Ⅰ:新しく生まれた場所はとても温かくて
「……!……!」
「…ぇぅ…?」
「あっ…!目が開くわ!生きてる!」
「こら、こいし。この子が驚いてるわよ。静かに」
何やら騒がしいので朝目覚めるのと同じ感覚で目を開けようとするが、何やら瞼が異常に重いし開けたら開けたで目の焦点が中々あってこない。私ってこんなに目が悪かったかしら。おまけに舌もうまく回らなくなっている。知らない天井の下で小さい人影と大きい人影が2つずつ、計4つの人影がこっちを見ているのはなんとなくわかる。
「それにしても少し不思議ねぇ。さとりの時もこいしの時も産まれてすぐに心が読めたのにこの子の心はなにかノイズが入ってるみたいに一部読めないわ」
「えっそれは大丈夫なの、お母さん?」
「えぇ、体の状態も全く悪くないし大丈夫なはずよ」
小さい人影…声的にさっき叱ってた方と大きい人影が会話しているのを聞きながらだんだんと思考をクリアにしていく。
隠岐奈さんに覚に転生させてもらってそのまま眠るように意識を落としたんだっけ。それで意識を落とすか落とさないかの際に隠岐奈さんが何か言ってたような…えっと…。
『目が覚めたら目線が変わってると思うけどそれ、仕様だから気にしないでね』
…あぁ思い出した。確かに目線がかなり変わってるけどまさかこういうことだとは…。視界も良くないし、手もいわゆる赤ちゃんのもみじおててになってるし、本格的に赤ちゃんになってるらしい。
少しずつ目が慣れてきたのであたりを見回してみると男が1人と女が3人がこっちを見ているのがわかった。全員普通の目の他に複数のコードに繋がれた目を持っている。というか4人のように私にも付いている。コードの色はまちまちで男の人は紺色、女の人は大人の人が赤、残りの2人がピンクと紫で私がオレンジ。遺伝もへったくれもないカラフルさだ。多分これが覚としての特徴、つまり心を読むための目なのだろう。
「ぁぁぅ、ぅぁ」
「はいはい、あかりはもうお休みしましょうねー。ほら、さとりとこいしを部屋に帰してちょうだい」
「あぁ。ほらさとり、こいし。戻るぞー」
「えぇー!まだあかりといたいー!」
「ほらこいし、あなたもお姉ちゃんになるんだからしっかりしなさい。あかり、またね」
「むぅー。今度は遊ぼうね、あかり!」
ここはどこ、と聞いたつもりだったのだけどやっぱり舌はしっかり回らなくてこの世界での親には伝わらなかったらしい。父親が2人の姉、おそらく長女のさとりと次女のこいしを連れて部屋に戻っていった。
そのまま3人が去ったドアを見ながらぼんやりしていたら、ひょいっと両脇を掴まれて揺すられ始めた。俗に言うよーしよし、である。掴んでいる母親を見るとすごく穏やかな顔で私を見るものだからなんとなくこちらも穏やかな気持ちになる。するとそれが表情に出ていたのか、はたまた心を読まれたのかわからないけれど伝わったらしく、母親は1つ頷いて赤ちゃん用のベッドに私を置いて布団を掛けてくれた。
「ぁぃぁぁぉ」
「ふふっ、あかりはおしゃべりさんね。って名前を教えてなかったわね、あなたは古明地あかり。古明地家の三女よ」
「ぇぇぃぃぁぁぃ?」
「そうよー、あかりはお利口さんなのね。お姉ちゃんたちと会って疲れたでしょう?とりあえずゆっくりお休みなさいね」
布団をとんとんと叩いて子守唄を歌いはじめた母親に促されるようにして目を閉じる。手を動かそうとしても思ったより緩慢に動いていることから本当に赤ちゃんになってしまったんだなぁ。ちょうどいい機会だし今の状況を整理しよう。私は隠岐奈さんにお願いした通り、覚に"文字通り"生まれ変わったらしい。本当にあの人は神様だったらしい。名前は古明地あかりといって、さとりとこいしという2人の姉の下に生まれた三女ということ。あとは……そうだ、私が生まれ変わることになった原因の能力だ。
正直まだどういう能力なのか把握しきれていないけど体を瞬間移動させることはできることから、物を動かすことができるとかそういう能力かもしれない。
最後に優しく頭を撫でてから母親が部屋を出たのを確認して、とりあえず周りにちょうど手頃なものがないか見回してみる。相変わらず視界はあんまり良くないけれど、どうやら机の上に紙があるようなので
その紙のある場所から手元に来るように能力を使ってみる。
……おっ、うまくいった。手元に来た紙を見てみると"さつき"や"とびら"など色々な三文字のひらがなが書かれていて、一番中央に"あかり"という三文字がくるくるっと丸をつけられていた。"さつき"はともかく、女の子の名前に"とびら"が出てくる親のセンスに内心震えながら、でもやはり最後にあかりという良い名前にしてくれる親でよかったと安堵する。多分名前を決めるのに色々考えてくれたんだろう。やさしげなこの世界での両親の顔と2人の姉の顔を思い出してから紙を元の位置に戻す。今回もしっかりと紙が移動してくれたので、やはりこの能力は使いやすそうだなと思い今度こそ目を閉じてゆっくり寝ることにした。ついさっき起きたばかりなのにもう眠いのは赤ちゃんらしいな、などと思いつつ再び眠りに落ちていった。
〜〜〜〜〜〜
ふぁーあ。…どれくらい眠っていたんだろうか。カーテン越しに見える明るさは陽の光のそれではなく、静かに昇る月のそれだった。寝すぎたな…のかな?正直ずっと寝ていたような気がするから時間の感覚が少し変になっているのかもしれない。
「……あう」
「あっ、起きたー!おはよーあかり!うふふー、私もお姉ちゃんなのかぁ」
多分起きたのは私を見つめているこの子のせいだろう。もっとも今では私の方が年下になってるんだけど。
この黄色っぽい緑髪の癖っ毛の子は確か…こいしって呼ばれてたな。私がさっき起きた時にも嬉しそうに騒いでた方。さっきはなんとなくしかわからなかったけど今は親がいないからか大分距離が近くてこの体の目でもしっかり視認できる。
今も嬉しそうにニコニコしている彼女をぽけーっと眺めていたら彼女の頭の上に何かいるのに気づいた。妖怪になったせいか割と夜目が利くので目の焦点が合うまでじーっと見てみると、黒地に赤がちらほらあるという独特な色合いで尻尾が2つという不思議な猫?…妖怪猫……?
