境界線のハイウインド   作:こねこねこ

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16.魂の神殿(5)

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恐る恐る目を開けてみると、リンクは全く見知らぬ場所に居た。

驚いて周りを見回すも、右も左も下も真っ暗で地面に立っている感触すらない。

 

・・・どこだ、ここ!?

 

宙を漂っているような妙な感覚にどこか寒気をおぼえ、必死に手足をばたつかせた。

 

「暴れんな、捨てるぞ」

 

(!!ダーク・・・!?)

 

急に聞こえてきたダークの声に思わず悲鳴を上げそうになるも、リンクはそこで更なる違和感に気付く。

・・・いくら喋ろうとしても、声が全く出なかった。

ひとまず動きを止めてから首を捻って後方を見やると、自分の襟首を掴んでぶら下げているダークがじっと上を睨んでいる。

 

ゆらゆらと揺蕩うような感覚の中、手を離されてしまえばそのままこの暗闇の中をどこかに流されていってしまいそうだ。

それはなんだかとても恐ろしいことのような気がして、言われるままリンクは手足をおろして大人しくしておいた。

 

そのまま、どれくらい時間が流れたのだろう。

ほんの数分だったかもしれないし、一時間経ったのかもしれないし、もしくはもっと長い間。

ダーク以外には何も見えず何も聞こえず時間の感覚も何もわからない。そのまま延々と放置されてリンクが次第に不安に苛まれ始めた頃、急に掴まれた首筋を引っ張り上げられるような感覚がして全身に負荷が掛かった。

 

「うわ!!?」

 

声が出た!

・・・と思ったときには、いつの間にか目の前に夕焼けの空が広がっている。

そのまま視界がぐるりと回り、リンクは地面に勢いよく顔をぶつけた。

 

「ふぎゃ!!」

 

潰れた猫のような悲鳴を上げ、痛みに耐えつつ折れてやしないかと鼻頭を押さえながら起き上がる。

わけも分からないまま辺りを見回せば、そこは先ほどまで居た女神像の前だった。

すぐ隣には石柱が立っていて、夕陽に照らされて地に落ちた影からダークが半ば身を乗り出している。

何かを投げるように片腕を振ると、その手から見慣れた青白い光の珠が羽根をはためかせながら翔び立った。

ダークはそのまま身体を引き揚げ、どさりと地面に四肢を投げ出して悪態を吐く。

 

「あぁクソ、疲れた!!」

「・・・もしかして今アタシ達、影の中にいたの?」

 

リンクと同じことを思ったのか体勢を持ち直したナビィが恐る恐る訊けば、「他に何だと思ってたんだ」と面倒臭そうに返事が返ってきた。

 

魔力が尽きてネールの愛が消えたあの瞬間、一か八かでリンクとナビィを抱えたままダークが傍らにあった影へ飛び込んだのだ。

以前から借りたアイテムなど、ダークは自分の身体の一部ではない物体を影の中へ持ち込んだことが何度かある。

確証は無かったが故にこれで弾かれればさすがに捨て置こうと思いつつ駄目元で試したが、どうやら今度の賭けには勝てたらしい。

 

「あのままやられるよりかはマシだっただろ」

「てことは・・・オレ達、助かったんだ・・・?」

 

あの時砕けた結界と魔法の光が輝く中を紛れてはいたが、飛び込むところをもし見られていればそのままさらに追撃をかけられていただろう。

消えたリンク達を訝しんでしばらくの間周辺を飛び回っていた魔女が引き上げるまで、ダークは警戒を続けつつリンク達を影の中へ匿っていたのだった。

 

はー、と気の抜けたリンクもダークの隣で大の字になって寝転がる。

 

「そっかぁ・・・ありがと。ダークのおかげだよ」

「・・・まあ、あれ以上借りを作るのも御免だったからな」

「お互い様、だネ」

 

リンクが間に入らなければダークもあの時死んでいたに違いない。

二人ともおつかれさまと労うナビィへリンクは笑い、ダークは鼻を鳴らして相変わらずの仏頂面を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

《境界線のハイウインド.16》

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ一旦状況を整理しましょ」

 

ナビィの言葉にリンクは身を起こして目を伏せた。

 

「オレ達はどうにかなったけど・・・ナボールさん、大丈夫かな」

「そこなんだけどリンク。ナボールさんはどうにかして神殿の中に入ろうとしてたみたいだったから、仮にアタシ達がグローブを持ってこなかったとしてもあの二人に見つかって捕まってしまってた可能性が高いと思うの。それに、砦で聞いてきた話・・・覚えてる?」

 

ゲルドの砦で聞き込みをしていたときの記憶を辿りつつ、ひとつ頷く。

 

「神殿で洗脳とかあやしい実験をしてるらしいっていうのと、ナボールさんは"ここ数年で様子がおかしくなった"ってお姉さん達が言ってた」

「そう。さらに言うなら7年後ではナボールさんはガノンドロフの片腕だって話だったけど、さっき本人と直接話してみたら彼女はガノンドロフのことをすごく毛嫌いしてたよネ?性格からしてもガノンドロフに加担するとは思えない。ということは・・・」

「・・・捕まって、きっとあの魔女に洗脳されちゃったんだ」

「そういうことでしょうね・・・」

 

悲しげに神殿のほうへ視線を向けるリンクに、ダークがぽつりと呟いた。

 

