四宮御行と白銀かぐや 作:消しゴム
思春期の男の子の近侍が女性っていうのは色々キツいなと思ったので早坂さんはハーサカくんとして登場してもらってます。生えてます。
『因縁』
内的要因、外的要因が深く関わり合うことで生じる物事を指す言葉である。
逃れざる事象として『宿命』とも同義とされ、誰しもが一度は直面するであろうほどに避けることは叶わないものだ。
直視したくないもの 都合の悪い事柄としての印象が強いが、実際には良し悪しの括りはない。
例えば、そう──
ある日、女子生徒が沼に足を滑らせた。
女子生徒は長期間放置された沼の清掃活動に参加していた一人だった。
沼から抜けだそうともがき助けを求めるが、発せられるはずの声はその殆どが泡となり、必死になって紡ごうとする言葉は途切れ途切れのまま困惑の材料となって他の生徒に伝染していく。
手入れを怠っていた沼はひどく濁っており、底を見るどころか一寸先の水中に漂うものすら目視することが叶わない。
女子生徒の脚が樹木の根に取られていることに気づく者はその場にはいなかった。
"彼女"が通りすがったのは単なる偶然であったが、目の前の事態が異常なものであることを理解するのは容易であった。
濁った水に浸かりっぱなしの女子生徒と、それを助けようと慌てふためく複数の生徒。 柄の長い掃除用具などを伸ばして救助を試みる男子生徒がいるが、残念ながら苦し紛れの処置と言わざるを得ない。
"彼女"の決断は早かった。
状況判断と解決策を持ち前の頭脳で瞬時に演算し、体は既に出力した解を実行するべく動いている。
『要らぬお節介ではなかろうか?』
『私でなくとも誰かが助けるだろう』
保身的な躊躇いが僅かに動作を曇らせるが、"彼女"の決断はすぐさまそれらを振り払った。
女子生徒が溺れる沼は『
濁った水もさることながら、木製の杭に縄を繋いだしきりは長期間紫外線に焼かれ、雨風にさらされたことで酷く劣化していたものが取り替えられたばかりだった。
"彼女"は柵から取り外された『縄』を自らの視界に留めていた。
側に置いていても清掃の邪魔になるだけだったソレは、生徒達の行動範囲の外で横たわっている。
なまじ生徒達の手の届く所に置いておけばあの掃除用具よりは救助に一役買っていただろうに。
走り際に身を屈めて掴んだ縄を"彼女"は自身の胴に固く巻きつける。
長さが十分であることを確認し、今もなお沼の中でもがく女子生徒へ向き直った。
助走の準備と、心の用意。
縄で繋いだこの身を投げ入れれば、女子生徒を助けられるだろう。
さすがに縄を引き上げる者が現れない、なんてことは無いだろうと些細な不安を飲み込む。
時間にして一秒にも満たない思考は
"制服汚しちゃったら圭に怒られるだろうなぁ"という受容を
──刹那、"彼女"は目を見張った。
生徒達の頭上に翻る秀知院の学ランと、周囲の混乱をかき消すほどの大跳躍をかました一人の男子生徒。
直後に『バシャッ』と男子生徒の着水音が鼓膜を叩き、周囲に盛大な
※
「どういうつもりですか、
「人が溺れてたん……ゲホっ、助けるのは当ぜ……オエっ」
一人の男子生徒が呆れた様子で"御行様"と呼んだ泥塗れの少年にタオルを手渡した。
頻りに嗚咽を漏らす少年は片手と両膝を地につけてみっともない姿を晒しながら、受け取ったもので顔を拭い始めた。
「泳げもしないのに助けに入った事を言ってるんですよ。 彼女が来てくれなかったらどうするつもりだったんですか」
「え ハーサカが助けてくれるもんだと踏んでたんだが」
「あぁもう……」
"彼女"は泥塗れの少年を見やりながら、ひどく困惑していた。
彼は女子生徒を助けるべく沼に飛び込んだものの、出来た事と言えば女子生徒の脚に絡んだものを解いて、足場の上から清掃用具を伸ばす男子生徒にそのまま押し付けたことぐらいだ。
その後は自身も見事に溺れ、運良く女子生徒を助けるという目的を同じくしていた"彼女"にあえなく救助されたわけである。
「にしても、よくあの子が足を取られてたことに気づきましたね」
「彼女の様子に見覚えがあってな。 人は手だけで泳いでいると思っていた頃の俺の泳ぎ方とすごい似てたんだ」
"彼女"の体にへばりついた藻や落ち葉などを取り除く手伝いをしながら、ハーサカは力なく首を横に振りながら溜息を吐いた。
泥塗れの少年に続いて真っ白なタオルを手渡された"彼女"は礼を告げてから泥水をぬぐい始める。
「……怖くなかったんですか?」
ふと、不思議に思えてならなかった疑問を泥塗れの少年に問いかける。
突然の質問に、少年はきょとんとした顔で"彼女"に目を向けるが、変わった様子もなく口を開いた。
「怖くないと言えば嘘になるな」
間も無く少年は逡巡を挟まずに"彼女"の質問に答え始める。
「ただ、俺よりも彼女の方が怖かっただろう。 彼女に比べれば俺の怖れなんてのは些細なものだと思った」
事も無げに、少年はそう述べた。
四大財閥の御曹司である彼が、初めて見たときなんてあまりの目つきの鋭さに萎縮しかけたほどの相手が、情に満ち満ちた言葉を口にしていた。
──これは、ほんの小さなキッカケの一つ。
"