日は昇り始め辺りも薄らと明るくなっている。時刻でいえば5時頃だろう。加奈がレイの説明を受け始めてから概ね3時間が経とうとしている。
結局ろくに睡眠を取らずに話を聞き始めた加奈だったが、戦場での日常を考えればこの程度屁でもなかった。それ以上に今得られる情報量の多さと貴重さに感謝しながらレイの話に聞き入っている。勿論この情報が信用出来るかどうか今はまだ分からないが、全く情報が無いよりはいい。
レイから得られた情報はこの世界の事に始まり、国の情勢や宗教。各国の軍事力そして勇者についての情報も得ることが出来た。
「これで全てかしら?」
「いえ、最後に2つ情報が残っています」
「そう、では聞かせてちょうだい」
日も昇り本来ならば既にこの森を去っている頃であった。追手に追跡されているこの状況では時間が一分一秒でも惜しい。夜間の危険性を人一倍知っているからこそ昨夜は動かなかったが、日が昇れば直ぐにでも行動するつもりだった。しかし貴重な時間を犠牲にしてでも加奈は最後までレイの話を聞くことした。
加奈はこれまで数多くの諜報員達と出会い騙し騙されをも繰り返して来た。最近では相手の口調、目の動きや息遣い等の五感で感じ取れる情報を精査し、相手が嘘偽りを述べているかが分かる様にまでなっていた。
しかしそこまで技術を磨いた加奈がレイの話を聞く中で、レイが嘘偽りを言っている様子を感じ取る事が出来なかった。そしてここが異世界だと言う事を差し引いても加奈はレイの事を多少信用しつつあった。
今までならばこんなこと如きでは信用しようとも思わなかったが、何も無い異界の地で加奈は自分の感覚だけはどうしても疑いたく無かった。何故ならば、何も無い何も知らない。味方すら居ないこの世界で自分自身すら信じられなくては本当に何も出来なくなってしまうと思ったたからだった。だから加奈はレイの話を黙って最後まで聞くことにしたのだ。
「まず1つは貴方がこの世界に呼ばれてしまった原因、それは恐らくメルロマルクが原因だとおもいます」
「どう言う事?」
レイによると、従来勇者を召喚する時には複数の国で話し合い様式に則りそれぞれの地で勇者を召喚するらしい。これは勇者召喚による各国の負担を減らし、更に勇者に充実した支援が出来るようにといった配慮と、一国が戦力を持ち過ぎないようにするという思惑があるらしい。
メルロマルクの本来の主である女王もそれの話し合い、調整の為に長らく国を空けている。しかし今回、王であるオルトクレイと三勇教の暗躍によりメルロマルクにて4人の勇者が同時に召喚されてしまった。これは今までの歴史でも例が無く、確実性も乏しかったが王オルトクレイの独断により実行されてしまった。
そしてその結果、今回の加奈のようなイレギュラーが誕生してしまったのだ。
「なるほどね、因みに女王はどちらに?」
「おそらくはフォーブレイかと」
加奈の質問に対してレイは即座に答える。そして加奈はレイが情報を隠すつもりも無いと言う確証をこの質問で得た。
フォーブレイは四聖教の本部や七星教会があるこの世界での大国で1番文化が進んでいる国でもある。因みに四聖教は剣、弓、槍、盾4つの聖武器を崇める宗教。メルロマルクの三勇教はここから派生し、盾が抜かれている。そして七星教会はそれ以外の聖なる武器に選ばれた者達を進行している。
この世界には四聖勇者と呼ばれる異世界から召喚された勇者以外にもこの地で精霊具と呼ばれる武器に見初められ勇者になる者達もいるのだ。
「てことはこの騒ぎが伝われば女王は戻ってくるのね」
おそらくだが同じ女性である女王なら事情を説明し、和解出来るであろうと加奈は考えていたが、しかし。
「いいえおそらく女王様は戻って来られません」
「何故?」
