商店街の一角で、7歳の少年の足が止まる。
視線の先にはナイフや鉈、剣や人斬り包丁と言った刃物類がずらりと並んでいる。少年の目は輝いていた。すっかり刃物達に心奪われていた。
「早く行こうよ、お兄ちゃん!」
その少年、アリアの腕を、5歳の女の子が思い切り引っ張った。
「痛っ……わかった、あと5分だけ待って」
「長いよっ!?」
少女には兄アリアの趣向は理解不能だ。刃物のどこが良いのかまったくわからない。怪我しそうで怖いだけだ。
それよりお昼ご飯である。
食事処へ向かうこの道中、父と母も少し先で兄妹が来るのを待っているのだ。
責任重大かつお腹が空いたのである。
だから少女は早くアリアを引っ張っていきたいのだが、それより気になることが出来た。
「ところでお兄ちゃん、さっき痛がってたよね? また怪我したの?」
「そんなことないよ。ハヅキが思い切り引っ張るから、ちょっとだけ痛かっただけ」
しれっとそんなことを言うアリアの服の袖を、ハヅキは引っ張った。肩口から包帯が覗いた。若干血も滲んでいる。
これ何? と思念を込めたじと目をアリアに送った。目を逸らされた。
アリアの最近の怪我する頻度は異様だ。前の怪我が治ったと思ったら、いつの間にか新しい怪我を作っている。治る間もなく新しい怪我を作ることもざらだ。
2年くらい前からそんな調子で、むしろ酷くなってきているようにすら思える。
ハヅキは子供ながらに、おかしいと感じていた。というか、なんか危ないことしているに違いないと思っていた。
そういえばアリアの運が悪いような気もする。
けれどそれは特に問題ない。
ふとした拍子に車にひかれそうになったり、何故か頭上から看板が落ちてきたりと、日常的に不運な気もするが、軽く躱したり避けたりしているので、怪我とはあまり関係ないと思う。
というか危ないことの目星は既に付いている。
この世に幽霊なんていないし、宇宙人とかないし、超能力だって有り得ない。そんな真実にいち早く気づいた大人であるハヅキとしては、暖かく見守るしかない思い込みではあるけれど。
「お兄ちゃん……また、前世は有名な剣士で人々から恐れられていたんだーとか言って、山奥とか危ない所に剣士ごっこしに行ってたでしょ」
アリアは一時期、精神的に不安定で、前世がどうとか口走っていた。前世を信じるなんて我が兄ながら子供である。
そしてしばらくすると、アリアが木の棒とか鉄の棒を持ってふらっと遊びに行くのを見かけるようになった。人のいない場所で、何百回と棒を振るい続ける様も何度か見ている。そして帰ってきたら怪我をしていた、とかも間々あった。なのできっと調子に乗って、棒を片手に危ない場所へ突撃してしまったのだ。
なおハヅキも真似して棒を振るっていたら、両親に危ないからやめなさいと叱られた。兄がこそこそしていた理由が少しわかった。
「うん、まぁ、なんでか大体合ってるけど」
「やっぱり! だめだよお兄ちゃん、危ないことしちゃ!」
「わかったよ、危ないことはしない。……心配してくれてありがとう、ハヅキ」
苦笑いをしているアリアに頭を撫でられる。このままというのも気持ち良いような、子ども扱いされているようでやっぱり恥ずかしいような。
とりあえず反論を試みる。
「前世とか転生とかある訳ないもん。だからお兄ちゃんは剣士じゃないの。つまり刃物を見る意味なんてまったくないよね!」
そして怪我してない方の腕を掴み、刃物専門店とかいうお店の前から兄を離れさせようとするのだった。が、動かない。
「……あと10分だけ」
「増えてるよ!?」
というか早くしないと両親に置いて行かれてしまう。
この辺りはたまにしか来ないから、はぐれたら迷子になってしまうかもしれない。
万が一、家に帰れなくなったら大変だ。
人通りも多いし、人波みにさらわれたままはぐれ、そのまま一生会えなくなってしまったらと思うと怖くて仕方がない。
「……お兄ちゃん、行こうよぉ」
想像したら本当に怖くなってきた。
若干涙目になっていた。
「う……」
アリアは基本的に、妹には弱い。
急に不安そうになったハヅキを前にしては、もはや降参するしかない。
「悪かった。さぁ行こ――――」
突然の銃声が、アリアの声をかき消す。
周囲が一斉に喧騒に包まれた。
何がどうなったのか、ハヅキは一瞬理解できなかった。
先で待っていた母親が倒れている。
額に銃傷があり、血が溢れている。
「…………おかあさん?」
町中が騒然となる中、右手に拳銃を持つ、暗い赤髪が印象的な10歳程度の少年は、アリアを見据え愉快そうに笑っていた。
「前世や転生なんて単語が出て、しかも餓鬼の癖に“纏(てん)”をしてやがる。はっ、確定だな」
少年は自然な動作で、呆然と立ち尽くす父親に銃口を向ける。
「まさかこんな道端でご同輩に出会うなんざ思わなかったぜ」
「ッ、やめろ!」
その額に鉛玉をぶち込んだ。
母親と折り重なるように父親が倒れる。
電池が切れたように動かない。
「おとう、さん?」
両親が、二人が死んだ。
力が抜けて、足から崩れ落ちそうだった。
「しかしオマエ、珍しいな。まだそんな家族ごっこ続けてんのかよ」
少年は忍び笑いしながら、ハヅキに銃口を向けた。
