けものフレンズ Sub Story   作:SCP1109

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○○○○○とイエイヌ プロローグ

 自分のしたことがいたたまれなくなって、あの場にいるのは居心地が悪かった。だからあのヒトに最後、命令を貰ってかけだした。けれども風に乗って聞こえてくる楽しそうな声が走る力を奪っていく。顔は自然と下を向き、ビーストの爪が食い込んだ左肩を押さえてお家を目指す。

 ヒト達があのお家に戻らなくなって一体何回太陽が沈んだだろう。あのベッドはヒトのために作られたのに、使われることはない。椅子も、テーブルもそうだ。

 また今日も戻らないままだ。明日も明後日も、戻らないような気がする。でも、待たなければならない。それがわたしなんかのためにヒトが与えてくれた使命だから。

 アルマーとセンちゃんにヒト探しを頼んだのは、正直なところ気休めだった。お二人には悪いけど、失敗の報告を聞いて、安心したかったのかもしれない。もうジャパリパークにヒトはいない。その証拠が欲しかったからあのお二人に頼んだのだろう。今思えばそうだった気がする。かばんさんはヒトのフレンズだし、何か忙しそうなのは分かっていたから邪魔はできなかった。

 でも彼女たちは連れてきてくれた。もうきっと会えないだろうけど、出会わせてくれたのだ。大変だっただろうに、ジャパリスティック一箱の報酬で良かったのだろうか。

 だが理由があるからといって、わたしがした事の自分勝手さや、罪深さはちっとも軽くなんてならない。カラカルさんには嘘をついて友達を引き離すようなことをいってしまったし、サーバルさんが来てくれなかったらわたしもあのヒトもビーストにやられていただろう。頼りないわね、なんていわれても仕方の無いことだった。

 歩くたび、傷が擦れて痛む。

 わたしはわたしがこんなにも自分勝手だったことに驚く。ヒトがいると報告してくれた時から、ずっと浮き足立っていたように思う。その時点ではあのお家に住んでいたかどうかも分からなかったのに。自分の事だけを考えていた証拠だ。

 そして、ヒトと会えただけで嬉しいんです、なんてヒトなら誰でもいいような言葉が口をついてしまうほどに自分勝手だった。無理矢理連れてきてしまったのはわたしのせいなのに、相手の気持ちを考えずにはしゃいで、更には遊びにまで付き合ってもらって。ヒトを守るのがわたしの使命だといいながら、守られていたのはわたしのほうだったのかもしれない。

 水の匂いと流れる音が聞こえる。この林を流れる小川が近くにあるのだ。毛皮は泥だらけだし、このままだとお家が汚れてしまう。土を落として行こう。わたしはそう思って匂いのするほうへ進む。

 歩く速度が遅いので、どんどん日が暮れていく。暗くてもものを見ることはできるし、色んな匂いや音で周りを確認できるので問題はないが、夜は不安になる。ヒトと一緒に暮らしていたときはそんなことを感じたことはなかった。

 そして、今日は格別に不安だった。ビーストにコテンパンにされたからだろうか。

 川に着いた頃にはすっかり夜になってしまった。

 流れる水に足を入れる。冷たい。身体が火照っていたことに今気付いた。

「……っ」

 激しい戦闘、というよりも一方的に引っ搔かれたり、地面に叩きつけられたりしてボロボロになった身体に水が沁みる。目を瞑り、意を決してしゃがんで潜る。水流が傷口に触れていき、刺すような痛みに馴れることはなかった。

 痛い。

 どうしようもなく痛かった。けれども、汚れを落とさないと大切なお家が汚れてしまう。顔や足、腕、毛皮を手でさすり土を洗い流していく。そういえば、ヒトと住んでいた時は水が身体にかかったときの感触が嫌で洗われまいと暴れたりしていた。『おふろ』という言葉が合図だった。その言葉をヒトがいうと、温い水がでる変な形をした棒をこちらに向けて嫌がるわたしを捕まえるのだ。洗われるのは嫌だったけど、洗い終わったあとにわざと身体を震わせてヒトに水を飛ばすのは楽しかったし、ヒトも笑いながら布で拭いてくれるのは心地よかった。

