「ココカラ一番近イ宿泊施設ハ都市区ダヨ」
ラッキーさんが気絶から回復するのを待って、近くの使用可能な宿泊施設を探してもらった。別に他の個体に聞いても良かったのだが、イエイヌがずっと再起動するまで待つつもりのようだったのでそれに従ったまでである。
「徒歩ダト遠イカラ、乗リ物ヲ使オウ。検索中……検索中……検索終了。コノ近クニ二人ガ乗レル乗リ物ハナイヨ」
「ええ? 無いの? 都市区までどれくらいの距離かな?」
「都市区まで47,29キロダヨ」
地図を空間に投影して目的地と現在地を表示する。
「47キロ!? ジャパリパークってそんなに広いの!?」
五十キロ弱となると、休憩なしで時速五キロで歩いても十時間かかる。しかも重い荷物を持って歩くことになるから休憩時間や疲労も計算に入れれば十四、五時間は見たほうがいい。今は昼前だから、今日中に辿り着くことはまず不可能だ。
「お家まで遠いんですか?」
「遠いなんてものじゃないね。歩いていくとなると余裕を持って二日はかかるんじゃないかな?」
「二日……」
イエイヌは目を丸くした。
「その、さっきいっていたのりものってどんなのなんですか?」
「そうだなあ。いろいろあるけど、基本的には四角い形をした箱に車輪――えーとまんまるいのがついている……って説明で分かるかな?」
私がイメージしているのはバスやワンボックスカーのような自動車だ。身振り手振りを交えてイエイヌに説明するが、上手く伝わるか自信が無い。
「?」
案の定首を傾げている。と、自分が野帳を持っている事を思い出した。ボールペンで長方形を書き、その中に窓として小さな長方形を二つ書き入れる。その下辺りに丸を二つ付け足す。我ながら一切絵心がないが、イエイヌは、あ! と声を上げた。
「この形に似たものを見た気がします」
「ホントに?」
「はい! 場所も覚えているので案内できますよ」
イエイヌは自信満々の表情で尻尾をぶんぶんと振っている。
私は正直なところ半信半疑だった。彼女が嘘をついているとは思わないが、その言葉が正しいのだとするとラッキーさんの検索に引っかからないのはなぜだろうか。
とにかく行ってみることにするが、かばんは一旦ここに置いて行こう。乗り物を手に入れればすぐに戻ってこられる。私がそういうと、
「はい、分かりました。重いですもんね」
イエイヌは私の提案をあっさりと受け入れた。困り顔の一つでもするかなと予想していたのだが、特にそんなことはなかった。
彼女は乗り物がどういうものかはっきり分かっていない様子だったし、荷物も割と命がけでかき集めた大切なものではなかったのかと思ったが、今はそれらを失う危険があるわけでもなし、効率を優先してくれたのかもしれない。
あったばかりではあるがそれなりに信用してくれているのだろう。しかし、助けられておいて何だが、少し危ういような気もする。まあ、私としても危害を加える気も、不快にさせる意図もないので彼女から見れば正しい判断、ということになるのだろう。ヒトであれフレンズであれ疑うということを知らないだけなのかもしれないが。
とりあえず、荷物をここに置いておくことを他のラッキービーストに伝える。彼らは腕や手に相当する部位はないが、器用に頭と耳を使ってある程度の重さのものなら移動させることができる。かばんをそのまま持っていくことはできないだろうが、中身を小分けされれば廃棄されてしまうかもしれないので、念のためだ。さすがに十数体のラッキービーストでキャラバンを組んで都市区まで目指すような権限は『お客さん』である私にはない。
イエイヌの案内についていく。ラッキーさんもついてきていた。宿泊施設が密集している場所から少し離れ、道なりに進んでいく。道といっても舗装などされていない。ただそこに草が生えていないというだけの代物だが。
目の前に森なのか林なのか木が群生している場所が見えてきた。
「イエイヌさんはどうしてそんなに怪我をしているのかな? いいづらかったら無理に訊かないから」
