10
「なぁなぁダーク、見てコレ」
とっぷりと日が暮れ、夜の帳が降りた砦の屋上で。
ふいに聞こえた声に、まるで木の棒でも扱うかのように両手で構えたハンマーを振り回していたダークが動きを止める。
片手で肩へと担ぎ直してチラリと視線を寄越した先には、意気揚々と弓を構えるリンクの姿があった。
「こんなの貰ったんだ。氷の矢だってさ」
その鏃の先はダークのほうを向いてはいないが、淡く蒼い光を帯びたそれに影が眉を顰める。
放たれた矢は当たった岩壁を中心に冷気を撒き散らし、見る間に即席の氷の壁を作り上げた。
「・・・てめぇそれ俺に向かって撃ちやがったらブチ殺すからな」
「しないよそんなこと。ダークじゃないんだから」
口を尖らせる勇者の顔に苛ついたのか下ろしたハンマーでそこら辺にあった石を弾き飛ばし、慌てて避けたリンクに対して舌打ちを溢す。
「でも、魔法の矢なんて貴重なモノよく貰えたネ」
「なんか、修練場ってトコに放り込まれてさ。神殿の謎解きみたいなやつがいっぱいあって、そこを速くクリアしたらご褒美だって凄い誉められてコレくれた」
「まぁ、リンクは流石に慣れてるもんネ」
大工の弟子達をどうにか送り返した後、聞き込みを再開したリンクは幾人かの団員に絡まれていた。
ダークと違い昨夜の逃走劇の際に逃げ回る姿しか見ていないという戦士達から実力を疑われたリンクは砦内の一部に設えられた訓練施設へと押し込まれ、ナビィのサポート無しで挑戦し見事クリアして見せたところ改めて歓迎の証として魔法矢を授かったのだという。
「とにかくこれで、だいたいの人には挨拶できたかな。思ったより怒られなかったから良かったよ」
「神殿の前に肩慣らしも出来て一石二鳥だったじゃない」
「見たことないタイプの仕掛けとかもあったから、同じ地域だったら魂の神殿も似たような感じだったりしないかな」
「どうかしら?そこは行ってみないとわかんないヨ」
話に花を咲かせてわいわい盛り上がる一人と一匹を尻目に、ダークはどこか考え込むように凍り付いた壁をただ見詰めていた。
《境界線のハイウインド.10》
砦内にあった宿舎の一角を借りて体を休め、明けた翌朝。
いよいよ砂漠へと出立するべくリンク達は連れ立って大きな門の前へとやって来ていた。
「よぉ新入り、いよいよ行くのかい?」
「はい、短い間だったけどお世話になりました」
「待ってな、今開けてやるよ」
昨日と同じ顔ぶれの門衛が合図を送ると、太い柵が重なったような造りの門がゆっくりと上がっていく。
「・・・おや、アンタ昨日の。どうだい、ちったぁ弓の扱いはマシになったのかい?」
待つ間に声を掛けた女の視線をリンクが辿ると、そこにはダークがいる。
面倒臭そうに顔を顰めた影は地面に潜ってしまい、キョトンと目を丸くしたリンクは首を傾げた。
「何の話?」
「昨日の昼頃、休憩しに戻ったらそこの黒いのが中をうろつきながらヘタクソな弓で悪戯してるのを見てさ。骨飾りなんて矢まみれになってたよ」
言われて思い返せば、変に矢が突き刺さったオブジェを昨日リンクも何度か目にした気がする。
「あれ、ダークの仕業だったのか・・・」
「それで構えも何もかもがなっちゃいなかったからね、見かねてちょいと直してやったのさ」
「えー!それからあんなに上手くなったの?半日で?」
「へぇ、その口振りからすると・・・まさか、流鏑馬の記録を更新した新入りってのはアンタじゃなくてそっちの方かい?そりゃ教えた甲斐があったってもんだ!」
女は気を良くしたようにカラカラと笑い、リンクは足元に向かって声を掛けた。
「ダーク、世話になったんだったらお前もお礼言っといたら?」
「別に頼んだワケじゃねぇ」
「いいさ別に、ただのお節介だ。まぁその代わりと言っちゃなんだけど、ナボール様のこと・・・よろしく頼むよ」
「・・・わかりました」
砦内で話を聞き回っていた間にも、幾度となくナボールの名前は耳にしている。
本当に慕われているんだなあと沁々思うリンクは少しばかり綻んだ顔で頷き返し、ナビィと共に門の外へと足を踏み出した。
吹き荒れる砂嵐に、豪々と音を立てながら流れる巨大な流砂の河。
側に置かれた大きな木箱の陰にひとまず隠れたリンクは口元を覆った布を一度弛めて息を吐いた。
「これが"砂の大河"か・・・話には聞いてたけどひどい砂嵐だな」
「リンク、大丈夫?」
「うん、ナビィもダークもしばらく隠れてて。さっき対岸にも箱があるの見えたし行けると思う。落ち着ける場所を見付けたら声かけるから」
「気をつけてネ・・・」
ナビィは帽子の中に戻り、ダークは言わずともこんな酷い状態の外にはわざわざ自分から出てこないだろう。
一息ついたリンクは改めて気合いを入れ、吹き荒れる嵐の中へと飛び出していった。
昨日ようやく返却されたばかりのロングフックを手に河を渡り、霞む視界の中で朧気に見える旗を頼りにひたすら歩を進める。
方向も一切掴めない中で唯一縋ることの出来るこの旗はゲルド族の人達が立てたものらしい。
リンクは砦での「積極的な支援はしない」という言葉を思い出しつつも、結局は手を借りっぱなしだと改めて"先輩達"に心の中で感謝するのだった。