 息が続かなくなり、立ち上がる。夜空に月が見えた。無意識に手を伸ばすが、届くはずもない。不意に一筋の光が流れた。確か、『ながれぼし』というやつだ。その『ながれぼし』があるところに、ヒトはいってしまった。大昔にはイヌもそこにいったことがあったのだという。だとしたら、どうしてわたしを連れて行ってくれなかったのだろう。ヒトは時々よく分からないことをするが、これはその中でも大きな謎だった。別れたときのことを考えないようにし続けていたからか、すっかり思い出せなくなってしまっていた。

 川から上がり、身体を震わせて水を飛ばす。前はそれで水が飛んでいってくれたのだが、この毛皮は水を吸って思うように乾いてくれないのだ。だけど、ついていた泥はほとんど落ちている。身体も洗ったし、朝になれば乾いているだろう。せめてあの拭く布があれば良かったがないものは仕方がない。乾ききるまでお家には入れないが、中が汚れるよりマシだ。

 耳がピクリと動く。遠くで音がしたのだ。何かがぶつかるような、崩れる音だった。傷が痛いし、疲れているのでそれを無視したかったが、そういうわけにはいかない。その音がしたのはお家の方角だからだ。

 林を出て道を辿る。自然と歩く速さは上がった。嫌な予感がした。この辺りは原っぱで、木がまばらに生えている以外何もないエリアなのだ。そう、お家を除いて。痛みを伝えてくる傷を頑張って無視して早歩きになり、だんだん小走りになっていた。

 お家が近づくにつれ、埃っぽい匂いがしてくる。それに嗅いだことのないものも混じっていた。

「え……」

 見えてきたのは破壊された門と、抉られた地面。そこには確かお家があったはずだけど、綺麗さっぱり無くなり、その奥には見たことのないものが突き刺さっていた。

 その場所ははヒトとわたしが暮らしていたお家だった。

 いつの間にか駆けだしていた。痛みは感じなかった。それはお家の横の壁を突き破り、床を抉っていた。バチバチと雷を小さくしたような音が鳴っていて、少し焦げ臭い。危険だと自分の奥深くが叫んでいたが、気にならなかった。そこからの行動はわたしじゃない何かがわたしを操っている感じだった。ヒトが置いていった大きなかばんを持ち、その中に葉っぱとお湯を入れる透明なやつとコップ、フリスビー、ヒトが使っていた毛布、蓄えておいたジャパリまんなど、かばんがいっぱいになるまで入れていった。満タンになってひとまず区切りがついたからだろうか。いつもなら真っ先に気付くだろう匂いに、その時初めて気が付いた。

 血の匂いだった。

 わたしは辺りを見渡したが目で見えるところに怪我人はいなかった。このお家がたくさんある場所にはわたし以外住んでいないはずだ。ずっと独りだったのだから。

 だとしたら……。わたしは突き刺さったそれを見上げた。よく見ると窓のようなものがある。直感が働いた。もしかしてこれはヒトが作ったものなのかもしれない。

 一旦そう思うと、動かずにはいられなかった。ジャンプして登ろうとするが、壁がつるつるしていて上手く登れない。回り込んで、エリマキトカゲのエリマキのように広がっている部分を見つけた。そこに手をかけて上に登る。丸く膨らんだ不思議な形の窓にはヒビが入っていた。のぞき込むと誰かが椅子に座っている。気絶している様子で、毛皮は肩の辺りがじっとりと濡れている。多分怪我をしてしまってそこから血が出ているのだろう。胸はかすかに上下しているから、かろうじて息はしているみたいだ。

 早く助けないと。そう思ってわたしは窓を叩く。思ったより硬い。でも叩き続けているうちに元から入っているヒビが広がり、窓が小さく割れた。だが、腕が一本入るぐらいの小ささだったので、まだ叩き続ける。ヒトの傷口辺りがキラキラとしている。

