イエイヌとラッキーさんが異口同音にいった。セルリアン。生物や物、場所などの『かがやき』を奪いその形をコピーする存在だ。フレンズが食べられる――取り込まれると元の動物に戻す作用もあるのだという。
プロングホーンはなぜ逃げない? バイクの突進を避けてはいるが、その場から動こうとはせず、あの二股の武器を出現させている。
いや待て。よく見ると、あのバイク型セルリアンの触手のような部位に、何かがいる。
捕まっている。
あれはロードランナーだ。地面に引きずられている。頭の翼を使ってダメージを軽減しようとしているが完全ではない。
それを認識したとき、私の頭がカッと燃えるような感覚に陥った。いつの間にかバイクが発進している。助けなければと思ったのは風を感じた後だった。胸の傷が急に痛む。
彼女たちの元に向かおうとしたがバイクが減速しハンドルが勝手に動いた。
「危険、危険、危険」
彼の最優先事項は『お客さん』の安全だ。決してラッキーさんが悪いわけではないが、状況が状況である。私はイラッときた。ブレーキを握り停止させるとバイクから降りる。
「すけっちさん!」
イエイヌが腕を掴む。
「イエイヌさん! 早く助けに行かないと……!」
「すけっちさんがいっても危ないだけです!」
「でも――」
ロードランナーを放って置くわけにはいかない。イエイヌの手を振りほどこうとしたが、できなかった。彼女の手が震えていたからだ。それに気付き、見上げて顔を見た。
「イエイヌさん……」
泣き出しそうな表情だ。ヒトを守るのが使命。彼女はそういっていた。
彼女にとって、ヒトという生物はそれほどにも特別なのだろう。思えば彼女は大切な場所を破壊した私を一切責めない。命を危険に晒してまでかき集めた大切な荷物を、出会ったばかりの私が置いていこうといえばそれに従うし、私が眠っている間、ずっと身動きもせず膝枕をしていた。普通に考えれば足は痺れっぱなしだし、私の頭の重さにずっと耐えなければいけない。それも何時間もだ。どれほど大変なことでも、ヒトを最優先してしまう。
ロードランナーを助けたくてもヒトを優先してしまう。
それがイエイヌなのだ。たぶん私が手を離せといえば、いやロードランナーを助けてと『命令』すればセルリアンに取り込まれて元の動物に戻ってしまうことすらいとわずに遂行しようとするだろう。
それがイエイヌなのだから。
軽い気持ちで手を離せとはいえなかった。
だから私はイエイヌの手に触れ、いった。
「分かったイエイヌさん。私は足手まといになる。危険が及ばないところまでラッキーさんと逃げる」
力のない自分が悔しい。
「だから私のことは気にせず、あなたのしたいことをすればいい」
この言葉は賭けだった。ヒトの命令ではなく、イエイヌの意思でロードランナーを助けてあげて欲しかった。それができるだけの力を彼女は持っているように思えた。
だが、この言葉は彼女を苦しめる。
「わたしの、したいこと……」
すがるような目つきで私を見る。まるで捨てられた子犬のような目だった。呼吸も浅いように思う。悲痛な声なき声が視線に乗って伝わってくる。その重圧から逃げ出したかったが、絶対に逃げたくはなかった。
私はあなたと対等でいたい。それが私の偽らざる本音だった。
そう思った瞬間、さっきまでずきずきと心臓の鼓動に合わせて痛みを感じていた傷跡が熱くなる。けれど、不快な感覚ではなかった。
「……え?」
キラキラとしたCGエフェクトのような光が私の左肩と左手に集まっていく。同様の現象が腰回りにも起こっていた。
そのままあっけにとられていると、その光がはじけ、手には弓――青いコンパウンドボウが現れていた。肩にはチェストガード、腕にはアームガードがついている。クィーバーが腰に巻かれ、矢が三本入っていた。
「野生……解放?」
イエイヌが呆けたままそう呟いた。
私も突然のことで意味が分からない。だが、今は驚いている暇はない。そして今ならいえる。最適解をいうことができる。
「イエイヌさん。一緒に助けに行こう」
命令でも投げっぱなしでもない。提案ができる。
「あ……はい」
「うぉぉぉぉ! ロードランナーを離せぇぇぇ!」
プロングホーンの雄叫びが辺りに響く。
バイク型セルリアンは近くで見るとその異形が禍々しい。バイクというベースはあるものの、趣味の悪い改造を施したみたいになっている。
ヘッドライトが大きなセルリアン特有の目になっており、ハンドルが途中で前方に折れ曲がって鋭利な角と化し、シートには溶けたヒトのようなものが乗っていた。そこから触手が一本伸びており、ロードランナーの足を掴んでいた。セルリアンが取り込もうとしないのは、プロングホーンがそれをさせないように攻撃の手を緩めていなかったからだ。
「プロングホーンさん!」
「スケッチとイエイヌか! ……ってどうしたその格好?」
「説明は後……というか私にも分かってないんだ。とにかくロードランナーを助けないと」
「ああ。だが――」
