東方化悌録   作:乃亞

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Ⅱ:少しの安穏、そして不穏

 妖怪になったからか、はたまたここ幻想郷が現代社会のように時間に追われていないから時間感覚が鈍ったのか。ともかく私が生まれてから優に50年は超えた…と思う。

 喜ぶべきか悲しむべきか、身体の成長は人間でいうと15歳くらいの大きさでほとんど止まってしまって今では2人の姉と同じくらい。ターコイズのような緑がかった青い色の自慢の髪を今は腰にかからない程度に伸ばしている。第3の目と同様にこちらも2人の姉と違うからやっぱり遺伝もへったくれもないのだろう。

 さとり姉さんは水色系の服、こいしお姉ちゃんは黄色系の服を着るからなんとなくそれらを避けるように服を着ていたら薄い若草色を自ずと着るようになっていた。親の趣味なのかスカートを着させられるようになってからは水色のフレアスカートを着ている。転生前は学校の制服以外では着てなかったからちょっと恥ずかしい気もするんだけど。

 もちろん生まれてからの間ただのんべんだらりと過ごしていたわけではない。例えば我が家地霊殿の書室を漁って転生前では得られない知識、例えば魔法とか錬金術を学んだり、様々な妖怪の性質などを学んだりし、それを自分なりにわかるように日記のようにまとめていた。

 ……余談だが。どうやら覚という妖怪は人やほかの妖怪の心が読めるが、それ故に紙という心のない媒体で書かれた、言葉や挿絵を読み解くことで理解する読書という行為に傾倒しやすいようだ。身近な例で言うなら両親とさとり姉さんは割と暇さえあれば本を読んでいるし、こいしお姉ちゃんもふらっと来て漫画をニコニコしながら読んでいたりする。その影響か地霊殿には割と大きめな書斎があって、昔話やらペットの飼い方の本やら先程挙げたような魔法の本(グリモワール)やら、ともかくさまざまな分野の本が置いてあって暇な時の強い味方だったりする。

 あとは…そうだな、一番時間をかけていたのは自分の能力の把握。何ができて何ができないのかを調べていたのだが、この能力は想像以上に使い勝手がいい。行きたい場所に一瞬で移動できたり欲しいものを引き寄せたりするだけでないと気づいたのが30年くらい前だろうか。

 熱くて飲めない入れたてのコーヒーをちょうどいいくらいに冷ましたいなぁ、なんてぼんやり思い息を吹きかけようと顔に近づけたら全く熱くなくて飲みやすい温度になっていたのに気づいたのがきっかけ。逆に冷たくなったコーヒーを瞬時に温めたりすることができ、怪我を一瞬で治したり壊れたものを修復したりもできた。

 どうしてこんなことができるのか。これまでできたことの共通点はなんなのか。これを見つけるのに優に10年は超えていると思うけど、一応結論は出た。簡単に言うと、これらの出来事の共通点は"過程をとばして結果だけ出ている"ということ。簡単に言ったら"過程を飛ばす程度の能力"とかそんな所かな。

 この能力を使うときは結果をしっかりイメージしないとうまくいかないことがある。例えば先のコーヒーの例だとしっかり『口当たりの良いくらいの温度のコーヒー』をイメージしないとなぜか紅茶に変わったりコーヒーが凍ったりしてしまう。

 今までで一番やらかしたのは家から外に出ようと思って能力を使ったら結果のイメージをするのを忘れて、逆に家を間違えて移動させてしまったことかな。地霊殿があったところには私と近くにいたこいしお姉ちゃんだけ残されて2人で笑っていたのは良かったものの、元に戻した後で両親とさとり姉さんにこっぴどく叱られてしまったのは今でも思い出すとブルッと震えてしまう。いやぁ、アレは酷かった…。

 酷いといえば、最近妖怪を卑怯な方法で退治する人間が増えているらしい。そのせいで卑怯な手を嫌う鬼が妖怪の山を降りてどこかに行く計画が出ているとかいないとか。新聞を作ってる鴉天狗が言葉だけは残念そうに、心の中ではとても喜びながら伝えていたのは記憶に新しい。

 私の感覚が正しければ、おそらく今いる世界は元いた世界よりは過去なはずだ。となると今後は外の世界で科学技術に革新が起きるわけで、それはつまり妖怪や神といった非科学的(イロジカル)なものが更に淘汰されていくんだろう。

