「よし、どこにもいませんね」
私は周りを見渡し、奴がいないことを確かめます。
ようやく、ようやく、この機会がきました。ウィズお姉ちゃんのお店訪問!
一人で行こうとすると必ずといってあの
あの子は何故かお姉ちゃんがらみだと勘が鋭く、いくら誤魔化しても無駄でした。
しかし、今日は違います!アクアには強いお酒をしこたま飲ませ、眠ってもらいました。
思った以上に酒豪だったのは誤算でしたが、お姉ちゃんに会うためならこの程度の出費、痛くともなんともありません。
この前のダンジョン攻略でお金も手に入りましたしね。さあ、今会いに行きます、ウィズお姉ちゃん!
臨時休業のお知らせ
魔法道具の仕入れのため、しばらく休業となります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、ご了承をお願いします。
ウィズ
「のおおおおおおおおお!」
私はウィズの魔法道具店と書かれた店の扉に張られた紙を見て慟哭をあげます。
や、やっとあの駄女神を封じ、会えると思ったのに!畜生!やはり、すべてはあの駄女神のせいです。
帰ったらあの駄女神にこの怒りをぶつけてやり....
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
私が絶望と悲しみのただ中にいると後ろから声がかけられます。見ると身なりのいいご老人が。
「なんでしょうか?この店にご用なら、残念ですが今日は休業ですよ?」
「はあ、ではウィズさんもおられないのですか....。困りました、相談事があったのですが....」
そう言ってお爺さんはため息をつきます。可哀想ですが私には関係ありません。
お姉ちゃんにも会えないことですしギルドでクエストでも探しますか。
そう思い足をギルドの方に向けるとお爺さんが声をかけてきます。
「お待ち下さい。もしかして貴女は魔王軍幹部を倒したという、鬼ち....いえ、冒険者のサトウカズハさんでは?」
私の眼光からただならぬものを感じたのか、お爺さんは言い直します。
こんなお爺さんにまであのいまいましい通り名が....!しかし、有名になったこと自体は悪い気はしません。
「はい、サトウカズハですよ。サインなら....」
「いえ、それは結構です」
お爺さんはきっぱりと断ります。
「....ではなんの御用でしょうか。こう見えても私忙しいんですが」
私が不機嫌そうに答えるとお爺さんは名刺のようなものを懐から取り出し渡してきます。
「私、このアクセルの街で不動産業を営んでいるものでして。
....初対面でぶしつけかとは思いますが、お願いしたいことがあるのですが。
貴女のお仲間にアークプリースト様がおられましたよね?」
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「アークアさん♪ちょっとよろしいですか?」
私は上機嫌で馬小屋で横になっていたアクアを起こします。
「なぁに....私、ちょっと今気分が優れないのだけれど」
その言葉の通り、アクアは確かに顔色が優れません。明らかに飲み過ぎです。しかし、そんなことは今どうでもいいのです。
「素敵で可憐で格好いいアクアさんにお願いがあるのですよ」
「ようやくカズハも私のことを....いえ、あのカズハが私を褒めるなんておかしいわ!何をたくらんでいるの?」
失礼ですね、この子。まあ、企んでいるというかアクアにやってほしいことがあるのは確かですが。
「企んでなどいません。なに、アクアの特技をやってほしいだけですよ。それだけで、なんと豪邸に住めるのですよ」
「は?」
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「ここが件のお屋敷ですか」
私達はめぐみんとダクネスもつれ、街の郊外にたたずむ立派なお屋敷の前に来ていました。
私の実家の数倍は有ろうかという大きさで、まさに豪邸といった感じです。
「悪くないわね!ええ、悪くないわ!この私が住むに相応しい立派なお屋敷じゃない!」
アクアは、生活道具がつまった風呂敷を背負いながら嬉しそうに叫びます。
隣にいるめぐみんも興奮を隠せないのか顔を赤くしています。唯一ダクネスは冷静ですが。
「しかし、本当に今日からここに住めるなんて信じられません」
めぐみんが呟きます。
