イエイヌは輪回しを気に入ったのか、車輪と棒を持ってきていた。とっさの思いつきだったが、そこまで気に入ってくれるとこちらとしても嬉しい。
しかし、結局当初の目的だった乗り物を手に入れることはできなかった。ラッキーさんの検索に引っかからない時点でやっぱり徒歩で都市区に向かうしかないのだろうか。だが五十キロ弱はきつい。ただ歩くだけならいいのだが、あの荷物がある。捨てていけなんていえないしいいたくないので、何とか方法を考えなければ。
そんなことを歩きながら考えていると、急にイエイヌがきょろきょろと辺りを見渡すような動きをする。
「……どうしたの?」
「すこし静かに。何かが近くにいます」
もしかしてビースト? と確認しようとしたがイエイヌの雰囲気ががらりと変わっていて聞くことができなかった。ビーストはどこかに行ったと彼女はいっていたが、また戻ってきてしまったのだろうか。セルリアンという可能性もある。いや、こちらの方が可能性は高い。どちらにしろ危険を感じて私は無意識に身を固くした。
イエイヌはその何かがいる方向が分かったのか、見渡すことはせずに一点を見つめている。
徐々に葉っぱが擦れる音が近づいてくる。何かが茂みをかき分けてこちらに向かってきているのだ。イエイヌは私の盾になるように少し移動した。
「イエイヌさん、逃げた方が……」
私がそういったすぐに、茂みから何かが二つ飛び出してきた。
「何者!」
イエイヌが鋭く叫ぶ。
「うわ! お、お前こそ何者だ! プロングホーン様! 敵です!」
私は心の底から安心した。ビーストでもセルリアンでもなくフレンズだ。
「アレハオオミチバシリダネ。グレーター・ロードランナートモ呼バレテイルヨ。脚ガ発達シテイテ早ク走ルコトガデキルンダ」
ラッキーさんが解説してくれる。そういえばセルリアンなどの危険が近くにいる場合、彼は警告してくれたはずだ。それがないということはこの辺りは比較的安全である証拠だ。
「ぐるる……」
イエイヌが威嚇している。
「イエイヌさん、大丈夫だよ。フレンズじゃないか」
「……そうですか?」
私がそういうと彼女は警戒しながらも唸るのをやめた。匂いかなんかで嗅ぎ分けられないのだろうか?
「プロングホーン様? どうしたんですか?」
ロードランナーがもう一人のフレンズの肩を軽く揺さぶった。揺さぶられたほうは白目を剥いて固まっていた。
「プロングホーンハ最高時速八十キロデ走ルコトガデキルヨ。天敵ハコヨーテヤボブキャットナンダ」
「ああ、なるほど」
コヨーテはイヌ科の動物で、イエイヌももちろんイヌ科だ。目の前にいきなり天敵の親戚がが現れて、さらに威嚇されたものだからびっくりして放心してしまったのだろう。
「プロングホーン様ぁ!」
「ぬを!?」
ロードランナーの大声でハッと意識を取り戻す。彼女は再び私たちを認識し、イエイヌを見て短く悲鳴を上げてロードランナーにしがみついた。
「うおう? おい、お前達! こ、この方に何をしたぁ! やんのか! やる気かぁ! 受けて立つぞぉ!」
ロードランナーは興奮した様子でファイティングポーズを取る。それに反応してイエイヌが牙を剥きだして威嚇する。このままでは喧嘩に発展してしまう。
「ちょっと二人とも落ち着いて! イエイヌさん、私の後ろに」
「でも……」
「大丈夫だから。ね?」
そういうと、素直に従う。
「二人とも、驚かしてごめんよ。悪気はなかったんだ。この通り」
私は二人に頭を下げた。
「お、おう。プロングホーン様。こいつらも謝ってますし、許してあげましょうよ」
プロングホーンはしがみついたままコクコクと頷いている。多分会話の内容は彼女の耳に入っていないようだった。
私はイエイヌの耳に顔を近づけて囁く。
「イエイヌさん。あの子を安心させてあげてよ。どうやら君にびっくりしたみたいなんだ」
「……分かりました」
なぜだか少し不満そうではあるが、誤解を解いてくれるようだ。
イエイヌが私の影から出ると、プロングホーンはびくりと身体を震わせた。本来ならその俊足で天敵から逃げるのだろうが、あまりにとっさの出来事で対応できなかったのだろう。もしかするとロードランナーを置いていけなかったのかもしれない。
「あのう。わたしはイエイヌです。セルリアンとかビーストじゃありませんよ」
ゆっくり丁寧に。怯えてしまった相手には有効なやり方だ。彼女は手を伸ばし、プロングホーンの頭を撫でる。
「あー! なに触ってんだよー!」
「あなたはちょっと黙ってて」
イエイヌはギロリとロードランナーを一睨みした。彼女はあう、とひるんで押し黙る。少し不機嫌、なのだろうか。
撫でられている内に危害を加える意思がこちらにないことが伝わったのか、彼女はロードランナーにしがみつくのをやめ、イエイヌも撫でるのを中断した。
