境界線のハイウインド   作:こねこねこ

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12.魂の神殿(1)

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焚き火の弾ける音が冷えた空間に小さく響く。

 

夜も更け、神殿の探索は明日にしようと巨大な像のすぐ足元でリンク達は野営の準備を進めていた。

 

「それにしても、前もって言っておいてくれたら良かったのに。ダークも水くさいなあ」

「水だけに?」

「・・・オレ別にそんなつもりで言ったんじゃないんだけど・・・」

 

ナビィに余計な茶々を入れられたリンクが口を尖らせ、ダークに向き直る。

 

「そんなに重要なんだって分かってたらさ、もっとたくさん水持ってきてたよ?・・・まああれだけの量が要るんだったらどっちにしろ足りなくはなってただろうけど」

 

それでも、倒れてしまうようなことまでにはならなかったんじゃないか。

 

リンクの言葉にダークは何も言わず手元のブーメランを弄んでいた。

するとナビィがその周りをくるくる翔びながら声を掛ける。

 

「・・・もしかして、自分でも知らなかったんじゃないの?」

「え?そんなことある?」

「だってダーク、大事なことなのにちっともそんな素振り見せなかったじゃない。気を付けてるようにも見えなかったし。それに、リンクについてくるまではずっとハイリア湖畔にいてこんな地域に来たのも初めてだったんでしょ?」

「あー・・・・・そうなのか?」

 

リンクが視線を戻すと、ダークはどこか拗ねたように顔をそっぽへ向けた。

 

・・・知らなかったんだ。

 

その態度に一人と一匹は察したように苦笑いを溢す。

 

「じゃあさ、分かってることだけでも教えてよ。ダークのこと」

「・・・何を」

「なんでもいいよ?例えば・・・それ、最近なんかいろいろ借りてくけど一体何してるんだよ」

 

リンクは好奇心に満ちた目でダークの手元を指差した。

ダークは暫し迷うように視線を泳がせていたものの、身を乗り出して返事を待つリンクにやがてどこか諦めたように口を開く。

 

「・・・・・あの時、」

「うん?」

「お前が俺に勝てたのは、手数の多さがあったからだ」

 

ダークに勝てた時というと、一番最初の水の神殿でのあの戦いしか無い。

リンクにとっては苦い記憶であるためか、当時の辛勝を思い出したリンクは困ったように笑いながら頷いた。

 

「うん、まあ、そうだな・・・」

「だから、俺もそこは伸ばしておくことにした」

「それで、いろんなアイテムの使い方を覚えようとしてるのネ?」

 

ナビィの言葉に、ダークは空いていた左手を掲げてそこに剣を生み出す。

 

「使い方だけ覚えても大して役には立たねぇだろ」

 

そして手首を捻り、一瞬剣の形がブレたような気がした直後。

その手に握られていたのは、右手にあるものと全く同じ形をした漆黒のブーメランだった。

 

「えー何それ!?すごい!」

「コイツは俺の一部、・・・らしい。慣れればこうして形を模せる。同じ使い方も出来る筈だろ」

「えっ初耳なんだケド。一部って、剣とか盾とかぜんぶ含めてダークの体なの??」

 

ナビィは驚いたように明滅しながら黒いブーメランの周りを飛び回り、目を丸くするリンクは納得したように手を叩く。

 

「あーなるほど!昨日倒れてる間お前の装備がいろいろ無くなっていってたのってそのせいだったんだ?」

「水が足りないと体の体積自体が減っちゃうってことなのネ?全体的にも縮んでたし」

「・・・そういう事らしいな」

「らしいって、やっぱりアンタ自分でも把握してなかったんじゃないの・・・」

 

ナビィは呆れたように溜め息を吐くが、リンクは目を輝かせてダークの模造したアイテムへと食いついていく。

 

「えーでもいいなー、便利そうだなー。フックショットとかもコピー出来るのか?」

「あれは無理だ。仕組みが全くわからねぇから形だけ真似ても動きやしねえ。今度分解させろ」

「えぇ・・・そのまま壊されそうだからヤダよ・・・あ、じゃあこういうのは?」

 

