東方化悌録   作:乃亞

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今回は重めのお話なので、最近嫌なことがあった人は特にご注意ください。
はやくふんわりした雰囲気の話を書きたいと願うばかりです…


Ⅲ:避坑落井、閉ざされた恋の瞳

「え……?ここ本当に人里?」

「……っ!!こいし!」

 

しっかり私の能力は効いてこいしお姉ちゃんのそばにたどり着いたが、何やら様子がおかしい。服はボロボロだし、体が芯から冷えた時みたいに震えて自分の体を抱いている。それに何より…()()()()()()。来てすぐには気づけなかったくらいには存在感も希薄になっている。そして何より異常なのはこんな状態のこいしお姉ちゃんのそばに両親がいないことだろう。 こんな訳の分からない状態のこいしお姉ちゃんをほっとく両親じゃないのは私もよくわかっている。

 

「こいしお姉ちゃん何があったの?お母さんとお父さんはどこ行ったの?」

「そうよ、そもそも人里にこんなに血と妖気が充満してるのもおかしいわよ」

「………………お母さんとお父さんは…変なのに…」

 

さとり姉さんの言う通り、血の匂いとむせ返るくらいの剥き出しな圧倒的な妖力。流石に鬼が力を発揮する時ほどのものではないんだけどそれでも充分一線級のものだ。それを発揮させる場所以外は。

妖怪は人里で無闇に暴れてはいけない。これは私が両親から一番最初に教わったことだし、鬼も河童も天狗も守っているルールだ。妖怪が存在するためには人間の心が必要だから人間は生かしておかなければならず、そのための安全圏として人里はあるらしい。

そんな人里でこれだけの妖力を剥き出しにするような妖怪は余程の馬鹿か余程激情に駆られたのか、はたまた妖怪になりたてなのか。

この状況とこいしお姉ちゃんが言った言葉を合わせて考えると…まさか。

 

「姉さん」

「…こいしを地霊殿に戻して怪我を処置しておいて…?あかりはどうするのよ!?」

「…分かるでしょ?」

「倒すって…そんな危険なことをあなた一人でやらせるわけないでしょ!?こんな妖気の持ち主相手にお父さんもお母さんもいないのに…」

「いないんじゃないの、本当はわかってるよね?」

「それは……」

 

さとり姉さんが言葉を詰まらせる。そう、姉さんも考えてはいたのだ。出来ればそんなことがあって欲しくないという感情から考えまいとはしていたみたいだけど。私も出来ればそんなことが起こって欲しくないし、考えついた私自身のことをひっぱたいてやりたいくらい嫌なことだけど。でもそれくらいのことじゃないといつも楽しげなこいしお姉ちゃんがこんなに震えたりするはずがない。

 

「お母さんとお父さんは……喰われたんだよ、この妖気の持ち主に」

「……!!」

 

私の言葉に思わずといった感じでこいしお姉ちゃんがぶるりと震えたのを見て私の当たって欲しくない予想が当たってしまったのを確信した。

おそらく最初に狙われたのはこいしお姉ちゃん。それをかばうように親が盾になって……ってことだろうね。

 

「やっぱり、ね。さとり姉さん、お願いだからこいしお姉ちゃんの側にいてあげて。一番はこいしお姉ちゃんだけど、姉さんがいてくれたら大丈夫だから。さっきも言ったよね?私とこいしお姉ちゃんはさとり姉さんが好きだって」

「でもそれだとあかりが一人に…」

「私だって本当は怖いよ。怖くて怖くてたまらないけど、これはお母さんとお父さんへの弔い合戦だから。大丈夫、本当にやばいと思ったら能力ですぐに離脱して地霊殿に帰るから!それにこれは人里の事件だから、巫女なり賢者なりすぐに出張ってくると思うし、それまでの辛抱だわ。だから、大丈夫」

「あかり……。本当に少しでも危ないと思ったら帰ってきなさいよ?絶対よ?あなたまでひどいことになったら私は…」

「心配しすぎだって!あーもう、飛ばすよ?」

「…ええ」

 