コホン、と咳払いしてプロングホーンは復活したようだ。
「……すまないな。君をコヨーテと勘違いしてびっくりしてしまったのだ」
「いえ。気にしていませんから。こちらこそ驚かせてすみません」
「プロングホーン様! コヨーテなんてわたしがやっつけますから!」
彼女、ロードランナーは太鼓持ち属性の持ち主みたいだ。どうしてプロングホーンに付き従っているのかは分からないが。
イエイヌが私のそばに寄ってきて、じっと目を見つめてくる。綺麗な瞳をしているが、それが訴える意味を汲み取ることができなかった。
「……ど、どうしたのさ?」
私がそういうと、一瞬だけ、ほんの少しまぶたが細まった気がした。気のせいである可能性が高いが、なぜかそうだとは思えなかった。
「いえいえ。なんでも」
にっこりと満面の笑みを浮かべて彼女はそういった。やっぱり気のせいだったかもしれない。
「プロングホーン様。もしかしてこいつなら……」
ロードランナーが私を見ながら彼女に耳打ちをする。イエイヌが腰を低くかがめている。やっぱりまだ警戒しているようだった。プロングホーンは耳打ちに頷き、
「君たちに頼みたいことがあるのだ。ついてきてくれないだろうか」
突然そんなことをいいだした。顔を見合わせる私とイエイヌ。
「どうしますか? のりものを探さないと」
「うーん。確かにそうだけど……」
「わたしはすけっちさんに従います」
「そんな従うって……」
どうしても対等というより主従みたいな関係になってしまうのだろうか。私としては友達でありたいと思っているのだが。
「おい、お前。プロングホーン様に喧嘩を売った落とし前は付けろよ」
ロードランナーは笑ってしまうほど口が悪いが、決してプロングホーンを怖がらせた、とはいわない辺り尊敬しているのだろう。
「私としてもあれとかけっこをしてみたいのだ。茂みの奥で見つけたんだがすごく速そうでな」
「かけっこ? 速そう?」
私は要領を得ず、オウム返しに聞き返した。
「うむ。しかし、前の時と一緒で、たぶんボスがいないと動かないんじゃないかと思うのだ。あの時もどこからともなくボスの声が聞こえていたし」
「ボス? 誰だい? それは」
「ラッキーさんのことですよ。ジャパリまんをくれるので誰かがそう呼んでいつの間にか広まったんです」
「へぇ」
あだ名みたいなものか。それにしても可愛らしい外見の割にずいぶん厳ついあだ名がついたものだ。ギャップ萌えというやつだろうか。
「えーと。整理すると、その速そうなものとかけっこがしたいけれど、それを動かすにはラッキーさんが必要、と」
プロングホーンとロードランナーは頷いた。
つまりこれは何かの乗り物を彼女らが見つけたということではないだろうか。ついていく価値はありそうだった。ただ、そうなると再びなぜラッキーさんの検索に引っかからないのかという例の問題にぶち当たることになるが、それほど期待せずに確かめるだけ確かめてみてもいいだろう。
「イエイヌさんはどう思う?」
「どう……ですか? わたしは――」
「おい、どうした。びびってんのか? やめるんならいまのうちだぜぇ?」
じれたのかロードランナーが煽ってくる。それほどイラッとこず、むしろ微笑ましいと思うのは彼女が愛嬌のある顔をしているからだろうか。
「なにおう!?」
しかし、イエイヌは関係なかったようで、その挑発に乗せられている。
「すけっちさん、行きましょう! ぼこぼこにしてやります!」
彼女は意外と好戦的なのかもしれない。確かに群れで狩りをする肉食動物だから不自然ではないが。
「喧嘩はやめようね……」
私は苦笑しながら彼女をたしなめる。ロードランナーにちょっと助けられたかもしれない。
「よし! では私についてこい!」
プロングホーンは嬉しそうに今来た道を引き返す。彼女の手にキラキラとCGエフェクトのような光が現れ、刺股みたいに先が二手に分かれた角のような武器が出現する。それを左右に振って茂みを払って道を作ってくれるようだ。
「おい。プロングホーン様のやさしさに感謝しろよ?」
それはわざわざ言葉にすると意味が無くなる。その証拠に先導するプロングホーンは少し俯いていた。こちらからは髪の毛で見えないが、ヒトのほうの耳は真っ赤になっていると容易に分かった。
ロードランナーはプロングホーンに聞こえるのを一切気にせず、いかに彼女が素晴らしく、寛大で、慈悲深く、強くて足が速いのかを力説していた。これはもはや一種の精神的拷問だろう。大変だなあ、などと他人事と思っていると、こちらに飛び火してくる。
「すけっちさんだって! すごい怪我をしてもすぐに治る!」
「へん! そんなのすごくないもんねー。怪我をしなければいいだけだろ!」
「ぐぬぬ!」