声を荒らげ問い質したい気持ちになった加奈だがそれを抑え、レイに質問をした。
いくら加奈が軍人だとはいえ孤立無援の状態で国という組織に追われ続ければやがて終わりを迎えてしまう。他の国に取り入るとしても立場的に酷使されるのは明白だった。その為早急にメルロマルクとは和解をしたかったのだ。
「今回の勇者召喚は他国の諜報員によって既に各国に出回っている事でしょう。そうなった場合、今回の件を糾弾し戦争を仕掛けようとする国が現れるでしょう」
確かにレイの言う通り各国が連携して話し合っていた召喚を一国が独断で行ってしまったのだ、戦争を仕掛ける正当な理由にしようと思えばできる。特に人間至上主義のメルロマルクと相反する亜人至上主義を掲げているシルトヴェルトからすれば都合がいい。
「確かにそうね、一国だけならまだしも複数の国に攻められたら勝ち目は無いわね」
メルロマルク自体かなりの国力を持っているみたいだが、複数の国が集まった連合軍の前には塵に等しいだろう。
「はい、ただでさえ波が迫っていて余裕がない状態です。そんな中、戦争を始めてしまえば世界が滅びます」
次元の亀裂から魔物が溢れるという波。そんな災害に対処をしながら戦争などを行えばこの世に地獄が具現すること間違い無しだろう。
加奈の世界、科学が進歩しボタン一つで何万人も人が消える。そんな時代とは違い、いくらこの世界が剣と弓の時代だとしても混乱渦巻く戦場は地獄そのもの。人と人とが傷つけ合い、魔物の恐怖に怯え、枯れた大地で飢えに苦しみ更には病に倒れる。長年戦場にいた加奈はそんな光景が容易に想像出来てしまった。
「.....」
「ですからおそらく女王は戦争回避の為に各国と交渉を始めるはずです。早くても1ヶ月遅くて1年の間は国に帰る事は無いでしょう」
そうなれば加奈は自分の身の振り方を考えなければならない。最低でも武器はあるが逆にいえばそれしかない。仲間を作るかどこかの陣営に入るか単身では生き残ることすら難しい。
「身の危険を感じて王を人質にとり窮地を脱し、更に私を殺すのではなく情報源として扱う。感情的にならず冷静に物事を判断し必要な情報を的確に聞き出す。そんな聡明な貴方なら今の状況がわかるでしょう?」
レイの言葉に加奈は固まった。このままではどう足掻いても詰み、得た情報を全て事実だと仮定して考えると加奈に残された道は少ない。
「えぇ、だからと言ってメルロマルクに戻るつもりも無いわ」
既に兵を殺し王を人質に取ったメルロマルクには戻れない。滞在時間が短かったおかげでまだ民に顔と名前が知られていないことが唯一の救いだが、他の勇者や城の兵士に見つかればジ・エンドだ。
「貴方は力を示した、冷静な判断力と豊富な知識も。道中に貴方の取った行動はしっかりと確認していましたから」
加奈の額に嫌な汗が浮かぶ。圧倒的に有利だった筈なのにこちらが圧されている。そして道中を見ていたという事は銃の存在も知られてしまっている。
「おそらくあの火を噴く筒が貴方の精霊具なのでしょ?」
「えぇ」
謁見の間では賢者と名乗った加奈だったが、レイから放たれる圧力に負けて自分が勇者であると確証を与えるような発言をしてしまう。
「そうですか、やはり.それでは精霊具を持つ勇者である貴方に最後の情報を提示します」
そういうとレイは上衣をはだけさせて、胸にある小さな痣を加奈に見せつける。先程の暗闇では見えなかったそれをよく見ると痣では無く、青い花の刺青が彫ってあるのが見える。
「私の本当の名前はアンファ。ブルーコスモス幹部が1人」
「ブルーコスモス?」
今までの会話には出てこなかった新しい言葉を聞いた加奈は、同じようなテロ組織の名前が頭を過ぎる。地球にいた時は自分以外の民族を滅ぼそうとする危険組織だったが.