色々あって今まで訊けなかったことを訊いてみた。無数のひっかき傷があるので、恐らくはフレンズ同士の喧嘩じゃないかと考えたのだがどうだろう。
イエイヌは視線を下に落とす。私の身長が彼女より低いので、辛そうな表情がよく見えた。
「これは……ビーストと戦ったときについたものです」
ビースト。どこかその存在を名付けた人物の敵意のようなものを感じるシンプルな言葉だった。
「それって、フレンズとは違うのかい?」
「はい。私たちと同じようにサンドスターに触れて生まれるんですが、お話できないし、暴れるので危ないんです」
「そうなんだ……」
私はなぜそのビーストと戦うことになったのかその理由を聞こうとした。ここはジャパリパークで、ジャパリまんという食べ物によって食物連鎖や捕食行為といった行動から解放された場所である。つまり、誰かと生存競争をする必要が無いのだ。共通の敵としてセルリアンという正体不明の存在がいるにいるが、それだって戦う必要は無く逃げればいい。
にもかかわらず彼女は逃げることなく、ビーストと戦ったといった。ということはつまり戦う理由があったということだ。それが自分のためであれ他者のためであれ傷つくリスクを負ってまで守りたかった何かがあったのだろう。しかし、辛そうな表情をしているということはあまり芳しい結果にならなかったということだ。なので、私はその理由を聞こうとしたが、やめておいた。
「この林で戦ったんです」
「ええ!? 大丈夫? 近くにまだ潜んでいるとかは……」
いつ戦ったのは分からないが傷の状態からかなり最近に争ったはずだ。下手すれば昨日だった、とかもあり得る。
「大丈夫です。もう匂いがしていないので。多分どこかに行ってしまったと思います」
「そ、そう? イエイヌさんがそういうなら正しいんだろうけど」
「はい。それにまた襲ってきてもわたしが守りますから」
「いや、そこは一緒に逃げようよ……」
恐らくそのビーストというのはかなり強力なのだろう。イエイヌがちゃんと生還していることから格下ということはないにしても、かなり甘く見て実力はほぼ同等といったところだろうか。だとすれば遭遇しないように祈るばかりである。荷物を置いてきて正解だった。
林を抜ける。私はイエイヌほど体力が無く、歩幅も小さいので抜けるのに時間がかかってしまった。服の丈があっていないのも歩きにくさに拍車をかけて余計に疲れる。イエイヌは疲れ気味の私を見かねてかおんぶを提案し、それは非常に魅力的に思えたが遠慮した。
「あ。あれです」
イエイヌが指差す方向に何か見えた。近づくにつれ、それが何なのか分かった。
「すけっちさんの描いた絵に似てますよね!」
「あー、うん。確かに似てる。ごめん、私の絵心がなさ過ぎた」
イエイヌは私に純粋な瞳を向けて首を傾げる。その仕草は可愛らしくカメラがあれば収めたいほどだった。
「これは乗り物じゃないね。いや乗り物にもなるけども」
イエイヌが案内してくれたのは台車だった。ラッキーさんが反応しない訳である。しかも車輪が一つ外れており、イエイヌの荷物を運ぶことすらできない。どうしてだか長さの揃った木の棒とロープが近くにある。
私は野帳を開いて自分の描いた絵と比べてみた。長方形で丸。要素は合致している。車輪の数が一致していないが、自動車を見たことがない彼女にこの絵を手がかりに探せといえばこの台車に辿り着くのは当然といえた。
「ううう、すみません……」
耳が垂れ、尻尾が内側に丸まった。
「いや、違うんだ。この絵を見たら誰だってこれだと思うよ。イエイヌさんは正しい」
自分でいって少しグサッときた。
「そうですかあ……?」
「うんうん。というか今確認したら逆にこれ以外を連想するのはおかしいんじゃないかな」
「画像トノ一致率四十二・一パーセント。コレヲ元ニ台車ヲ連想スルカ微妙ダヨ」
「ラッキーさん! 今その情報いらないよね!」
「やっぱり……」
彼女は少し泣きそうになっていた。