私達は貧乏生活が祟りすぎ、頭がおかしくなったわけでは決してありません。本当にこのお屋敷が私達の住居となるのです。
現在、この街では原因不明の悪霊騒ぎが起こっています。
どこからか沸いてきた悪霊達が空き家に住みつき祓っても祓っても新しい霊が出てくるという怪現象。
頼みのギルドも数が多すぎて対応しきれていません。
「でも、頼まれた除霊はこの一件だけなのですよね」
「ええ、そうですね。何でも、被害が特にひどいらしいですから。除霊が終わっても悪評がなくなるまでなら報酬として住んでいいそうですよ」
本当なら原因を突き止めた方がいいんでしょうが、私が頼まれたのはあくまでこの屋敷の除霊。他のことなど知ったこっちゃありません。
それにこの騒ぎが続けばそれだけ長くすめますからね、フフフッ。
私がそんな打算的なことを考えているとダクネスがポツリと言います。
「たしかここ、アクセルじゃ、以前から有名な幽霊屋敷だぞ」
「「え?」」
私とめぐみんはその言葉にすっとんきょうな声をあげてしまいます。私、そんな話一切聞いてないのですが。
「人形伯の人形屋敷。そんな風に呼ばれていたか。ここの持ち主だった伯爵がな、その筋では有名な人形の蒐集家でな。
この別荘を保管庫がわりにしていたらしい。だがあるときから妙な噂が立ちはじめてな」
ダクネスは妙にゆっくりと静かに語ります。それに私もつい聞き入ってしまいます。
「妙な噂って?」
「夜中誰もいないはずの屋敷の窓から人形のような少女がこちらをじっと見つめていたとか。
屋敷で働く女中がいるはずのない金髪の少女を見たとかな。そして、そのあとだったか、伯爵が亡くなったのは。
世間じゃ人形の呪いだとか、騒がれたものさ。以来人も近づくこともなくなったが。
....それでも時おり誰もいない屋敷に火が灯っているそうだ。あそこに住まう人形達が仲間を求めてさ迷っているのかもな....」
「な、何ですか、急に。怖がらせようといったってそうはいきませんよ!こちらにはリッチーだって浄化しちゃうアクアがいるんですよ!
チャ●キーだろうがア●ベルだろうが何がこようと平気ですよ!」
そうです、こんな話全く怖くありません!ジャパニーズホラーで鍛えられた私を怖がらせようとしたって無駄ですよ!
「何ですか、カズハ?い、今の話が怖かったのですか?急に手なんて握って来て。
な、情けないですね。もちろん私は全く怖くなかったです。....ところで、話は変わりますが今日は一緒の部屋で寝ませんか?」
そういうめぐみんの顔は冷や汗がダラダラと流れています。痩せ我慢が見え見えです。もちろん、私は怖がってなんていませんが。
「も、もちろん、私もまっったく怖くなんてありません。めぐみんが怖がってたらいけないと思って手を握ってあげただけです。
ですから、今の話とは一切、関係はないですけど、今日は一緒に寝ましょう」
私とめぐみんは手を取り合い強くうなずきあいます。
「二人を怖がらせるつもりはなかったのだが、すまん」
「あらあら、二人とも怖がっちゃって、かわいいわね。クスクス」
「「怖がってなんていません!」」
意図せず、めぐみんと私の声が重なります。しかし、そんな私達を見てアクアは微笑を浮かべ安心させるような優しい声色で言います。
「二人とも安心なさい。この私がついているんだからどんな霊がこようと問題はないわ。そうよ、せっかくだから私の実力を見せてあげるわ!」
そう言って屋敷にむかってアクアは手をかざします。
「むむむ、見える、見えるわ!! この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間にできた隠し子の霊がいるわね。
生前は貴族の父親によって幽閉され、母親は失踪。やがて元々身体が弱かった父親も病死。
この屋敷に残された少女はやがて若くして父親と同じ病に伏して、この屋敷で両親の顔を知らずに一人で寂しく死んでいったのよ!
名前はアンナ=フィランテ=エステロイド。好きなものはぬいぐるみと人形、冒険者の冒険話!でも安心して、この霊は悪い子じゃないわ。
私達に危害は加えないはずよ!おっと、でも子供ながらにちょっぴり大人ぶった事が好きなようね。甘いお酒を飲んだりしてたみたいよ。
という訳で、お供えのためのお酒を用意しといてね、カズハ!」
アクアの与太話を聞いているうちに、私の胸のうちを支配していた感情が冷めていきます。
なんで、そこまで詳しくわかるんです、とかつっこむべきなんでしょうか、これ?