「私達ブルーコスモスは、差別のない世界.そう、蒼き正常なる世界の為に戦っています。そして私は貴方を是非仲間にしたいのです」
言っている事は悪いことでは無いのだが 、『蒼き正常なる世界』というセリフに加奈は危機感を覚える。そのうち民族浄化でも始めそうな雰囲気だ。差別のない平和な世界の為に一方を滅ぼす等をしそうに感じる。
「気持ちは嬉しいのだけど私はその組織の事をよく知らないの.」
「大丈夫です今からお教えします。追手についても心配ありません。あと2日は私の報告を待って街で待機している筈ですから」
日は完全に昇り、爽やかな日差しが朝を迎えた事を伝えてくれる。ほんわかとカルト宗教臭のするブルーコスモスとは関わりたくない加奈だったが、かと言って行く宛もない為、この話を最後まで聞く事にしたのだった。
聞いた話を整理とブルーコスモスと言う組織は蒼き正常なる世界と言うフレーズこそ怪しかったが、差別のない平和な世界をつくる為に動く真っ当な組織でその歴史は古い。
構成員は世界中に散らばっていて、アンファの様に諜報員として働くものもいれば、国の官僚や重役として活躍している者もいる。中には一般市民として普通に生活をしている者達もいるみたいだ。ただし長い歴史の中でも勇者が在籍していた記録は無い。
構成員達は種族や年齢、崇める宗教さえも違い。共通点を上げるとすれば差別を無くしたいと本気で思っている事だけだ。幹部は人間10人、亜人10人の計20人存在し、活動の方針等はそれぞれの過半数が同意すれば可決される。
過去にフォーブレイやシルドヴェルトから離反したシルドフリーデン等の国で差別の撤回に成功したが、双方ともに長い時間がかかった事と更に遺恨が消しきれていない等といった事から完全に成功したとは言えない。
そこで白羽の矢がたったのが加奈なのだ、彼女は何も知らない異界からの勇者、しかも神聖視されている四聖勇と共に召喚されている。更に目的の為ならば人を殺す事も厭わず、メルロマルクから離脱してもいる。
ブルーコスモスからすれば足りていない組織の主軸、旗として掲げるには最高の人物であった。
「なるほどね、貴方達の事も概ね理解できたわ」
アンファの話を聞いた加奈は静かに呟いた。彼女としてもこの提案は悪い話では無い。この世界から帰るにしてもこの世界で暮らすにしてもまずは勇者としてこの世界の危機に立ち向かう必要がある。その為には多くの情報と仲間が必要だ。旗柱として立つのは厄介だがそれを差し引いても美味しい話だ。
「是非私たちの仲間として世界平和に協力して頂きたい」
アンファが頭を下げ、手を差し出した。加奈はそんなアンファを見て深く考え込んだ後に差し出された手を取った。
「わかりました。貴方を信頼し協力しましょう」
「ホントですか! ありがとうございます!!」
正直上手い話し過ぎて信じきれない加奈であったが、もし裏切られても逃げ切れるだろうと考えて返事をした。何故ならば銃弾や爆撃、更に空飛ぶパワードスーツに追いかけ回される日常と比べたら多少の追手から逃げる日々など随分と平和な日常に感じたからだ。
「でしたら早速近くの拠点に案内します」
「わかったけど貴方は戻らなくて大丈夫なの?」
メルロマルクを出てから余り時間は経っていないとはいえ、こんな話の後だと多少心配になってしまう。しかもこれからは目的を同じとする仲間になるのだ。
「私なら大丈夫です。それに貴方と私の足取りを追えるような者達は女王と共にいますから」
「そうならいいんだけど、あと加奈よ」
「何がです?」
「私の本当の名前」
加奈はブルーコスモス完全に信用する訳では無かったがそれでもここまで情報を開示し自らの拠点へ連れていこうとするアンファに対して名前も明かさない事は加奈の軍人としてのプライドが許せなかった。
長い間戦場で殺し合いをし続けた結果、他人を信用出来なくなってしまっている加奈だが、信頼を得る為にアンファがした行動に最大限の誠意を示したかったのだ。
「ええ、では行きましょうか」
そう言ったアンファの顔は笑みが溢れていた。アンファに連れられて加奈も歩き始める。目的地はこの森の先にある洞窟拠点だ。日が差しても薄暗さの残る森の中を2人は痕跡を消しながら歩き続けるのだった。
青き清浄なる世界の為に