リンクがごそごそと懐から取り出したのは、赤い宝石のようなものが埋め込まれた透明な結晶体。

大妖精から貰った魔法のアイテム、ディンの炎。

ダークも以前何度か目にしたことがあったそれを手渡され、試してみるも現れたのは右手にあるものと全く同じ形をしただけの真っ黒な物体だった。

 

「・・・駄目だな。あくまで形だけだ」

「そっか。ちなみにそれ、ダークでも使えるのかな」

 

言われてダークが集中し力を込めてみれば、透明な結晶が光を帯びて次第に淡く輝き出す。

 

「あっ、ちょ、実際に発動させなくてもいいって!色々燃えちゃうから!!」

 

慌てるリンクを見てダークはこのまま焼いてやろうかと一瞬考えたものの、ふいに先刻のシークの顔と言葉が頭を過り舌打ちを溢して結晶を投げ返した。

 

「・・・これだけ手の内晒してやったんだ、精々考えて攻略とやらに活かすんだな」

「あ、やっぱり手伝ってくれる気はあるんだ?ありがとうダーク!」

 

にこやかに笑顔を向けるリンクに、どこか落ち着かないダークは何とも言えぬ顔をしてさっさと寝る体勢に入り目を閉じてしまう。

 

「・・・照れなくてもいいのになー?」

 

 

 

笑うリンクの額へ、投げつけられたブーメランが直撃し鈍い音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

《境界線のハイウインド.12》

 

 

 

 

 

 

 

翌朝早く、寝惚けた目を擦りながらリンクは神殿の入り口らしき像の中へと戻ってきていた。

 

「リンクー、やっぱりどっちの道にも進めそうにないヨ」

「そうか・・・じゃあ、やっぱりここに書いてある通りにするしかないのかなあ」

 

先を見てきたナビィの報告に、リンクは目の前にある大きな蛇の像を見上げる。

石碑のようにも見えるそれには、こんな文字が彫り込まれてあった。

 

 

"過去へ 進みたくば、

けがれない 幼き心のままで

再び ここへ 来るべし"

 

"未来へ 進みたくば、

過去より 銀の力を もって

再び ここへ 来るべし"

 

 

先にある道は左右に向かった二つ。

順当に考えればその片方が過去、もう片方が未来を表すのだろうが。

特別な事情を持つリンクにとって、それはさらにもう一つの意味を含んだ文章に思えた。

 

「どっちにしろ今はここに居ても仕方なさそうだし、一旦出て周りも見てみようか?」

「そうネ。昨日は暗かったから何か見落としがあるかもヨ」

「ダーク行こう、・・・どうかした?」

 

踵を返したリンクが声を掛けるも、出口のすぐ傍らでダークはじっと何処かを見詰めている。

 

「・・・昨日、俺がくたばってた時に寝かされてたのは此処だろ」

「うん、そうだけど?何か気付いたことでもあった?」

「あの時、お前らの他に誰か此処に居たか?」

「え?いや・・・あ、シークのこと?」

「違う」

 

アイツじゃない。

似た臭いはしていた気がするが、違う。

 

ダークは朧気な記憶の端に引っ掛かっているそれの正体が掴めずに眉根を寄せた。

 

「・・・誰か知らねえ奴の声がした」

「なにそれ・・・怖いこと言わないでよ」

 

顔を引き攣らせて明らかに狼狽するリンクを見やり、ダークは事も無げに呟く。

 

「ああ、そう言えば此処の名前"魂"の神殿だったな」

「ええぇぇぇまたそういう感じのやつ!?もうやだよオレ!」

「ちょっとダーク!!リンクが役立たずになっちゃうから脅かすのやめてヨ!」

「言い方がひどくない・・・!?」

 

ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す一人と一匹を余所に、ダークは思い返す。

 

あの時、確かに誰かの声を聞いた。

アレが無ければダークが水を求めることもなく、リンクが外に捜しに行くことも無かったであろうことを考えるとダークの命を救ったのは実質あの声だったといっても過言ではない。

