私はバイクを押して行こうとしたが、予想以上に重い。動かせないというわけではないが、踏ん張って押していかなければならなかったので、イエイヌが代わってくれた。その代わり彼女が持っていた車輪と木の棒を持つ。バイクをすいすい押して進むので同年代のヒトと比べてもかなり力があるようだ。
林から出て宿泊施設に繋がる道を行き、到着する。イエイヌは顔色一つ変えず全く疲れている様子はなかった。すごい体力だ。
「ありがとう。助かったよ。もうちょっとお願いできる?」
「そんな。ちょっとといわずいつまででも押しますよ」
「それじゃ乗り物の意味がないでしょ」
「コッチダヨ」
ラッキーさんの先導で充電できる場所まで案内してもらう。電気スタンドで、三つ穴が空いたコンセントがいくつかついている。私は車輪と木の棒をそこに立てかけた。
「ソコノカバーヲ開ケテ、プラグヲ取リ付ケテネ」
ラッキーさんの説明通り、シートの下辺りにあるカバーを外し、差し込みプラグを引っ張り出す。それをスタンドに取り付ける。
「どれくらいかかるのかな?」
「満タンマデ、二十分グライダヨ」
そんなにかからないみたいだ。その間にレースのコースでも決めよう。
「プロングホーンさん。かけっこってどこからどこまで走るつもりなの?」
「走れなくなるまでだ」
そんなデスマッチみたいなかけっこは聞いたことがない。
「それはちょっと大変じゃないかな……どこからどこまでっていうのを決めた方がいい」
「ふむ。そうか」
「それで考えたんだけど、スタートはここで、林を抜けてまた戻ってきてゴールっていうのはどうかな?」
折り返し地点にロードランナーかイエイヌに待機してもらって、ちゃんと通過したことを確認してもらう。
「折り返し地点とゴールだけ決めて、コースはどう走っても構わない」
これならわざわざ道を作らなくてもいいし、自分が得意な場所を走れるんじゃないだろうか。一直線に向かってもいいし、障害物を迂回して走ってもいい。チェックポイントだけおさえれば問題ないというルールだ。
「うむ。いいと思うぞ。ロードランナーはどうだ?」
「わたしもいいと思います!」
「それじゃあ、折り返し地点に誰かいてもらわないといけないんだけど……」
「はいはい! わたしがやるぜ!」
「あ! ずるい!」
イエイヌが不満を漏らす。ロードランナーは勝ち誇った顔をしていた。この二人随分仲良くなったなあ。対等という感じがして少し妬けてしまう。
「早い者勝ちだもんねー」
「うー。役に立ちたかったのに……」
「ねえ、一緒に乗る?」
あのボックスを外せば二人乗りはできるだろう。どのみち二人乗りで都市区まで転がすのだ。今のうちに練習ではないが、馴れておいた方がいいかもしれない。
「え! いいんですか!?」
「もちろん」
「……プロングホーン様」
ロードランナーが物欲しそうな顔で彼女を見ている。二人乗りではないが、背負って欲しいのだろう。
「私は別にいいが、そうすると折り返し地点に誰もいないことになってしまうぞ?」
「……イエイヌ」
「わたしは早い者勝ちに負けたので」
若干根に持っているようで、素っ気ない。
「……あう」
がっくりと肩を落とし諦めたようだった。
それからしばらくして、ピー、とバイクから音が鳴った。
「充電完了ダヨ」
「おおー」
と、ラッキーさんの報告に四人が声を上げる。プラグを抜いて巻き取り、カバーで覆う。
いざまたがったものの、足が地面に届かない。ぷらぷらと情けなく足が浮いている。親のバイクにねだって乗せてもらった子供みたいな図だった。
「ラッキーさん、大丈夫かなこれ」
大丈夫なわけがない。足が付かなければ停止できないし、そもそも私の力ではバイクが倒れたとき起こせない。
と思っていたのだが、ラッキーさんは大丈夫ダヨと抑揚のあまりないいつもの声でいった。彼がシートに乗りガソリン車であればフューエルタンクに該当する場所に収まる。そこにくぼみがあって、ラッキーさんの特等席だったようだ。バイクが起動し、モータによる微細な振動と音を感じるがエンジンのような身体の内部に響くほどではない。
