イエイヌが落ち着くまで私はされるがままだった。台車をバイクに固定するために四苦八苦してかなり汗をかいたから、鼻のいい彼女に抱きつかれるのはかなり恥ずかしかったが、泣いている彼女を拒否するわけにもいかなかった。
しばらくして落ち着きを取り戻し、慌ててのしかかっていた状態を解除する。目と鼻が泣きはらして少し赤くなっていた。
「す、すみません」
「う、うん。いや、気にしてないよ。その、それより臭くなかったかな? 汗かいちゃって」
「え? いえ、とってもいい匂いです」
「…………」
にへっと満面の笑みだった。それはそれでどうかと思う。
「それで確認だけど、私と一緒に来る?」
一応本人の意思を聞いておかないと、というのもあるが、改めて彼女の口から意思表示を聞いておきたかった。それに意味はあるのか分からないが、イエイヌと対等でありたいがための、儀式のようなものだ。
「はい! もちろんです!」
彼女は勢いよく頷いた。自然と笑みがこぼれる。
「じゃあ、早速荷物を積もうか」
「はい!」
私とイエイヌでかばんを持ち上げ、台車に乗せる。私とイエイヌがバイクのほうに二人乗りをする。
さて発進しようかと思ったのだが、イエイヌがレースの時よりも強く抱きしめてくる。首元に潜り込むようにして密着してくるのだ。首筋に髪の毛が当たってこそばゆい。これでは気が散って危ない。ラッキーさんの自動運転で向かうつもりではあるが、ずっとハンドルを握っていなければならないのだ。
「……イエイヌさん? もう少し力を弱めてくれるかな?」
「すけっちさんの匂いが落ち着くんです~」
「ちょっと!? 一旦降りようか!」
私は慌てて降りた。イエイヌも続く。顔が火照って熱い。
「イエイヌさん。こっちに乗って」
サイドカーのほうを指差す。荷物が載っているが、まだ十分一人が座れるスペースはあった。
「え? 何でですか?」
純真無垢な瞳で見つめてくる。困り顔だった。私はうっ、と言葉に詰まる。
「……そっちの方が安全なんだ。危ないことはさせられないよ。一時間も掴まるのはしんどいからね」
目を逸らしながら私はいった。
「そうですか……でしたら仕方ありません」
不満そうではあるが大人しく従う。ホッとしたが、仄かな罪悪感を感じる。
私は再びまたがり、まだ一つやり残していることに気が付いた。
「あ、そうだ。手を出して。横向きにね」
イエイヌはいわれたとおり手を出した。グーではなくパーの手だ。
「改めて。これからよろしくね」
私は彼女の手を握る。元気な返事が返ってきた。
『サイドカーとイエイヌ』 了