尽くしていた。
[つづく。]