このままだと心配性のさとり姉さんと私とで埒があかないのでさっさとさとり姉さんとこいしお姉ちゃんに手を当て"さとり姉さんとこいしお姉ちゃんが地霊殿に戻っている"という結果を指定し、その帰る過程を飛ばす。瞬間的に二人の姿がいなくなって能力がうまくいったことを確認すると立ち上がって妖力の濃い方へと向かう。

これは…俗に言う迷いの竹林の方向か?鬼や天狗のいる妖怪の山を避けているのはわかるがあそこは名前の通り迷うから苦手なんだよなぁ。いやまぁ迷ったら地霊伝なり人里のはずれなりに能力で移動すれば良いだけなんだけど。…良いだけなんだけど、いきなり現れて妖怪二人を傍目から見て消したせいか私に大分注目が集まってるらしい。すごい遠巻きから里の人がこちらを見ている。

 

「………?」

「…ぁっ!」

 

里の人の心を失礼ながら覗かせてもらうと、どうやら私たちが来る前から息を潜めて見ていたらしいその人から見たら二種族の妖怪の争いのように見えていたらしい。なにやら大きな図体の異形と私の両親らしき二人が対峙している心象がその人の持っている嫌悪感ごと見えた。

これは大ごとになる前に退散したほうがよさそうだね、これ以上いてもヘイトを稼ぐばかりだ。一応人里の守護者には謝罪をしとこう。全部終わらせた後で。

 

〜〜〜〜〜〜

 

迷いの竹林は、天然の迷宮だ。いつも深い霧が立ち込めて成長の早くて特徴のない竹が行く手を阻んで気づけば迷っているという具合だ。

ただし今日は剥き出しの妖力の発生源に向かっているだけなので追うだけでいいし非常に簡単だ。距離は大体200mくらいに確かに異形の怪物みたいな影がいるな。

事件に気づいた妖怪の賢者や巫女がどこで起こってるかわかるように魔法で花火を打ち上げてからすぐに"異形の下に追いつく"という過程をすっ飛ばして移動する。そしてそのまま"魔力の塊を生成する"という過程を飛ばして異形の頭に思いっきり叩きつけた。

 

「グボォッ!!」

「こんにちは異形の妖怪さん。状況の説明は必要ですか?」

「貴様は…ははぁ、さっきの奴らの他のガキってところか?3人いた内、ガキ1人逃したのは惜しかったが、2人は食らってやったからなァ、妖力が溢れてるのがわかるか?」

「……やっぱりお前が……」

「あーなんだっけ?この子だけは!とか息巻いてて異常にイラつかせる奴だったからボコボコにしてやったぜ。なんか心を読むとか言ってたけど読めたところでヤラれてちゃあ世話ないってもんだよなぁ!おいガキィ!そう思うだろ〜?」

 

そう言うと異形の妖怪は一層妖気を濃くして自慢気に見せびらかす。その牙に紺と赤のコードのようなものが挟まっているのを見て、私は完全に理解した。同時になにかがプチンと切れる音がした。

 

コイツが私たちの両親を殺ったんだ。それどころか貪り食って自分の糧にした?ふざけやがって。コイツがこいしお姉ちゃんの心を痛めつけてコイツが私たちの平穏を乱したんだコイツがコイツがコイツガコイツコイツコイツコイツコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス

 

「……殺すッ!」

「さっきは不意打ちだったから食らったがガキ如きに俺がヤラれるわけねーだろ?さっきの1発で決めないお前の負けだよ!ギャハハッ!また妖力にありつけるぜェ!」

「…死ねッ!」

 

先程と同じように"魔力の塊を生成する"という過程を飛ばしつつ"相手の背後に回る"という過程を飛ばして魔力弾を叩き込もうと試みる。

 

「それはもう見切ったんだよォ!」

「…ガッ!!」

 