もう、アクアがテレビとかでてくる胡散臭い自称霊能力者にしか見えません。あと、お酒は貴女が飲みたいだけでしょう。
「いきますか....」
「ですね」
「だな」
私達はいつまでも霊視とやらを続けるアクアを無視して屋敷の中に入りました。
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私達は屋敷に入ると部屋割りを決め最低限の掃除をすると自由時間ということで各々で好きにくつろぐことにしました。
私は特にやることもないのでめぐみんと屋敷を探索しようということに。そんなわけで、一階の長い廊下を歩いていました。
「幽霊屋敷と聞いていましたが、特になにも無いですね。屋敷の至る所においてある人形は気になりますが」
「ですね、まさに人形狂いといった風です。病的です」
めぐみんが言うとおり屋敷には病的な数の人形がおかれており、何処に目を向けようと人形と視線が合ってしまいます。
「しかし、やはり貴族だけあってどれも高級品ですね。顔の部分が陶磁器でできた本物の西洋人形ですよ」
「よくわかりますねそんなこと。私には人形なんてどれも同じようにしか見えませんが」
私も、実のところ某有名鑑定番組で聞き齧った知識のなんですがね。
「しかし、これ売ればいい値段になりそうですね。除霊の報酬にもらえませんかね?」
「やめてくださいよ、呪いの人形かもしれないんでしょう?....カズハ、カズハ!あれ、あれ見てください!超格好いいです!」
急にめぐみんがはしゃぎ出します。この屋敷にめぐみんの琴線に引っ掛かるような人形なんてあるのですかと思い、見るとそこにあったのは、ガン●ムでした。
一瞬目を疑いますがそこにあったのはどうみても連邦の●い悪魔。
「なんでガン●ム!?どういう趣味してたんですか、人形伯!?」
おそらく、この世界に転生してきた日本人が作ったものに違いありません。
おそらく物珍しさで買ったんでしょうが....西洋人形に囲まれるガン●ムって場違いすぎて異様です。
「ガン●ム....?カズハはあれを知っているのですか!紅魔族の琴線にとても響くので是非教えてほしいのですが!」
めぐみんは瞳を爛々と輝かせながら言います。あまりその名を言わないで、めぐみん。何故かはわかりませんがとてもヤバイ気がします。
「なんかここで言うと何かに怒られそう気がしますからまた今度にしましょうね!」
そう言って私はめぐみんを落ち着かせます。しかし、異世界で著作権関係ないからと転生者好き勝手しすぎでしょう。
この前も街の本屋でdestiny/staynightとか言うどうみてもパクリの....
「ああああああっ!!わああああーっ!?」
その時、耳をつんざくような悲鳴が屋敷に響きます。
「この声はアクア!?いったい何が起こったのです!?」
アークプリーストのアクアがこんな声をあげるなんて一体どれだけ恐ろしい悪霊が!?
私達は慌ててアクアの部屋に駆けつけ、そのまま扉を勢いよく開け放ちます。
「アクア!大丈夫ですか!?」
そこにいたのは――――
「うわあああん!」
なぜか空の酒瓶を我が子のように抱き抱え泣き叫ぶアクアが一人。
「....なんなんでしょうこの状況?」
めぐみんはアクアを見て呟きます。そんなの私に聞かれても。
「なんですか?飲み過ぎで酔っぱらってるんなら今すぐクリエイトウォーターで目を覚まさせてあげましょうか?」
「ち、違うわ!私が飲んだ訳じゃないの!これは私が大事にとっておいた凄く高いお酒なの。大事にゆっくりちびちび飲もうと思っていたの!
それなのに、それなのに!お風呂から上がって戻ってきたら空になってたの!」
「そうですか、じゃあ私寝るのでおやすみなさい。めぐみん行きましょう」
心配して損しました。なんか疲れたのでもう、寝たいです。
「待って、カズハ!悪霊よ!きっと悪霊の仕業に違いないわ!
この屋敷に集う野良幽霊か例の隠し子の地縛霊のどちらかがやったんだわ!
ちょっと、屋敷中の霊をしばき倒してくるわ!」
「そうですか、頑張ってください」
アクアが除霊をしたいと言うのなら止める謂われはありません。というか野良幽霊ってなんですか。
「なんの騒ぎだこれは....」
騒ぎを聞き付けたらしいダクネスが部屋にやって来ました。
「ああ、アクアが悪霊にお酒を飲まれたとか騒いでるんですよ」
ダクネスはめぐみんの話を聞いて、少しあきれ顔になります。一方のアクアはダクネスを見つけると手を握ってきます。
「あら、ダクネスいいところに来たわね!一緒に悪霊をしばき倒すわよ!」
「おい、まてアクア。私はまだなにも」
抗議の声もむなしくダクネスはアクアに連れ去られそのままアクアと部屋の外へ消えていきました。
そういえば一応あの子も神に使える聖騎士なので除霊できたんでしたね。こんな時間からアクアに付き合わせられるとはあわれですね。
「もう夜も遅いですし寝ますか」
「ですね、屋敷の悪霊は二人が粗方祓ってくれそうですし」
残された私達は自分たちの部屋に戻り眠ることにしました。
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私達は確保した屋敷で一番大きな部屋に戻ると、部屋にあった天蓋付きのキングサイズベッドで眠りにつきます。
やっぱり天蓋付きベッドって憧れですよね。子供の頃からの夢が一つ叶いましたよ。
疲れがたまっていたのか、久しぶりのちゃんとした寝床のせいか私はベッドにもぐるとすぐに睡魔が襲い私は夢の世界へと繰り出しました。
それからどれ程眠っていたのでしょうか、ふと目が覚めてしまいます。目を開けると窓の外は暗くまだ夜のようでした。
私は尿意を感じ、ベットから出ようと…あれ、からだが動きません、えっ、あれですか?金縛りってやつですか?