焦った私は苦肉の策として車輪のゴムを外し転がす。そして木の棒を持って転がした車輪の下に付けて走る。
「イエイヌさん! ほら、見て見て!」
棒を上手くコントロールして、車輪が倒れないように調整する。倒さないために速度を出さなければいけないので意外と大変だった。
「た、楽しいなー」
私は走り回りながらイエイヌをチラチラと窺う。遊びで気を逸らそうというあまりにも浅はかな考えだった。
が、しかし。イエイヌは興味津々で回る車輪を目で追っている。身体がうずうずしていた。
「イエイヌさんもやってみる?」
ふんふんと首を縦に振る。車輪を掴んで止めて、棒と一緒に彼女へ渡す。見よう見まねで車輪を転がしてそれを棒で押している。
「わー!」
随分楽しそうだった。さっきまでの失敗はすっかり忘れていてホッとする。草原を走り回っている彼女は子供みたいだ。普段の印象は大人しい感じだが、それは我慢しての事なのかもしれない。本来のイエイヌはこうやって遊びや興味のあることに一直線の、活発な性格をしているのだろう。
「ラッキーさん。ああいうときは沈黙が正解だよ」
彼はピピピと電子音を発する。まあ、ラッキーさんは私の言葉に反応して私の間違いを訂正しただけなので悪気があってのことではないし、私が咎めたところでプログラムを書き換えられるわけじゃない。なのでこれは、何というかただの独り言みたいなものだった。
「わー!」
私はラッキーさんの隣に座って彼女の遊びを見学する。地面がデコボコしているので車輪が真っ直ぐ進むことはなく、あっちへこっちへ大きく蛇行しながら進む。イエイヌは車輪だけを見て前を見ずに走っているので本当なら危ないが、ここはかなり開けた草原だ。障害物といえばまばらに生えた木や岩ぐらいのもので、ぶつかる心配もほとんどない。それに彼女の癖なのか右回りにぐるぐるするコースを走っているので遠くに行きすぎることもない。
彼女の楽しそうな顔を見ながら、私はずっとひとりぼっちだったという彼女の言葉を思い出す。他に友達はいないのかと私が聞いたときに、彼女がいっていたことだ。
つまり、友達を作ることなくずっと彼女のいうところのお家でヒトの帰りを待っていたということだ。それはどれだけ辛かっただろうか。ヒトとの楽しい思い出だけを胸に、ずっと独りでいるということは。それは何も知らないということよりも苦しいことかもしれない。もし、私の記憶喪失の性質が逆だったら。知識が無い状態でエピソード記憶だけ残っていたら。果たしてそんな状況があり得るのかは別として、その記憶の中にある誰かに対して会いたいと思いながらもどうすることもできず、その人がいた場所でその人を思いながら待つことしかできない、というのはどれほど不安で心細いだろうか。
そういう意味では、過去を忘れているというのは私にとって一つの救いになっているかもしれない。
もう一つの救いは、一番初めにあったのがイエイヌだったということだ。彼女からすれば私は大切な場所を破壊した人物で、敵認定してもおかしくない。そんな人間をわざわざ助けてくれたのだ。もちろん、ラッキーさんも。多分、あの時彼が近くにいなければ、私もイエイヌも爆発に巻き込まれて死んでしまっていただろう。
私がどこから来て、どこに行こうとしていたのか。どうして墜落してしまったのか。それは分からないが、ゆっくり思い出せばいいと考えられるのはひとえにイエイヌがついてきてくれているからだと確信していた。
「すけっちさーん!」
イエイヌが手を振りながらこちらに向かって走ってくる。私は手を振り返した。車輪を持って近くまで来て渡す。
「すけっちさんもやりませんか? 楽しいですよ!」
車輪を転がすだけなのだから面白いも楽しいもないだろうと思っていたが、渡されたものはしょうがないので遊びに参加する。
