フレフレ、がんばれ(はーと) 作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ
人間スキスキ()魔神柱が歴史の敗北者たちに「諦めないで!」とエールを送る話。
一発ネタです。「R15+」。じゃっかんのグロと鬱。
ご注意ください。
◆
男たちがわらっている。
焚火が燃え盛り、森に馬の嘶きと女たちの悲鳴が木霊している。
ひとりの女が圧し掛かられている。チュニックのブローチで留めた外套は剥ぎ取られており、隠すべき美しい肌は夜気に無残に晒されている。
女の周りには、自らに付き従う兵士たちの姿はない。略奪者たちとの戦いによって死した彼らの遺体は、葬られることもなく野ざらしのまま転がされている。
女は娘たちの前で凌辱されていた。
手足を縛られ、男たちに為すが儘にされている身体では、すぐ目の前で穢され助けを請うている娘たちを救うことができない。今すぐ縄を引き千切り男たちの首を刎ね飛ばし、娘たちに駆け寄って流れる涙を拭い、彼女たちを抱きしめてやることができればどれだけいいだろうと嘆けども、逃亡に次ぐ逃亡により疲れ切った我が身では縄を解くことさえも叶わない。
鞭が奔った。長く鮮やかな赤髪を揺らす女の悲鳴に、男たちの下卑たわらい声と侮辱の言葉が響く。
――我が夫プラスタグスを裏切り貶め民を辱めた忌々しきローマ人ども!
剣がここにあれば!
――己が身の無力さとローマ人どもへの瞋恚が躰を駆け巡る。
あの者たちを信じなければ!
――己が身の無力さとローマ人どもへの瞋恚が躰を駆け巡る。
ブリタンニアの神よ、なぜ我らを救って下さらないのか!
なぜあの者たちを罰してはくれないのか!
――己が身の無力さと暴虐を許す世界への瞋恚が躰を駆け巡る。
許しはしない。
許しを請おうとも、おまえたちを絶対に許しはしない。
私は――
殺す。
必ず殺す。
おまえたちを殺してやる。
剣で突き殺し、炎で焼き殺し、戦車で轢き殺し、女も兵士も老人も子も関係なく殺してやる。
根こそぎ殺し、おまえたちローマの血に連なる者どもを皆殺しにしてやる。
この地上から焼き尽くし、一切合切を灰にしてやる。
「
――この世すべてに呪いあれ!!
〈美しい〉
女はその瞬間、あり得ざる声を聞いた。
〈実に素敵だ。愛と憎しみ、恨みと誇り、すべてを焼き尽くさんとするその
顔を持ち上げた女の目の前で、あらゆるものたち――焚火、馬、虫、樹々、女たち、男たち――の動きが、蝋と化したかのように静止していた。まるで何者かの「時よ止まれ」という願いが聞き届けられたかのように。
〈諦めを唾棄するか〉
男が立っていた。見たこともないような不思議な服装をし、男の右手には一冊の本が握られている。
いつの間に現れたのかはわからない。時が止まった世界で、男は襤褸衣をまとっただけの女を見つめ、この世のものとは思えないほど美しい声をして再び訊いた。
〈夫の復讐を、子らの報復を、民の反逆を為さずして死すのは、嫌か〉
「嫌だ」
絶え間なく燃え盛る瞋恚に身を焼き焦がしながら、国を奪われた女は答えていた。
「夫の復讐を、娘たちの報復を、民の反逆を為さずしてこのまま死ぬなんて――私は認めない」
〈承諾した〉
男が言った。
〈その願い、我が叶えよう〉
そして男が左手を上げたとき、ひとつだけ復讐者は問うた。
「――おまえ、なに?」
その質問に、人ならざるものは喜悦して答えた。
◆
空が赤い。
黄昏は、血のように濁った赤色をしている。
地にも澱んだ赤が満ち、その丘は無数の屍体で築かれている。
決戦地となったカムランの丘に、ひとり、寂れた静けさと死臭に包まれながら夕焼けを見上げている少女の姿がある。
美しい金髪はくたびれて輝きを失い、精悍な顔立ちには悄然が色濃く、誉れある騎士の甲冑は血に汚れくすみ、手には湖の乙女から贈られた聖槍が握られている。
今しがた自らと同じ顔を持ち、王の息子を名乗る反逆の騎士を斬り捨てた少女は、かつて選定の剣を引き抜いた際に魔術師から告げられた予言を思い出している。
それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ。
困窮に喘ぐ人たちを救い、力持たぬ者たちに生きる希望を与えたかった。
奇跡には代償が必要だ。
彼らを守り導くための政治を行い、幸福と長き繁栄をもたらしたかった。
君は、一番大切なものを引き換えにすることになる。
覚悟したことだった。
覚悟して王となり――
自国の民である騎士たちと争い、多くの若者を死へと追いやった。
救うべき民たちを見捨て、戦火を拡大しキャメロットを終わらせた。
無数の屍体の山を築き、最後には守るべき多くのものを取りこぼした。
この景色を見るために、私は王になることを選んだのか。
傍らに宮廷魔術師はいない。自身の選択の結果を見やり、ただひとり向き合う少女は自問を繰り返す。
何を間違えたのか。どこで間違えたのか。
私の求めたものは間違いだったのか。
私が――間違いだったのか。
私は――
こんな結末は――
〈素晴らしい〉
少女はその瞬間、あり得ざる声を聞いた。
〈その想い、とても我が胸を打つ。苦悩、葛藤、赫怒、しかれども失われぬ慈悲。まさに珠玉である。我が心をも動かすほどに……〉