イエイヌはよく分からない対抗をしようとしていた。そういえば、この怪我がどうやって治ったのか分からずじまいだ。
「すけっちさんはやさしいんだ!」
「プロングホーン様だって!」
そうやって両者ともすごい勢いで褒めてくる。褒めてくれるのは嬉しいけれども、できれば本人のいないところでやって欲しい。どんどん体温が上がってくる。うっすら汗を掻いてきたのは歩いているからという理由だけでは説明できない。いたたまれなくなって二人から距離を取り、プロングホーンの隣を歩くことにした。彼女はロードランナーの褒め殺しを喰らって既に手に持っているものを振って茂みを払うことができなくなっている。ずっと前に突き出して幅の狭い道を作るのに終始していた。
「…………」
あまりの恥ずかしさに無言のまま目がぐるぐるになっている。
「その……大変だね?」
私が話しかけるとハッとなり、ぐるぐる目はなくなったが顔は火照ったままだ。
「い、いつものことだ。気にしないでくれ。スケッチだったか。君も顔が真っ赤だぞ」
「そっちもね」
私とプロングホーンは力なく笑い、妙な連帯感が生まれた。
「プロングホーン様ぁ!」
「すけっちさぁん!」
なんだなんだと振り返ると、二人が駆け寄ってくる。
「この勝負、すけっちさんが勝ちますよね!?」
「なにいってるんだ! プロングホーン様に決まってるだろ! ですよね? ね?」
「勝負は関係ないが、かけっこならきっと私のほうが速いさ」
「ほらみろ!」
「す、すけっちさん! 負けるはずないですよね!」
「う……うん……」
イエイヌのすがるような視線を向けられ、歯切れが悪いながら頷く以外の選択肢が見当たらなかった。その乗り物が本当に速いかどうか分からないし、そもそも台車の時のように壊れて動かないかもしれない。そうなったとき、不戦勝とかいってロードランナーがすごく煽ってくるだろうことは彼女の今までの言動から確定している。イエイヌは果たして耐えられるだろうか。考えたくない。
「ここだ。ついたぞ」
彼女が武器の先端を前のほうに向ける。
彼女のいっていた『速そうなもの』がそこにはあった。車輪が二つありその上に緑色をベースに黄色のラインが入った車体が乗っかっている。丸い一つ目のヘッドライトで前輪から高い位置に泥よけがついていた。真っ直ぐなハンドルで、後ろにはプラスチック製のボックスが付けられている。
「なんだろう、これ」
イエイヌが近づいて後ろから匂いを嗅いでいる。
「バイクだね。これも乗り物だよ」
正確にはオフロードバイクだ。なぜこんなものがここにあるのか疑問だが、恐らくはパークの関係者が使っていたものだろう。『ジャパリパーク』とプリントされている。
「あ、確かにすけっちさんが描いたやつに似てますね」
二輪なので確かにあの絵に似ている。イエイヌの無邪気な言葉に少し沈む。もしかするとあの絵は乗り物のイデアを捉えているのかもしれない。
プロングホーンのいうとおり速そうなバイクだが、車体は泥だらけでここに放置されてから時間が経っているように思える。果たして動くかどうか。
ぴょこぴょことラッキーさんがバイクに近づき、大きく飛んでシートに登った。
「動カスニハ電池ヲ充電シナイトイケナイヨ」
「充電すれば動くの?」
ガソリンなどの燃料で動くのではなく電気で動く電動バイクのようだ。排気ガスでパークの環境を汚さないようにする配慮かもしれない。地熱や太陽光、波力など自然エネルギーで電気を賄っているはずだ。
「大丈夫。動カセソウダヨ」
どうやら充電されていなかったから検索に引っかからなかったようだ。しかしそれだと色々と不便じゃないだろうかとも思ったが、まあ使える乗り物が見つかったのでよしとしよう。
「どこで充電できるかな……?」
「検索中……宿泊施設デ充電デキルヨ」
「イエイヌさんのいたところでいいの?」
「ソウダヨ」
ほとんど焼け落ちてしまったはずだが、どこかに電源が生きているのかもしれない。
「どうだ? その『ばいく』とやらは動きそうか?」
「うん。ちょっとイエイヌさんの家があったところに戻らないといけないけど」
「そうか! なら早く行こう!」
さっきまでの褒め殺しを忘れて楽しそうにいった。
「それで、ものは相談なんだけど」
「ん? なんだ?」
「いきなりで申し訳ないんだけど、このバイク、譲ってくれないかな? もちろんかけっこは参加する」
「これはプロングホーン様が見つけたんだぞ! あげないぞ!」
「まあ待てロードランナー。私たちには使えないだろう? かけっこさえできればいいさ。うん。君に譲ろう。でもかけっこは付き合ってもらうぞ」
あっさり彼女はそういった。
「もちろんさ。ありがとう」
「お前、プロングホーン様に感謝しろよ?」
ロードランナーはずっとこの調子で疲れないのだろうか。