15
新たに加えた仲間と共に神殿の中を進む。
その道中ふと気になったことを思い出し、リンクは前を行くナボールへと訊いてみた。
「ナボールさんはゲルド族なのにガノンドロフのことが嫌いなの?」
行程はすこぶる順調だ。こうして時折雑談を挟む余裕もある。
ナボールも特に嫌な顔をせず、部屋にあった大きな鏡を回し終えると休憩てがらに答えを返してきた。
「ああ、どうもいけ好かないね。アタイは一匹狼だけど、アイツは同じ盗賊でも大勢で弱い者から奪ったり・・・殺しだってやる。一緒にされたくないよ」
「ナボールさんはいわゆる義賊ってやつなのネ」
「そんなに胸張れる立場でもないんだけどサ。・・・アンタ達は知らないだろうけど、アタイらは女ばかりの民族でね。百年に一人生まれる男はゲルドの王になれるって掟がある」
「へー、そうなんだ」
「確かに実力はあるだろうが、あんな奴アタイは認めないよ」
そう吐き捨てたナボールは忌々しいと言わんばかりに顔を顰める。
「・・・そういや、アンタ達はどうして一緒に旅をしてるんだい?ハイリア人の子供に魔物と妖精だなんて、また奇妙な取り合わせじゃないか」
「あー・・・ダークが人間じゃないってやっぱりわかる?」
「見た目は人に近いけど、ここまで見てきて流石に察したよ。人間業じゃない動きだってしてたしね」
ダークはそもそも素性を特に隠そうとしておらず、人の目があっても基本的に普段のその行動を変えるようなことはしない。
ちなみにナボールが同行したことにより人手が増えたからかサボってはいるものの、今いる部屋に居た見えない敵の対処など嫌な顔をしながらも時々は手を貸してくれている。
「んー・・・何て言えばいいかわかんないんだけど、オレ達一緒に居なきゃダメみたいなんだ」
「ああ、話し難い事なら別に構わないよ。無理に詮索する気は無いからね」
困ったように言葉を濁すリンクへ、ナボールは笑いながら小さい頭をぐりぐりと撫でた。
「誰だって事情ってもんはある。けど、その歳でその剣捌き・・・アンタもそれなりに苦労はしてきたんだろ。詳しいことは訊かないけど、アタイも今すごく助かってるんだ。ありがとよ」
「・・・ナボールさん、いいひとだね」
まだ多くを話したわけではないけれど、一緒に過ごしてみて砦であんなにも慕われていた理由も少しは解った気がする。
撫でられる頭をぐらぐらと揺らしながら、リンクは少し照れ臭そうに笑った。
《境界線のハイウインド.15》
銀の宝石を集め、蛹のようにも見える変わったモンスターを倒し、動く石像を押し留めて。
どんどん探索を続ける一行は、赤い絨毯の敷かれた大きな部屋へ辿り着いた。
「・・・何かいるね」
並ぶ石造りの柱と、一番奥の玉座のようにも見える椅子。
そこには重厚な全身鎧を身に纏った誰かが腰を降ろしている。
「アイアンナック!人型のモンスターだよ。斧の攻撃力がとても高いから気を付けて!」
辺りを翔んで様子を見ていたナビィがいち早く正体を見抜き、全員に向かい警告した。
「アイツを倒さなきゃ先へは進めないようだね」
「なんか、ぜんぜん動かないけど・・・こっちに気付いてないのかな」
視界には入っている筈だが、アイアンナックは座り込んだまま微動だにしない。
「よーし・・・じゃあ今のうちに・・・っ!」
飛び出したリンクはこれ幸いと、懐から取り出した爆弾をありったけ放り投げてその場を離れた。
轟音が響き渡り、雄叫びを上げたアイアンナックは斧を構えてリンクのほうへと向かってくる。
「わざわざ怒らせることなかったんじゃない!?」
「オレもやってからちょっと思った!ダークー!今のうちだよー!」
逃げ回るリンクとナビィを追いながらアイアンナックは斧を振り回し、それに当たった石柱は粉々に砕け散った。
確かにあれを食らってしまえば大ダメージは避けられないだろう。