「奴等は神殿の中に入って行った。今突っ込んで行きゃ一発でまた出くわすぞ」

「やっぱり、7年後のほうから乗り込むべきだと思うの。こっちだとリンクが戦い辛いっていうのもあるし・・・ナボールさんを助けてあげたいのはやまやまだけど・・・」

「・・・悔しいけど、仕方ないか・・・」

「利用されてるとしたら、まだ生きてはいるはずだヨ。それに、捕まっちゃったのはリンクのせいじゃないんだから・・・あまり自分を責めないでネ」

「うん、わかってる」

 

時の勇者という大層な称号を与えられても、力が及ばず歯がゆい思いをすることは度々ある。

ナビィは柔らかな光を湛えて寄り添い、リンクは少し悲しげに微笑んだ。

 

と、その時ふいに大きな羽ばたきの音が響き渡る。

 

「リンクよ、顔を上げるがよい。お前はすっかり勇者の風格を身につけたとワシは思うておるぞ」

「・・・!?」

 

リンクが見上げた先には、人の背丈ほどもある大きなフクロウがこちらを見下ろしていた。

 

「どうした?久しぶりでおどろいたか?」

「ケポラ・ゲボラ・・・」

 

それはマスターソードを抜くより以前から、旅の道中に幾度となく助言をくれた不思議な存在。

 

「お前には長い日々が、この世界では無かったも同然。まことに不思議なことじゃて・・・」

「・・・知ってるの?」

「ふたつの時代を行き来する少年のことを、このワシですら伝説だとばかり思っとったよ。・・・この先、お前の勇気にハイラルすべての民の未来がかかっておる」

 

まるで全てを見ていたかのような口振りの老鳥の言葉に、リンクの表情が僅かに曇った。

 

「・・・こんなガキ一匹に押し付けるには荷が勝ち過ぎてるんじゃねぇのか」

 

ふいに聞こえた声に驚いて隣を見ると、身を起こしたダークが話を聞いていたのかリンクと同じようにフクロウを見上げている。

ダークの言葉にケポラ・ゲボラは「ホホッ」と笑い、顔をぐるりと回して二人を見詰めた。

 

「ふむ・・・よい仲間を持ったようじゃ。もうワシの出る幕ではないのぉ。」

「は?誰がだ」

 

眉間に皺を刻んだダークを意に介さず、老鳥はそのまま言葉を続ける。

 

「では、最後のアドバイスじゃ。この神殿に巣くう二人の魔女、やつらを倒すにはその魔力を逆に利用することじゃよ」

「魔女の魔力を利用・・・??・・・あ!」

 

リンクは少し間を置いてからピンと来たのか、ナビィと顔を見合わせて声を上げた。

 

「「鏡の盾!!」」

 

ダークも数刻前の出来事を思い返し思考に耽る。

 

"鏡の盾ならまだしも、紛い物で防げるほど甘くはない"。

 

それは、撃ち落とされたあの時に魔女本人が言及していたことだ。

 

「そうか、ミラーシールドだ・・・!あれもこの神殿にあったやつだった!」

「ありがとう、ケポラ・ゲボラ!」

 

リンクとナビィの言葉に、笑みを浮かべて頷いたフクロウは翼を広げる。

 

「ワシはお前を見守ってゆく。これまでも・・・これからもな・・・」

 

リンクの見る先でひとつ鳴き声を響かせ、老鳥は何処かへ翔び去っていった。

 

それを見送った後で、ナビィが光を明滅させながら二人へ向けて声を上げる。

 

「さ、やるべきコトはこれでハッキリしたわ!7年後に戻ってもう一度神殿に乗り込みましょ!」

「銀のグローブはナボールさんに貸したまま連れていかれちゃったけど・・・入れるかな?」

「リンク、アレ見て」

 

首を捻るリンクがナビィの指す先を見ると、目に入ったのは女神像のてのひらの上にある宝箱。

以前銀のグローブが入っていたそれは、蓋が閉じたままになっていた。

 

「あれ?・・・あ、そうか!オレ達が開けた宝箱って7年後のほうだったから・・・」

「うん、この時代のあの箱の中にはまだ銀のグローブが入ってるハズよ。ダーク、悪いんだけどもう一度アレ開けてきてくれない?もう片方も一緒に」

 

ナビィの言葉にダークが億劫そうに立ち上がり、舌打ちを溢しながらも再び上へ飛び移って宝箱を蹴り開ける。

しかしもうほとんど余力が無いのか、黒い弓を手にしている間は代わりに頭から帽子が消えていた。

 

「これでいいんだろ」

「ありがと。・・・大丈夫か?」

「大丈夫そうに見えるかよ」

「・・・あんまり。後で水、補充しに行こうか」

 

神殿の探索と魔女との一戦で、ダークは溜め込んでいた水の大部分を既に失っている。

投げ渡されたグローブを受け取ったリンクの気遣うような言葉に、ダークも特に拒みはしなかった。

 

「リンク、今のでもしかすると魔女に気付かれたかもしれないわ。早めにここを離れましょ」

「・・・うん。先に移動しておこう」

 

次いで受け取った盾をグローブと一緒に荷物へ詰め込み、リンクは時の神殿へ向かうべく再びオカリナを吹き鳴らす。

 

 

 

光に包まれる寸前、一度振り返ったリンクは女神像の入り口へと少しだけ淋しそうな視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

[つづくよ]

 


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