このままじゃ漏れます!私はとなりで寝ているはずのめぐみんに助けを求めようと声を出そうとしますがうまく出せることができず、ひどくかすれた音が出るだけでした。
ヤバイです!この年でお漏らしとか恥ずかし過ぎます。しかもとなりにはめぐみんがいるので誤魔化すこともできません。早くなんとかしないと私の尊厳が!
―――カタンッ。
めぐみんも寝静まっているのか寝息一つ聞こえない部屋にその音はとてもよく響きました。
私はなんの音か確かめようと動けない身体に代わって目だけをなんとか音がした方に向けます。
そこには見覚えのない西洋人形が。
「ッ!」
私はすぐに目を閉じます。あれ、あんなところに人形なんてありましたっけ!?
いえ、待ってください部屋にあった人形はすべて外に出したはず!じゃあ、あれは.....。
いえ、まだそうと決まったわけではありません、そうですアクアのいたずらですね!
全くあの子にも困ったものです。起きたら制裁です。
そう結論づけ、再び目を開くとそこには人形が二体に増えていました。
私はすぐにまた目を閉じました。
なんで!?なんで増えたんです!? 何ですか目を閉じると増える仕組みなんですか!?
落ち着きなさい私。ただの見間違いかもしれません。そうです、そうに違いありません。
何でもかんでもアクアのせいにするのは可哀想ですしね。
さっきの人形たちはきっと私の心が作り出した幻影、そうとわかれば目を開けましょう。
よく見ればなにもないはず、そう思いまた目を開けます。
二体の西洋人形の横にザ●がいました。
私はそっと目を閉じます。
なんで!?なんで●ク!?普通、西洋人形が増える流れでしょう!さっきのガン●ムといいどうなってるんですか、この屋敷!
何ですか、今度はシャアザ●ですか!通常の三倍速のやつですか!?
もう逆に、次何がくるか気になってきましたよ。そう思い、私が再度目を開けると、
人形の数は変わっておらず代わりに人形が全部ド●に変わっていました。
「なんで●い三連星!?」
私はつい大声で突っ込んでしまい…ってあれ動けます。ふとさっきの人形のあった場所を見るとなにもありません。
何だ、夢ですか。ホームシックなんでしょうかあんな夢見るなんて。
私の大声で起こしてしまったのか隣で寝ていためぐみんも起き上がります。
「何ですか、こんな夜遅くに大声をあげて?」
「すみません、ちょっと変な夢を見てしまいまして」
「カズハでもそういうことあるんですね。今度からは、気を…つけ....て」
めぐみんは途中で声をつまらせ、目を大きく見開きます。まるで私の後ろのなにかを見ているのかのように。
「めぐみん!やめてくださいよ、なにもいませんよね!イタズラですよね!
明日、めぐみん好みの大量の雑魚モンスターが出るクエスト探してきますから、やめてくださいそれ!」
といいながら私も後ろを見てしまいます。そして、私のすぐ後ろで浮いていた西洋人形と目が合いました。
「わああああああああああああああ!!!」
私は絶叫をあげるとめぐみんの手を掴みすぐさま部屋から飛び出しました!
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「アクアー!アクア様!!アクア大明神様ー!!!」
私は助けを求め、大声でアクアの名を叫びながら屋敷の廊下を全力疾走していました。後ろからはカタカタと人形のがうごめく音が。
怖いです!超怖いです!チ●ッキーとか●ナベルとかが来ようと平気とか言ってごめんなさい!人形に襲われるってこんなに怖いんですね!