 

他に可能性があるのは砦での話に出てきたナボールとかいうゲルド族だろうが、特徴を考えればそれも違う気がした。

第一かなりの至近距離で聞こえたあの時、勇者と妖精はすぐ目の前に居た筈なのだ。それでいて気付かなかったとなればコイツらの目には見えない存在だった可能性が十二分にある。

冗談じゃなく幽霊の類いかもな、ともダークは思ったものの目の前の勇者の怯えまくる様子を見て口に出すのは止めておいた。

 

「・・・気のせいだったかも知れねえ。行くぞ」

 

からかうと面白くはあるが、妖精の言う通り足が止まってしまうとまた面倒だ。

挙動不審になるリンクを置いて、ダークはさっさと外へ出た。

 

 

 

 

 

出口をくぐって直ぐの所で、リンクがまず目にしたのは数刻振りの見覚えがある姿。

 

「・・・あれ、シーク?帰ったんじゃなかったの?」

 

出迎えたのは昨夜ダークが復活してすぐに行方を眩ませていたシークだった。

 

「一番重要な用がまだ済んでいなかったからね。・・・中はもう見てきたんだろう?」

「うん。今は進めそうになかったけど、なんか気になることが書いてあった」

 

何処からともなく取り出したハープを爪弾きながら、シークは謳うように語る。

 

「・・・そう。砂漠の邪神像を魂の神殿として再生させるには、時の流れをさかのぼらなければならない」

「それって、やっぱり・・・?」

「過去・現在・未来・・・。キミの持つマスターソードは、その流れを旅する舟。そして時の神殿にその港は存在する」

 

その言葉で予想が的中していたことを察したのか、リンクが盛大な溜め息を吐く。

明らかに乗り気ではない勇者の様子にシークは薄く笑みを溢し、やがてひとつの旋律を奏で始めた。

 

「さあ・・・幼き者を砂漠へ誘う調べ、魂のレクイエムを聞くがいい・・・」

 

渋々オカリナを取り出したリンクがそれに続き、もはや恒例とも言える短いセッションが始まる。

響き渡るメロディをしっかりと記憶に刻み込み、リンクはオカリナを仕舞い込んだ。

 

「・・・これで砂漠を越えなくてもいつでも此処に戻って来られるな。シーク、いつもありがとう」

「ボクに出来るのはこれくらいだからね。あとは君に・・・君達に任せるしかない。」

 

シークの見やる先には、リンクが話していた間ずっと辺りをウロウロと彷徨いていた影の姿がある。

 

「ダーク。」

「・・・何だよ」

 

声を掛けられたダークは訝しげな視線だけをジロリと向けた。

 

「あまり、リンクを困らせるようなことはしないで貰えると有難い」

「うるせえ。余計な口出しすんな」

 

そのまま目を背けてしまったダークを見て、二人が仲良くなるのは難しいかもなあとリンクは困ったように頬を掻いた。

 

「手を取り合うとまではいかなくとも、うまく助け合って乗り越えていってくれるようにボクも願っているよ。・・・君は運命を繋ぐ鎹なのだから。」

「は?」

 

どういう意味だと問い返す前に、何か含みのあるような笑顔を向けたシークは突如吹き渡った砂嵐と共に姿を消してしまう。

 

「・・・何なんだアイツ」

「シークって、絶対何か大事なこと知ってて隠してるよネ。」

「でも悪い人じゃないよ?助けてくれるし」

「言い回しが中途半端に分かり難ぇんだよ」

「あー、ちょっと独特ではあるよね。・・・でも必要なときに現れて必要なことは言ってくれるから、今はその時じゃないってことじゃないかな」

「・・・もう来なくていい」

「そういう事言わないの。・・・さ、助け合ってとっととこの辺調べちゃおう!」

 

リンクの言葉にダークが露骨に嫌そうな表情を浮かべ、ナビィに叱咤されながら二人はようやく周りの探索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

[つづくよ]

 


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