「んー?お燐が気になるの?お燐はねー、火車っていう猫なんだよー、うちで飼ってるの!ほらお燐、妹のあかりだよー!私もこれからお姉ちゃんなんだよ!」
「にゃーん」
「あかり、うちにはお燐以外にもたくさんペットがいるんだよー!心が読めるからみんな寄って来てくれるんだって、お姉ちゃんが言ってた!お燐、あかりに挨拶する?」
「にゃーん」
「そっか、じゃあほいっと!」
こいし…お姉ちゃんがお燐と呼んだ猫を私のベッドに置くと、お燐は私の匂いをすんすんと嗅ぎはじめた。そしてまた一鳴きすると私のお腹の辺りでころん、と寝転がった。
「それにしても本当に心の一部に変なノイズみたいなのが入ってて、そこが読めないんだねぇ」
「ぁぅ?」
「あっ、今度は読めた!どういうことかって思ってるのね。おほん、こいしお姉ちゃんが教えてしんぜよう。
自慢げに言われても困るなと思いつつも実はその"ノイズ"の原因に少し心当たりがあったりする。
「にしし、いくら心の一部が読めなくてもあかりは私の妹だから!安心してお姉ちゃんを頼るがいい!」
…随分とこのこいし…お姉ちゃんは明るいなぁ。それにしても"お姉ちゃん"、かぁ。
元いた世界ではお姉ちゃんもペットもいなかったから親と子供が接するような感覚じゃない姉妹間の触れ合いとかペットとの触れ合いというかが…正直、慣れない。人のことをお姉ちゃんとか呼んだことないし、ペットが沢山いると言われても飼い方にはてんで一面識もない。
でも…慣れないけど、嫌いじゃないな、こういうの。
意外に高い猫の体温をお腹に感じつつ、なんとなくそんなことを思うのであった。
そうしていると再びドアが開いて人がなるべく音を立てないようにして入ってきた。
「あっ、こいしやっぱりあかりの部屋にいたのね。まったくもう、お母さんからあかりを休ませてあげなさいって言われたの聞いていなかったの?」
「えへへ、お姉ちゃんごめんなさーい。あかりにお燐たちと会わせたくって来ちゃった」
「あら、お燐まで連れて来ちゃったの?ってあかりのそばで寝転がってるのね」
「うん、今はあかりも起きてるよ!」
どうやら来たのは私のもう1人の姉、さとり…お姉ちゃんのようだ。落ち着きがないこいしお姉ちゃんと対照的に落ち着き払っているからさとり姉さんと呼んだ方がいいのだろうか。
「どちらでも構いませんよ。あかりが楽な方で呼んでくださいね」
「だからお姉ちゃんいくら妹の心でも勝手に読んで答えるのは良くないってば」
「人の心を読まないで何が覚ですか。部屋に戻りますよ、こいし。…あら、お燐もこんなにリラックスしてるなんて、まるで私が悪いみたいに見えて嫌だわ」
「にゃーん」
「でもだめよ、もう少しだけ待ってねお燐も」
こいしお姉ちゃんの少しだけ不満げな言葉を
何故か少し誇らしげに返してから私とお燐が寝ているベッドの近くまで寄って来たさとり姉さんはそのまま私を優しく撫でてからお燐を抱き上げた。お燐はさとり姉さんになされるがままという感じで前足も後ろ足も脱力した感じで抱きかかえられておりそれに不満の1つも漏らさないでまさになされるがまま、という感じであった。
「大丈夫ですよ。こいしも私も、明日も来ますからその時にまたゆっくりしましょう。それよりこいし、なんであかりのところに行くことを私に言わなかったんですか。あなたはいっつもふらふらとどこかに行くんですから心配する身にもなってくださいね」
「えへへ、ごめんね?お姉ちゃん大好きー!」
「まったくもう、こいしったら…。それじゃああかり、今度こそおやすみなさいね」
「ぁぅー」
こいしお姉ちゃんが手を振って部屋を出るのを確認してからさとり姉さんがちらっとこちらに静かに手を振ってくれたので精一杯の赤ちゃん言葉で答えると、さとり姉さんは少し微笑んでからドアを閉めて出て行った。
……なんだかよくわからないままに始まった第2の命だけど、なんだかとてもこれからが楽しみだなぁ。
そんな期待感を胸に抱いている自分に喜びを覚えたのであった。
もう少しペースを上げたいなと思う反面、構成をもう少しどうにかしたいな、なんて思っていたりします。