7
影は時折自問することがある。
何故自分は此処に居るのか。
何がしたいのか。
何処へ行くのか。
・・・何処へ行きたいのか。
それは得てして答えが見付かることもなく、その都度影は空を見上げた。
地を這うのみの"影"だった己には遠すぎた筈のそれが、今はもう眩くはない。
手を伸ばせば届くかと錯覚させるほどに、気が付けばごく自然に"同じ世界の中"に居た。
(―――・・・・・。)
キン、と澄んだ音がひとつ響く。
ふと隣へと視線を移せば、空色の瞳と目が合った。
"時の勇者"と呼ばれ、世界を救う使命を負うらしい、己の本体。
・・・否。今や完全に個の存在としての意識を持つ影にとって、それはもはや全くの他人でしか無かった。
だが、ならば何故。
その問いが誰に向けられるものなのかすら判らないまま、影の思考はそこで停まる。
一瞬の間を置いて破顔した勇者の、柔らかな笑みを浮かべるその顔へまるで吸い込まれるかのように。
影は拳をブチ入れた。
《境界線のハイウインド.7》
「・・・ダークってさあ、そんなにオレのこと嫌い?」
殴られた顔面を擦り、リンクは拗ねたように膝を立てて蹲る。
左ストレートが綺麗に決まった鼻先は折れなかったものの赤く腫れ、垂れた鼻血を拭った跡が何とも間抜けだった。
ダークは訊かれたその言葉を反芻し、数瞬の間を置いてから頭に浮かんだままを口にする。
「・・・?別に」
「「えっ」」
「は?」
リンクとナビィの声が思わず重なり、ダークは僅かに首を傾げた。
「えっ、だって、えっ、どういうこと?」
「死ねばいいのにとは常々思ってる」
「・・・なんだよそれ」
一瞬持ち上げられた直後に叩き落とされたような気分になり、リンクはげんなりと息を吐く。
ダークが何を考えているのか全く解らない。
「・・・それよりリンク、これからどうするの?」
「んー・・・そうだなぁ・・・」
微妙な空気の中ナビィがリンクの頭にぽふりと乗り、旅の続きへと促した。
リンクは手元の暗色のメダルを指で弾く。
キン、と独特の澄んだ音が再び耳に響いた。
「今はこれといった手掛かりは何もないんだよなぁ・・・」
「まだ一度も行ったことないのは西の砂漠の方だネ。ガノンドロフの故郷らしいけど・・・行けば何か見つからないかな?」
「砂漠か・・・暑そう・・・」
リンク達一行の現在地は夕暮れのハイリア湖畔。砂漠に向かえばきっと、水と緑に溢れるこの地とは正反対の渇ききった環境が待ち受けているんだろう。
うぇぇ、とリンクは再びげんなりした顔でその場に寝そべった。
「・・・まあ他に当てもないもんな・・・仕方ないか・・・。なーダーク、腹減ったからその魚少し分けて」
「断る」
「けち・・・食べないのにそんなに釣ってどうするんだよ」
ダークが竿を引き、針に掛かった魚がまた一匹地面に放り落とされる。
その足元では十数匹の魚がビチビチビチビチと草の上で跳ねていた。
ブーブー鳴きながら怨めしそうにそれを見るリンクにダークはちらりと視線を落とす。
「・・・欲しいか」
「えっくれんの」
「生で頭からいくならやってもいい」
「やっぱいいです」
項垂れたリンクは魚を全て湖へと投げ込み、ダークに追われながら全速力でハイリア湖畔を後にした。
エポナの足を借り小一時間。
辺りの景色からは緑が消え、リンクの視界には赤茶けた岩肌と砂地ばかりが広がっている。
「"ゲルドの谷"・・・か」
突き立った看板の字を目で追いさらに進めば、そこには切り取られたような断崖が一行の前に立ち塞がっていた。
「ッええええぇぇぇぇ!!?」
絶壁に近い谷の縁に立ち思わず声を上げる。
リンクの視線の先には、"橋だったもの"が申し訳程度にぶら下がっていた。
「ちょ・・・!どうやって渡るんだこれ!?」
「下は・・・うん、無理そうだネ・・・」
ナビィは下を覗き込み、身震いしてすぐさまリンクの帽子へと潜り込む。
絶壁の遥か下方には川。水がある為落ちても死なないかも知れないが、気の遠くなりそうなこの高さにはどうしても気が引けた。
「へぇ飛び込む気か。勇気あるな」
「やだよ!!!」
嘲笑うダークに突き落とされかねないとリンクは縁から遠ざかる。
どうしようか迷っていると、端に待たせていたエポナがリンクへと鼻を擦り寄せてきた。
「ん、ごめんな・・・せっかく乗せてきて貰ったけど、足止めみたいだ」
鬣を撫でるリンクへと、しかしエポナは何かを訴えるかのようにぐいぐいと鼻先を押し付けるのを止めない。
「・・・エポナ?どうしたん・・・、え!?ぅえっ!!?」
流石にリンクも気付いたその時、エポナが襟首を咥えリンクを自分の背へと放り乗せた。
「んぉわ!!ちょ、どうしたんだってぅわあああああああああ!!!」
訳もわからず咄嗟に手綱を握る。
それと同時に、エポナはあろうことか谷へ向かい真っ直ぐに走り出した。
手綱を引くも止まる気配は全く見せず、再び暴れ馬に逆戻りしたのかと涙目になりつつリンクはしがみつく。
「ぎゃーーーーーー!!!」
更にスピードを上げ、橋に差し掛かったエポナは大きく跳び見事谷を飛び越えた。