 …はぁ、妖怪に厳しい世界になるなぁ。どのみちこの幻想郷ではなんかの結界で守られることによって存在を確定できるんだろうけど。

 いつも通りに自室で最近起きた出来事、情報をまとめていると、コンコンとドアをノックされた。わざわざノックしてくれるあたり、おそらくお母さんかさとり姉さんだろう。

 

「どうぞ」

「あかり、お母さんたちが買い物行くみたいだけど付いていく?行かないなら欲しいもの言ってくれたら買ってきてくれるって…そう、行かないけど本を買ってきて欲しいのね」

「そういうところだよさとり姉さん、心読んだら会話にならないでしょ」

「覚が心を読まないで何が覚ですか。心を読むことが覚が覚たる所以なんですよ…」

「あーはいはい、わかったわかった。こいしお姉ちゃんだけ行くんだね、さとり姉さんは面倒だからパスと」

 

 くどくどとさとり姉さんの説教が始まりそうだったのでさっさと心を読んで概要を確認する。さとり姉さんは覚であることを姉妹の中で一番誇りに思っている節がある。だからこういう時の話は割と長くなりやすい。

 こういうときはこちらから切ってペースを乱すのが一番早い解決策だ。私も覚だから姉さんの心を読むことでペースを乱すのはそう難しい話じゃないけど、覚じゃない人には心が読めないから姉さんのペースを乱せない。姉さんのペースでずっと話されるのは正直げんなりするだろうし、そんなことばっかりしてるから他の人妖から敬遠されちゃうんだよ。

 同じ覚でもこいしお姉ちゃんや私はみんなにそこまで嫌われてないのになー。おかしいなー。って思考しながらチラッと見たら、じとーーっとこちらを睨む目が3つ。心を読むと、どうせ嫌われてますよー。お節介な姉でごめんなさいねー。とのこと。しょうがないなぁ。

 

「大丈夫、私もこいしお姉ちゃんもそんなさとり姉さんのこと大好きだから!」

「えっ、うわっ!もうあかりったら…」

「やさぐれ姉さんには可愛い可愛い妹からのぐりぐり攻撃だー!うりゃー!」

 

 さとり姉さんにはこのぐらいでもしてやらないと慌ててくれないけど、好きなことにはかわりないのでやめない。人の心を読める癖に人の好意に鈍感な気がある姉さんにはちょうどいい仕打ちだ。

 このわちゃわちゃは後で帰ってこないさとり姉さんの様子を見にきたこいしお姉ちゃんも混ざり更に混沌化したあたりでペットの動物の心を読んでやってきた父親に三姉妹仲良く拳骨をもらって沈静化するのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「いてて…」

「まったくもう、あかりったら。私まで怒られちゃったじゃない。罰としてちょっと紅茶淹れてきなさい」

「内心嬉しかったくせに〜?」

「こーら、人の心を勝手に捏造しないの!」

「え〜?さとり姉さんの心読んだだけなのになぁ〜?」

「あ・か・り!」

「はいはーい、紅茶淹れてくればいいんでしょー?行ってきまーす」

 

 さとり姉さんも難儀な人というか、屈折してるというか。人じゃなくて妖怪か。ちなみに内心嬉しがっていたというのは本心である。姉さんは絶対認めないんだろうけどね。

 あの後両親とこいしは必要なものを揃えに人里に行った。ちなみに私が行かなかった理由は私が行くと荷物を全て地霊殿まで能力で移動させられるからだ。やるのはいいけど億劫と言ったら億劫だ。

 さとり姉さんはさとり姉さんで外に出るのが嫌いな節があるから、買い物に付き合うのは大体外で遊ぶのが好きなこいしお姉ちゃんだけだったりする。

 

「にゃーん」

「おはよーお燐、今から紅茶淹れるんだよー。お燐も何かいるかい?」

「にゃーん」

「何か欲しい?って聞いて死体は出てこないよ…。お菓子ならあげられるから探すのに飽きたらおいで」

「にゃーん」

 

 覚が動物の心も読めるせいか、地霊殿にはお燐以外にもたくさん動物がいる。お燐みたいな猫や犬、虎や烏もいるし、あるいは前の世界ではすでに絶滅しているグリズリーや海外のミヤコドリ、ドードーみたいな生き物もいる。どの子も心を読んで、やって欲しいことをしてあげると懐いてくれる意外と可愛い子達だ。特にこのお燐は火車という妖怪猫の一種で、人間みたいな姿を取れるまでに成長した努力家さんだ。普段は猫の姿の方が楽らしいけど、人の姿になったら赤い三つ編みの女の子になる。火車らしく人間の死体を集めるのが好きらしいけど、そこら辺はあんまり興味がわかないというか聞いたら後悔しそうだから聞いていない。好奇心猫を殺す、というかむしろ殺されそうだ。