ビクリ、と体が震えた。
「ぅ、ぁ……」
体が動かない。
怖くて、足が竦んでいる。
重苦しい威圧感を纏う少年に、睨まれただけで体中の震えが止まらない。
「ま、これも何かの縁だ。俺がそのごっこ遊び、終わらせてやるから感謝しろ」
銃弾が放たれた。
一瞬で着弾する筈の銃弾は、ハヅキにはやたらスローに映った。
走馬灯の一種である、死の間際に起こるとされる、引き伸ばされた体感時間であった。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない――――。
けれど、体は動かない。
意識だけが加速している。
どうしても体が動いてくれない。
ゆっくり向かってくる弾丸を、ただ眺めることしかできない。
そして着弾する、間際、アリアの右手が跳ね上がり、いつの間にかその右手に握られていた和刀が銃弾を薙ぎ払った。
その得物がどこにあったのかも、いつ手に取ったのかも認識できなかった。否、ハヅキの目がおかしくなければ、その和刀は突然アリアの手に現れた。
「すげーすげー、銃弾を切り払うとかオマエ本当に元日本人かよ」
少年は軽口を叩きながら一瞬で三連続の銃弾を放つ。
アリアは瞬時にハヅキの前へ出た。超音速で飛来する3発の弾丸を最小動作で受け流し、金属音の擦れる音が木霊する。
「お兄ちゃ……!」
はじかれたように反転したアリアは、ハヅキの胸ぐらを掴んだ。
「ごめん、ハヅキ」
「え――――」
ハヅキの体を巻き込むようにアリアが体を捻り、常人離れした膂力で一気にハヅキを投げ飛ばした。
視界が回っている。
浮遊感が現実感を奪っていく。
銃声と金属音が聞こえた。
アリアが銃弾を切り払いながら、赤髪の少年へと駆けていくのが見えた。
何もかもが唐突過ぎて、考えが全然追いつかない。
そしてハヅキは近くの建物2階に窓から投げ入れられる。
その衝撃であっさりと意識を失った。
今は昔のことを思い出した。
「フッ――――!!」
雑念を振り払うように模造刀を振るった。
教会の裏庭にて、13歳の少女が模造刀を再び振り上げる。
自身の持てる全霊で振り下ろした。
呼吸を整え、再び上段に構え、無心で振り下ろす。
ひたすら、それだけを何度も繰り返した。
たったそれだけを、鬼気迫る想いで行った。
そしてまた模造刀を振り上げる。
少女は目を閉じた。
相対する敵を思い浮かべる。
軽薄そうな雰囲気の、10歳くらいの赤髪の少年。
愉快そうに笑いながら銃を弄んでいる仇敵。
カッと目を見開く。
切っ先がかすむほどの速さで模造刀を振るった。
「お、おぉー……」
今のは良かった。
8年前の姿そのままの仇敵を気持ち的にはズバっとやれた。
少女の、ハヅキの理想形にもかなり近い。
ハヅキの理想形とは、すなわち兄アリアの剣閃だ。
これまで何度も7歳の兄が木刀や模造刀を振るう姿を脳裏に描き、ハヅキ自身がアリアの剣閃に近付けるよう努力してきた。
武器として剣を手に取ることを決めてから、8年前からずっとそうやってきた。
全ては仇敵である赤髪の男。A級首の犯罪者ジョエル・ロヴィーノを牢獄にぶち込むために。
母親を殺され、父親も殺された。
アリアだって、8年前の事件以来ハヅキの前から姿を消したままだ。
殺されたという話は聞いていないし、きっと生きていると信じているけれど。それでも不安になる。どうして帰って来てくれないの、って思う。それ以上は努めて考えないようにした。
だから許せるはずがない。
殺してやりたいとすら何度も思った。
ハヅキの家族も、家族と過ごすはずだった日々も、全部ジョエルに壊されたのだ。
だからハヅキは、ハンターになろうと思った。
プロハンターになれば情報を集めるのが容易だから。
もっとも他の私欲も少し交じっているのだが。
なんとプロハンターになれば交通機関や公共機関のほとんどを無料で利用できるそうなのだ。世界旅行とか出来そうだから、是非プロになりたいと思っている。
街から出たことのないハヅキからすれば、とても魅力的な権利であった。
それはともかく先の一振りで素振り200回を達成したので休憩しよう。
実は模造刀を持つのもキツイ有様なのである。
という訳でさっそく模造刀を壁に立てかける。
「あ」
途中で手が滑った。
模造刀が地面に落ちた。
地響きが鳴る。
「あー、やっちゃった……」
近所迷惑にならなかったかとても心配だった。
それ以前に模造刀が落ちて出る様な音ではないのだが、そこはハヅキは気にしない。この模造刀、重量は120キロもあるのだから仕方ないと諦観している。
初めてこの模造刀を手にした時など、まったく持ち上がらなかった訳であるし。
なおこの模造刀は別にハヅキが買ったものではない。
アリアが残していったモノだ。
当時7歳だったアリアもこの鉄の棒、改め模造刀で何百回と素振りしていたものだ。懐かしいと頬を緩ませ、冷静に考えてちょっと頭おかしいんじゃないかと思うアリアの膂力に頬を引きつらせた。
昔は何も疑問に感じなかったが、七歳の子供がやらかして良いことでは断じてなかった。
模造刀を改めて壁に立て掛ける。
日課である朝の訓練はこれにて終了だ。
少し休んだら模造刀を仕舞ってシャワー浴びて来よう。