「エポナすごい!!・・・リンク、大丈夫?」
「しししししぬかとおもった」
ナビィが感嘆の声を上げるもリンクは流石に肝を冷やしたのかぷるぷると震えたまま動かない。
悠々と着地したエポナはそのまま暴れるでもなく、背で縮こまるリンクを気遣うように静かに佇んでいた。
「・・・でも、すごいな。エポナ、よくやったよ」
暫く経ってようやく落ち着いたリンクがエポナの背を撫でると、彼女はひとつ嘶いた。
鞍から降りるリンクへとナビィがぽつりと声を掛ける。
「・・・ねえ、リンク?」
「ん?なに?」
「ダークは?」
「・・・あ"」
振り返れば、対岸でこちらをじっと見ているダークの姿。
「ああああ忘れてたどうしよう!!!アイツがあそこにいたら進めないじゃん!!」
焦るリンクがもう一度エポナで戻るかと鞍へ足を掛けたとき。
ダークは懐からロングフックを取り出し、橋の残骸にフックを掛け普通に谷を渡ってきた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・その手があったか・・・」
「お前馬鹿だろ。」
ダークの冷たい言葉と眼差しが突き刺さる。
寿命とメンタルを削られながら、リンクはトボトボと遠くに見えるテントへと足を向けた。
テントの前に居たのはカカリコ村の大工の親方だった。話を聞いてみれば親方の弟子は全員盗賊になるなどとのたまってゲルドの砦へ行ってしまい、人手が足りず橋が直せないらしい。
弟子達の様子を見てきて欲しいと頼まれたリンクは快諾し、親方にエポナを預け谷から更に奥へと続く道へと向かうこととなる。
そして。
「うおわああああああ!!!!」
砦へ差し掛かった辺りでいきなり見張りと出くわし、盛大に警笛を鳴らされ盗賊達に追い回される羽目になってしまった。
全速力で走るリンクの背後には追随する十人程のゲルドの戦士。
・・・数が多いのは勿論だが、相手が全員女性だというのもリンクにはどうしても気が引けてしまった。
かといって大人しく投降する気は無いし、どうするべきか迷いながらリンクは砦の敷地内をひたすら走り回っている。
「ナビィ!!これ!!どうしよう!?」
「とりあえず撤退したほうがいいと思うヨ!?」
「ダークは!回収しないと!」
「戦ってる!あっちも囲まれてるよ!」
ナビィの声に目をやれば、数人のゲルドと斬り結ぶダークの姿がちらちらと見え隠れしていた。
乱闘状態のその周りにはかなりの人数が倒れ伏しており、やはりダークは強いなと改めて認識させられる。
しかし流石に数に圧され始めているのを見て、リンクはダークの方へと合流するべく足を向けた。
いつまでも逃げ回っていられないし、第一スタミナが保たない。
しかし近寄ろうとしたその矢先、ゲルドの増援が行く手を遮った。
「くそっ・・・どんどん増えるな!」
「当たり前だよ本拠地なんだから!リンク、切り抜けられるの!?」
「なんとか頑張るしかなッぐぇっ!!」
「リンクー!!」
戦うしかないと剣を抜いた直後、後頭部に投擲を食らいあっけなくリンクは昏倒した。
「・・・うぅ・・・」
「リンク、気がついた?」
呼び掛けるナビィの声に意識が浮上する。
・・・こうやって起こされるのももう何度目だろうか。
「っナビィ!ここは!?」
がばりと起き上が・・・ろうとして、後ろ手に縛られていることに気付く。
上体を起こしたリンクが見渡せば、そこは薄暗い屋内だった。
「砦の中。捕まっちゃったんだヨ」
「・・・そうか・・・。情けないなぁ・・・」
はぁ、と溜め息を吐くリンクにナビィが擦り寄る。
「さすがに多勢に無勢だったヨ。いきなり出ていったリンクも迂闊だったけど」
「ありがと。・・・ダークは?アイツも捕まった?」
「まだ逃げてるみたい。敷地内のどこかにはいると思うんだけど・・・」
「そうか。とりあえずここから出よう、」
リンクが縄をゴリゴリと擦りながら辺りを確認する。
扉は無い。
見上げれば真上の高い天井に大きく開いた穴、恐らくあそこから放り込まれたんだろう。
壁には採光の為か窓がひとつあったが、これもかなりの高さがあった。
「・・・よし」
縄を解いたリンクはフックショットを出し窓の桟へと先を向ける。
装備が奪われなかったのは幸いだったが、敵も迂闊と言うべきか。それとも何かあるのだろうか。
考えても仕方ないと、リンクは窓へとフックを撃った。
・・・そして、戻ってきた。
「・・・・・ん?」
角度を変えて、もう一度撃つ。
バスッ、という音と共に発射された鏃は命中することなく戻ってきた。
今度は立ち位置を変えて、もう一度。
バスッ
バスッ
バスッ
バスッ
何度やっても、鏃は桟に届かず戻ってくる。
「・・・ねぇリンク」
「なに」
「一応訊くけど、ロングフックって」
「貸したまま」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「ダークぅぅぅぅぅぅ!!!!!」」
二人の叫びが影の耳まで届いたかどうかは、わからない。
[つづくよ]