プロングホーンは爆走するセルリアンを見る。
バイク型セルリアンの移動速度は速く、プロングホーンでも捕らえ切れていない。方向転換が優秀過ぎるのだ。ヒトが乗っているわけでもないので、無茶なハンドル捌きができる。バイクという形を取ったが故に、空を飛んだりといったことはできないようだが。
「ここだと相手に有利すぎるな……」
私は草原を見渡して呟いた。縦横無尽に走行できるので動きに予想が付けられない。これでは矢を当てることもできないだろう。弓矢が現れたときに直感で理解したのだが、矢を使用して二十四時間経てば回復するみたいだ。実質一回の戦闘で三本しか矢は使えない。
セルリアンが急に方向転換し向かってくる。私はイエイヌに抱きかかえられて横に跳んでいった。プロングホーンは反対側に跳び、セルリアンは間を通過する。触手に引きづられ、一瞬だが苦しそうなロードランナーが目に映った。ぞわりと背筋が冷たくなる。
後輪を振って方向転換し、プロングホーンのほうへと突進していく。彼女は再び地面を蹴ってそれを避ける。
「プロングホーンさん! あの角を掴んで動きを止められないかな!」
「やってみよう!」
プロングホーンは武器を草原に放り出し、セルリアンと相対する。突進してくるやつのハンドルの角を両手で掴んだ。しかし、セルリアンのほうが馬力があるのか、彼女の足が地面を抉りながら後退していく。
私は弓を構え、引き絞る。
「ぐうう!?」
「プロングホーン様! に、逃げてください!」
「馬鹿なことをいうな!」
シートの下にある『石』に狙いを定め、リリーサーのトリガーを切ろうとした瞬間だった。
セルリアンの触手が動き射線上にロードランナーを置いた。
「……ッ!」
発射される瞬間だったので、腕ごと弓を一気に左に振った。矢はロードランナーを逸れて飛んでいく。あれは明らかに盾にする動作だった。
「あっぶね!?」
ロードランナーがすぐ横を通り過ぎていく矢に対していった。
「くそっ!」
プロングホーンが耐えきれず横に跳ぶ。セルリアンが勢いよく前進していき、こちらに向き直って停止する。
「何とかして触手を切り落とせれば……」
「……わたしならできるかもしれません」
「イエイヌさん……?」
爪を出してそういった。けものプラズムによって形成されたものだろう。確かにこの爪ならば触手を切り落とせるかもしれない。
「プロングホーンさん! もう一度お願いできますか!?」
イエイヌがセルリアンを睨む。
「ああ! 何度でも!」
プロングホーンがそういうと突っ込んでいく。それに呼応してセルリアンも発進した。少し遅れてイエイヌがプロングホーンの背を追う。セルリアンの攻撃目標をプロングホーンに絞らせるためだ。
再び角を掴み、停止させる。しかし、イエイヌがロードランナーを捕らえている触手を攻撃しようにもゆらゆらと動いていて当てづらそうにしている。
私は右斜め前に走った。セルリアンから見て十時の方向で止まり、再び弓を構えて『石』を狙う。
思惑が当たった。
セルリアンは前と同じようにロードランナーを『石』の盾にしたのだ。
「イエイヌさん! 今だ!」
「はい!」
彼女の爪が触手を切り裂き、ロードランナーが解放され地面に落ちた。イエイヌは彼女を抱えて跳ぶ。
がら空きになった『石』目がけてトリガーを切る。矢は真っ直ぐ、吸い込まれるようにして『石』へ命中した。
セルリアンが断末魔をあげて破裂した。辺りに立方体が散らばる。
「ロードランナー!」
プロングホーンは彼女の元に駆け寄り、ぎゅう、と抱きしめた。イエイヌは空気を読んだのか下がる。
「プ、プロングホーン様……苦しいです……」
「すまない、私がふがいないばかりに……」
「そんな、そんなことないです。……ふえぇ」
ロードランナーは危機から解放され、ホッとしたのか泣き出してしまった。プロングホーンは泣き出した彼女を抱きしめ、頭を撫でていた。
私が力を抜くとコンパウンドボウがすぅ、と光になって消えていった。イエイヌは野生解放だといっていたが、そうなると私は――
「すけっちさん!」
イエイヌが駆け寄ってくる。
「イエイヌさん、ナイスだったよ」
弓を構えていることに気付き、ロードランナーを助けた後すぐに離脱してくれたおかげで石を狙い撃つことができた。
彼女は何かを期待するような目を向けている。少しかがんで、尻尾もぶんぶんと振って、私がそれを与えることを疑っていないようだった。
その頭に手を伸ばしかけたが、それをすれば果たして対等でいられるだろうか。
いられないだろう。普通、友達の頭を良くできましたといって撫でることはしない。
「イエイヌさん両手を挙げて」
「?」
「こういうときはハイタッチをするんだよ」
友達とセルリアンを倒す機会など中々ないが。まあ一緒に問題を解決したときはそうするんじゃないだろうか。気恥ずかしい感じもするけれど。
私は彼女の両手に自分の両手をぱん、と合わせる。
小気味よい音が原っぱに響いた。