「あった!助けてアクア!」
私はアクアの部屋を見つけるとすぐさま駆け込み扉を閉め鍵をかけます。
ドンッ!ドンッ!というなにかを叩きつけるような音が扉からしましたがしばらくすると鳴りやみます。
「ひとまず、しのげたようですね。めぐみん、アクアは?」
「いませんね。多分、まだダクネスと一緒に除霊をしているのでは?」
困りました、人形はしのげたとはいえ尿意はいまだピンチ。アクアの護衛なしにトイレまでたどり着くのは至難のわざです。
「....あのう、カズハ?」
「どうしたんです、めぐみん」
見るとめぐみんは身体をもじもじさせています....まさか。
「こんな時になんなのですが、トイレに....」
「貴女もですか....」
私の呟きを聞くめぐみんは私が同じ状況にあることを察したようです。 めぐみんも私もとっさのことで武器も杖を持ってきてません。
さすがの手ぶらで人形どもと戦うのは無謀です。ですが困りました、このままでは座して死を待つことになるだけ。
と、その時、アクアが先ほど抱いていた空の酒瓶か転がっていることに気づきます。
....仕方ありません、最終手段です。禁断の技を使うしかありません。幸いなことにちり紙もありますしね。
「めぐみん、ちょっとの間、目と耳をふさいでもらえます?」
「あっ!さては一人だけ用を足す手段を見つけましたね!一人だけスッキリしようたってそうはいきませんよ」
めぐみんが服の裾を引っ張り、私の動きを制止させます。
「放してください、さもないと私の大事なジャージとここの絨毯が大変なことになります」
「...カズハ私たちは仲間じゃないですか。どんな困難も一緒、逝くときも一緒です」
めぐみんはそう言って微笑を浮かべます。
「何こんな時だけ絆とか都合のいいこと言ってるんですか!放しなさい!大体、紅魔族はトイレ行かないんでしょう!...ああ、もうわかりましたよ。譲りますよ。はい、どうぞ」
私は床に落ちていた酒瓶と机に置いてあったチリ紙を渡します。
「えっ...?カズハ、これでなにをしろと?というか何をする気だったんですか!?」
「そりゃあ、何に決まってるじゃないですか。大丈夫ですよ、案外うまく入るものですよ。ちゃんと後処理もチリ紙で...」
「なんでそんな手慣れた風なんです!?まさかやったことあるんですか!?あるんですね!?」
廃ゲーマーのたしなみです。ゲーマーにはたとえ尊厳を犠牲にしようと戦い続けなければいけないことがあるのです。
お母さんにバレた時は一時間ぐらい説教されましたが今ではいい思い出です。
「大丈夫です、怖いのは最初だけです。慣れれば平気です」
「やりませんよ!というカズハは何を考えているんで「ガタッガタッ!」...なんでしょうね、この音?」
「...きっと風の音ですよ、ええ、そうに決まっています」
私達はお互い引きつった笑みを浮かべながら、音がやむのを待ちますが、いくら待っても音は鳴りやまず部屋に鳴り響き続けます。
どうやら音は後ろのベランダに通じるガラス扉からしているようです。
「...せーので一緒に見ましょう、めぐみん。裏切りはなしですよ」
「わかっていますよ。じゃあ...」
「「せーの!!」」
私達が掛け声とともにベランダの方を向くとそこには―――――
目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、
目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、
目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目。
大量の人形たちがガラス扉に張り付きこちらを見ていました。
「「うわああああああああああ!!」」
私達はすぐさま部屋から飛び出しました!
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「あったあああああああああ!!」
私達は人形から逃げながらなんとかトイレまでたどり着きました。付近に人形らしい物体はありません。
...あれ?人形だらけだったこの屋敷で人形がない?まさか、屋敷にあった人形のほとんどが悪霊に...うん、考えないようにしましょう。
私がトイレの扉に手をかけようとするとめぐみんが手首をつかんできます。
「なんですか、めぐみん。最初に見つけたのは私です。私が先に入る権利があります」
「いえ、私はカズハが叫ぶよりも前にトイレを見つけていました。だから私が先に入ります」
「「.........」」
私とめぐみんは無言になり互いの顔を見つめ合います。
「めぐみん、ここは年長者であり、パーティーのリーダーでもある私に譲るべきではないでしょうか?」
「何を言っているのです、年長者でありリーダーであるからこそ、仲間に順番を譲るべきなのでは?」
めぐみんは引く気配ありません。このままでは用を足す前に人形に見つかり共倒れです。よし、ここは...