ところが、異形はそれを見抜いていたようですぐに振り返って魔力弾を避けつつ拳を叩き込んでくる。咄嗟に"私と異形の距離が縮まる"という過程を飛ばして拳が届かない場所まで移動しようとしたのだが、結果のイメージがブレていたらしい。思ったより距離が離れずに拳をもらってしまった。

そのまま背後の竹をなぎ倒しながら飛ばされ、地面に叩きつけられた時に一瞬息が止まり、そのまま血反吐をぶちまけてしまった。ダメージはいくらか軽減したのになんという馬鹿力。もしこれが直撃ならと考えると…寒気がするな。

 

"肉体の自己修復"という過程を飛ばして怪我を全て治し、口の中に残った血の味をぺっと吐き出した。確かにダメージは痛いけど逆に頭が冷えた。私は鬼みたいに正攻法で全てを蹂躙する妖怪じゃない。心を読んで相手の嫌がることをして精神的に優位に立って笑う、覚だ。しっかり相手を見て戦わなければ。

いくら私の能力で過程を抜いたとしても覚のそもそもの身体能力は妖怪の中で高いわけではない。少なくともあのパワータイプの異形には叶わないことはさっきの相対でもはっきりとわかった。

だから私は覚の性質、そして私自身の能力を合わせて戦うべきだ。つまり相手の心を読んでそこから相手の隙をつき、常に先手を取る。息を吸って、吐いて、心を落ち着かせる。大丈夫、私はさとり姉さんとこいしお姉ちゃんの妹。できないわけがない。

そのために相手をしっかり見る。鋭い牙と黒々とした毛皮、そして特徴的な鼻。おそらく妖怪になる前は猪だったと見受けられる。

 

「ふん、怖気ついたか?変な(もん)持ってるみてえだが俺には通用しねえみたいだな!安心しろや、お前も親のいるところに行かせてやるからよぉ!」

「怖気ついたみたいに見えましたか?安心してください、私はどこにも逃げも隠れもしませんよ?」

 

ここで一旦言葉を区切り、異形をしっかりと見据える。お前はもう、私には勝てない。

 

「1つだけ教えてあげます。もうあなたは私に指一本触れることはできない」

「…ハァッ?ナマ言うのも大概にしろよッ!」

 

私の煽りに一瞬で憤った異形が真っ直ぐに私に向かってくる。さっきまでの私なら対応できないだろうけど、一度落ち着いて相手の心を読んだ上でさらに過程を飛ばして行動する私には届かない。

私の第3の目を潰せばなぶり殺せる、か。甘いね。狙いが分かっているのに食らってやるほど私は優しくない。

"魔力を生成する"という過程を飛ばして魔力で作った大きな針を異形の足に"異形に当たる"という過程を飛ばして刺す。結果として両足を地面に縫いとめられた状態で異形は無理やり立ち止まらざるを得なくなる。

 

「グゥッ、貴様ァ!!小賢しい術をやりやがってェ…」

「小賢しくても効いてるならそれは貴方にとって有効なのです。……「捕まえたらズタズタに引き裂いて泣かせて助けを乞わせてやる」ですか?ですからあなたはもう私には触れられないんですって。元猪の妖怪さん、いや猪笹王さんと言った方がいいですか?」

 

私の指摘に異形…いや、猪笹王はぶるりと身を震わせる。心を読むまでもなく図星のようだ。

猪笹王。伝承では奈良の吉野山にいた猪の妖怪。妖気で背中をうまく隠しているみたいだけど、おそらくそこには笹が生えているはず。だとすれば迷いの竹林に逃げた理由も想像がつく。竹と笹が似ていて傍目にはわからないからカモフラージュになるとかそんな所だろう。猪は凶暴な見た目に反して臆病なところがあるから人里であんなに騒がれては逃げたくなるのも頷ける。

 

そんな猪笹王の最後は射馬兵庫という猟師に銃で撃たれるというもの。ならばその伝承通りに終わらせてあげよう。

 

「ぬぐっ、ぐぅおおおおおっ!」

 

その馬鹿力で無理やり針を抜いて再びこちらへと迫ろうとする猪笹王だが、もう遅い。

 