目の前に、男が立っていた。見たこともないような不思議な服装をし、男の右手には一冊の本が握られている。
〈この運命を否定したいか〉
いつの間に現れたのかはわからない。黄昏に灼かれた世界で、男は膝をつこうとしていた少女を見つめ、この世のものとは思えないほど美しい声をして再び訊いた。
〈滅びは定められている。世界がこれを是としたのだ、覆すには奇跡がいる。並大抵の奇跡とは比にならぬ
少女は聞くべきでないと理性で気付きながら、耳を傾けるのを止められなかった。
〈覚悟はあるか〉
悪魔のような囁きだった。
〈確定した理を崩し、覆すために、自国の民以外の、他のすべてを敵に回し、すべてを焼き払う覚悟はあるか〉
甘美な毒であり、この場に師である魔術師がいれば一蹴したであろう毒だった。
けれど、この場に魔術師の姿はなく。
この結末を、引っ繰り返すことができるのなら、と僅かでも考えてしまった。
〈諦めていないのなら、我が手を取れ〉
少女は、己の願いに吸い寄せられるようにして、気が付けば頷いていた。
〈承諾した〉
男が言った。
〈その願い、我が叶えよう〉
そして男が左手を上げたとき、ひとつだけ亡国の王は問うた。
「貴殿は、いったい……?」
その質問に、人ならざるものは喜悦して答えた。
◆
そして男が左手を上げたとき、ひとつだけ魔王の忠臣は問うた。
「貴様は一体、何者であるか」
その質問に、人ならざるものは喜悦して答えた。
「七十二柱の魔神が一柱」
魔神ダンタリオンである。
◇
アンサモンプログラム スタート。
霊子変換を開始 します。
レイシフト開始まで あと3、2、1……
全行程
グランドオーダー 実証を 開始 します。
◇
【第二特異点 A.D.0060】
風が撫でる。土の匂い。
目を開く。
「先輩!」
藤丸立香は止めていた息をそろそろと吐き出した。隣では戦闘服に
やっぱり慣れないね。土の感触を確かめながら、笑いかけた。でも大丈夫だよ。それにしてもここはどこだろう。
青空には、フランスの時にも見かけた光の輪が浮かんでいた。
〈立香くん〉
Dr.ロマンから通信が入り、チームは相互の情報を確認してゆく。正式なレイシフトは二回目だが、一般人でしかない藤丸立香は、慣れるためなら何でもする意気込みでいた。
〈そこは首都ローマではないのかな? おかしいな、転送位置は確かに固定化したはずなんだけどなあ。どうもローマ郊外のようだね……周囲に何か変わったものはない?〉
「なあ、マスター」
辺りに視線を巡らせていた、ドルイドの恰好をしたクー・フーリンが杖をかざした。
「あれじゃねえか?」
指し示された方角に、いくつかの煙が上っている。
「ドクター、付近に生体反応は」
〈いや、こちらでは確認できない〉
「戦闘でしょうか?」
〈この時代にローマ首都で本格的な戦争があったという話はないんだ、もしかすると……〉
「行ってみましょう、マスター」
頷く。
丘陵地を移動して暫らくすると、村のようなものが見えてきた。
「こいつは……」
キャスターが、何かに気づいたように顔をしかめた。
「クー・フーリンさん?」
「マスター、嬢ちゃん。覚悟しとけよ」
その言葉の意味が分かったのは、村に着いたときだった。
「――――」
マシュが、声を失っている。身体が震えているのは、怒りか、悲しみか、あるいは恐怖からか。
はじめはオブジェかと思った。魔除けや信仰の類の装飾品であると。
違った。
「ひどい……」
裸に剥かれ、胴を二分にされた人間が、門の両脇に突き刺さっていた。
〈なんてことだ〉
Dr.ロマンの絶句する声を聞きながら呆然と立っていると、キャスターが先導するように中へと歩き出した。マシュと視線を交わす。頷いた。ここで恐れて、嫌だと帰ることはできないのだから。唾と吐き気を呑み込み、藤丸立香は重たい足取りを進めた。
〈何が起きたんだ〉
焼けていた。
街が、焼き払われていた。
黒ずんだ大きなものが、街の至る所に転がっている。磔にされているものもあれば、縄に括り付けられているものもある。
「ひと、です」マシュが、戦慄きながら呟いた。「
煙が、建物から黙々と伸びていた。
臭いがする。かつて人であった者たちの、夥しい
「こんなの、酷すぎます」
フランスの時に、死体は見ていた。だが同じ死体でも、あれらとはまるで違うものだった。
「ただの襲撃じゃねえな」
クー・フーリンが言った。
「悪意。憎悪。怨嗟。――こいつは、
誰が生存者はいないのか。藤丸立香は、耐え切れなくなったようにドクターを叫んだ。
〈……すまない〉
空を仰いだ。
忌々しいほどの蒼穹が、広がっていた。
◇
「来たか」
男の呟きに、女王が僅かに顔を上げた。
「カルデアだ。
「そう」
玉座に腰を下ろしている女王は、静かに参謀の言葉を反芻する。「そっか」
「ブリタンニアの女王よ――」
「うん。
男は、嬉しそうに声を上げた。
「では我は、おまえたちの奮闘を愉しみに見ているとしよう。この時代を生きる者たちが滅びを覆すその瞬間を、心から期待している」
「ああ。そこで見ていなよ。カルデアだろうが何だろうが関係ない」
男が姿を消すと、女王は瞋恚に焦がれた声で呟いた。
「私の敵は許さない。すべて殺し、灰にしてやる」
――人理を巡る戦いが、幕を開ける。
ガンバレぐだ男、
負けるなぐだ男、
君が世界を救うんだ!