「分かりました。ここは公平にじゃんけんで決めましょう」
「いいでしょう。負けても文句はなしですよ」
かかったな馬鹿め!私は自分の勝利を確信し、拳を振り上げ言います。
「「じゃんけん、ポン」」
めぐみんはちょき、私はぐぅ。当然私の勝利です。
「よし、勝ったああ!」
私はガッツポーズで勝利の雄たけびを上げます。一方のめぐみんは膝をつきうなだれています。
「そ、そんな、この私が負けるなど、...」
「残念でしたね、めぐみん。私はじゃんけんで一度も負けたことがないんですよ」
「なっ!...ズルです、そんなのいかさまです。やり直しを要求します!」
「嫌でーす。勝負というのは戦いが始まる前から行われるものなのですよ。何も考えずに私の提案に乗った自分の愚かさを呪うがいいです!」
「くっ...確かにその通りです...ですが勝負というのは最後までわからないものなのですよ、カズハ」
そう言ってめぐみんは私のそばを通り過ぎトイレに入っていきました。
「あっ、ズルッ!それはないでしょうめぐみん!」
「油断してトイレから目を離した自分の愚かさを呪うがいい。最後に勝つのはこの私です」
やられました。鍵までかけられてはお手上げです。私は仕方なく、敗北を認めめぐみんのトイレが終わるのを待つことにしました。
「...カズハ?いますよね、一人で逃げたりしてないですよね?」
黙って待っているとめぐみんが心細くなってきたのかトイレから話しかけてきます。
「ハイハイ、カズハちゃんはここにいますよ。逃げたりしませんから、早くしてくださいね。私も限界が近いんですから」
「あのう...。ちょっと恥ずかしくなってきたので大きめの声で歌でも歌ってくれません?」
私に音姫の代わりをしろと?何が悲しくてそんなまねをしなきゃいけないんですか。あっ、そうです、いいのがありました。
これを歌ってあげましょう。きっとこれでめぐみんも怖くなくなるはずです。ええ。
「仏説、摩訶般若波羅蜜多心経、観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切...」
「何ですか、その歌!?というか歌なんですか、なんか怖いのですけど!?怒ってますカズハ?怒ってますよね!?謝るからそれ止めてください!」
何を失礼なことを、これはとてもありがたい教えを説いたものであり、一説には悪霊を退ける力があるとも言います。
決してめぐみんへの嫌がらせのためにやっているわけではありません。話は変わりますけど、夜中に聞くとお経ってなんであんなに怖いんでしょうね?
私がめぐみんを無視してお経を唱え続けようとしたその時、カタン、カタン、カタンという音がします。
それはまるで杖を突くような、もしくは人形が歩いて...そこまで思考が廻った瞬間、恐怖で体が凍ります。
「カズハ?急に黙ってどうしたのです?...カズハ?カズハ!?」
めぐみんが私の声が聞こえなくなって不安になったのか私の名を叫びますが、私は迫ってくる音に気を取られ応えることができません。
く、来るなら来るがいいです!私にはさっき暖炉で拾った火かき棒があるのです。所詮悪霊とは言え人形という依り代を壊してしまえば何もできないはず!
私は廊下の向こうから近づいてくるそれを目に捕らえます。
紅い髪に青い瞳。服は赤い縞模様のシャツに、オーバーオール。そして片手には小さなナイフ。
間違いありません、そうそれはおそらく世界で一番有名な
チャッ●ーでした。
「●ャッキー!?なんでチ●ッキーが!?また、転生者ですか!?転生者があんな馬鹿なもの造ったんですね!」
「どうしたんです!?カズハ!いったい何が起きたんです!?」
落ち着け、落ち着くんです。どんなに本物に似てようと所詮、転生者が作った模造品。
悪霊が入っていよう決して本物では...ヒュッとその時私の顔を何かがかすめます、後ろを見ると深々と壁にナイフが刺さってます。
きっと偽チ●ッキーが投げたのでしょう。
「なあああああああああああああ!」
私は叫び声をあげてトイレのドアを火かき棒でぶち壊すと、めぐみんの手を握って外へと連れ出します。
「わあああああ!カズハどうしたんです!我慢できなかったとしてもちょっと乱暴...」
私は何かを言っているめぐみんを無視して再び屋敷を疾走しました!
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「なんなんですか!転生者というのはどいつもこいつもバカなんですか!まさか、アナ●ル人形まであるんじゃないでしょうね!」
「おちついてください、さっきからいったい何を言ってるんです?外の人形に気づかれますよ」
「ごめんなさい、めぐみん。ちょっといろいろと我慢できなくて」
私達は物置の中に隠れていました。外を鍵穴からのぞくと人形たちが大行進しており、出ようものなら袋叩きにされることは間違いありません。
ドンッ!ドンッ!