「念ノタメ、ハンドルヲ握ッテイテネ」
私はいわれたとおりにハンドルを握る。車体が傾く。いや、真っ直ぐになったのだ。スタンドで支えられていたバイクが、停止しているにも関わらずその助けなしで止まっている。その証拠にスタンドがひとりでに(恐らくラッキーさんが操作したのだろう)上がる。
「低速発進スルヨ」
「おお、すごい」
バイクが前に進んでいく。メーターは時速一キロを指している。普通なら倒れるはずだが、どういう姿勢制御を行なっているのか倒れない。
「ハンドルヲ操作シテネ」
右に曲がってみる。倒れることなくスムーズに曲がった。左も同じだ。車体が少し傾くと、戻ろうとする力が働くようで少し感覚的に気持ち悪い部分は否めないが、すぐに馴れるだろう。
「後退スルヨ」
少しの間停止し、後ろに下がっていく。これも問題なく行えている。バイクで人力ではないバックができるのはかなり便利だ。これも姿勢制御のなせる技だろう。
これなら大丈夫そうだ。私のような人間を想定して設計された訳ではないだろうが、結果的に操縦できるようになっている。
バイクを停止させて一旦降りる。自動でスタンドがおり、ラッキーさんが姿勢制御を切ったのかバイクはスタンドに重量を預ける。
工具はまだ辺りにいるラッキービーストから受け取り(宿泊施設に元からあったものだ)、後ろについたボックスを外す。これでイエイヌも後ろに乗れるはずだ。
「それじゃ、バイクの慣らし運転とプロングホーンさんのウォーミングアップも兼ねて、折り返し地点を決めに行こうか」
イエイヌとプロングホーンは嬉しそうに、ロードランナーは沈んだ様子で頷いた。
「プロングホーン様ぁ! ここで待ってますからぁ!」
折り返し地点を決めてロードランナーにそこで待機してもらう。地点は林を抜けて道なりに少し行った先にある大きな木だ。そこを通ったことを証明するために、私が野帳に描いた絵を半分に破き、ロードランナーに渡した。これを所持した状態で先にゴールしたほうが勝利というわけだ。プロングホーンは勝敗に頓着していないようだが。
スタート地点まで戻る。プロングホーンに合わせて時速二十五キロくらいで走っていたが、特に走行上問題はない。それよりも彼女だ。この速度でウォーミングアップとは。最高時速八十キロは伊達ではないようだ。直線で舗装された道ならばバイクが勝利するだろうが、舗装されていなく、障害物もあり直線でないコースを走るわけだから、割と勝負の行方が分からない。スタートダッシュが勝敗を分けるかもしれない。電動バイクは立ち上がりのトルクが高いので、停止から加速がしやすい。彼女がスピードに乗る前に引き離すのだ。
「では、共に走ろう!」
プロングホーンが先ほど引いたスタートラインに立つ。
「うん。よろしく」
ラッキーさんの誘導でバイクをラインの前まで持っていく。レースが始まれば転ばないように姿勢制御だけやってもらう。速度管理と操縦は私がやることになっている。まあ、レースとはいえ負けてもデメリットはない。バイクを譲ってくれたお礼みたいなものなのだから、気楽にやろう。
「すけっちさん! 勝ってください!」
「頑張るよ」
イエイヌがぎゅっと私に抱きつく。高い体温が伝わる。でもまあ、ちょっとはいいところを見せたいとは思う。ロードランナーに煽られるばかりでは彼女もつまらないだろう。
「位置ニツイテ、ヨーイ……」
アクセルを握る。
「ドン」
私は一気にスロットルを回して加速する。電動なのでクラッチなどの操作はいらない。ATみたいなものだ。モータ特有の高音を発してバイクは一気に加速した。急発進によるGと風を身体に感じる。
スピードメータは三十キロ当たりを指している。まだまだ加速しなければ彼女に追いつかれてしまうが、意外と怖い。そんなにスピードが出ている訳ではないが、とてつもなく速く感じる。しかし、速度に馴れるまでもたもたしていると抜かれ――
「お先に!」
プロングホーンが一気に追いつき、抜き去っていった。