手を出す気は無かったらしいダークは水を向けられ舌打ちを溢すと、闇色の剣を手に走り抜けて背後をとったと同時に激しく斬りつけた。
「遅ぇよ」
鎧の一部が剥がれ落ち、悲鳴を上げたアイアンナックは背後に向かって斧を横薙ぐもダークはその刃先に乗り上げてさらに追撃をかける。
「強い・・・!」
思わずナボールが呟き、リンクも逃げていた足を止めて踵を返すが加勢するまでもなくアイアンナックはその場に崩れ落ちた。
「うわー・・・やっぱりすごいなあ・・・オレほとんど何もしてないや」
「アンタが注意を引いてくれたお陰だろう?充分頑張ってたじゃないか。ありがとよ二人とも。」
「・・・大した強さでもなかっただろうが。多分ボスはコイツじゃねえな」
息も乱さずダークは事も無げに言うが、リンクは苦笑いを溢す。
・・・もし自分独りだけだったとしたら、無事で済んでいたとは到底思えない。
仮でもダークが味方で良かったと内心安堵すると共に、子供の姿とはいえ再認識した実力差をどう埋めるべきかリンクは悩ましげに頭を捻るのだった。
「それじゃあ、先に進もうか」
格子の開いた扉をくぐってみれば、そこは外へと続く道なのか陽光が射し込んでいる。
しかし先頭にいたナボールは一歩踏み出した途端、顔色を変えて慌てたように声を上げた。
「リンク待ちな!来るんじゃない!」
「え!?」
目を丸くするリンクの前で、ナボールの身体が宙に浮いてどこかへと引っ張られていく。
響く悲鳴を追いかけるようにリンクが飛び出すと、そこは以前外観から見た巨大な像のてのひらの上だった。
「ちくしょう!放しやがれ!!」
辺りを見回すと、見つけたのはやや離れた場所に浮かぶナボールと周りを翔ぶ二つの人影。
「やれやれ・・・何やら騒がしいと思ったら、とんだ鼠が入り込んでいたようだねぇ」
ホッホッホ、と奇妙な笑い声を上げるそれはホウキに跨がった老婆だった。
「ナボールさん!」
「ダーク、リンクを連れて早く逃げろ!こいつら、あやしげな魔法を・・・!」
言い終わる前に、ナボールの身体はどんどんと引き込まれて地面に開いた奇妙な穴へと消えてしまう。
「おや、まだ残っているようですよコタケさん。」
赤と青の装束と奇妙な髪を靡かせる二人の老婆は、程無くして気付いたのかリンク達のほうへと目を向けた。
「どうしよう・・・連れていかれちゃった・・・!」
「リンク、ここは分が悪いヨ!・・・ダーク?」
狼狽えるリンクとナビィの前に、無言でダークが歩み出る。
どうしたんだ、と声を掛けようとしたリンクは思わず目を見開いて息を呑んだ。
ダークが、これまでにない位に殺気立って空を翔ぶ二人を睥猊している。
「おやおや。こいつは・・・」
「どうしたね、コウメさん?」
対するコウメと呼ばれた老婆もダークへと視線を向けていたが、ふいに驚いたように表情を変えた。
「どうやらこやつには呪いの効果が無いようだ・・・どうしたもんかねぇ?」
「使えそうにないなら始末するしかないだろうよ。」
「それもそうだ。まとめて灰にしてやろうか」
ニンマリと口角を上げる二人の魔女はヒッヒッヒと声を響かせながら翔びまわる。
それを聞いたダークはギリリと牙を剥くように歯を鳴らし、手の中に剣を生み出した。
「・・・殺す!!」
「ダーク、待って!相手は飛んでるんだよ!?」
ナビィの制止の声を聞かず、ダークは勢いよく狭い足場の上から駆け出す。
剣の届かない相手にどうするんだとリンクが何も出来ずに見る先で、像の指先から跳び上がったダークは背にした盾を掴み魔女へ向かって勢いよく投げ付けた。
「ハッ、こんなものわざわざ当たるわけが・・・」
鼻で笑い易々と身を翻したコウメのすぐ隣を盾が虚しく通り過ぎる。
その次の瞬間、空中に突然ダーク本人が現れ黒い剣を薙いだ。
「何!?」
「死ねええぇぇぇ!!」
しかし一撃を与えるには僅かに及ばず、赤い装飾の端を切り裂いたのみ。
盛大に舌打ちを溢すダークは落下するも、再び盾を放り投げて上空へ瞬時に移動する。