その時、扉を殴りつけているかのような音が響きます。
「あああっ!見つかった!もうだめです、もう終わりです!」
私が頭を抱えているとめぐみんが手を掲げて何かをブツブツ言っています。
「く、黒より黒く...闇より暗き漆黒に...我が真紅の混交を...」
「何唱えてるんですか!人形どころか屋敷ごと吹き飛びます!」
私はめぐみんの口を押え詠唱を無理やり止めます。そして、静かになったことで気づきます。もう扉から音がやんでいることに。
もう、やるしかありません。もしかしたらアイツらもあきらめてどこかに行ったかもしれません。
私はめぐみんを開放し、片手に火かき棒を構えドアノブにもう一方の手を掛けます。
「めぐみん、扉を開けたら走って逃げてください!私はこの火かき棒で人形をかたっぱしからぶっ壊してやります!」
めぐみんは私の後ろでコクコクと頷きます。
「じゃあ、行きますよ!アナベ●でもチャッ●ーでもかかってこいやあああああ!うちには狂犬女神がいるんですよおおおおおお!」
ほぼ泣き叫びながら扉から飛び出すとゴンッ!と頭を何かにぶつけます。
「痛っああ!なんですか!?」
人形にでもぶつかりましたか?痛みから閉じてしまった目を開けるとそこには...。
「アクア!おい、大丈夫か、アクア!」
そこには頭を抱えてうずくまるアクア、それを心配するダクネスと動かなくなった大量の人形が転がっていました。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「結局、朝になりましたね。眠いです」
私達はあれから屋敷中を回り全ての悪霊を除霊して回りました。気づけば外は明るくすっかり朝になっています。
「結構いたわね。カズハもこの私に感謝なさい。私がいなかったら今頃八つ裂きにされたわよ」
アクアはそう言いながら屋敷に悪霊が寄ってこないようにとお札を張っています。さすが、アンデッド退治のエキスパート。あの数を一晩で退治してしまうとは。
「ハイハイ、ありがとうございます。私はこれからギルドに言ってこの件を報告してきますけど誰かついてきますか?」
「私は屋敷に残って人形たちの片づけをしておこう。それに悪霊たちの供養もしてやりたいしな」
「私はもう疲れたので寝たいです」
ダクネスとめぐみんが屋敷に残るとなると、自動的に残るのは...私はアクアの方を見ます。
「いやよ。私も疲れたし、寝たいもの。カズハ一人で行ってきてちょうだい」
「だめですよ。ギルドに報告するんですからちゃんと悪霊の討伐記録見せないと、悪霊倒したの貴女なんですから」
私はいつまでも抵抗するアクアに業を煮やし服従のスペルで無理やり連れだしギルドへと向かいました。
その道中で私はアクアが屋敷に来た時していた与太話を思い出します。
「そういえば、アンナちゃんでしたっけ?貴族の隠し子とかいう幽霊。あれはどうなったんですか?悪い霊じゃないとか言ってましたけど」
アクアはその言葉にポンと手を叩きます。
「ああっ!いたわねそんな子も。安心して、今回のはどこからかやってきた野良幽霊の仕業だったわ。
でも私のお酒を飲んだのはきっと隠し子の方だと思うわ。ねえ、カズハ。飲まれたお酒はお供えってことで経費ってことにして...」
やっぱりこの駄女神ただ酒が飲みたかっただけですね。聞いた私がバカでした。そう思いながらギルドの扉を開けます。
中に入るとルナさんが受付の前を掃除していました。
「朝からお疲れ様です、ルナさん。ちょっと報告したいことがあるんですがいいですか?」
「はいはい、何でしょうか?」
私は不動産屋からお願いされた依頼の事や屋敷での騒動について伝えます。そして証拠としてアクアの冒険者カードをルナさんに手渡します。
「ご苦労様でした。この案件はギルドでも相談を受けておりまして、助かりました。町にいるモンスターを倒したということで臨時報酬が出ますよ」
ルナさんが運んできた報酬を見て私とアクアは互いに親指を立て合います。
「しかし、何が原因なんでしょうね?この悪霊騒ぎ」
「ああ、それなら原因がわかりましたよ。街の外にある共同墓地があるじゃないですか。あそこに誰かが巨大な結界を張ったようでして。
それで、あそこにいた霊たちが街に流れ込んできたみたいです。まったく、何が目的だったのかわかりませんがはた迷惑な話ですよ」
ルナさんがそう話していると隣にいたアクアが青い顔で震えだします。
「...ちょっとすみません。これとお話が」
そう言って私はアクアをギルドの隅に連れ込みます。