車輪を棒で押す。たったこれだけのことだったが案外難しい。地面がフラットではないので車輪が真っ直ぐ進まないのだ。それに倒れないようにするにはある程度速度を出さなければならない。結果速度を保ちながら左右へ行ったり来たりを繰り返すことになる。少し気を抜くと車輪は倒れてしまった。
「あ、ああー」
後ろについてきていたイエイヌが倒れたそれを見て悲壮感のある声を出した。
「むむむ」
イエイヌがあんなに簡単そうにやっていたというのに。もう一度挑戦する。左右に振れたとき、元に戻そうと意識するあまり余計な力が入ってしまっているのだ。それで更に左右に振れ、また戻そうとして……という悪循環に入ってしまう。
今度は戻そうとせず、車輪について行ってみる。しかし――。
「あー。倒れちゃった」
「ぐぬぬ。イエイヌさん!」
「は、はい」
「ちょっともう一回走っているところ見せてくれる?」
「え、ええ。いいですよ」
私は彼女に道具を渡し、そのまま走ってもらい、ついていく。まずは観察しなければ。正しいやり方を見つけるのだ。
イエイヌは最初ぎこちなくやりにくそうだったが、だんだんさっきまでの調子を取り戻して走り始める。
私の時と同じように、彼女も車輪に振り回され左右に蛇行する。しかし倒れることなく進んでいく。最初、私はイエイヌの身体能力によって力技で倒れないようにしていたのかと考えていたが、観察していくうちにどうやらそうではないと分かってきた。彼女は微妙に棒を操作している。例えば車輪が右に行こうとしたとき、棒を右に向けている。つまりその操作をすることによって車輪が左に向こうとする。円や球体は面積に対して接地面が極端に小さい。その接地面を軸にして、イエイヌは方向転換を行なっているのだ。例えばビリヤード。球と球を真っ直ぐぶつければ真っ直ぐに進むが球を右にぶつければぶつけられた球は左に進む。それを彼女は車輪と棒で行なっている。
「なるほど……」
「すけっちさん? ちょっとやりにくいです……」
「いや、気にしないで続け――うわっ!?」
私は石につまずいて転んでしまった。豪快にスライディングをかます。
「大丈夫ですか!」
「い、いや。大丈夫」
転んだ場所が草の上で長袖長ズボンだったこともあって痛みほどすりむいている様子はない。それよりも輪回しである。さっきのイエイヌのやり方を試してみたい。
車輪と棒を拾おうとしたが、足が地面から浮く。イエイヌの手が私の脇に伸びて持ち上げられたのだ。
「すけっちさん。ちょっとお休みしましょう」
「なんでさ! 試してみたいのに!」
イエイヌの拘束から抜け出そうともがくが、手足をジタバタさせているだけで何の意味も成さない。
「すけっちさん?」
イエイヌは語気を強めてにっこり笑顔になる。すこし背筋に来るタイプの笑みだった。私は大人しくそれに従う。イエイヌは私を地面に下ろした。
「ほら、手が少し擦りむいてるじゃないですか」
イエイヌはそういって私の手のひらを舐めていく。突然のことで思考が働かない。二、三秒ほど固まり、ようやく思考が追いつく。
「ぬわぁ!? なに!? 急になに!?」
手を引っ込めようとするが、大きな岩に挟まったようにびくともしない。
「何って、傷を舐めてるんです。動かないでください」
「ちょっと汚いよ!?」
舐めることが、ではなく私の手のひらが、である。さっき木の棒やら車輪やら触っているし、こけて擦りむいたのだから地面に手をついたということだ。しかし、彼女はそんなことを気にする様子もなく舐める。動物のイヌであれば舐められるという行為にそれほど抵抗はなかっただろうが、彼女はフレンズだ。外見は動物よりもヒトに近い。
「はい。終わりです」
イエイヌはそういって私の手を解放した。
「…………」
じっと手のひらを眺めていると舐められたときの感触を思い出しそうになったので首をぶんぶんと振って振り払う。これはイエイヌなりの医療行為であり、何らおかしなことはないのだ。
「さ、さてと。一旦戻ろうか」
「心拍数、血圧上昇シテイルヨ。一時的二休憩スルコトヲ推奨」
「ラッキーさん! 今その情報いらないよね!」