「な、早! イエイヌさん、舌噛むから口を閉じてて!」
「んん!」
再びスロットルを回す。メータの針はぐんぐん上がり、三十五、四十、四十五と数字が上がっていくごとにどんどん後ろに流れる景色が速くなっていく。
先ほど離された彼女に近づく。
五十キロを指したとき、林に突入した。林の道は曲がりくねっているのでインコースをいかに捉えるかが勝負どころだ。
曲がりくねった道が彼女の速度を落とさせる。それはバイクも同じだが、加減速がしっかりと付けられ、体重移動である程度曲がれるこちら側のほうが有利だ。そういう意味でイエイヌに乗ってもらったのは良かったかもしれない。徐々に距離を詰め、あと少しで併走できる。もう一息速度を出そう、といったところでスロットルを回したが加速感がない。
スピードメータを確認すると、五十キロを指したままだった。
おかしいなと思いながらもう一度加速しようとする。しかし、スピードメータは変わらず、実際に感じる速さも変わらない。
「あれ? 速度が上がらない」
「安全第一ダヨ。スピードノ出シ過ギハ危ナイヨ」
「ラッキーさん、これレースだから! キャップ外して!」
「駄目ダヨ。駄目ダヨ」
くそう、制限を外せないみたいだ。姿勢制御だけ任せていたが、ちゃっかり上限を設けていた。確かに怪我をすれば元も子もないのは頭で理解しているが、もどかしい。
それに五十キロで制限されてしまうと最高時速八十キロの彼女に対して勝ち目がなくなる。今のうちに追い越して差を広げないと。
「おお? 追い上げてきたな!」
なんとかプロングホーンに併走する。
「すけっちさん! わたしが驚かせて――」
「駄目だって! それは駄目!」
それでは正々堂々ではなくなってしまう。イエイヌの勝ちにこだわる姿勢は素晴らしいが、これは喧嘩でも命を賭けた死闘でもない。気持ちよく終わるには手段は選ばなくてはならない。
そのまま併走して林を抜ける。まずい。開けた場所では彼女の能力を存分に生かすことができてしまう。
その予想通り、プロングホーンはギアを上げる。せっかく詰めた距離がぐんぐん広がっていく。
「ラッキーさん! ちょっとだけだから! ちょっとの間だけ!」
「駄目ダヨ。駄目ダヨ」
にべもなく却下されてしまう。当たり前だ。彼の最優先事項は『お客さん』の安全なのだから。
「……ングホーン様ぁ!」
ロードランナーの声が聞こえる。折り返し地点が近い。彼女が木の下で手を振っているのが確認できた。その手前にプロングホーンが砂煙を上げて走っている。時速六十キロといったところだろうか。最高時速はあくまで最高時速だ。巡航速度ではない。巻き返せるチャンスは折り返し地点で一度止まらないといけないことと、林でのカーブだ。
「うおっとっと?」
「プロングホーン様!?」
彼女はロードランナーの前で止まりきれず、ロスしている。ラッキーだ。私はアクセルを戻してブレーキを掴み、ロードランナーの前で止まる。
「ちくしょう! まだ勝負は終わってないんだからな!」
悪態をつきながらも紙を渡す。彼女のいうとおりだ。受け取ると急発進してハンドルを右に曲げ、コースに戻る。
ミラーで後ろを確認する。二十メートルほど離しただろうか。プロングホーンはちょうど紙を受け取っていた。
「頑張ってください!」
ロードランナーがここまで聞こえるような声量で声援を送る。心なしか速度が上がっているような気がする。
とにかく前を向いて走るしかない。どれだけ距離を詰められずにいくか。
ターニングポイントの林に再び入ろうとしたその時だった。
「危険、危険、危険」
ラッキーさんの目が赤く点滅しながら警告が発せられる。一瞬、バイクの速度がぐんと上がり、私は驚いて減速した。ラッキーさんが制限を外したのだ。姿勢制御がなければ転倒していたかもしれない。
「すけっちさん! 後ろです!」
イエイヌが叫んだ。ミラーではなく首を後ろに向けて確認する。赤いバイクのようなものがプロングホーンを追っている。
バイクの向きを変えて停止させる。
「何だあれ?」
「セルリアンダヨ」
「セルリアンです!」