「知ってますね?吐きなさい、何もかも」
「......はい。前にウィズに墓地の定期的な除霊を頼まれたじゃないですか。
でも墓地までしょっちゅう行くのめんどくさいじゃないですか。
ですから結界で行き場をなくせばそのうち空気中に散っていなくなるかと...思い...ました」
アクアは消え入りそうな小さな声で言いました。何というマッチポンプでしょう。これバレたらヤバいんじゃあ...。
「とりあえず報酬は受け取らない。いいですね?」
「...はい」
アクアもさすがに反省しているのか申し訳なさそうに頷きます。
「不動産屋にも謝りに行きますよ。さすがにこれ詐欺って言われても仕方ないですからね」
私たちは不動産屋行く前に事の顛末を話すために屋敷に向かいます。なんやかんやみんな喜んでましたし、これ聞いたら怒るでしょうね...。
私がため息をついていると、屋敷の前に見たことのある人物がいました。
「これは、これは。どうなったか心配していたのですが無事除霊も済んだようでよかったよかった」
「「すいませんでした!」」
私とアクアはにこやかに話しかけてくる老人にいたたまれなくなり、すぐさま頭を下げ謝罪します。
「どうしたんです!?頭を上げてください!」
慌てた老人に私は真実を話します。しかし、老人は怒る様子なくそれどこか...
「そうでしたか...。しかし、できれば今後もこの屋敷に住んでいてもらいたいのですが。
聞いているかもしれませんがこの屋敷はずいぶん前から幽霊屋敷と噂され買い手もないですし、あなた方の様な冒険者に使っていただいた方が...」
なんです、この人は聖人かなにかなんですか!?騙されたのにのに物件に住まわせてくれるなんて。
「いえいえ、悪いです。私たちにそんな資格ありませんです!」
「いえ、そうですこうしましょう。あなたたちにこの屋敷をお譲りしましょう。
この屋敷に住み着いていた悪霊を払ったということはそれだけの実力をお持ちなんでしょう。なに、冒険者への貢献はこの街の住人の義務ですから。
あなたたちがこの屋敷を引き払うときにまた私共に売ってくださればそれで構いませんので」
私達はあまりにも太っ腹な条件に男に対し五体投地をします。
「頭をお上げください!それにこれは亡きお嬢様の遺言でもありますから」
そう言ってお爺さんは嬉しそうに、微笑みました。
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「まさかアクアの与太話が本当だったとは...」
私はそんなことをつぶやきながら屋敷の庭の隅にあったアンナ=フィランテ=エステロイドと書かれた墓標を掃除していました。
貴族の父親も隠し子とはいえ自分の子供に愛情はあったようで死後にこの屋敷といくらかばかりの財産を残し、アンナちゃんが自分なしでも暮らしていけるよう取り計らったらしいのです。
しかし、アクアが言っていた通りアンナちゃんも病に倒れてしまいます。
アンナちゃんは遺言として身体が弱くて外に出られなかった自分の代わりに、自分の死後は屋敷を、外の世界を見て回れる、冒険者達に売って欲しい、そう言ってタダで不動産屋に譲り渡したそうです。
それで、私達が屋敷に住まう条件として二つのことをお願いされました。一つはアンナちゃんの墓の掃除。
もう一つが冒険が終わったら夕食の時にでもその冒険話に花を咲かせてをしてほしいとのこと。
...私達がこれから先、まともな冒険ができるとは思えませんが。
まあ、困るくらい騒がしい子たちなので、寂しくなることはないでしょうが。私はそう思いながら墓の周りのコケをタオルで拭き取ります。
「お願いですから、もういたずらしないでくださいね」
そう言いながら私は墓に合掌します。そんなことをしていると屋敷の方から声が。
「カズハ―!もうご飯できたから、早く来てー!じゃないと折角のお昼が冷めちゃうんですけど!」
見ればアクアが屋敷の窓から手招きしています。
「待っててください!今行きますよー!」
隣にはダクネスが暖炉に火をつけようとしているのか薪を運んでいるが見えます。
「アクア―?暖炉の薪が足りないのだが」
「じゃあ、そこのカズハのださいジャージでもくべといて」
「なに言ってるんですか!腐れ女神!」
あれは私、唯一の日本の思い出、燃やされてなるものですか!私はジャージを守るため、あの駄女神に制裁を加えるため屋敷へ走り始めました!
ウィズとのお話は次回で、多分半分くらいオリジナルの話になります。