やがて辿り着いたのは小さな祠のような石造りの建物。
入り口が下へと続き、地下に降りればそこへは全く風が入ってはこなかった。
「・・・此処ならひとまず大丈夫そうだ。ナビィもダークももう出てきていいよ」
暫く使われていなさそうな燭台に火を灯し、リンクはようやく腰を下ろす。
帽子から飛び出したナビィは伸びをするように羽根をはためかせ、リンクを気遣うように寄り添った。
「おつかれサマ。大変だったでしょ?」
「うん、ちょっと疲れたけど大丈夫。・・・まだ中間地点だから抜けるにはもう少しかかりそうだ」
とにもかくにもひとまず休憩だ、と保存食を囓るリンクはダークのほうへと目を向けた。
「ダーク、ここからは多分お前の力も借りなきゃ行けないと思う」
「・・・あぁ?」
「砦で話を聞いてきたんだけど、"幻の案内人"ってヤツを探さなきゃいけないらしい。"真実を見抜く目"を持たぬ者は戻るしかない、って」
「それならダークだけに見える筈だもんネ」
「うん、だと思う。ってワケだからよろしく頼むよ」
心底億劫だというような緩慢な動作で姿を現したダークは案の定眉を顰めて睨めつける。
「何で俺が」
「ダークじゃなきゃ無理だからだよ。お願い。ほら、色々アイテムも貸してあげたじゃん?何してたかは知らないけどさ」
「先に進まなきゃ帰るしかないヨ?それともこんなトコロでまた立ち往生したいの?」
ダークはしばらくリンクと睨み合った後、根負けしたのかウンザリしたように溜め息を溢した。
「・・・・・仕方ねぇ」
「ありがと!頼りにしてるよ」
「すんな」
にこやかに笑いかける勇者に影は舌打ちを返す。
そのままダークは再び地面の影に戻ってしまったが、それを見ていたナビィがふいに声を上げた。
「・・・アレ??」
「どうしたの?」
「いま、ダークが・・・ううん、なんでもない。見間違いだったかも」
「・・・そうなの?」
「うん、ごめんネ」
一旦何かを言いかけるもナビィはそれ以上言葉にしない。
リンクは僅かに首を傾げるも、特に気には留めず食べ掛けの乾物に再び囓りついた。
小一時間休憩し、気力と体力を補充。
充分に身体を休めたリンクは渋るダークを連れて外へと戻った。
砂嵐が弱まったのを見て、祠の上へと立ち辺りをぐるりと見回して声を掛ける。
「もうここからは旗も立ってないみたいだ。ダーク、何か変なものとか見えない?・・・って、え、何してんの」
振り向いて見ればダークが黒い剣を虚空に向かって振り回していた。
「クッソうぜぇ!!」
「え?なに?何かいんの?」
「リンク、この石に何か書いてあるヨ!誘いの霊っていうのが居るみたい」
「さっきから変な幽霊が一匹纏わりついて来てんだよ!」
「「それだー!!」」
ナビィの台詞に被せるように上げたダークの怒声にリンクとナビィは声を揃えて叫び、その場から離れようとする幽霊を追ってダークが駆け出す。
「てめぇ待ちやがれ!!避けんじゃねぇ!!」
「ダーク、倒しちゃダメだ!!そのままついてって!」
慌ててリンクも追従し、置いていかれないように走りつつダークを制止した。
一瞬冷や汗が流れたが、前を走るダークの速度はいつもの全力疾走にはほど遠い。
走るうちにやがてその手から剣も消えたのを見て、リンクは密かに胸を撫で下ろす。
すぐ目の前のダーク以外には一面の砂しか見えない中を暫く走り続け、いい加減息が上がり始めてきた頃。
ようやく砂嵐を抜けたのか、唐突に二人の視界が晴れ渡った。
「・・・消えた」
ボソッと呟いた不機嫌な声と舌打ちに、案内人とやらは役目を終えて去っていったのだろうと察する。
「ここが・・・神殿のある場所?」
茜色に染まる快晴の空の下、遠目に巨大な像が聳え立っているのが見えた。
「あれが神殿に繋がってるっていう例の女神像じゃない?」
「たぶんそうだろうな。とりあえずあそこまで・・・」
帽子から出てきたナビィの言葉に頷き、リンクが歩き出した直後。
ダークの隣を追い抜きざまに肩へ軽く触れたその時、ふらりと身体が傾いでそのままダークは砂の上へと力無く倒れ伏した。
「・・・え?」
呆気にとられたのも束の間、リンクは慌ててしゃがみこみ揺さぶってみるものの完全に気を失ったのかダークからの反応は無い。
「ダーク・・・!?」
「どうしたの!?」
「わかんない、急に・・・」
こんなこと、初めてだ。
リンクは当惑したようにナビィを見返し、周りにも視線を巡らせた。
辺りが徐々に暗くなる中、このまま放って置けば他の魔物も集まってくるかも知れない。
「・・・とりあえず、あの像の所まで運ぼう?」
「そうだな。・・・あれ、」
リンクは意識の無いダークの片腕を掴んで引き上げ、自分の肩へ回させて担ぎ上げた。
・・・途端に、明らかな違和感を感じて眉根を寄せる。
「どうしたの?」
「・・・おかしい。軽すぎるんだ、ダークの身体」
「どういうこと・・・?」
「・・・わからない。とにかく、このままじゃ危ないから連れていこう」
「うん・・・」
今は一刻も早く休めそうな場所へ。
表情に幾ばくかの不安を滲ませながら、リンクはダークの身体を支えて歩き出した。
[つづくよ]