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「ほらリンク!頑張って!」
ナビィの声が辺りに響く。
「く・・・」
「あぁもうほら!しっかり狙わなきゃ!」
叱咤されるその姿は、前日の同時刻とほぼ同じだった。
朝日に向かい弓を引き絞る時の勇者。
「ちょ、ま・・・やっぱり無理、まぶしい・・・」
その目は時たま薄らと開かれるのみで、矢の狙いはどうも頼りなく覚束無い。
「もー!そんなに見たくないんだったら目瞑ったままあっちに向かって撃ちまくればいいじゃない!一本くらい当たるかもよ!」
「そんな勿体無いこと・・・あっ」
そうこうしているうちに、今日も矢が命中することなく朝日は昇ってしまう。
「貧乏性なんだから、もう・・・」
・・・幾度目とも知れないナビィの溜め息が小さく響いた。
《境界線のハイウインド.2》
「・・・・・」
近付いても何の反応も返さないことを確認し、岸辺に座り込む影の隣に勇者は腰を下ろした。
「・・・なあ、ホントにいいのか?」
「・・・・・」
「戦わなくて」
「うるせぇな・・・殺すぞ」
「もう殺されたよ、一回。妖精持ってなきゃホントに逝ってた」
妖精は、詰めたビンの蓋を開けない限りどんなに瀕死で辛い状態でも助けてはくれない。
自ら効力を発揮するのは持ち主が力尽きたその瞬間のみ、つまりリンクは間違いなくあの時の一撃で葬られたのだ。
服の左胸は未だに赤黒く染まり穴も開いたままである。
溜め息混じりに言えば、影は視線だけを勇者に向けた。
「・・・・・てめえがもうセコい真似しねぇってんなら相手してやってもいいが」
「う、・・・」
鋭い眼光に睨まれリンクは再び言葉に詰まってしまう。
「だって、あれは、その・・・!」
神殿で対峙したあの時、正直言って真っ向勝負で勝てる相手では無かった。
しかし負ける訳にはいかなかったリンクは持てる手段全てを使って応戦したのだ。
爆弾をぶつけ、弓矢で蜂の巣にするかの如く矢を浴びせ、ディンの炎で焼き払い。
さらにデクの実で目潰しまで狙い、薬と妖精をフルに使って体力を維持させ、メガトンハンマーで剣を叩き折り、そこまでして。
剣一本で戦う相手に対しそこまでしてようやく、リンクは勝ちを掴みとったのだ。
「つ、強すぎるんだよ・・・仕方無いじゃないか!」
「何が時の勇者だ、笑わせんなカス」
「・・・勝てば官軍」
「死ね」
「どわぁ!!」
首を狙って飛んできた剣先をスレスレでかわし、リンクは思わず仰け反る。
「ああああぶあぶあぶ危ない!!」
慌てて距離をとるが、舌打ちを溢した影はそれ以上追撃してはこなかった。
「・・・・・」
やはり、自分から仕掛けて戦う気は無いらしい。少なくとも今は。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・なあ、」
影の手から剣が溶け消えたのを見て、リンクが再び声を掛ける。
「・・・・・」
「なんで襲ってきたんだよ」
「・・・・・」
「・・・神殿で」
何とか勝てたものの、あんなに後味の悪い戦いもそうないものだった。
自分と同じ顔を、姿をした相手を殺す。
自分の手で。
あの時の生々しい感触は、未だに消え去ってくれない。
暫くの間が空き、リンクが諦めかけた頃・・・空を見上げたままぽつりと影が呟くように溢した。
「・・・殺せ殺せって、喧しかったんだよ」
「・・・ガノンドロフ?」
「知るか」
「・・・、じゃあ、さっきは?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・仕返し」
言われてリンクがふと思い返してみれば、さっきの自分の殺され方は神殿で影にトドメを刺した時とほぼ同じ方法だった。
・・・しかし、『仕返し』とは。
命令云々よりも、癪だったからやり返したという事なのだろうか。
「・・・オレ、今生きてるけど」
「・・・・・」
「いいのか、殺さなくて」
「もう殺した」
「え、いや、だから・・・」
「死んだ後の事なんざ知るか」
「・・・へ・・・?」
一度トドメを刺した後は復活しようがどうしようがどうでもいいという事か。
「・・・?ガノンドロフからオレを殺せって命令されてるんじゃ・・・」
「・・・しつこいなァ・・・死にてえなら正直にそう言えよ」
繰り返す質問にいい加減嫌気が差したのか、見開いた眼をギラリと輝かせて影は再び剣を手にした。
「うわ、ちょ!違う違う違う!!オレから争う気は無いって!!」
首と手をぶんぶか振りながら再び慌てて距離をとる。
アイテムも装備も残り少ない今、マトモにやり合って勝てる気なんて全くしないのだ。
下手をしなくても本当に死んでしまう。
完全に逃げの態勢に入っている勇者をしばらく追い回した後、相手をするのが馬鹿らしくなったのか影は再び剣を霧散させ元の位置に腰を下ろした。
意外に早く追撃が止んだ事に驚きつつ、勇者は三度影の近くまで寄ってくる。
「・・・・・」
「・・・オレ、そろそろ行くよ」
「・・・・・」
返事は無い。
「お前、これからどうするんだ?」
「・・・・・」
あくまで無視を決め込む影にリンクは一つ息を吐き、黙って踵を返した。
「・・・リンク、どーしてあんなに構うの?アレ一応モンスターなんだよ?」
つり橋を渡り距離がやや離れた頃、ずっと帽子の中に隠れていたナビィがおずおずと声を掛けてくる。
「んー・・・、何だろ。オレもよくわかんない。」
リンクは苦笑を溢し、片手で頬をポリポリと掻いた。
「でもさ、あいつ何だか神殿で戦った時と雰囲気違うと思わないか?もうあっちからは襲ってこないみたいだし」
「襲われたよきのう!ほんとに死んじゃうかとおもって心配したんだよ!?」
「あれは・・・仕返しだって本人も言ってたし、オレもまだ生きてるからまあいいじゃん」
「ナビィそういう問題じゃないと思う・・・」
「まあとにかく、・・・なんか気になってさ。ほっとけなかったんだ」
そう呟くように言いながら、リンクは足元に視線を移す。
陽の光に照らされているにも関わらず、そこに影は無かった。
それを見たナビィもふわりと舞いながらしみじみと言葉を溢す。
「・・・ホントにリンクの影なんだね、アレ」
「うん。・・・ナビィ、とりあえず村まで戻ろうか」
矢も無くなったことだし。
・・・と、そこまで言った所で急にリンクの足が止まった。
「?リンク、どうしたの?」
訝しげにナビィが問う。
「あ、あれ・・・?なんか、進めない・・・」
「え?」
体が動かない訳ではない。
しかし、リンクの身体は何かにつんのめったように先へは進まなかった。
「お、おかしいな・・・あ、でも頑張ったら行けそう」
「???」
後ろに引っ張られているような感覚にも似ているがよく解らず、無理矢理動かそうとリンクは思いっきり力を振り絞る。
「んぐぐぐぐ・・・ぬりゃあ!!」
そして、一歩。
「よし!」
「うおわ!!?」
踏み出したと同時に聞こえた悲鳴はリンクのものでは無かった。
「「・・・え?」」
勇者と妖精、顔を見合せてから揃ってゆっくり背後を振り返る。
その視線の先では、
岸辺で間抜けにもひっくり返っている影が居た。
[つづくよ!]