 そんなお燐はどうやら私に付いてくるみたいなので肩に乗っけて紅茶のための水を汲みに行くことにする。幻想郷の水はそこまで舌が肥えているわけじゃない私でもわかるくらい、それこそ前の世界では考えられないほど美味しい水なので紅茶に使うのにももちろん適している。

 そこら中にいるペットたちをそれなりに撫でたりしながら家の外に出ると人里方向の遥か遠くの空におぼろ雲が見えて、少し冷たい風が吹いていた。どうやらこの後一雨来るらしい。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 さとり姉さんと紅茶を啜り終わって早2時間。一向に両親とこいしお姉ちゃんが帰ってこない。外はさっき見た雲のとおり雨がしとしとと降り始めていて止みそうもない。

 これは迎えに行った方が良いのだろうか。もし私が買ってくるように頼んだ本が濡れると嫌だから帰ってこれないとかそんな理由だったら、私に責任があるような気がしなくもないのでちょっと行くべきな気がしてきたようなそうでもないような。

 ……というのも建前か。実はさっきから説明のできない奇妙な胸のざわつきがある。何かはわからないけれど確実に引っかかってることが、なんだ?

 杞憂であればいい。思い過ごしならいっそのこと笑ってくれたって構わない。なんで胸騒ぎが止んでくれないんだ?

 胸騒ぎが止んでくれない理由、それは両親とこいしお姉ちゃんが帰ってきてくれないという結果があるから。…結果?

 ……!そうだ、私の"過程を飛ばす程度の能力"で『両親とこいしお姉ちゃんが何事もなく今帰ってくる』という結果を提示すれば良い!私の能力なら……。

 

 

 ………。出来ない。どうやってもその結果を手繰り寄せることができない。

 私の能力は結果をしっかりイメージしなければならない。そのためにはその結果が生まれることをしっかり信じる必要があるのだが、今の私は『|両親とこいしお姉ちゃんが何事もなく今帰ってくる《しっかり信じなければならないはずの結果》』に疑いを持っている。そんな状態で能力を使ってしまうとどんな結果が起きるか分かったものじゃない。

 となると私が直接出向くべきなのだろうか。その場合『私がこいしお姉ちゃんのいるところに行く』という結果を指定すれば良い。……それなら可能だ、すぐにでも行こうと思えば行ける。

 となればさとり姉さんにこいしお姉ちゃんたちを迎えに行くと言ってから行くとしよう。

 

 

 外に出るための装いを整えているとちょうど良いタイミングでさとり姉さんが入ってきた。

 

「あ、姉さん。多分私の頼んだ本が雨で濡れるのが嫌だからお母さんたちは帰ってこれてないんだと思うからちょっと人里行って私の能力で荷物ごとまとめね連れて帰るね」

「……嘘ね」

「嘘な訳ないじゃんか、絶対雨の準備なんかしてないって!」

「貴女はみんなが帰ってこない理由がそんなちんけなものだとは思ってない。こいしたちが」

「姉さん」

「なにか酷いことにあって」

「姉さん!」

「それで帰ってこれていないのだと」

「さとり姉さんッ!!!無闇に心を読まないでってばっ!」

「だってそれが覚である私のやる事ですもの。……いいわ、私も連れて行きなさい。これはお姉ちゃん命令よ」

「………」

「無事ならみんな連れて帰ればいいだけじゃない。私がそこに入った程度で出来なくなるわけじゃないでしょう?」

「……わかったわよ。言ってることに間違いはないわけだし」

 

 ……姉さんに言おうと思った時点で私の負けだったわけだ。私がこいしお姉ちゃんのところに行くことを決めているのと同じくらいに、姉さんが心を読むことをやめるわけがないのだから。

 

「……行くよ、姉さん。帰る時は荷物しっかり持ってね?」

「もちろん」

 

 さとり姉さんの短い肯定と同時に手を繋いだことを確認して、私はすぐに『私達がこいしお姉ちゃんのそばにいる』という結果を指定する。するといつものように瞬きする間もなく体が移動するのがわかった。

 

 

 ……そこにあったのはいつもの人里のいつもならざる光景であった。

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