「なるほどね、そういうカラクリかい」
次々に位置を変えるダークを見て早々に看破したのか、コウメは投げられた盾の先へと魔法を射ち出した。
ダークは出現先へ真っ直ぐに伸びてきた赤い光を避けられずに、手にしていた盾を咄嗟に構えて仕方なく正面から受ける。
ジュウウゥ、と派手な音と蒸気を噴き上げながらみるみるうちに盾の表面が窪んだ。
「ぐぁ・・・!」
苦痛に表情が歪み、僅かな瞬巡の後でダークは盾を捨てる。
次の瞬間には赤い光が貫通した盾が霧散し、そのまま墜落したダークは地面へと叩き付けられた。
「ダーク!!」
「ホッホッホ・・・鏡の盾ならともかく、そんな紛い物で防げるほどあたしの炎は甘くないよ」
足場を伝って降りようとしていたリンクが思わず叫び、コウメは至極愉快といったように笑い声を上げる。
倒れ伏したままのダークはその場から動けず、ただ睨み上げながら苦しげに呻くのみ。
「さっさとトドメを刺しちまいなよ、コウメさんや」
「わかっているよ。あたしの服を駄目にしてくれたんだ、許すつもりはないさね」
斬られた装飾の端を忌々しげに見やり、コウメが再びホウキの先から魔法の光を放つ。
それが届く前に、地面へとようやく降り立ったリンクが駆け寄りダークの前へ立ち塞がった。
そのまま両手を掲げたリンクを蒼い光の結界が包み込み、襲い掛かる赤い光を弾き散らす。
「・・・な、」
「ダーク、大丈夫!?」
目を見開いたダークの見る先でリンクが叫ぶ。
その手の中には、つい先日手に入れたばかりの結晶が握られていた。
大妖精から授かった護りの魔法、ネールの愛。
ごく短時間だがどんな攻撃も通さない絶対の守り。
「・・・その力、大妖精だね?人の身でそんなものをいつまで扱えるもんかねぇ・・・?」
コウメも驚いたのはごく僅かの間だったようで、力の正体を見破った魔女は攻撃の手を緩めずに炎を放ち続けた。
強固な守りではあるが、それをいつまでも維持するにはコストが高すぎる。
現に、みるみるうちにリンクの魔力は目に見えて減っていった。
「リンク、長くは持たないよ!どうにかして逃げないと・・・!」
「わかってるよ・・・!でも、手が離せないしダークを置いてくなんてイヤだ!!」
叫ぶナビィとリンクの後ろで、ダークがどうにか身を起こす。
しかしその動きはいまだ頼り無く、ふらつく身体を支えにした剣もやがて消え失せた。
「・・・畜生」
「!ダーク、動ける!?」
ナビィの問いには答えず、ダークは荒く息を吐き出すのみ。
彼にとっては身に付けていた装備も身体の一部であり、その利便性と引き換えにそこへ受けたダメージも全て本体へとのしかかる。
あの瞬間一か八かでかなりの体積を圧縮し盾へまわしたにも関わらず、あっさりと撃ち破られダークの受けた総ダメージはかなりのものとなっていた。
「このままじゃ全員やられちゃう・・・!何か手はないの!?」
やがて業を煮やしたのか、辺りを翔ぶのみだったコタケまでもが別角度から青い魔法を撃ち込んでくる。
リンクは結界の範囲を拡げ、魔力の減る速度がさらに増した。
「うわ・・・!!ごめん、もうダメかもしんない!!」
「頑張ってリンク!!」
「無理いぃぃ!!」
喚くリンクとナビィを余所に、ダークは周りへ視線を巡らせる。
すぐ傍にあるのは遺跡の石柱くらいのもので、辺りは砂漠の拓けた空間だ。
神殿の入口は見えてはいるもののやや距離があり、そこへ走って逃げるのをみすみす魔女が許すとも思えない。
何より、もう時間が無かった。
揚々と宙に浮かぶ老婆を睨み上げ、そして目の前の自分を守る小さな勇者と妖精に視線を移す。
舌打ちを溢して手を伸ばし、その首根っこと明滅する丸い光をひっ掴んだ。
驚いて仰け反るリンクの魔力がついに底を尽く。
そして次の瞬間、襲い掛かる炎と冷気に耐え切れずネールの愛は虚しく砕け散った。
[つづくよ]