「――危険。バイタル低下ヲ確認。緊急事態ト判断。フレンズノ協力ヲ得ル」

 突然不思議な声が下からした。この辺りでよく見かけるラッキービーストだ。時々ジャパリまんをくれるので匂いを覚えていたが、声は初めて聞いた。

「ラッキーさん?」

「イエイヌ。ボクヲ上二乗セテ」

 ラッキーさんはぴょんぴょんと跳ねながらわたしにそういった。

 何だか分からないけど、中にいるヒトを助けられるのだろうか。とにかく一旦降りて彼(?)を抱えて再び登る。

「キャノピーヲモウ少シ壊セルカナ」

「きゃのぴー? この窓のことですか?」

「ソウダヨ」

「分かった」

 割れたところを叩き、穴を広げる。不思議な窓で、お家のはすぐに割れるのに、これは中々割れなかった。でも、何とかラッキーさんが入れるくらいの穴は開けることができた。

「イエイヌ。窓カラ離レテ」

 わたしは頷き、いわれた通りにする。ラッキーさんは穴から中に入り、ほんの少しだけ待つとプシュと音がして窓が起き上がった。でも驚いている暇はなかった。

「イエイヌ。ヒトヲ運ンデ。揺ラサナイヨウニネ」

「はい。分かりました」

 落ちないように起き上がった窓の端っこを持って中に入り、小さなヒトの女の子を抱える。軽かったので慎重に抱き抱えるのはさほど難しくはなかった。しかし、思っていたより体温が低い。血が流れすぎたからかもしれない。鼻をつくような匂いが彼女にまとわりついていた。浅く短い不規則な呼吸がわたしを不安にさせる。

 急ぎながらも丁寧に、無事だったベッドに横たわらせた。傷口でキラキラと光っていたのはサンドスターだと気付いた。

 ラッキーさんがピピピ、と不思議な音を出して目から緑色の光を突き刺さったそれに当てる。

「分析中……分析中……」

 広がった緑の光を上から下に移動させていく。と、わたしの鼻は焦げ臭い匂いを感じて、今の状況を再確認した。そうだった。のんびりしている場合ではない。

「ラッキーさん! ここは――」

「危険! 危険!」

 二人とも同じタイミングで同じ結論に至った。頭の中は痛いほどにここが危険であるということを伝えてくる。今度こそその警告に従う。

 わたしは大きなかばんを背負い、女の子とラッキーさんを抱きかかえる。開けっぱなしにしていた玄関から飛び出す。荷物やヒト、ラッキーさんを抱えていたのに不思議と重さは感じなかった。そのまま塀を飛び越え、走ってお家から距離を取る。

 轟音が後ろから叩きつけられた。耳が痛い。少し遅れて風が背中から吹き抜けていった。わたしは振り返った。炎が上がっている。赤いそれは黒煙を生み出す代わりにお家を、お家たちを燃やしていく。住んでいた場所を炎が細かく軽くして、煙に変えて空に持っていっているように思えた。

 わたしはその様子をただただ眺めるしかなかった。火は怖いし、小川から水を汲んできて消すには手持ちの道具ではどうしようもない。

 頭の中の警告は消え去ったけど、どうしてかわたしの胸はざわついたままだった。

「イエイヌ」

 ラッキーさんがわたしの名前を呼んだことで二人を抱えていることを思いだし、疲労がどっと襲ってきた。最後に踏ん張って、女の子をゆっくり原っぱに下ろす。ラッキーさんはその途中でぴょんと、わたしの腕から飛び出した。

 ヒトの毛皮は取ることができる。血で濡れているから取り替えてあげたかったが、かばんにはヒトの毛皮が入っていない。それに、このままだと血が流れすぎて死んでしまうのではないかと心配してめくり、せめて綺麗にしようと傷口を舐めようとしたが、驚くことにほとんど傷が塞がっていた。裂かれていたであろう皮膚がピンク色の新しい皮膚によってくっついている。

 ヒトはこんなに傷が治るのが早かったかなと思ってラッキーさんに訊いてみたけど、いつものように無口な彼に戻っていた。目と目は合っているから聞こえていないはずはないんだけど、案外ラッキーさんはシャイなのかもしれない。

「ありがとう、ラッキーさん」

わたしは彼にそういってから正座して、太ももに女の子の頭を乗せる。ヒトは寝るとき頭が柔らかくないと気持ちよく眠れないらしいので、そうする。

 眠っているというより多分気絶しているのだと思うが、さっきみたいな浅くて短い不規則な呼吸じゃなく、規則的な呼吸に戻っており、何より体温がさっきに比べて高くなっている事を確認して、わたしはホッとした。

 彼女の顔が揺らめく炎の光でうっすら赤く見える。今は風上にいるから火の手がこちらに来ることはない。彼女の傷も塞がっているので多少は動かしても大丈夫だろう。なので風向きが変わる前にもっと遠くに逃げるべきではあった。せめて小川の近く辺りまで離れるべきだ。しかし、わたしはもうその場を動くことができなかった。ラッキーさんが燃えているお家に向かっていくのを視界の端に捉えた。

 しかし、太ももに少しの重さと暖かさを感じながら、かばんを背もたれにわたしの意識は遠のいていった。

 

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