「猪笹王さん、あなたの失敗は3つ。1つ目は私の両親を殺し姉を傷つけたこと。2つ目、私を怒らせたこと。そして3つ目、私を一撃で殺せなかったことです」

「き、貴様ァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

迫り来る猪笹王に対して私がやったことはたったの2つ。"銃の製造"という過程を飛ばし、妖力を使って飛ばす銃を10丁製造。そして"妖力を込める"という過程を飛ばして猪笹王に射出。さながらレーザーのように射出されたそれは虹のようで、放った自分でも見惚れてしまった。

レーザーが猪笹王に当たった衝撃で上がった土ほこりを手で払うと猪笹王がいた場所はまるでそこに何もいなかったかのような更地になっていた。思ったより火力が出ていたらしい。今回は敵が両親の仇だからいいけど、それ以外には火力が高すぎて使えないな…。

ってこうしちゃいられない、早く地霊殿に帰ってこいしお姉ちゃんの容態を確認しなくちゃ。

"地霊殿に帰る"過程を飛ばした私の姿はあっという間に迷いの竹林から消えた。……何か忘れている気がしないでもないけど。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

地霊殿に戻るや否や目に入ったのは心配げにうろうろしているお燐(人間体)だった。

 

「お燐、ただいま」

「あっ、あかり様が帰ってきた!こいし様がっ!」

「…こいしお姉ちゃんが第3の目を閉ざした…?さとり姉さんでも心が読めない?そんなっ!…こいしお姉ちゃんの部屋にいるのね、行くわ」

 

そういえば人里で再会した時に体を抱いていたけどまさか第3の目を閉じていたなんて。焦りと共にこいしお姉ちゃんの部屋のドアを開いたが、そこにいたのはさとり姉さんだけであった。

 

「さとり姉さん、こいしお姉ちゃんは!?」

「…ここよ」

「えっ?……うわっ!」

 

普通にベッドの上に女の子座りしてたのに全っ然気づかなかった。なんというか、まじまじと見続けてないと見失ってしまいそうな危うさを感じる。

元々はさとり姉さんより感情の起伏が激しくて、外にもよく行くこいしお姉ちゃんの心は読んでいてすごく楽しかったのだが、今は読もうとしてもなにを考えているのか、なにを感じているのか、全く読めない。心が読めないことが少し気味が悪くて、そして少しでも姉のことを気味が悪いと思った私自身を認めることができずに私はこいしお姉ちゃんに思わず話しかけていた。

 

「こいしお姉ちゃん…!」

「ん…あかり?」

「大丈夫、お姉ちゃんとお母さんとお父さんを傷つけたヤツは私が倒したから!だからもうそんな表情はしなくてもいいから!」

「うん、そうだね。あかりは強いね。お姉ちゃんも私のことを気遣ってくれてありがとうね」

「こいし…!ッ!」

「人間の気持ちなんて読んでも落ち込むだけでいいことなんかないから、閉じちゃった。第3の目」

 

さとり姉さんが思わず息を呑む気持ちもわかる。

覚妖怪としての絶対不変のアイデンティティ。それは第3の目で心を読むこと。それをこいしお姉ちゃんは自らの手で捨てたと言ったのだ。それは覚妖怪であるということを捨てたということ。

いくら此処が全ての幻想を受け入れるといっても自分の種族としての特徴を捨てては生きていけるとは思えない。有り体にいえばこいしお姉ちゃんは存在がいつ消えてもおかしくないというわけだ。

 

そんな自分がいつ消えるともわからないくらい重大な出来事が自分の体に起きているのにそんな表情(涙まじり)で笑わないでよ。こいしお姉ちゃん。

沈んだ空気が耳鳴りのように私とさとり姉さんに突き刺さっているような気がした。




避坑落井、とは(あな)を避けようとして井戸に落ちてしまうことで、1つの災害を乗り切ったと思ったらまた悪い出来事が起こってしまうこと。
強く生きて、古明地三姉妹…
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